―――高町なのはは数十分前までごく普通の十歳の少女であった
自分を見守ってくれる父と母、優しい兄と姉と暮らし、親友の少女二人や友達と日常を過ごす。
在り来たりだが掛け替えのない幸福な日々を過ごしていた彼女であったが、学校の帰りに聞こえてきた声に導かれ、不思議なフェレットに出会った事で、そんな平穏な日常は終わりを告げる事となる。
不思議な喋るフェレットに頼まれて魔法少女となったなのはは、訳も分からないまま異形の怪物と戦う事になり、戸惑いながらも意志持つ魔導器【インテリジェントデバイス】であるレイジングハートの力を借りて、怪物の核となる集めると願いを叶えてくれる願望器【ジュエルシード】を封印する事に成功させる。
この後封印したジュエルシードを回収した彼女はフェレットから名と目的を聞き、ジュエルシードを巡る戦いへとその身を投じ、そして
――――しかし訪れるはずであった彼女の
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
ジュエルシードを回収しようとなのはが手前まで進んで杖先を向けた瞬間、凄まじい咆哮が周囲に響き渡った。
「なっ何?!」
『Evasion. Flier fin!』
驚き動きを止めたなのはに代わってフェレットが咄嗟にジュエルシードを咥えて後ろに逃げ、レイジングハートが自動で飛行魔法を発動し、その場からなのはを後退させると同時にジュエルシードがあった場所に上空から何かが飛来し、轟音と共に着地する。
砂煙が晴れた時、そこにいたのは3m程の巨大な【影】であった。
黒い霧のようなものを纏う人型の影は陰影が全く無い為細部がわかりずらいが、両手になのはよりも大きな片刃のハルバートを左右に携えているのだけは辛うじて認識できるだろう。
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
現れた影の顔と思われる部分がゆっくり動く。正面を向いた影と無いはずの眼と視線があった気がしたなのはは恐怖を感じ、全身が硬直してしまうがすぐにその視線が逸れた事で解放される。
なのはがゆっくりと影の視線の先を追うと、ジュエルシードを咥えたフェレットの姿が目に入る。それを見て影の狙いがジュエルシードだと直感的に理解したなのははフェレットを抱きかかえて再び後ろに飛んだ。
その瞬間、先程まで自分たちがいた場所が叩きつけられた斧によって大きく陥没する。
「……!」
その破壊力に思わず恐怖で立ち止まりそうになったあったなのはだったが、フェレットを守らなければならないという想いで己を奮い立たせ、影から距離を取ろうとさらに加速しようとした。だが影はそれよりも早く距離を詰め、横なぎにその手の斧を一閃する。
『Protection!』
レイジングハートがなのはを守ろうと即座にプロテクションを前面に展開する。最初に襲ってきた怪物の攻撃を完全に防ぎ切った強力な防御魔法だったが、影の攻撃を僅か数秒受け止めただけで砕かれ、ハルバートの直撃をそのまま受けたなのはを容赦なく壁に叩きつける。
「かはっ!」
幸いにもプロテクションのおかげで軌道が反れ、刃ではなく斧の側面がぶつかった為、その身を刃が斬り裂く事はなく、痛みと衝撃はレイジングハートと共に展開された魔法の防護服【バリアジャケット】によってほぼ無効化されたが、影の前で完全な無防備を晒す事になってしまう。防御は間に合わないと咄嗟に目を閉じ身を固くするなのはだったが、影からの追撃はなく、不思議に思い目を開ける。
「あっ!」
そして眼を開けたなのははその理由を理解して思わず声を上げる。彼女が見たのは影が斧を持ったまま指先で落ちているジュエルシードを掴んでいる姿であった。今の衝撃でフェレットが口に咥えていたのが落ちてしまったのだろう。
影は驚くなのはなど目に入っていない様子で数秒ジュエルシードを見ていたかと思うと、それを自身の胸元へと当てる。すると蒼く輝いていたジュエルシードが影に飲み込まれ、その光はすぐに見えなくなってしまった。
「そんな……! ジュエルシードを取り込んで……!」
「どうなっちゃうの……!」
驚くなのはとフェレット。その二人の前で影に変化が起きる。影の周りに漂っていた黒い霧が蒸発するように消え、真っ黒だった影の体に色が浮かび上がり、影の姿かたちがはっきりとしたものへと変化したのだ。
3メートル近い背丈は変わらないが、その身体は傷痕だらけの鋼のような筋肉に覆われ、顔と思われていた部分には牡牛を象ったような鉄の面が在る。牡牛の鉄面の後ろからは獣のような質感の長い髪が伸び、腕と胴体には拘束具のようなものが付いていた。
そして両手に持つのは先ほどと変わらない片刃のハルバート。しかし先程までの影と一体化したシルエットとは異なり、重厚な金属の質感が生まれた事で一層恐ろしさと鋭さを感じさせる物となっている。
「■■■■■――じゅえる、しーど、てに、いれた……」
「しゃべ……た……?」
先程まで咆哮した上げなかった影…いや巨人が言葉を口にし、なのはの肩へと飛び乗ったフェレットが驚きのあまり思わずといった様子で呟く。喋った言葉は片言ではあったが、はっきりと自我がある物であるとわかるものであったからだ。
そのフェレットの言葉に反応したのか、巨人はゆっくりとなのは達の方へと顔を向ける。その鉄面の向こうの眼がこちらに向けられたと知覚した瞬間、なのはとフェレットは今度こそその身を完全に固まらせてしまった。
目が合った。ただそれだけだというのに、目の前にいる者が見た目だけではなく、自身とは隔絶した存在であると本能的に理解させられてしまったのだ。
巨人は動けなくなったなのは達の元へと歩み寄る。そしてゆっくりと右手の斧を掲げ、確実な死を齎すであろう一撃が振り降ろした。
「はあぁぁぁぁっ!!
――――だがその一撃がなのはを捉えるよりも疾く、巨人となのはの間に上空から紅い閃光が舞い降り、巨人の右腕が宙を舞った
「ああああああああああああっ!!」
巨人の苦痛の咆哮を聞き、硬直していた身体が自由を取り戻す。一体何が起きたのかと戸惑うなのはだったが、目の前に自分と同じ背丈の人物が立っている事に気が付く。
「無事か?」
こちらに背を向けたまま紅い閃光と共に目の前に舞い降りてきた人物が声をかけてくる。幼さを残しながらも自分とは違う深さを感じさせる声色から少年と思われるその人物は、右手にレイジングハートと同じ鮮やかな紅色の剣を持っていた。
「はっ……はいっ! 大丈夫です! 助けてくれてありがとうございます! えっと君は……」
「すまないが自己紹介は後にしよう。今はあれを倒す事が先だ」
なのはの言葉を遮り、少年が目の前の巨人と相対する。巨人はもはやなのは達を眼中に収めておらず、突如現れた少年へと明確な殺意を放っていた。直接ではないというのに身体が震えそうになる程の殺気を直接向けられている少年は全く動じることはなく、あの強大な存在を倒すとあっさりと口にした。
「さて……。事情を一切理解していない俺が割り込むのは野暮だとは理解しているが……」
少年がそう言いながら剣を構え直す。父と兄、姉が剣術家であり、3人の剣を見ていたなのはその動きだけで少年が優れた武技を持っていると理解できた。
「幼い少女を手に掛けようとするのを黙認する訳にはいかんのでな。ここで討たせて貰うぞ」
少年、ディルムッド・オディナはそう言って目の前に立っている
次回、謎のサーヴァント戦。いったい何者なのだ……。
リメイク版も頑張って書いていこうと思うのでこれからも暇つぶしにでも読んでいただけたら幸いです。