暗い
少年は薄暗い倉庫の中にいた
痛い
少年は冷たいコンクリートの床に倒れていた。
怖い
少年は願った、これは幻想で悪い夢であってほしい、と。
「力を‥者が‥なければ‥崩壊‥」
少年の少し離れた所に立つ彼が説得するような口調で話しかけてくる。
「俺達が‥しか‥だろう‥」
しかし、意識が朦朧としている少年にその言葉は届かない。
「‥‥‥」
彼は横に首を振った。
「なら‥左手‥俺様に‥」
スッと、それは彼の右肩から現れた。
「よこせ」
不完全だが絶大な力が少年に牙を剥く。
「「不幸だーっ!」」
と、叫びながら月明かりの降る『学園都市』を全力疾走するバカが二人がいた。
「おい明久まだ8人もいるぜ!?」
「まだそんなにいるの!?しつこいなこの人達!」
上条当麻と吉井明久は追いかけてくる不良の人数をちょくちょく確認しながら走り続ける。
七月十九日。
夏休み突入前日のこの日、このバカ二人は完全に浮かれていた。
だから、たまには豪華に食事すっかー!しようしよう!と、ファミレスに入り、不良に絡まれてる女の子二人を見て、まったくちょっと説教でもすっか!しようしよう!と、後先考えずに行動してしまったのだ(いつも後先考えてないだろとか言ってはいけない)。
「まさかトイレから20人ぐらい仲間が出てくるなんてね」
「20人で連れションとか聞いたことねーよ」
って言うか20人もファミレスのトイレ入れるの?入れないよね普通、と明久は心の中でツッコんでいた。
その後当然逃げた。高校生のケンカで2対20なんてただの一方的なイジメである。このケンカに勝つには不良たちのスタミナ切れを狙い二人を追うのを諦めさせるしかない。
実は当麻の右手、明久の左手にはとある力が宿っているのだが、この状況ではまったくもって役に立たない。
「はぁはぁ‥あ、あと5人だよ当麻!」
「よ、よし!もう少し‥‥あ」
上条当麻はマヌケな声を出して足を止めた。
明久はその理由を聞こうとしたが正面を向いてすぐに理解した。
20メートル程先に大きな川があった。左右に距離を置いて大きな鉄橋が架かっている。その川の綺麗に舗装されている河川敷、そこには夜景でも見に来たのかカップルが大勢いた。
そして待ち伏せしている不良達も。
「「‥‥‥」」
前に不良、後ろにも不良。
人はそれを挟み撃ちと呼ぶ。
「や、やっと‥撒いた‥かな‥?」
明久は鉄橋の中間あたりで足を止めた。いつの間にか追ってくる不良がいなくなっていたからだ。
あの後当麻とは左右に分かれて逃げることにした。どちらを追うか不良達を惑わせる為の行動だったのだがどうやら上手くいったようだ。
「疲れた‥なんか沢山カップルいて負け組感味わうし、不良と仲良く全速力かけっこしたし、ファミレスで頼んだパエリア食べられなかったしもうなんか不幸だーっ!の一言に尽きるよ‥」
「追いかけっこの最中にバケツで転んだのも追加してね」
「ッ!?」
周りを見渡すが誰もいない。ということは‥
「こんばんは吉井君」
「ゆ、優子さん‥」
フワフワゆっくりと空中から降りて来た彼女を明久は知っている。
名前は木下優子。さっきファミレスで絡まれてた二人の女の子のうちの一人である。ちなみに明久のクラスメイト、木下秀吉の双子の姉で外見が瓜二つなのでたまに見間違ってしまう。
「まーったく余計なことをしてくれたわね吉井君。まあ有益な情報は聞けなかったからいっか」
有益な情報?彼女は不良から何か聞き出そうとしていたのだろうか?
「それにアタシは学園都市でも九人しかいない『
まあ一番下の九位だけどね、と優子は付け足した。
‥ん?10人程度‥?
「もしかして不良が追ってこなくなったのって優子さんが」
「ご名答、吹き飛ばしておいたわよ」
「‥‥‥」
あー言わんこっちゃない、と明久はため息を吐く。
「上条君を追ってたヤツらも今頃美琴の電撃で焼かれてるんじゃないかしら。‥もしかして助けたのってアッチの方だった?」
察しの良い彼女の眼差しに彼はさっと目をそらしてしまう。
そう、明久と当麻は女の子二人を助けようとした訳ではない。逆だ。不用意に彼女らに近づいた不良達を助けようとしただけである。
「ホント‥優しいわよねあなた達は」
「‥優子さんと御坂さんの攻撃受けた身としてはなんと言うか‥ね」
「そう、まーこれからも吹き飛ばすけどね」
「えぇ‥‥」
この人本当に容赦ないな。
「それじゃあそろそろ始めましょうか?あっちも始まったらしいし」
明久が何を?と言う前に
轟音
隣の鉄橋に雷が落ちたのだと理解するのに数秒かかった。きっと向こうの鉄橋で当麻と御坂さんが対峙しているのだろう。
ふむ、どうやら戦いを始める気らしい。僕と優子さんで。
「それじゃいくわよ」
いやまてまてまてまてまて。
「ちょっ、ちょっと待とうか優子さん。僕は『
焦りすぎて凄い早口で言ってしまった。
「結果なんて分かりきってる‥ねぇ‥」
優子はため息を吐いた。点数の悪い息子のテストをみた母親のように。
「
「ぷらずりーむ?」
明久は何を言ってるのかわからない、とでも言いたげに首を傾げた。
「
そこで明久ははっと気付いた。先程まで穏やかに吹いていた風が強風へと変わっていることに。
まさか
「こんな感じでね」
パッと閃光が走った。目を瞑っていても七色の光が見えるほど眩しい。
そして雷のように遅れてパリパリッと何かが弾けるような音がした。
たっぷり10秒待ってから目を開ける。
「‥‥‥ッ!」
明久は自分の周りを見渡してギョッとした。アスファルトはバキバキにひび割れて高熱で少し溶けているところもあった。
「制御は難しいけど威力は絶大。そんな『
「‥‥‥」
明久は優子の質問に答えるように無言で自分の左手を見る。
吉井明久の左手に宿る力の名前である。
対象が『異能の力』を使うモノならば触れただけで拒絶し打ち消す能力。例えソレが神様の
「美琴と一緒に学園都市の
優子は横に手を振り払った。たったそれだけで鉄骨をも貫通する風の刃が生まれ明久を襲う。
「別にそんなことないよっ!」
と、左手を目の前に掲げて風の刃を対処してから明久は言葉を続ける。
「この左手は特別な力しか消せないからケンカの時何の役にもたたないし、左手以外のところに攻撃が当たれば即死だよ?僕。」
そう、この能力の有効範囲は『左手の手首から先』だけである。
まあそんな攻撃を受けてこのバカが冷静でいられるはずがなく。
『父さん、母さん、姉さん。先立つ不孝をお許しください』
とかなんとか心の中で達筆な字で遺書を書いている吉井明久である。
「それでもアタシは吉井君を倒せてない。‥戦う理由はそれで十分よね?」
ゴオォ!
と、先程よりも強い風が明久の髪を乱した。
額に汗を浮かべながら身構える。
「茶番は終わりよ」
ふふっと彼女は楽しそうに笑う。
そして彼に告げる。
まるでカレシがカノジョに今日は返さないぜ?とでも言うみたいに。
「遊びましょ?吉井君」
夕飯は食べられそうにない。