――――ラビュリントス
それはギリシャの天才的工人、ダイダロスがクレタ島に作りし建造物。対策せずに迷えば絶対に脱出不可能と伝わる大迷宮の名である。
光源もないのに迷宮全体は明るく、死角となるのは曲がり角のみ。隠れる事のできる遮蔽物が一切ない閉鎖空間は左右の壁の模様に一切の違いがなく、通路によっては後ろを向いても全く景色が変わらない。
常に意識していなければ自分がどちらから来たかすらわからなくなってしまう。中にいる者を出さない事に重きを置いた建造物。
「ふっ!」
そんな迷宮の中、ディルムッド・オディナはラビリュントスに住まう魔物達の猛攻を一人で受け止めていた。
迷宮に迷い込んだ者を殺す為に存在する化け物は、普通の人間であれば一匹であっても脅威の存在である。だが一流の戦士たるディルムッドからすれば大した物ではなく、迫り来る鉤爪をかわしては
だがディルムッドの表情に余裕はなく、優れた武人でなければわからない程度ではあるが、最初にバーサーカーと戦っていた時よりも精彩を欠いた動きに変わっている。
「流石に……これは堪えるな」
返り血で汚れた端正な顔を左手で拭いながらディルムッドが苦しげに呟く。だがそれも仕方がない事であるだろう。
何故ならばディルムッドが迷宮に囚われてからおよそ六時間は経過しており、それまで一瞬の休みもなく戦い続けているのだ。
武器としては最高峰の魔槍と魔剣があるとは言え、ディルムッドは今生身であり、肉体も脆弱な子供の物。
無制限に湧き出る魔物が常に死角から現れては、休む暇もなく襲い掛かってくれば今のディルムッドでは対処は難しい。実際既に武器を握る力も弱く、何度か致命傷を受けそうに成る程、身体が思うように動かなくなってきている。
多少腕が立つ程度の武人であれば一時間も耐えられずに死体へと変えられてしまう状況を、ディルムッドは疲労を強靭な精神で抑え込み、敵を斬る瞬間だけに力を入れるという手段を使って負担を抑えて今まで戦い続けていた。
とはいえそれがいつまでも続く訳もなく、このままでは限界が来て殺されるのは明白であった。
「全く……厄介な宝具だな……。俺が弱ったところで仕留めるつもりか?」
ディルムッドは自身を捕らえてから姿を見せない相手に向け、聞こえているかはわからぬが声を掛ける。
本来このラビュリントスは迷い混んだ者を捕らえるものではなく、内側に閉じ込めたある存在を外に出さないために作られた物だ。
そこに住まうのはギリシャ神話において、海神ポセイドンを騙したミノスの王が神の怒りを買った事で、呪いを受けた后と雄牛の間で生まれた牛頭人身の怪物。
多くの子供を喰らい、最期は英雄テセウスによって討たれた哀れな反英雄。その名は―――
「迷宮の主、【ミノタウロス】よ」
ディルムッドはそうバーサーカーの真名を確信を持って告げる。迷宮に囚われた時点で正体に確信はあったが、言ったところで意味はないと考えた故に口にしなかった。
今口にしたのは一方的に不利になる膠着状態から抜け出せるかも知れないという思いからではあったが、出てこなくとも一騎当千の英雄でもない相手に姿を現さないのを卑怯と言うつもりもない。
こうなったのは自らの実力不足であり、このまま討たれたのはならば素直に相手が上手だったと認めるつもりですらあった。
「そのなまえでよぶなぁぁっ!」
「っ!! 何っ?!」
だがディルムッドの予想は大きく覆される。今まで一瞬たりとも姿を見せなかったバーサーカー、ミノタウロスが正面から現れるとディルムッド目掛けて斧を振り下ろしてきたのである。
「なんだ……その腕は……?」
咄嗟に魔力放出で後ろに飛んで避け、壁に背中をぶつけはしたが回避に成功したディルムッドであったがその顔には驚愕の色があった。ただそれは不意打ちを喰らったからではなく、地面にめり込んだ斧を持つ
元々霊体であるサーヴァントは
だが問題なのはその再生した右腕が明らかに異常な状態であった事だ。
赤銅色であった肌はまるで血液が沸騰したかのように真っ赤に染まり、その表面を影のような黒い線が覆っている。そしてその影響は右腕だけに留まらず、肉体の六割が同様の変質を起こしている。
生前にも聖杯戦争でも見たことがない現象。だがディルムッドはあの「悪意の塊のような泥」に対し、強烈な既視感を抱いていた。
「し、ねぇっ!」
奇妙な既視感に戸惑い、ディルムッドが動きを止めたのを好機と見たミノタウロスが最小限の動きながら首をはねるには充分な横振りを放つ。
背後は壁である為、後退は不可能。左右に避けのも状況的に難しく、しゃがんで回避しても万が一ミノタウロスがそのまま突っ込んでくれば間違いなく圧殺される。
「舐め……るなぁっ!」
故にディルムッドは残された唯一の活路は突き進む事であると判断し、そこに全てを賭ける事を選んだ。
―――数多の神代のサーヴァントと比べれば強力とは言い難いディルムッド
それは本人も自覚しているが、この跳躍に特化した魔力放出による爆発的な突進力だけならば最速と謳われるギリシャの大英雄が相手でも勝てるという自負があった。
そんなディルムッドが絶対の自信を持つ爆発的な加速で数歩の距離を突き進み、
一瞬の交錯の後、ディルムッドの顔が鮮血で染め上げられる。だがその身に致命的な傷は無く、ディルムッドの美貌を染めた血の持ち主は
「あ……あぁう……!」
その身体がこちらに倒れてくる前にディルムッドは紅槍を手放し、するりと左に避ける事でその巨体の下敷きになることを避ける。
「珍しく運が良かったな……」
そのまま力なくうつ伏せに倒れ、起き上がる気配を見せないミノタウロスから視線を離さず距離を取ると、空いた右手へ視線を落として呟く。
最後の一撃がミノタウロスの胸元を捉えた時、ディルムッドの手に伝わってきたのは、あの異様な堅さを持つ肉体とは思えぬ程の手応えの無さであった。
これは予想でしかないが、恐らく泥に変化した事であの驚異的な耐久性を失ってしまったのだろう。もし胸元が泥に変化していなければ
生前も死後も不運に見舞われる事が多かったが、今回だけは運が味方してくれたのだと思い、警戒を緩めて安堵の息を吐いたその瞬間、ディルムッドの背に悪寒が走る。
「……馬鹿な」
すぐさま警戒を戻し、顔を上げるディルムッド。そうして目にした光景に驚愕し思わずそう口にしてしまう。何故ならばその視線の先で霊核を貫かれ倒れ伏したミノタウロスが起き上がる姿があったからだ。
「霊核を貫いたというのに立ち上がれるとは……」
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」
「っ!?」
全身がどす黒い泥に変質し、言葉にならぬ咆哮を上げながら心臓に突き立てられた
その動きを見て嫌な予感を感じ、咄嗟にその場から飛び退くと先程までディルムッドがいた場所に音速で飛来した
「ちっ!」
2メートル程の長さのある自らの愛槍が半分ほどまで石の床を貫いている様を見て今の己では抜けないと判断するとディルムッドは即座に回収を諦め、
もはや英霊とは呼べぬ禍々しき姿に致命傷からの再生能力。加えて対峙する場所はミノタウロスの有利な陣地であるラビュリントスの中。
対するディルムッドは実質的に
「ふっ……。霊核を貫かれて立ち上がるか。確かに厄介な再生力ではある……が」
不適な笑みを浮かべながらそう語るディルムッドの姿が突如ミノタウロスの視界から消える。その事に驚き、ディルムッドの行方を捜すミノタウロスが次にその姿を捉えたのは真紅の刀身を振るい、自らの両腕を撥ね飛ばす瞬間であった。
「◼️◼️?!」
「遅いっ!」
両腕を失ったミノタウロスは本能的に危機を察して咄嗟に後退するが、ディルムッドはそれよりも早くその場から跳躍して
そのまま流れるような動作で左肩から胴体を袈裟懸けに斬りつけると胸元を蹴り飛ばし、その反動でミノタウロスから距離を取る。ミノタウロスの視界から消えてからおよそ十秒弱。たったそれだけの時間で先程までの苦境が嘘のようにディルムッドは相手を圧倒し、明白な実力差を見せつけた。
そもそもこれまで苦戦を強いられていたのは相手の攻撃が脅威であったからではなく、こちらの攻撃がまともに通らなかった事が原因であり、そのせいで一方的に追い込まれ、防戦一方を強いられていただけである。
その前提が無くなれば肉体的なディスアドバンテージなど関係なく、騎士として磨き上げられた武を存分に発揮する事が可能となる。そうなれば切り札たる宝具を使い、特殊な力のない武器のみで戦う理性なき獣と一つは地面に突き立てられて使えなくとも最高峰の武器たる宝具を持つ理性ある騎士。どちらが有利かは明白であった。
そしてその事を理性はなくとも本能で理解したのだろう。ミノタウロスは一切の躊躇なく反転して駆け出し、ディルムッドからの逃走を図る。
「っ! 待て……?!」
ここでラビュリントス相手を逃がせば厄介な事になると、即座に追撃しようとしたディルムッドであったが、一歩踏み出すと同時にその場で動きを止め、その間にミノタウロスの姿は迷宮の曲がり角へと消えてしまう。
その直後、ラビュリントスの景色が揺らいだかと思うとまるで溶けるように無くなり、周囲の光景は巨大な大迷宮から真っ暗な森へと変化する。既にミノタウロスの気配は完全に消えており、どうやっても追う事は不可能であった。
「ぐっ……!」
不本意な結末ながら戦いが終わったのだと認識した瞬間、ディルムッドの身体から力が抜け、その場で
わずか一瞬の気の緩み。それだけで肉体の疲労を無理矢理抑え込んでいた枷が外れてしまい、反動がディルムッドへと襲いかかったのだ。
肉体の強度を問わず霊体であれば、実体化を解くなり、魔力で補修ができるのでここまでの負荷はないだろう。しかし受肉した今の状態では魔術の使えないディルムッドには自力で身体のダメージを回復する術はない。
普通の人間なら即座に意識が飛ぶような激痛だが、ディルムッドは歯を食い縛って辛うじて耐えると、左手で
「全く……ここまでの醜態を晒す事になるとはな……」
己を自嘲する笑みを浮かべながら山の中を進んでいくが、今のディルムッドには周囲を見る余裕は既になく、現在の位置もまともに把握できない。
幸いにも置いてきた自身の一部である
顔を上げるのも苦しく、せめて足を引っ掻けて倒れぬようにと足元を見ながら歩くディルムッド。
そのまま暫くどれだけ進んだのか、どれだけ時間がたったのかもわからないような状態であったが、目的地の近くへと辿り着いたと感覚でわかったディルムッドは顔を上げ、最後の踏ん張りと言わんばかりに勢い良く一歩を踏み出すと共に顔を上げて自らの宝具を視界に入れる。
そしてディルムッドは地面に突き立てられた月光を浴びて金色に輝く
ーー後にこの日、この瞬間をある少女に語った時、彼女はディルムッドへ笑いながらこう口にする事となる
そして
非常に遅くなりました。ただ最後の一文を入れたくて締めが上手いのが思い付かず、悩んでるうちに仕事異動したりグラブル復帰したりfgo止めてfgoアーケード始めたりしてるうちに時間が空いてしまいました。
その間もストライカーズまでの展開とか設定は妄想で決めてましたが、この話の締めが納得できるのが浮かばなくて進まないという状態でした。
色々時間ができたのでこれからはもう少し早い頻度で更新できると思います。
なお本日投稿したのは私の誕生日に間に合わせたかったからです。お祝いと感想戴けたら喜びます。