「ここは……何処だ?」
穏やかな景色の中で目覚めたディルムッドはそう呟きながら立ち上がると同時に強烈な違和感を抱く。自身が口にしたはずなのに耳で捉えた声はどこか聞き覚えがあるが、常日頃聞いている声とは全く異なる物であったからだ。
その違和感の正体も気になったがそれよりもまず此処が何処であり、何故自身がこんな場所にいるのかを探る方が重要だと判断し、最後に覚えている記憶を思い出そうと思考する。
だがどれ程考えてもセイバーと戦いの最中に主の令呪によって自害させられ、霊基が消滅して意識が消える瞬間までしか思い出す事ができなかった。
記憶だけならば退去した瞬間にここに現れたと考える事もできたが、感覚としては数日が経過したような物が残っており、それが敗退した瞬間から今に至るまで空白の時間が存在していたのだと己に物語っている。
別の聖杯戦争に召喚された可能性も考えるが、それにしては鮮明に記憶があり過ぎであり、第四次聖杯戦争から霊基が続いていると考えるのが妥当だろうと判断する。
何よりもマスターとのパスも感じられない。そう考えた瞬間に、ディルムッドがある事実に気が付いて驚き眼を開く。
マスターとパスが繋がっていない。それはつまり魔力供給が不要であったも存在出来る事を意味する。それは自身が―――
「ぐっ?!」
そこまで考えた瞬間、ディルムッドの心臓に突き刺すような激痛が走り、耐え切れずに胸元を掴みながら膝を着く。すると掴んだ部分から零れるように紅と黄の光の球体が二つずつ現れ、ディルムッドの四方を取り囲むように形を成して地面に突き立てられた。
そこにあったのは紅き光彩を放つ長槍と長剣。黄色く煌めく短槍と短剣であった。武具に対する知識が皆無であっても一目見れば一流の業物とわかるそれら四つの武器を見たディルムッドは痛みを忘れて思わず動きを止める。
だがそれはその武器の素晴らしさに見とれたからではなく、それらが自身にとって馴染み深い物であったからだ。
―――深紅の長槍の名は
ドルイドのアンガスより贈られた生前でも聖杯戦争でも最も多用した武器である。第四次聖杯戦争でも最後まで振るい、令呪によって自らの手で己の心臓を貫いた刃が触れた個所の魔術的効力を無効化する魔槍。
―――煌黄の短槍の名は
妖精王マナマーン・マック・リールより贈られた生前の最期の時に噛み折られ、第四次聖杯戦争においては無辜の民を守る為に自ら折って消滅した傷つけた相手に治癒不能の呪いを与える呪槍。
二つとも聖杯戦争においてサーヴァントとして召喚された事で自身の伝承から再現された英霊独自の切り札【宝具】である。
そしてランサーとして呼ばれた為、再現されず失った二振りの剣。黄槍と同じく妖精王マナマーン・マック・リールより贈られた
セイバーとなったならばこの二振りがある事はおかしくは無いが、その場合は二槍が失われるはずである。唯一の可能性があるとすれば狂戦士のクラスであるが、自身が狂気に侵されていない事は己自身が理解していたので即座に否定する。そもそも理性なき獣へとなってしまえば主君に騎士と仕え、勝利と聖杯を捧げるという自身の望みが叶えられないので、狂戦士での召喚には絶対に応じる事はあり得ないだろう。
疑問を胸に抱きながらも鈍痛の残る身体に鞭を打って立ち上がったディルムッドは4つの宝具の中の一つ、
生前と変わらぬ人には決して作る事が出来ない文字通り神が作り出した芸術的な造形。内包する魔力も遜色なく、真明を開放すれば一撃必殺を体現する魔剣の力を発揮するだろう。
しかし同時にかつての
(一体これは……?!)
このままでは生前のように片手で使うには支障が出ると考えながら柄を握る己の手を見て、これまで感じていた違和感と
そしてそこに映った姿を見て、ディルムッドは先程気が付いた違和感の正体が正しかったと確信を持った。
―――そこに映っていたのは聖杯戦争で槍を振るった全盛期の姿ではなく、騎士団に入る前の幼い頃のディルムッドであった
声に聞き覚えがあったのは幼い頃の自身の声であったからであり、
子供の頃が全盛期となるサーヴァントもいるかもしれないが、己の生涯を振り返っても魔術も知らず、武術一辺倒であったディルムッドがフィオナ騎士団へ入団し、かつての主君であるフィンの元で槍を振るう以前が全盛期となる可能性は無いだろう。
これだけでもサーヴァントとなった身としてはあり得ない事であるが、それ以上に信じられない事は、宝具が現界する直前に気が付いた事実。マスター不在でありながら己がこの地に明確に存在できるという事の意味である。それはすなわち―――
「受肉している……か」
ぽつりと確信をもってディルムッドはそう呟く。魔力供給を必要とせずにこの地に留まれるという事はエーテルで形作られた肉体を纏った状態ではなく、この世界に一つの命として存在しているという事に他ならなかった。
記憶を保持したまま再召喚される事すらイレギュラーであるというのに、受肉した上に子供の頃の姿になり、さらに使用不可能であった宝具が手元にあるという異常事態にディルムッドは戸惑いを隠せなかった。
「サーヴァントである以上、何があってもおかしくはない……か」
自らの状態を理解したディルムッドはそれ以上深く考える事を一度止める。ここでどれだけ考えたとしても答えを得る事はできないだろうし、今は考えるよりもこの地、この時代の情報を集める事の方が重要だと判断したからだ。
そもそもディルムッドからすれば、自身が英霊となって座に召し上がられた事こそが一番の想定外であった。生きていた頃はただ主君や仲間達、妻であるグラニアの為に戦っていただけであり、自身が偉大なる光の御子と同じ英霊となれるなど微塵も考えていなかったのだ。
早速情報を集めようと歩き出そうとした瞬間、視界が霞み、ぐらりと身体が揺れる。バランスを崩し、倒れそうになったディルムッドは咄嗟に近くの木の幹に背中をぶつけるように身体を動かし、木に体重を預ける事で転倒を防ぐ。
「ぐっ……!」
宝具が肉体から現界した負荷が残っていたのだろう。思考を止めた瞬間に張り詰めていた物が切れたのか、先程まで感じなかった強烈な疲労と眠気が一気に襲ってくる。それは耐えようと思えば耐える事ができる物であったが、差し迫った脅威がある訳でも緊急の事態である訳でも無い為、今は体調を整える事が大事だと判断したディルムッドは身体から力を抜き、木の幹に背中を預けたまま座り込むとそのまま意識を手放した。
―――――――――――――――
魔力の揺らぎを感じ、ディルムッドは深い眠りの中にあった意識を覚醒させる。
そして立ち上がり、右手に
受肉における最大のデメリット、それは筋力、体力、攻撃の射程距離。その全てが低下している事である。跳躍して木の上に乗るという、生前では単純な身体能力だけでできた事も今のディルムッドにできないのは試さずとも理解できていた。
だが魔力を足裏に集めて放出するというこの手法を使えば、少なくとも敏捷性のみは補えるのではないかと立ち上がった瞬間に考えて実行したのである。
そしてそれが問題なく成功した事にディルムッドは安堵の息を吐くと、感知した魔力の正体を探るべく木の上から周囲を見渡す。弓兵のクラスには及ばねど、超常の存在たるサーヴァントであるディルムッドならば数キロ先の景色を俯瞰的に捉える事など造作もない。
―――――視線の先にあったのは穏やかな街だった
冬木市と同じ建築様式の建物や街並み。民家の形状から此処が第四次聖杯戦争時とさほど変わらない時期の日本だと判断したディルムッドは視線を一点へ向ける。そこには穏やかな街には似つかわしくない楕円形の物体が存在していた。
「結界……? キャスターのサーヴァントでもいるのか……?」
それをディルムッドが怪訝な表情を浮かべる。一見して内と外を隔絶する結界だとは理解できたが、その規模と魔力の密度に違和感を感じたのだ。
弱小サーヴァントが展開するにしては規模が大きく、強力なサーヴァントが展開するものにしては粗末。魔力の密度も神代の魔術と比べれば弱く、近代の魔術としてみれば非常に強力と非常に中途半端なものであったからだ。
「いや……考えてるより確かめた方が早いな」
魔術の知識などあまり持たない己が此処で考えるよりも中に入って見る方が、答えが見つかると可能性が高いと判断したディルムッドは一度地面に降りると再び魔力を再び脚へと収束し、一気に跳躍すると二キロ以上離れた結界の元へと一瞬でたどり着く。そして結界表面に触れ、自身の手が問題なくすり抜ける事を確認するとそのまま中へと侵入する。
そこでディルムッドが目にしたのは粉砕された道路と塀。肩に小動物を乗せている風変わりな衣装を纏った杖を持った少女。
――――そして少女と対峙する両手に巨大な振りの巨斧を携える不気味な仮面を付けた巨人であった
今までの部分はある程度残すと言ったな。あれは嘘だ。
というわけで最初からいきなり変えてみました。