兄より優れた妹しかいねえ!   作:フクブチョー

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久々に筆を取ったので、リハビリ兼ねて新しいのを書きました。よろしくお願いします!


First shot 遠い世界へ

全国高校総体、通称インターハイ決勝。高校生チャンピオンを決める試合がセンターコートで行われている。

今この時、会場は一人の選手が生まれ変わるのを見ていた。

 

シューズが床を踏み、フェース音が響く。屋内に響く破裂音。相手選手がシャトルを上に挙げた。スマッシュの態勢をとる。

 

「なっ!?」

 

それは誰の声だったのだろう?試合中のプレイヤーか。それとも観戦している人達の誰かか。わからないが、思わず声が出るほど意外なショットを彼は繰り出していた。

ドロップショット。相手の意表をつき、前に落とす高等技術。まして今のシーンは、彼は完全にスマッシュモーションに入っていた。スマッシュを警戒して、威力が落ちる後ろで構えるのは当然。だからこそ前に落とす。理屈としては単純だ。

異常なのは彼のフェイクの完成度。打つ直前まで誰もが強打だと思わされた。今のがフェイクとするならあまりに極まっている。

 

「くっ」

 

硬い何かが床を撃つ。相手選手、立花健太郎が拾ったシャトルをネット前で強烈に叩き落としていた。

 

「11-03!インターバル!」

 

審判がスコアをコールする。ワンセット半分が終わった。圧倒的大差で取ったのは益子推。高校一年生にしてレギュラーを勝ち取ったスーパールーキー。身長は170前半。決して華奢ではないが、選手として恵まれているとは言えない体格。顔立ちは整っており、線は細め。美少年という呼称が似合う男だった。

対する立花選手は明らかに180を越えている。高一と高三という年齢の差もあるのだろうが、身体の出来で言えば益子の方がかなり劣っているのは明らかだ。

 

しかし、彼はそんな物が言い訳にならないことを誰よりも良く知っている。あの敗北を喫した時から。

 

監督の元へ行き、アドバイスを受けると同時にドリンクを飲む。汗を拭いた際、短く切り揃えた金髪が靡く。応援に来ている女バド部員から黄色い声が上がった。

破竹の快進撃を続けていたスーパールーキーの活躍は彼の美貌も相まって多くの女性ファンを作っていた。

普通これぐらいの歳の少年が女子に応援されれば舞い上がるか、笑顔の一つくらいは見せるものだが、彼は無表情を貫いている。その様子からは冷たささえ覚えるほどだった。大差で勝っているというのに余裕が全くない。

 

「おい、どうなってんだよ。苦戦してるぜ?あのインハイ覇者、立花健太郎が」

「立花先輩、調子悪いの?」

 

───違う、単純に推さんが強い

 

観戦に来ていた少女が周りの意見に異を唱える。女子にしては短い黒髪に小柄な体格の彼女は中学生で全国常連の優秀選手。名前は志波姫唯華。大きな大会で何度か顔を合わせた事があり、推とは比較的親しい関係にある。試合が早く終わった彼女は推が決勝に進出したと聞き、慌てて見に来ていた。

 

そして生まれ変わる彼の姿を見て、戦慄が走っていた。

 

───今まで見て来たあの人と違う。去年とはまるで別人……実力も、プレイスタイルも

 

元々隙のない人だった。テクニックタイプでミスが少なく、コントロールがいい。基本はディフェンシブで持ち前のバドIQの高さとコントロールを武器に敵をミスへと追い込むスタイル。

フィジカルが恵まれているとは言えない自分が手本としたスタイルだった。

 

しかし、今は驚くほど変化している。巧みなラケットワークは更に磨きがかかり、筋肉の盛り上がりは服の上からでもわかる。一流のパワーショットも身につけ、フットワークも軽い。運動神経は元々高かったが、反応速度も敏捷性も異常にアップしている。

 

───テクニック型から万能型にスタイルチェンジしたって事?

 

結果から見るにそうとしか考えられなかったが、唯華の頭をよぎったのは『何故?』だった。

 

何かしらスポーツをやっている者ならばわかるだろう。プレイスタイルを変えるというのはそれなりに賭けだ。

プレイスタイルとは個人によって合う合わないがある。誰もが目指す王道という物はあるが、絶対はない。目指したスタイルがその人にとってベストとは限らないのだ。まして長く馴染んだスタイルであれば、その危険はより高くなる。

推はずっとコントロール・カウンタータイプでやってきた。そしてそのスタイルでそれなりに成績も残してきた。少なくとも名門栄枝高校の特待候補に選ばれる程度には。

テストで例えるなら合格点は今まで取ってきたのに、100点か0点かのギャンブルを目指すに等しい。堅実に結果を求めるなら、賢いとは言い難い選択だ。それなのに、コレはまるで……

 

「益子みたい……」

 

隣に立つ全国常連にして、色々な意味でライバル、津幡路から出た言葉に、唯華は否を唱えることは出来なかった。長年倒すべき強敵として見据え続けてきた彼女のスタイルを間違えるはずがない。

 

益子泪。今戦っているファイナリストの妹にして、唯華にとって最大の強敵。彼女のスタイルに瓜二つだった。

 

───1年前の件については、聞いてはいたけど……

 

大差で勝っているというのに、まるで余裕のない、むしろ追い詰められ続けているかのような張り詰めた彼の表情を見て、唯華も路も不安と恐怖を覚えた。

 

「…………お兄ちゃん」

 

観戦に来ていたもう一人の全国常連、ファイナリストの妹、益子泪は小さく零す。

 

今のアンタは勝っても楽しめているのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

コート上に立っている男、益子推は今までにない感覚に心を躍らせていた。ラリーの先取権を取ってからは自分が常に優位にいる実感があった。

ネット前に落としたドロップ。アレから立花先輩が一気に追い込まれた。

体格に恵まれたパワーショットを軟打で返すというのは、非常に難しい。相手を追い込むカウンターのレシーブはコースが厳しい分、ミスの率が高い。パワーで劣っている選手がコースを求めて、自滅してしまうパターンもザラ。

しかし、今自分は相手のパワーショットを完璧にコントロール出来ている。どこにシャトルが来て、どのように返すか、イメージが全て現実において再現出来ている。

 

───体が軽い。自分のコートは狭いのに、相手のコートが酷く広く見える。自分の調子がいいと自覚できる。

 

相手の思考も手に取るようにわかった。立花さんが理論派というのもあるのだろうが。ややサイドよりで構えている俺に対し、立花さんはストレートを警戒している。だからクロスで前に落とせば、態勢が崩れる。

その状態ではたとえ返せても上げるしかできない。上がったところを叩き落とせば

 

ほら、反応できない。

 

「Et geni(天才)」

 

シャトルがフロアに落ちる。思い描いた通りにポイントできてる。バドミントンが酷く簡単に感じた。イメージ通りに相手が動いてくれるなら打つタイミングをいくらでも早く出来る。そうなると、相手は強気に打てない。勝負事において、自信ほど大切なものはない。自分を信じる強気なショットと力任せのショットは全く別物だ。それでも自信がないまま無理やり打とうとパワーに頼れば……

 

「ネット」

 

───こうなる。

 

ワッと歓声が上がる。推にとってはイメージ通りの攻防だったが、傍目から見たら凄まじくハイレベルの攻防だった。

 

ようやく周りも気づき始める。立花の調子が悪いのではない。単純に、この一年生が……

 

「強いんだ」

 

ガットを直しつつ、一呼吸入れる。はやる鼓動を抑えるためだ。一発打つごとに上手くなっているのが自分でわかる。このままなら今日中にどこまで行ってしまうかわからない。急速な進化は体に異常な負担を招く。この一年、滅茶苦茶に鍛えたとはいえ、やはり怪我は怖い。今の俺の状態ならテンションのままアクセルを踏めば、その分ハイパワーを出せるだろうが、絶対に身体がついてこなくなる。一度落ち着く必要があった。

 

インターバルが終わり、自分のサーブが来る。バドの第一投は厳粛かつ静かな雰囲気の中で放たれる。試合開始、若しくは再開後のラリーは探り合い。相手の力量、戦い方、何を考えているか、どうやって勝とうとしているか、それを図り、刺し合う。

 

このラリーの中で、推は察する。

 

───持久戦か

 

力に頼るのは自滅を招くと悟ったのか、短期決戦ではなく、立花さんはトコトンやり合う気だと。

 

難しいコントロールショットを迷わず打てるのは強い証拠。この一年を相手に勝てると立花は考えていない。粘って戦い、隙を作ってパワーに持ち込む。それが立花が考えた勝利の方程式だった。

 

───ならば、方程式が解に辿り着く前に終わらせればいいだけのこと

 

元々長いラリーはこちらの得意分野。確かに突破できれば立花さんの見返りは大きい。

しかし当然、ハイリターンにはハイリスクが付き纏う。

 

「俺の土俵で、二度と負けるか」

 

後ろで粘り強く戦い続ける推に対し、ネット前に落とすヘアピンショットを放つ。しかし、それを待っていた金髪の少年はプッシュではたき落とす。立花さんのテクニックがマズイとは言わないが、やはりアイツと比べたら易い。

 

「21ー05!」

 

大差でセットを取る。わあっと体育館中が湧き上がった。セット間のインターバルに入る。監督からアドバイスを受け、水分を補給した。

 

───脳内のイメージと現実にほぼ差がない。だから余裕があるんだ。

 

自分の調子がいい理由がワンセットかけてようやくわかる。シャトルが遅く、相手コートは広い。フェイントを入れるのも、逆を突くのも自在。

 

───泪。お前の感覚が少しわかった気がする。

 

あの時も、こんな感じで試合をしていたのか?

 

イメージ通りにシャトルが来るなら、多少身体能力に差があっても先回りするのは容易に出来る。逆にイメージができていなければ、反応も出来ず、対応もできない。

 

バドミントン選手とは基本的にどんな角度からシャトルが来ても返せるようにトレーニングを積む。だから360度全てを警戒し、待ち構える。

ならば理論上、全ての球に対応できるはずだが、それでも咄嗟に硬直してしまうコースがある。

 

それが死角。

 

視界の死角、反応の死角、そして思考の死角。人間は認知していないことには絶対に対応出来ない。

 

あ、前に来る。

 

軽くロブを放つ。立花さんは飛ぶが、届かない。そういう位置に打った。コーンと軽い音が鳴る。

 

「19ー3」

 

嘆息する。我ながら怖いくらい進化している。あの時、泪にボロ負けしてから積み重ねて来た全て。上に行くため必死に増やした新しい技術、パワー、戦術、これらのピースが一つ一つ繋がり、完成していく。

 

───楽しい

 

久々に感じることが出来た、この感覚。泪に負けてから、自分を評価しなかった高校のスカウト連中を見返すためだけにやってきたバドミントンが、今やっと楽しく感じる。

 

───そうだ、楽しいから始めたんだ。バドミントン

 

飛び上がる。ドロップに対して浮いたシャトルをスマッシュで弾き落とす。

 

 

バツン

 

 

───え?

 

破裂音が鳴る。極限まで張り詰めたゴムが切れたかのような音。続いてシャトルがフロアを打つ音が響く。推が着地した時、立花は膝を抱えて倒れ込んでいた。

 

「…………は?」

 

立ち尽くす推を置き去りに、立花さんの元に様々な人が駆け寄る。『膝の靭帯が切れてる』という監督の声がどこか上の空に聞こえた。

 

「救急車を呼んでくれ」

「何?怪我?」

「十字靭帯切ったって」

「マジで?こわ〜」

 

周りの声が酷く遠く聞こえる。脳内に入っていたのは倒れこむ立花さんだけだった。

 

「立花さん……」

「───ああ、益子。悪いな、最後までやってやれなくて」

 

起き上がった立花は推に笑顔を見せた。

 

「痛かったんですか?ずっと……いつから?」

「負けた言い訳にはしないさ。アドレナリンが出てたんだろうな。試合中はホントに何も感じてなかったんだ。それに、膝を差し引いても君の実力は圧倒的だった。悔しいけど、俺の完敗だ」

「…………」

「行けよ、世界。キミなら行ける」

 

…………違います。俺があそこまでできたのは、相手が貴方だったから

 

身体能力で言えば、自分を圧倒的に上回る相手だったからこそ、潜在能力が引き出された。その自覚はあった。

 

しかし、その言葉を口にする前に立花は救急車で病院へと運ばれていった。

そこから先はあまり記憶にない。コートを出たのも、表彰式も、優勝旗すらいつ貰ったのか分からない。気がついたら体育館の廊下で一人座り込んでいた。

 

「先程ノ試合、非常ニ惜シカッタデスネ」

 

慣れてるような慣れていないような、微妙な日本語が空から降ってくる。頭から被せていたタオルを取ると、頭上には初老の男がいた。

 

───誰だ、このジーさん。外国人?

 

「途中マデハ凄ク良カッタノニ、ツマラナイ感情ガ、貴方ヲ邪魔シタ」

「…………」

「ナゼ、楽シイナドト思ッタノデスカ?」

 

何も言えなかった。それどころではないというのもあったが、明確な答えを返せなかったというのが最も大きな理由だった。楽しいと感じるのに理由がいるのだろうか?少なくとも、あの時そう感じたのはほぼ直感的なものだった。理由などない。

 

「余計ナ感情ハ、凡人ガ抱エルモノデス。プレー中ニ誰ガ怪我ヲシヨウト、天才(キミ)ニハ関係ナイ」

「…………何が言いたいんだ、アンタは」

 

頭に被せていたタオルを取り、立ち上がる。さっきからカンに触ることばかり言うジーさんだった。

 

「キミノ目標ハ何デスカ?何ヲ目指シテバドミントンヲシテイルノデスカ?」

「…………」

 

何を、か。

 

難しい質問だった。今日の決勝の前なら簡単だった。妹を越えるため。高校で俺を評価しなかった奴らを見返すため。死にものぐるいのトレーニングを積んできた。

 

しかし、今は……

 

「…………世界に行くため」

 

立花さんから言われたエールだけが、今の俺のラケットを握る理由だった。

 

「フム、世界……随分ト遠イ目標デスネ。君ハ世界トハ何カワカッテイマスカ?」

「…………オリンピック」

「イエス」

 

推の答えに、老人は笑顔で応えた。

 

「世界ニキタイナラ、ワタシト共ニ来テクダサイ。我々BWFハ、興行スポーツ、バドミントンニオケル最高ノ商品ヲ作リウル才能ヲ、全力デサポートシマス」

 

そして俺はこの老人、ヴィゴ・キアケゴーの手を取り、女王の弟子となった。

 

 

全ては兄より優れた妹を越えるため。

 

 

それは世界を制することと同義だと兄は本気で思っている。

 

 

 

 

 

 

 

数年後、成田空港。二人の男女が遙か遠い国から飛んで来た鉄の鳥から出てくる。

 

「お兄ちゃん」

「…………何だ。コニー」

 

プラチナブロンドのロングヘアの少女が、サングラスを外す。背は高く、スタイルも良い。何も知らない人が見ればモデルに見えるほどの美少女が隣を歩く青年を呼ぶ。お兄ちゃんと呼ばれた端正な顔立ちにスラリと長い手足が特徴的な美青年は少し不服げに返事を返した。

 

「varmt(暑い)」

「そういう国だ」

 

コニー・クリステンセンと益子推。後に世界のバドミントン界に旋風を巻き起こす二人が日本に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふと思いつきとリハビリを兼ねて書いてみました。連載続けるかどうかは反響次第で判断したいと思います。他の小説も少しずつ更新するつもりです。それでは次があるかどうかわかりませんが、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。
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