ソードアート・オンライン・フェイトアンコール   作:にゃはっふー

28 / 28
最終章・そして彼は歩き出す

「こうしてムーンセルとカーディナルのコラボは終わり。どう、いい経験になったかしら」

 

 電脳の世界、ムーンセルが管理する空間で、全ての観測されたデータが彼女、リンの手により整理される。

 

「ああ。私の人生で一番の出来事ばかりさ」

 

 リンはある男と話し合う。彼は茅場晶彦。彼は静かにその光景を見た。

 

「一番の出来事ねえ。どんなところが」

 

「自分の子供に恨まれたこと、私の思想を超えた者たち。そう言ったもの全て」

 

「そう、まあ、そういうことにしておきましょうか」

 

 そう言い、リンは静かに別の道、彼は別の道を見つめた。

 

「こっちからしたらはた迷惑だけど、まあ悪いことだけじゃないって信じるわ。まだまだやらなきゃいけないことばかりだもの」

 

「最後に一ついいかい」

 

「なあに?」

 

「彼は勝利者として、聖杯を手に入れられたのかい」

 

 その問いかけにリンは少しばかり考え込む。静かに告げた。

 

 答えを知り、満足そうに彼は去っていく。

 

「はあ、気楽なものね。まあいいでしょう。こっちはこっちでムーンセルを観測したカーディナルと言う存在の観測。その逆もあり………」

 

 リンはステップを踏みながら、気楽にその後を考える。やる事は山のようにある。それでも、

 

「まあ頑張りますか。彼奴らの旅路に比べたら安いものよ」

 

 そう言い彼女もまた歩き出した。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 帰還した俺たちはまず、リハビリの為に長い入院生活を余儀なくされる。

 

 事件解決を捜査していた人たちから、俺と75層と戦ったあの日、茅場晶彦は死んでいたことを聞く。

 

 大型スキャンで脳をスキャニングすることで、彼はSAO被害者と同じ死を迎える。

 

 もしかしたら彼は電脳世界に生きるために、不要な肉体を捨てたのかもしれない。事実だけは謎のままだ。

 

 須郷はVRMMO内での出来事から、彼らは警察にその身を取り押さえられた。

 

 その後俺たちはリハビリの甲斐もあり、エギルことアルドリューと言う人物の現実世界の店に集まった。

 

 アインクラッド攻略クリアパーティー。SAOプレイヤーたちのパーティー。二か月の疲れがあるがみんな楽しんでいる。

 

 ユイやストレアも、別のゲーム、ALOで引き継ぎができる話であり、彼女らやピナとも会えることは約束されていた。

 

 ユウキについては、彼女は別の、シノンと同じ《メディキュボイド》を使用した患者であることだけを知る。

 

 それ以上立ち入ったことは教えられないと役人の男に止められた。だがゲーム、VRを続けている限り、彼女とはまた会える。そんな気がした。

 

 だからこそ彼らのことが俺たちの心の中で大きくなる。

 

 メイトとセイバー。

 

 この世界に戻ってから、彼らの存在だけが欠片すら無かったかのように扱われている。

 

 現実世界で即座に編成された事件を捜査、担当する大人たちはプレイヤーデータをモニタリング、かつその他のアプローチが無いか探していた。

 

 75層からそれがかなり困難になる中、どこのデータからも、それこそ須郷たち外部からの介入の中ですら、彼らの痕跡は見つからない。

 

 まるで初めからそこにいないかのように彼ら、ムーンセルと言う存在が見つけられなかった。

 

 彼らの存在がない中、俺たちはそれを受け入れなければいけない。

 

「………」

 

「キリト君」

 

「あっ、ああアスナ」

 

 俺が一人考え込んでいると、アスナが話しかけて来る。

 

「メイト君たちのことを考えてたの?」

 

「………ああ」

 

 アスナには敵わないな。

 

 俺は少し周りを気にしながら、アスナ、彼女だけには伝えておかなければいけない。

 

「君には話して置かないといけない、少し外で風に当たらないか」

 

「いいけど………」

 

 少し周りに気を遣いながら、静かに建物の外に出る。中はパーティーで騒いでいて、ほんの少しなら気づかれないだろう。

 

 外の風を受けながら、静かに、

 

「俺の本名は桐ケ谷和人、桐ケ谷のきりに、和人のとで〝キリト〟なんだ」

 

「それは………」

 

「だけど、俺にももう一つ名前があるんだ」

 

「えっ」

 

 それはたぶん、スグも知らないこと。だがいずれ話さなければいけない話。

 

「鳴坂和人。俺の、俺を生んだ両親の苗字を使った名前だ」

 

「鳴坂って」

 

「めいって読んで鳴、和人のとで、メイト。彼奴の名前、漢字にしたら〝鳴人〟って書くと思う」

 

 彼は初めから俺として名乗っていた。

 

 友でも相棒でもなく、俺のような理由で、俺として俺を名乗る。

 

 彼はどんな感情、日々であの世界を生きていたのだろうか。

 

 全てを救う為に死神であることを受け入れ、それ以外に道は無く、その先が終わりしかないと知りながら、彼は歩くのを止めなかった。

 

「彼は、ずっと」

 

「キリト君」

 

 それを彼女は、あの彼女のように止めてくれた。

 

「彼はそんなこと思っていないよ」

 

「………そうだな」

 

 彼は彼として生きていた。それは紛れもない事実だ。

 

 しばらくして店に戻り、みんなでわいわい話し合い、仲間たちと共に話し合う。

 

 そして新たな舞台に向けて話し合う。俺たちの歩みは止まらない。

 

 彼と彼女たちが俺たちにくれた世界、それは暖かく、尊いものだ。

 

 それを表明するために、俺たちは生きる。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 俺たちが病院から退院し、ようやく自由な時間を取り戻し始めた頃、俺は家から隠れながら外に出る。今回ばかりは、スグに見つかるわけにはいかない。

 

「………あいつ、俺を成長させたようなものかな」

 

 少し背は高く、青年とはっきり言える顔立ち。

 

 お店のディスプレイ、硝子に映る自分を見ながら、仮想世界で生きた彼を思い出す。

 

「キリト君」

 

「うわっ」

 

 少し驚くが、そこにいたのは今回のことを約束した相手。

 

「明日菜、キャラネームをリアルで言うなよ……」

 

「あっ、ごめ。って、それじゃわたしはどうすればいいのっ!?」

 

「キャラネームを本名にするから………」

 

 呆れながら俺たちは、その、デートすることになる。

 

 現実世界での初めてのデート。

 

 できれば仲間たちには内緒にしている。学校ではどうしても人目があり、気になるのだ。

 

「なんか向こうでもこっちでもこそこそしている気がするよ」

 

「だな。仮想世界じゃセイバーが面白がって来るし」

 

「そう言えばセイバーさん何者だったんだろう? きり、和人君分かる?」

 

「それは、風呂が好きで薔薇風呂だっけか? それを気に入ってて……。あっ、シノンが言うには、彼女の言い回しはローマ関係が多かったらしい」

 

「それで皇帝で、そう言えばメイト君が言うには、史実と現実では性別が同じとは限らないって」

 

「それで男も好きだが、女の子はもっと好き………。結構居そうだな」

 

 そんな感じであれこれ話しながら歩いている。

 

 買い物をしながら、俺は彼女たちを思い出す。

 

 セイバーと言う、頼もしい剣士。

 

 俺のデータを下に、二つのデータから作り出された友人。

 

 そしてボスとして作り出され、あの世界全てを背負った少女。

 

「ねえ和人君、やっぱり探してるんだよね」

 

「ああ……、エギルも色々ツテ回って探しているけど、彼に関係するゲームは存在しないらしい」

 

 存在しない世界、彼らの世界は本当にあったはずだ。

 

 なのに見つからず、俺は静かに空を見上げた。彼が時々していたこと。

 

 ムーンセル、これに関係するデータだけはこの世界には存在しない。ごくわずかなデータでモニタリングしていた現実世界からも、そのような事実だけは出なかった。

 

 彼らの軌跡だけが、旅路だけが本当に消えてしまったことに、俺たちは少なからず心の中に残り続ける。

 

 彼らはそこにいた。

 

 あの世界、鋼鉄の浮遊城にいたもう一人の俺。

 

 その相棒である薔薇の皇帝と、世界を守る彼女。それだけでなく、その旅路に現れたサーヴァントたち。

 

 彼らの存在は確かにいた、それを証明することができなくても、俺たちの心がそう告げる。

 

 そう考えている時、

 

「和人君っ」

 

 その時、意識が現実に帰ると、白い物体が俺にぶつかってしまった。

 

「わふっ」

 

 白いふわふわした子供だろう。

 

 ふりふりのフリルのついたワンピースを着た、小さな女の子。

 

「ごめんなさーい」

 

「こら、前を見ず走るから。お兄さんたちに謝りなさい」

 

「ごめんなさいです……」

 

 その少女は、彼が言った〝二つ目〟の願いの対象。

 

 あの少女によく似ていた。

 

「あっ、いえ。こっちもぼーっとしてましたから」

 

「ごめんなさい……」

 

「まったくこの子は。久しぶりに、お父さんが仕事の休みなのに」

 

「いや、紺野さんたちが最近病状が良いからね。できればもう少し検査を」

 

「患者さんたちを大事にするのはいいけど。娘も大事にしなさい。けどもう元気で……。ほんと、昔のおばあさまみたいね」

 

「君に似たんじゃ……あっいえ、なんでもありません」

 

 ドイツ人だろうか? 現実世界に帰るとフルダイブ技術が関係して、海外産業などがこの国と関わり合いになろうと、多くの外人を見かけるようになっていた。

 

 そして男性の傍ら、男の失言に僅かに微笑む(目は笑っていない)女性は、どことなくこの少女に似ている。

 

「それじゃ、わたしたちはこれで。行きましょう〝アリス〟」

 

「うんっ、ばいばいおにいちゃんおねえちゃん」

 

「あっ、ああ」

 

「気を付けてね」

 

「うんっ♪♪」

 

 こうして去る少女に俺たちはお互い目を合わせ、そして走り出す。

 

 図書館、ドイツの記事を調べに向こう。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 それは奇跡の出来事として書かれていた。

 

 とある戦争の中、空爆が引き起こされたが、重傷者が一人も出なかったという、奇跡としか言えない出来事があり、一人の少女が証言する。

 

「黒い騎士様(ナイト)があたしたちを守ってくれたの」

 

 それがこの時代に、彼が刻んだ願いの結晶。もう一人の剣士が歩んだ旅路の先。

 

 そして………

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 どこかの病室、とある少女がリハビリ室で身体を動かす。彼女の身体はやせ細っていて弱々しい。

 

 これでも彼女は奇跡的に病気が治り出し、まだ無菌室から出られない他の家族より先に、外に出る事ができた。

 

「ボク、頑張って生きてるよ。メイト」

 

 短髪の少女は微笑みながら空を見る。その髪には二つのリボンが結ばれていて、彼女は髪を伸ばそうと決意している。

 

 そのリボンはなぜか自分の手元にあった。最後まで彼の腕に巻かれているはずの、ここでは無い別の世界のみに存在する、あるはずのない二つのリボン。

 

 それが手元にあることで、彼女はVRゲームを絶対に続けようと決意する。いまだ身体は《メディキュボイド》の治療が必要なのだし、これから楽しみだ。

 

 そう考えながら、窓の外を見たとき………

 

「えっ………」

 

 そこに一人の青年が見つめていた。

 

 死の影が消え、黒い姿から灰色と白色の服装で、二つの剣を下げて銀色の髪に、深い蒼の瞳が彼女を優しく見つめる。

 

「………俺の旅路に、光が無いと思ったけど、進んでみるものだ」

 

 そう聞こえ、彼女は声を出そうとした時、突風が吹き荒れる。

 

 あまりの風に目を瞑る時、すでに青年の姿は無い。

 

 夢か幻、何かであれ、彼はもうそこにいない。だけど彼女は嬉しそうに微笑み、自分の髪に付けたリボンに触れる。

 

「見守っててね、メイト」

 

 彼女、紺野木綿季はそう呟き、空を見上げた。

 

 その空は彼の瞳のように、綺麗な蒼と白い雲が広がっている。




 暗闇の中で一人の少女が座り込み、一人の青年は立ち尽くす。

「………いつまで側にいるの?」

「もうするべきことが終わったから、君の側にいていいだろう?」

「殺しておいてよく言うわ」

 そう言いながら、静かに少女は立ち上がる。

「………歩くのか?」

「そうよ」

「なら、俺もそばを歩くよ」

「………好きにして」

 こうして暗闇の中を歩く。きっと光と出会える。そう信じて………

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。