雷獣山の死闘 作:晒し中
不自然な手段で生み出された土砂降りの中、大きな岩を登る人影が有った。
年の頃は少年と青年の狭間であろう彼は、単なる旅人としては不自然な、過分に見える程の重装備を背負っている。
腰に付けた矢筒に凡そ十から二十本の矢を収め、どこか高貴さと言うか清廉さを感じさせる弓、複雑に捻じくれた、強い魔を感じさせる短剣、頑丈そうだが特に個性が見当たらない木製の丸盾。
それらを背に負ってのクライミングは雨で滑ると言う事もあって、ある理由で弱ったとは言え屈強な部類に入る肉体でも容易とは言い難く、何度かずり落ちて音が出るから、彼が狙う魔物が岩の向こうで訝しむ。
岩越しに足音を立てて近付いて来るが、青年に焦りは無かった。
今こうして足を滑らせているのは高台から有利に弓を撃ち合うためで、相手がこの岩に近ければより有利だと知っているからだ。
青年が何故こんな事を知っているのかと言うと、彼はこれまで何度か挑んでは魔物に殺されると言う夢を見ていて、凶暴な討伐対象の技や行動をすっかり覚えていた。
その為ライネル――つまり今回の討伐対象だが――との戦いは矢の撃ち合いで始めると言うのがパターンであるかのように感じていて、それを実践しようと言うのだ。
そして……左の視界に敵がようやく見えた辺りで青年は登りきる。
弓にこの魔物を相手にする為に用意した氷の矢をつがえ、狙いを付ける。
氷の魔力が収束した事を視覚と聴覚で理解した辺りで誤差の修正をし、弦から手を離す。
近距離で放たれたそれは瞬時に着弾し、氷が砕けるような音を発しダメージを与えた。
何発かを油断無く撃ち込むと、その内の一本の当たりどころが悪かったらしく、巨体は四本足で膝を付く。
好ましい状況に持ち込めたと感じた青年は、好機を掴まんとして岩場から飛び降り、駆け寄ったかと思えばその馬の様な身体に騎乗する。
人に慣らされた訳でもない――無論慣らすことなど不可能だが、凶暴な魔物は当然振り落として斬殺せんと暴れ回るが、青年は剛毛を遠慮なく握り締め抵抗しながら背中から強い魔の短剣を抜き出し、身体が覚えていた刃へのダメージを最小に抑える振るい方で魔物を痛めつける。
刺すたびに手に伝わる硬い筋肉の手応えは、夢の中での話とは言え何度も自分を殺した存在だと青年に実感させ、彼の気を引き締めた。
数度攻撃すると振り落とされるが、危なげ無く着地する。
ここからが本番だ――青年がそう考えるとライネルは殺気と怒りを前面に押し出して剣を横薙に振るう。
当たれば風ごと自分を両断するであろう剛剣は恐ろしいが、しかし青年にとっては決して初見のものでは無い。夢で見たものそのままであるそれの三撃目を限界まで惹きつけて鮮やかな宙返りで避ける。
すると必中の確信が有ったらしい魔物は戸惑い、それが優れた武芸者である彼には確かな、小さくない隙となる。
腰のベルトに保持したマシン、シーカーストーンから瞬時に刃が二股に別れた槍、双頭リザルスピアを取り出し構えると、素早く、大きく踏み込んでから刺突と血潮の雨あられを作り出した。
これには如何に屈強なライネルと言えどたまらず、醜く呻いてたたらを踏む。
魔物は自分に痛みを与えた敵をギロリと睨み付けながらその手に持った力強くも無骨な剣と刃が付いた攻撃的な、しかし分厚さが決して本分を忘れてはいないと主張する盾を背負い、離れつつ油断無く盾を構える相手の方向を向いて、人でいうクラウチングスタートにも似た構えを取る。
風とともに、ライネルが疾走る。
だが、青年はこれも知っていた。
激突する直前で側面に回り込むように横に飛び、片手を明けながらも好機を逃さんと構えていた短剣をもう一度二股の槍に持ち替え、魔物を鋭い嵐に巻いた。
その後、怯む内に後ろへと回り込みながら盾と剣に持ち替え、それを背にやり弓を構える。
怒りを感じさせる唸りを耳にしながら怯える事なく振り返った顔面に矢を放つ。
すぐさましまい背に跨り、馬に対して行うのであれば許されない仕打ちを勇ましく行う。
もちろん今痛めつけているのは馬ではなく、悪しき魔物であるし、そもそもこの戦場には青年とライネルしかいないので咎められる事なく鋭い刃が振るわれた。
その後振り落とされた青年は尚も上手くやっていた。
魔物が繰り出す、馬を駆る騎士のように付き纏ってからの振り下ろしは盾で振り払い、剣と盾の二つの刃を使った挟み切りは後ろに飛び、離れれば弓を持ち出すと知っていたから付かず離れずの距離を維持して立ち回った。
初見の、いかにも大技らしい攻撃もやって来た。
高く飛び上がっての振り下ろし。つまり青年も良く行う重力を味方にした攻撃だが、それも経験に基いて離れれば無力である。
空中に飛び上がれば、青年が持つパラセールと呼ばれる道具か翼でも無ければ後は落ちるだけ。
つまりそれは大いに空振りし、その肉食獣そのものの面相を射抜く隙となった。
順調にやれている。このまま押し切れば勝てる。
しかし、青年がそう思った所で戦況はライネルに傾いた。
「ぐああっ⁉」
挟み切りを避け損ない、肉と骨を抉られた。
油断一つで虫の息となった彼は死中に活を見出すべく、力を振り絞り、激痛を堪え弓を引く。
矢筈から指を離す。命中。
それで強敵が膝を付いた隙に、一歩動く度に身体がずたずたに引き裂かれるような痛みを感じながらもどうにか岩陰に隠れ、シーカーストーンから有るものを取り出す。
シーカーストーンには幾つかの便利な機能がある。例えばさっきのように武器を瞬時に取り出したり、今取り出したもの――青年手製の料理などの食料を保管したときそのままに保存する機能などが有る。
取り出した料理はまるで時を止められていたかのようにできたての湯気をホカホカと立てている。
その様子に思わず味わって食べたくなるが、欲求ごと一気に流し込み、その素材の高められた生命力が自分の身体へと移り、傷が全て癒えるのを感じて一息つく。
更に身体を健康体にするどころか、いつも以上に力が張るのを青年は感じ、その勢いのままに岩陰から飛び出して、弓で獅子を髣髴とさせる牙と捻じくれた巨大な角が生え揃った魔物の顔を狙う。
膝を付かせ、無理無く攻撃する事で武器の消耗を抑えるのが彼の戦いの中、通しで実行しようとしている作戦だからだ。
果たして顔を狙った矢は微かに狙いを外れ、裂傷こそ生み出したが隙を作る一撃足り得なかった。
しっぺ返しに振るわれた剣が青年の身体を切り捨てんと左から殺到する。
盾越しに命中したそれは青年の骨を圧し折り吹き飛ばす。
がは、と苦しげに血を吐く青年は先程の料理の効果が無ければ即死――即ち夢の中の自分と同じ様に真っ二つになっていただろうと想像し、身体を怖気に震わせた。
しかし、それを堪え立ち上がることができるからこそ、彼は百年前に英傑と呼ばれたのだ。
迫り来る火炎の壁を炎の矢が貫いて飛ぶ。
程無くして、焚火で慣れ親しんだ何かを燃やす音が、燃え上がる青年の耳に届く。
火傷を堪えて立ち上がった青年が見たものは、闇に溶けるように消えていく強敵と、いつの間にか晴れた天空だった。
青年は勝鬨を上げた。夢の中の出来事を含めれば永く、永く戦っていた気がしたから、達成感も余りある物だったからだ。
かくして青年は目的の物である電気の矢を集め、それによって使命を果たすのであるが……それはまた別の話しである。
今作は作者が雷獣山のライネルにストーリーの流れで挑んだ時の体験を元に書かれています。
二ヶ月程放置してしまったので途中から書き方が多少変わっていたり、覚えていることのみになっていますが。
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