ソードアート・オンライン・フェイトアンコール 作:にゃはっふー
「こうしてムーンセルとカーディナルのコラボは終わり。どう、いい経験になったかしら」
電脳の世界、ムーンセルが管理する空間で、全ての観測されたデータが彼女、リンの手により整理される。
「ああ。私の人生で一番の出来事ばかりさ」
リンはある男と話し合う。彼は茅場晶彦。彼は静かにその光景を見た。
「一番の出来事ねえ。どんなところが」
「自分の子供に恨まれたこと、私の思想を超えた者たち。そう言ったもの全て」
「そう、まあ、そういうことにしておきましょうか」
そう言い、リンは静かに別の道、彼は別の道を見つめた。
「こっちからしたらはた迷惑だけど、まあ悪いことだけじゃないって信じるわ。まだまだやらなきゃいけないことばかりだもの」
「最後に一ついいかい」
「なあに?」
「彼は勝利者として、聖杯を手に入れられたのかい」
その問いかけにリンは少しばかり考え込む。静かに告げた。
答えを知り、満足そうに彼は去っていく。
「はあ、気楽なものね。まあいいでしょう。こっちはこっちでムーンセルを観測したカーディナルと言う存在の観測。その逆もあり………」
リンはステップを踏みながら、気楽にその後を考える。やる事は山のようにある。それでも、
「まあ頑張りますか。彼奴らの旅路に比べたら安いものよ」
そう言い彼女もまた歩き出した。
◇◆◇◆◇
帰還した俺たちはまず、リハビリの為に長い入院生活を余儀なくされる。
事件解決を捜査していた人たちから、俺と75層と戦ったあの日、茅場晶彦は死んでいたことを聞く。
大型スキャンで脳をスキャニングすることで、彼はSAO被害者と同じ死を迎える。
もしかしたら彼は電脳世界に生きるために、不要な肉体を捨てたのかもしれない。事実だけは謎のままだ。
須郷はVRMMO内での出来事から、彼らは警察にその身を取り押さえられた。
その後俺たちはリハビリの甲斐もあり、エギルことアルドリューと言う人物の現実世界の店に集まった。
アインクラッド攻略クリアパーティー。SAOプレイヤーたちのパーティー。二か月の疲れがあるがみんな楽しんでいる。
ユイやストレアも、別のゲーム、ALOで引き継ぎができる話であり、彼女らやピナとも会えることは約束されていた。
ユウキについては、彼女は別の、シノンと同じ《メディキュボイド》を使用した患者であることだけを知る。
それ以上立ち入ったことは教えられないと役人の男に止められた。だがゲーム、VRを続けている限り、彼女とはまた会える。そんな気がした。
だからこそ彼らのことが俺たちの心の中で大きくなる。
メイトとセイバー。
この世界に戻ってから、彼らの存在だけが欠片すら無かったかのように扱われている。
現実世界で即座に編成された事件を捜査、担当する大人たちはプレイヤーデータをモニタリング、かつその他のアプローチが無いか探していた。
75層からそれがかなり困難になる中、どこのデータからも、それこそ須郷たち外部からの介入の中ですら、彼らの痕跡は見つからない。
まるで初めからそこにいないかのように彼ら、ムーンセルと言う存在が見つけられなかった。
彼らの存在がない中、俺たちはそれを受け入れなければいけない。
「………」
「キリト君」
「あっ、ああアスナ」
俺が一人考え込んでいると、アスナが話しかけて来る。
「メイト君たちのことを考えてたの?」
「………ああ」
アスナには敵わないな。
俺は少し周りを気にしながら、アスナ、彼女だけには伝えておかなければいけない。
「君には話して置かないといけない、少し外で風に当たらないか」
「いいけど………」
少し周りに気を遣いながら、静かに建物の外に出る。中はパーティーで騒いでいて、ほんの少しなら気づかれないだろう。
外の風を受けながら、静かに、
「俺の本名は桐ケ谷和人、桐ケ谷のきりに、和人のとで〝キリト〟なんだ」
「それは………」
「だけど、俺にももう一つ名前があるんだ」
「えっ」
それはたぶん、スグも知らないこと。だがいずれ話さなければいけない話。
「鳴坂和人。俺の、俺を生んだ両親の苗字を使った名前だ」
「鳴坂って」
「めいって読んで鳴、和人のとで、メイト。彼奴の名前、漢字にしたら〝鳴人〟って書くと思う」
彼は初めから俺として名乗っていた。
友でも相棒でもなく、俺のような理由で、俺として俺を名乗る。
彼はどんな感情、日々であの世界を生きていたのだろうか。
全てを救う為に死神であることを受け入れ、それ以外に道は無く、その先が終わりしかないと知りながら、彼は歩くのを止めなかった。
「彼は、ずっと」
「キリト君」
それを彼女は、あの彼女のように止めてくれた。
「彼はそんなこと思っていないよ」
「………そうだな」
彼は彼として生きていた。それは紛れもない事実だ。
しばらくして店に戻り、みんなでわいわい話し合い、仲間たちと共に話し合う。
そして新たな舞台に向けて話し合う。俺たちの歩みは止まらない。
彼と彼女たちが俺たちにくれた世界、それは暖かく、尊いものだ。
それを表明するために、俺たちは生きる。
◇◆◇◆◇
俺たちが病院から退院し、ようやく自由な時間を取り戻し始めた頃、俺は家から隠れながら外に出る。今回ばかりは、スグに見つかるわけにはいかない。
「………あいつ、俺を成長させたようなものかな」
少し背は高く、青年とはっきり言える顔立ち。
お店のディスプレイ、硝子に映る自分を見ながら、仮想世界で生きた彼を思い出す。
「キリト君」
「うわっ」
少し驚くが、そこにいたのは今回のことを約束した相手。
「明日菜、キャラネームをリアルで言うなよ……」
「あっ、ごめ。って、それじゃわたしはどうすればいいのっ!?」
「キャラネームを本名にするから………」
呆れながら俺たちは、その、デートすることになる。
現実世界での初めてのデート。
できれば仲間たちには内緒にしている。学校ではどうしても人目があり、気になるのだ。
「なんか向こうでもこっちでもこそこそしている気がするよ」
「だな。仮想世界じゃセイバーが面白がって来るし」
「そう言えばセイバーさん何者だったんだろう? きり、和人君分かる?」
「それは、風呂が好きで薔薇風呂だっけか? それを気に入ってて……。あっ、シノンが言うには、彼女の言い回しはローマ関係が多かったらしい」
「それで皇帝で、そう言えばメイト君が言うには、史実と現実では性別が同じとは限らないって」
「それで男も好きだが、女の子はもっと好き………。結構居そうだな」
そんな感じであれこれ話しながら歩いている。
買い物をしながら、俺は彼女たちを思い出す。
セイバーと言う、頼もしい剣士。
俺のデータを下に、二つのデータから作り出された友人。
そしてボスとして作り出され、あの世界全てを背負った少女。
「ねえ和人君、やっぱり探してるんだよね」
「ああ……、エギルも色々ツテ回って探しているけど、彼に関係するゲームは存在しないらしい」
存在しない世界、彼らの世界は本当にあったはずだ。
なのに見つからず、俺は静かに空を見上げた。彼が時々していたこと。
ムーンセル、これに関係するデータだけはこの世界には存在しない。ごくわずかなデータでモニタリングしていた現実世界からも、そのような事実だけは出なかった。
彼らの軌跡だけが、旅路だけが本当に消えてしまったことに、俺たちは少なからず心の中に残り続ける。
彼らはそこにいた。
あの世界、鋼鉄の浮遊城にいたもう一人の俺。
その相棒である薔薇の皇帝と、世界を守る彼女。それだけでなく、その旅路に現れたサーヴァントたち。
彼らの存在は確かにいた、それを証明することができなくても、俺たちの心がそう告げる。
そう考えている時、
「和人君っ」
その時、意識が現実に帰ると、白い物体が俺にぶつかってしまった。
「わふっ」
白いふわふわした子供だろう。
ふりふりのフリルのついたワンピースを着た、小さな女の子。
「ごめんなさーい」
「こら、前を見ず走るから。お兄さんたちに謝りなさい」
「ごめんなさいです……」
その少女は、彼が言った〝二つ目〟の願いの対象。
あの少女によく似ていた。
「あっ、いえ。こっちもぼーっとしてましたから」
「ごめんなさい……」
「まったくこの子は。久しぶりに、お父さんが仕事の休みなのに」
「いや、紺野さんたちが最近病状が良いからね。できればもう少し検査を」
「患者さんたちを大事にするのはいいけど。娘も大事にしなさい。けどもう元気で……。ほんと、昔のおばあさまみたいね」
「君に似たんじゃ……あっいえ、なんでもありません」
ドイツ人だろうか? 現実世界に帰るとフルダイブ技術が関係して、海外産業などがこの国と関わり合いになろうと、多くの外人を見かけるようになっていた。
そして男性の傍ら、男の失言に僅かに微笑む(目は笑っていない)女性は、どことなくこの少女に似ている。
「それじゃ、わたしたちはこれで。行きましょう〝アリス〟」
「うんっ、ばいばいおにいちゃんおねえちゃん」
「あっ、ああ」
「気を付けてね」
「うんっ♪♪」
こうして去る少女に俺たちはお互い目を合わせ、そして走り出す。
図書館、ドイツの記事を調べに向こう。
◇◆◇◆◇
それは奇跡の出来事として書かれていた。
とある戦争の中、空爆が引き起こされたが、重傷者が一人も出なかったという、奇跡としか言えない出来事があり、一人の少女が証言する。
「黒い
それがこの時代に、彼が刻んだ願いの結晶。もう一人の剣士が歩んだ旅路の先。
そして………
◇◆◇◆◇
どこかの病室、とある少女がリハビリ室で身体を動かす。彼女の身体はやせ細っていて弱々しい。
これでも彼女は奇跡的に病気が治り出し、まだ無菌室から出られない他の家族より先に、外に出る事ができた。
「ボク、頑張って生きてるよ。メイト」
短髪の少女は微笑みながら空を見る。その髪には二つのリボンが結ばれていて、彼女は髪を伸ばそうと決意している。
そのリボンはなぜか自分の手元にあった。最後まで彼の腕に巻かれているはずの、ここでは無い別の世界のみに存在する、あるはずのない二つのリボン。
それが手元にあることで、彼女はVRゲームを絶対に続けようと決意する。いまだ身体は《メディキュボイド》の治療が必要なのだし、これから楽しみだ。
そう考えながら、窓の外を見たとき………
「えっ………」
そこに一人の青年が見つめていた。
死の影が消え、黒い姿から灰色と白色の服装で、二つの剣を下げて銀色の髪に、深い蒼の瞳が彼女を優しく見つめる。
「………俺の旅路に、光が無いと思ったけど、進んでみるものだ」
そう聞こえ、彼女は声を出そうとした時、突風が吹き荒れる。
あまりの風に目を瞑る時、すでに青年の姿は無い。
夢か幻、何かであれ、彼はもうそこにいない。だけど彼女は嬉しそうに微笑み、自分の髪に付けたリボンに触れる。
「見守っててね、メイト」
彼女、紺野木綿季はそう呟き、空を見上げた。
その空は彼の瞳のように、綺麗な蒼と白い雲が広がっている。
暗闇の中で一人の少女が座り込み、一人の青年は立ち尽くす。
「………いつまで側にいるの?」
「もうするべきことが終わったから、君の側にいていいだろう?」
「殺しておいてよく言うわ」
そう言いながら、静かに少女は立ち上がる。
「………歩くのか?」
「そうよ」
「なら、俺もそばを歩くよ」
「………好きにして」
こうして暗闇の中を歩く。きっと光と出会える。そう信じて………