兄より優れた妹しかいねえ!   作:フクブチョー

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10th shot まだまだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バドミントンで大きな大会が行われる時、試合会場は複数のホールを借りる場合が多い。試合数が多いため、複数の試合を同時進行で進めるためだ。故にトーナメントが進むにつれ、空いているコートやホールは自然に増える。ましてや準決勝ともなると試合は全てセンターコートで行われる。大会が確保しているホールで使われていないコートは幾らでもある。

 

そのうちの一つで1組の男女がバドミントンを行なっていた。といっても試合ではない。審判はいないセルフジャッジ。観戦してる者もゼロ。およそ試合とは言い難い。だが二人ともその様相は真剣そのものだった。

浮き上がったシャトルをはたき落とすのはくすんだ金髪の美男子。歳は青年と少年の間といったところだろう。

鋭く打ち下ろされるスマッシュを拾い損ねる。汗塗れになって舌打ちする少女の名は羽咲綾乃。小柄で華奢な美少女で、全日本ジュニアベスト4まで進出した実力者だ。

 

───固い

 

ポイントを奪った青年は少女の実力に戦慄していた。今のポイント、本来ならもっと早い段階で取れていた。それをここまで粘られた。最初こそ少し手加減していたが、今はもう完全に虐殺するつもりで打っていた。もしこの場に観客がいたのなら、『女の子相手にそこまでしなくても』くらいは思われたかもしれない。

だが、益子推は手を緩めることなど出来なかった。オートマチックに反応するラケットさばきはまるでセンサー。バリアと戦っているのではないかと錯覚するほどの防御力。ディフェンスとコントロールだけならおそらく俺以上。これほどのセンス。これほどのラケットワーク。女子で見たのは二人目で、過去のトラウマとこの少女のスタイルはあまりに似ていたから。特に…

 

───左のカットスマッシュ。妙な軌道を描きやがる。手元で不規則に動くこのクロスファイア。今はまだ僅かな変化だから俺の反射神経とラケットワークで対処できるが……

 

身体が育ち、筋力がつき、パワーがついたら。さらにテクニックを身につけ、このクロスファイアに一工夫加えられるようになったら

 

「───ハハっ」

 

正直、女子でアイツに勝てる奴がいるとはとても思えなかった。少なくとも国内には。

 

───有千夏。お前の娘はちゃんと持ってるじゃないか

 

「行くよ、推兄ちゃん」

 

シャトルが上がり、しばらくラリーが繰り広げられる。ネット前へと張り付く綾乃に対し、推も前で勝負する。

 

「フッ!」

 

ドリブンクリア。早く、鋭いクリアだ。普通なら高く遠く上げるので精一杯。

 

───だが…

 

「ちょっと低いな、綾乃ちゃん」

 

ラケットを左に持ちかえ、プッシュする。コートの逆サイドへとシャトルが叩きつけられた。

 

───よし、わかってきた

 

綾乃ちゃんはネット前で俺が隙を見せたら、絶対引かない。お互いネット前にいたら思考時間は短くなる。脳も身体も瞬発力で勝負するタイプ。それでいて超負けず嫌い。残酷で、少し臆病。余裕がなくなれば動きは結構単純。

 

「くっ!?」

 

───おっ、

 

間に合わないタイミングだったというのに飛び込んで拾おうとした。ここまでの必死さは先程までなかった。先程から思考せず感性で動いているのはわかっていたが…

 

───必死にならなければ勝てない相手だとセンスが気づいたか。つくづく野性だな

 

「…………ねえ。推兄ちゃん」

 

ゆらりと立ち上がる。ようやく目に光が戻ってきていた。戦っている相手が益子推だとやっと認識し始めていた。

 

「さっき、なんで笑ったの?」

「っ!?」

 

素直すぎる単純な質問に絶句する。さっき俺がバドミントンしようぜって言った時には黙って俺についてきただけだったのに。

 

───相手が俺だと認識して、俺への興味が出てきたか。

 

純粋すぎる。昔と全く変わっていない。思わず笑いが漏れた。

 

「…………そうだな、綾乃ちゃん風に言うと」

 

ラケットを高く放り投げる。空中で高速回転し、旋回するカーボンをノールックでキャッチした。

 

「ノってきたから」

「!」

 

笑顔が綾乃ちゃんに戻る。瞳の奥にあった闇が少し淡くなった。対戦相手に興味を持ち出した。

 

───もう、いいか

 

暗闇相手にやっていた綾乃ちゃんのバドミントンを少し変えた。俺の役目はここまでだろう。これ以上は出過ぎたマネになる。シャトルを拾い、ラケットを下ろした。

 

「推兄ちゃん」

「ん?まだやりたいか?」

「なんで推兄ちゃんは私の前からいなくなったの?」

 

思わず息を呑む。そういえば引っ越してから綾乃ちゃんと連絡を取ったことはなかった。そして有千夏から聞く限り、俺が引っ越した時期と綾乃ちゃんの前から母親が消えた時期はさほど離れてはいなかった。

ネットを挟んだ綾乃の表情が不安で揺れる。今の綾乃ちゃんには俺と有千夏が重なって見えているのかもしれない。

 

「違うよ」

 

推はゆっくりと首を振り、答えた。

 

「俺が君の前からいなくなったのは、親の都合に逆らえなかったから」

 

今でも思う。俺があの時、一度でも『栄枝なんて興味ない』と吐露していれば、あんな事にはならなかったのではないかと。

 

「有千夏が君の前からいなくなった理由は、俺の口から言える事じゃないけど、少なくとも君への愛があったからという事だけは保証するよ」

 

不器用すぎて、バドミントンしかできないバカだから、伝え方がわからなかっただけで、アイツはアイツなりに愛娘を想って行動していた。

 

「バドミントン、続けろよ綾乃ちゃん。綾乃ちゃんが負けたからいなくなったんじゃない。君に何かをしたかったから、有千夏は君の前から消えた。それが何かを知る方法は多分バド以外ない」

 

結局俺もバド以外なかった。

 

あの絶望を経験した時、何度もラケットを捨てようとした。シューズを脱ごうとした。それでもできなかった。最初は復讐心からだった。周りも、親も、妹も、纏めて叩き潰す。その為にただラケットを握った。

なぜわざわざスカウトの前で泪は俺をボコしたのか。whyばかりが気になって戦っていた。

今もソレは正直気になるし、知りたい。だがそれよりもアイツは何を考えて俺と戦ったのか。今はそっちの方が気になっていた。

 

「上がってこい、綾乃ちゃん。有千夏の目に嫌でも止まるステージまで」

 

その後どうするかはわからない。素人玄人に関わらず、スポーツに携わった者は必ずこの選択をする時が迫られる。

 

競技者として生きるか、趣味とするか

 

「どっちを選んだとしてもどのみち俺たちはバドでしか答えは出せないから」

 

だから、俺はもう少しラケットを握る。俺もこの選択を終えたというわけではない。まだ俺はただラケットを握っているだけでいい身だ。そして綾乃ちゃんはその時間が少なくとも俺よりは長い。まだ今は何も考えず、バドを続けてさえくれればいい。

 

イヤホンを耳にかけ、ホールを出る。ここに来るまで色々と後悔していたが、日本に来て良かったと少しだけ思った。

 

後日行われたユースの大会はどこか晴れやかな様子で出場した推が優勝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の人間が別人のように変貌していく。選手として伸び盛りである高校生には時折見られる現象だ。事実、この短期間で推も似たようなモノを見てきた。フレ女子バドミントン部の部員達に指導をしていく中で、たった一つのアドバイスで異様な成長を見せてきた。

しかしそれでも進歩にはある程度時間がかかった。アドバイスを受けて、感じて、発見し、理解する。理解を実行し、反復し、ようやく自分のものにできる。それが成長だ。ある程度の段階を踏む必要がある。普通なら。

 

しかし、稀に常識の枠からはみ出る選手がいる。一見して意味のないもの。むしろ成長の妨げになるようにさえ見えるものがキッカケで、大化けする。意味のない理由を意味のあるものに変える。

それがセンス。感性。感じるものが変われば見える景色が変わり、脳の回路が一変する。

 

───あの時から集中力の深度は尋常じゃなかったが…

 

本気で入ったらここまで変わるか。

 

反射とも読みとも呼び難い根拠の元で繰り出される素早いステップ。前衛一人で二人分の攻撃を捌ききるラケットワーク。相手に希望すら見せず殺す、絶対防御型。

 

───想像以上、とは言わない。はっきり言って今の綾乃ちゃんより俺が帰国した時にやった綾乃ちゃんの方が実力自体は上だ。

 

だが急速に取り戻していっている。全盛期の彼女を。そしてそれ以上の領域へと向かおうとしている。

 

だから推にとってこの現状は驚くに値しない。感嘆はしても驚愕はしない。もっと強い綾乃を知っているから。今の綾乃は別人へと成長しているのではなく、同一人物へと戻ろうとしているとわかっているから。覚醒とはちょっと違う。覚醒とは努力で作り出したピースを使ってパズルを完成させること。綾乃の場合、少しズレたピースを正しく戻している最中といった方が正しいだろう。

しかし、知らない者はそう思えない。試合中に急速に進化していっているようにしか見えない。

そしてバドミントンプレイヤーにとって今戦っている相手が急に強くなるほど厄介な事はない。

遅いボールを見た後に速いボールを見れば実際の速度以上に早く感じるように、事実と体感は大きく変わるからだ。

 

───試合中にそれをやられたら、俺でも多分対処しきれないだろう。

 

事実、急速にプレースピードが上がっていく綾乃ちゃんに周りが釣られていく。早くなる展開に対応しようとして。だが明らかにうまくいっていない。速い展開は完全に綾乃の土俵だ。

 

───それでも恐らくコニーなら付いていける。

 

だが、コレはダブルス。一人がついていけてももう一人がついていけないなら意味はない。

 

誰もが汗塗れになり、呼吸が激しくなる中、二人は肩で息を切らしている。コニーは身体には見せていない。その辺りは流石一流。スタミナも根性も俺が鍛え上げたのだ。そう簡単に崩れてもらっては困る。

 

───だが俺の目で見ても……

 

綾乃ちゃんが体力を消耗しているようには見えない。肩で息を切らすどころか、汗すら見えない。極度の集中で疲労を忘れるという事は無くはないし、一流のスポーツ選手は肩で呼吸をしない訓練を積んでいる。無論コニーもそこは徹底的に鍛え上げさせた。

 

「困った時は取り敢えず笑っとけってのは心理的にも身体的にも結構有効な手段だ。笑顔を作るってのは身体に余裕を作り、心を落ち着かせる───が」

 

あの汗すら見えない余裕の表情、吸い込まれるようなあの瞳と対するのは、不安どころか、恐怖さえも生み出す。

かつて、推が泪に対して恐れを感じたように。

 

「冗談じゃないわよ、お兄ちゃんの前で!」

 

───あ、いかん。ムキになり始めた

 

展開が早くなり、コニーの速度も上がる。速さは魔性だ。魅力的な武器であると同時に、行きすぎると呼吸を浅くし、焦りを生み、視野が狭くなる。

 

「はい。そこまで」

「きゃっ!?」

「グエッ!!」

 

コニーとヒナの間に割り込み、シャトルをはたき落とす。激突する前になんとか停止したコニーの手を取り、足を滑らせたヒナの腰を抱きかかえた。

 

「試合中にムキになるな。何度言えば学習するんだお前は」

「お、お兄ちゃん…」

「益子コーチ」

「ヒナちゃん、大丈夫?ごめんね、このバカが」

「ひゃい!だいじょぶです!!」

 

優しく微笑む推に対し、湯気が立ち上る。ゆっくりと地面に下ろした。

 

「立花さん、申し訳ありませんが、この試合棄権させてもらってもよろしいですか?」

「は!?」

「棄権…」

「ちょっと待ってよお兄ちゃん!まだ私負けて──」

「お前の勝ち負けはどうでもいい。練習試合なんだ。負けたって全然構わない。だが怪我はダメだ。わかるな」

「…………はい」

 

彼女にしては割と素直に引き下がる。といっても驚くほどではない。不平不満は言うが、基本推の命令にコニーは従う。自分を思いやっての事だと知っているから。

 

「お騒がせしました。皆さんは試合を続けてください。ヒナちゃん。念のため医務室に行くよ。マネージャー、連れて行ってあげて」

「はい!」

 

控えていたマネージャーが多賀城を体育館から連れて行ったのを見届け、ようやく一息つく。まだ少し騒ぎはあったが、概ねは自分のプレーへと戻っていった。

 

「推兄ちゃん」

 

いつのまに隣に来ていたのか、おチビな妹分が袖を引いていた。

 

「もっと、遊びたい。遊んで推兄ちゃん。あの時みたいに」

「…………変わってないな、綾乃ちゃん」

 

バドミントンでしか遊べない子供。こんな子がバドを辞めるなんてできるわけがなかった。笑みを浮かべながらその小さな頭に手を置く。

 

「俺なんかが相手しなくても、もう綾乃ちゃんにはいっぱい遊び相手がいるだろ?」

 

視線を横へと向ける。それとほぼ同時、ペアを組んでいたメガネの少女が綾乃に抱きついた。

 

「凄いよ綾乃ちゃん!フレ女に勝ったー!のかな!?」

「もちろん。君達二人の完勝だよ。俺が保証しよう」

「やったー!!凄い綾乃ちゃん!」

 

褒められて嬉しそうな綾乃を見ながら少し下がる。やれやれと頭を振り、監督たちの元へと戻った。

 

「お見事でした」

「なにがだ?唯華ちゃん」

「あのステップインですよ。初速がほぼマックス。クロスレンジなら消えたように見えたんじゃないですか、アレ」

 

コニーとヒナの間に割り込んだステップ。あの足捌きはスポーツというより武道に近い。筋肉を脱力から極度に緊張させ、瞬発力を極限まで高める事で初速を急激に高める技術だ。

 

「あんなの教えてもらってないですよ」

「ガキの頃に母から叩き込まれたモノだ。一朝一夕じゃ身につかない。それに試合中に脱力するなんて超難しいから。はっきり言っちゃうと実戦向きの技術じゃない。今教えても変なクセがつくだけだよ」

 

事実アレを試合中に使うことは殆どない。呼吸法とか瞑想とかの方がまだ使える。

 

「…………なんで棄権させたんですか?」

「唯華ちゃんならわかるだろ」

「…たしかに色んな意味で大怪我しそうな感じでしたけど」

 

あの全てを吸い込むような不気味な瞳。何を考えているかわからない無垢な表情。どれだけ強打してもアッサリと無効化され、二人がかりで打ち掛かっても逆にカウンターを喰らわされたあの防御力。心をへし折るバドミントンだ。アイツと同じ。

 

「心の怪我は治りにくいし、すぐ開く。あのままやらせるのは怖かった。歳下に圧倒されるってのは結構キツい」

「そこまでのレベル、ですか。あのおチビの中に眠っているのは」

 

二人の脳裏には恐らく同じ人物が浮かんでいる。高校女子バドミントンNo.1の女が。

 

「私はそういうの引きずり出したくなるんですけどね」

「若いなぁ唯華ちゃん。気持ちはわかるけど」

 

俺も立花さんとやった時、そんな気分だった。今思えばあの試合、急激に進化していたのは俺だけではなかった。ラリーに引き摺られ、立花さんのプレイレベルも確実に上昇していた。試合のステージが上がった事を俺は楽しんでいた。より強いショットを打ち出す立花さんの限界以上を引きずり出したくなった。

勿論相手を倒すべく全力を注いでいた。だが、同時に…

 

 

まだ死ぬな。まだついてこい

 

 

そんな事を考えていた。その結果があの事故だ。限界以上を無理やり引き出してしまった故に、あの人の身体は悲鳴を上げた。

 

「推さん?」

「…………ああ、ごめん。何でもないよ。唯華ちゃん、練習試合ならともかく、公式戦は淡々と勝ちなよ。後味悪い試合ってのは結構引きずるからさ」

 

ヒラっと手を振る。もう観たいものはだいたい見た。大丈夫だとは思うが、一応医務室へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレゼリシア女子バドミントン部が合宿のために借りた宿。その屋上で一人、ステップを踏んでいる男がいた。時折舞う汗の雫は月明かりを反射し、淡く煌めいている。

 

「こんな所でフィジカルトレーニング?」

 

忙しく動いていた足が止まったタイミングで声がかかる。振り向いた瞬間、スポーツドリンクの缶が飛んできた。

 

「コニー、何してる。飯食ったなら早く寝ろ」

「負けた日はすぐ眠れないの。お兄ちゃんなら知ってるでしょ」

 

練習後、フレ女北小町合同で執り行われた親睦会を一足先に抜け出した推は、今日の分の自主トレを行っていた。日中は移動とコーチに時間を使ってしまったため、現役選手としてのノルマがまるでこなせていなかったのだ。

「絡まれてて大変だったね」

「あの人が泣き上戸だとは知らなかったよ」

 

まだギリギリ未成年の推の飲み物はソフトドリンクだったのだが、他のコーチ陣はビールだった。勿論立花さんも。酒が入った立花さんは涙ながらにコーチについてから何人も部員が辞めてしまった事を俺に語っていた。

 

「…………何か私に言うことないの?」

「なに?言っていいの?久々にボロ負けしたな」

 

汗を拭い、手摺に背中を預ける。手に持った缶のプルタブを開けた。

 

「ま、良かったんじゃないの?早いうちにお高い鼻がポッキリ折れて」

 

人にアレだけ迷惑かけて、熱でぶっ倒れて心配かけさせて、結局合宿までついて来させてやったのだ。少しは痛い目にあった方が薬になるだろうと本気で思っていた。いくら才能があろうが、世の中そう簡単に思い通りにはならないのだ。それをコイツはもう少し知るべきだ。

 

「皮肉?」

「まさか。本心だよ。ザマァと思う部分がないと言ったら嘘だがな」

「…………ヘコんでる妹にちょっとくらい優しくしてよ。心配してよ」

「バカ言え。俺はいつもお前にはメチャ優しいだろうが。これ以上はお前をダメにする」

「…………」

 

自覚はあるのだろう。強く反発はして来ない。缶の中身を少し飲んだ。

 

「勿論心配もしてる。お前に泣かれたら俺も結構辛いから」

「───泣かないよ、もう子供じゃないんだから」

「そっか。そりゃ良かった」

「…………ごめんね。私、調子乗ってた」

 

ここ最近、派手に負けたことはなく、プロの試合でも安定して結果を出していた。だからこその慢心と過信。それにようやく気付いた。

 

「お兄ちゃんとは違う。私も小さな花だったよ」

「…………ハァ」

 

深く大きく溜息をつく。呆れられたと思ったのだろうか?いや事実呆れたのだが。ようやくコニーは視線を上げ、推の顔を見た。その青い瞳は不安で揺れている。

 

「俺もそうだったから、気持ちはわかるけどな」

「?」

「焦るなって言われてもわかんねえよなぁ」

 

明日のことさえ思う余裕はないのに、将来などとても考えられない。彼女らにとっては今この瞬間が全て。今より一本でも多く。一歩でも前へ。焦らずにはいられなかった。

 

「それでもな、コニー敢えて言うぞ。お前はまだまだ……まだまだまだまだま〜〜だっ」

 

スゥと息を吸い込む。

 

「未完成だ」

 

身体も成長しきってない。テクニックだって磨く余地は幾らでも残っている。そして精神年齢は10歳児。

 

「俺すら花は咲ききったとは言い難いのに、お前ごとき蕾も蕾がなに限界悟った顔してやがる。バカめ」

「…………お兄ちゃん」

「まだまだこれからなんだよ。お前も、勿論綾乃ちゃんも。唯華ちゃんやフレ女の皆もな。みんなこれからだ。今よりもっと強くなる。お前たちは今が一番伸びる時なんだから」

 

高校三年間は魔法の時間だ。実際に過ごしているときは酷く長いのに、過ぎ去ってみれば異様に短い。それは時間の密度が濃いからに他ならない。身体ができ始め、パズルのピースがようやく揃い始める時期。組み立てがうまくいけばその選手は見違えるように伸びる。

 

「バド選手は負けなきゃ強くなれない、なんて事を言う人もいる。ソレも間違ってるとまでは言わないけど、真実じゃない。負けた後に勝った奴が本当に強くなれるんだ」

 

競技に打ち込む以上、敗北を経験しないことなどあり得ない。しかし、当たり前だが負けるだけで強くなれはしない。負けから立ち上がり、学び、改善し、勝利した者だけが真の実力を得る。勝てば勝つほど戦いのステージは上がり、相手も強くなる。勝利の価値が上がっていく。才能を華に例えるなら敗北は養分。勝利は水と光。敗北を肥やしにし、勝利という光と甘露を得た蕾だけが才能という華を開かせる事ができるのだ。

 

「こっからの試合、全部勝つぞ」

「当たり前。私達だけが、天才なんだから」

 

空になった空き缶を握りつぶす。ラケットバッグを背負い、手摺から離れた。

 

 

 

 

 

 




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