兄より優れた妹しかいねえ!   作:フクブチョー

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4th shot 憧れから足を前に

 

 

 

 

 

 

全日本ジュニアバドミントン大会。中学生から高校生までという広範囲にわたり、日本全国から将来有望な選手達が集う大会。言ってみれば、この大会で好成績を収めたものが後のバドミントン界を背負って立つといっても過言ではない、若獅子達の登竜門。

 

いずれ自分が出場するであろう大会を志波姫唯華は観戦している。幸いにも全国小学生バドミントン大会が同時期に近くで行われていた為、将来有望な選手である唯華が滞在の延長を頼んだ時、許可は意外とあっさり降りた。

自分が出場していた全国大会とは比べ物にならないほど大きな体育館で、その試合は執り行われていた。男子と女子が同じ会場で行われている事に不思議はない。小学生の大会でもいつもそうだったからだ。

 

彼女を驚かせたのはもっと別のこと。全国大会のトーナメントに一際小柄な少年が生き残っていたことだった。

先ほども述べたように、この大会は中学生から高校生まで、つまりは13歳から18歳までの、学生大会で優秀な成績を収めた者のみが参加を許される。

といっても、実際に最年少が出場することは非常に稀だ。これは全てのスポーツに言えることだが、体格と経験という有利は多少の技術や才能を吹き飛ばす威力を持っている。まして中学から高校までの6年間は選手が最も飛躍する時。13歳と18歳では大人と子供ほどに、フィジカル、テクニック、経験において差が出てしまう。故に勝ち残るのは年長者になるのは、水が高きから低きに流れるが如く、自然の成り行きだ。

実際、この大会でもそうだ。この全国の舞台に立っているのは高校生ばかり。例年通りといえるだろう。

異常なのはたった一人。170後半の選手ばかりの中で、一際小さな子供が、大人ほど体格の差がある選手を相手取り、必死に羽根を追いかけている。

この少年が対角線上に立った時、相手の選手はなんのまぐれでこんなガキが勝ち残っているのかと思っていた。しかし、試合が進むにつれ、その偏見は正されていく。自分がどんなパワーショットを打っても、体格の有利を活かしても、この少年は巧みに返球してくる。勿論ただ返すだけではない。右へ、左へ、時に早く、時に遅く、緩急を使い分け、ポイントを取りに行っている。

 

───どんなショットを打っても返される……まるで壁でも相手にしてるかのような安定感に加え、あのコントロール

 

体格の不利を制球で覆している。足下やボディ、絶妙に手の届かないコースへと打っている。時折パワー任せに強引に打ち込むが……

 

「17-6!」

 

カウンターの餌食。嫌という程コントロールされたショットに加え、あの反応の速さ。相手の強みをコントロール一つで封じ込めている。

 

「凄い……」

 

唯華の口からその言葉が漏れ出たのはほとんど無意識だった。自分も体格に恵まれていない部類だから、よくわかる。小柄な者が、強靭な肉体を持つ選手のパワーとスピードに対抗するためには、テクニックとコントロールしかない。しかし、テクはともかく、コントロールはセンスだけではどうしようもない。何千何万と積み重ねた修練が最も強くモノを言う。

あの領域に至るまで、あの少年は一体どれほどのトレーニングをあの小さな身体に積んだのか。唯華にも想像がつかなかった。

 

「ゲーム!21-15!21-12!マッチワンバイ、益子!」

 

圧巻のゲームメイク。少年は高く拳を突き上げ、観客席へと手を振った。彼が見上げた先には彼と同様に喜ぶ者たちがいる。きっと少年の友人達だろう。拍手と歓声で出迎えられ、笑顔が弾けていた。

 

───私もいつか、あんな風に……

 

周囲に慕われ、笑顔を作る彼に強く憧れを抱いたのは、恐らくこの時だっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽く身体を伸ばす。特に足と肩周りは意識してストレッチを行い、タオルで汗を拭いた。

 

「コニー、眼鏡持ってて」

 

いつも掛けてる黒縁の眼鏡を外した。スポーツメガネなので掛けたままでもバドは出来るが、試合をする時は常に外す事にしている。おまじないというか、推なりのスイッチというか、試合に入る前に集中力を高めるためのルーティンのようなものだった。

 

「…………なんでお兄ちゃんがやるの?私がやるつもりだったんだけど」

 

明らかに機嫌を損ねてるコニーだったが、眼鏡は受け取る。彼にとって大切なモノを預けてもらえるというのは、妹分にとって譲れない役目の一つだった。

 

「コニーが俺をお兄ちゃんって呼ぶのは、なんで?」

「は?そんなの、お兄ちゃんだからに決まって──」

「言い直そう。俺をお兄ちゃんと認めてくれるのは、なんで?」

「…………色々あるけど、一番はバドミントンが強いから」

 

コニーの答えに微笑返す。聞きたかった答えだった。

 

「女子ばっかの空間に、いきなり異分子が紛れ込んだら、コーチとして認めてもらうにはそれなりに理由がいる。ここはバドミントン部。一番手っ取り早いのがコレだ」

 

軽くラケットを持ち上げる。青と黒でカラーリングされた細いカーボンはいつもクールな推によく似合っていた。

 

「それに、打たないとわからないこともある」

「え?」

 

軽くジャンプしながら唯華が待つコートへと入る。ヘアゴムで髪を後ろに縛った。

 

───推さんと打つなんて一体いつ以来だろう!

 

勝てるとは思っていないが、それでも心踊る。アップも兼ねて軽くジャンプしているが、飛び上がりたくなる衝動を誤魔化す意味もあった。

 

「フィッチ」

「ああ、いいよトスはなしで。俺がサーブだ」

 

テニスと違い、バドミントンはどちらかというとサーブが不利だ。一撃で決められるという事はまずないし、打てる場所も限られている。甘く入って一撃ではたき落とされることもよくある。故にトスに勝った場合、レシーブを選ぶのがセオリーだ。しかし……

 

「推さん、ハンデのつもりですか?」

「まさか。俺はバドミントンで手を抜いた事はないよ」

 

シャトルを摘み、構える。力の抜けた、リラックスしたフォーム。それでいてネットの裏からでも伝わる集中力。スイングを見ただけで相手の力量は概ねわかるが……

 

「唯華こそ、俺が油断していると油断するなよ。壊すぞ」

 

───コレは、気を抜いたら虐殺されるかも

 

身体の芯がビリビリ震える。全国でもコレほどの圧を感じた事はなかった。唯華の警戒レベルは勝手に最大限に上がっている。いや、上げさせられたというのが正しいだろう。

 

「「よろしくお願いします」」

 

握手をする。それは今日初めて会った時に交わしたモノとはまるで違う、堅く、熱い、戦う意志がこもった握手だった。

 

「オンマイライト益子コーチ。オンマイレフト唯華、益子コーチトゥサーブ、ラブオールプレー」

 

バドミントンの第1投。それは戦いの火蓋を切るというには、あまりに不似合いなほど静かに始まる。

 

アッパースイング気味にシャトルを打ち上げる。ロングサーブだ。レシーブショットに唯華はクロスカットを選択した。ファースト・コンタクトが始まる。

 

バドミントンのポイントとは概ねラリーの打ち合いの末に決まる。その傾向は試合が序盤であるほど顕著だ。だから開始直後いきなりどちらが一方的に有利になるという展開はまずない。最初のラリーは探り合いだ。相手の調子、力量、スタイル、それらをラリーで会話する。

 

「はっ!」

 

インパクト直前でスナップが鋭く動く。前に落とされるかと思われた唯華のショットは高く打ち上げられた。

 

「…………速い」

 

落下地点へ、2ステップでたどり着き、構える推を見て、誰かが言った。今のはフットワークの速さのみを形容した言葉ではない。落下地点の見極め、そして相手のショットへの判断。それら全てを称しての言葉だった。

 

───手前に来る

 

読んでいた唯華は危なげなく推の対角線へとリターンする。あっさりと拾われたが、それくらいは想定内。右へ、左へ、自由自在に唯華はシャトルを振る。

その全てをほぼ同じ威力で推はリターンする。

 

「…………私の時と一緒か。鬼だね、お兄ちゃん」

 

そのスタイルを見て、直に戦っている唯華と、長く共に時間を過ごしたコニーは気づく。今日の推のスタイルはディフェンス。いつもの彼と違う、と。

 

───決まらないまでも、攻めるチャンスはいくつかあった。それなのに……

 

高校からの推のスタイルはオフェンス重視の万能型。テクニックを軸としつつ、パワーもスピードも使うスタイル。それをあえて封じて戦っている。

 

───攻めてこないなら、前に落とす

 

ネット際のショットは難しい。僅かな狂いでネットになるし、高く浮けば絶好球になってしまう。しかし、攻めてこないと分かっていれば、ネットにさえ注意してれば問題ない。前に落とされた場合、リターンが甘くなる可能性もある。

 

そんな認識が招いたのか、唯華が打ったドロップは理想の軌道より少し高いモノだった。

 

「っ!?」

 

プッシュで強打される。一直線にフロアに叩きつけられたシャトルに、唯華はまるで反応できなかった。

 

「ワ、1ー0」

 

ほぉっと部員達から息が漏れる。名門校の部員達が息を呑むほど緊迫感のあるラリーだった。

 

「ナイスフェイク。悪くないドロップだった。こりゃ気が抜けないなぁ」

 

言葉の上では唯華を褒める。しかし、戦っている張本人とコニーは弄ばれてる気分にしかならなかった。

 

───攻めてきた?ディフェンシブで来るんじゃなかったの?

 

男子と女子のスペック差を考え、できるだけフェアに戦うため、推はオフェンススタイルを捨てたのだと思っていた。しかし、今のは明らかに攻めに出ていた。

 

───守るところは守り、攻めるとなれば一気に噛み付く。コントロール重視のディフェンス・カウンタータイプで来るってことか。

 

ミスが少ない代わりに破壊力がない。しかしコントロールがあれば追い詰めることはできる。

それは唯華本来のプレイスタイルとあまりに酷似していた。

 

「でも……うん、大体わかった。さあ、続けようか」

 

推の瞳が少し暗くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポイントが進んでいく。しかし試合展開は遅い。ワンセットの平均時間は約12分程度だというのに。

 

「イ、11ー3。益子コーチ。インターバル」

 

10分以上かかってようやく半分が終わった。お互い異常にミスが少なく、長いラリーを撃ち合った結果だ。

 

「わかってた事だけど、強いね。益子コーチ」

「うん、流石益子さんのお兄さん」

「コレがかつて一年にしてインハイを制した、オリンピック代表クラスの実力」

「でも……」

 

当初の目論見通り、推をコーチとしてリスペクトする者も増えてきたが、一体いつまで掛かるのか、と心配する者も出てくる。それも無理ない事だろう。長い試合は体力と精神力を削り取る。このままでは女子の唯華が明らかに不利。最悪、終盤は嬲り殺しのような展開になりかねない。

しかし、多くの部員が考えるような展開にはならなかった。インターバルが終わった後、唯華はミスを連発し、今までが嘘のように試合は早く進んだ。

 

「16ー3、益子コーチ」

 

ラリーを制した推が、シャトルを拾い上げる。この時、ついに唯華が膝をついた。

 

「キャ、キャプテン!」

「大丈夫ですか!?」

「入るな!」

 

コートに駆け寄ろうとした部員達を制する。ずっと穏やかだった推からは考えられないほど強い口調だった。

 

「たかがワンセットマッチだ。身体の異常じゃない」

「そんなの、わからないじゃ──」

「唯華」

 

部員の言葉を遮り、ネット越しに唯華へと歩み寄る。もういつもの穏やかな彼に戻っていた。

 

「ゲームが半分もくれば、相手が自分より強いかどうかくらい、お前ならわかるだろ」

 

俯いたまま、唯華は何も答えない。しかし、肯定している事は誰もが分かった。

 

「唯華、君は強いよ。攻撃一つ一つに意味がある。相手の思考を読む洞察力がある。何が得意で、何が苦手か。相手のクセは?ショットの個性は?それら全てを読み取って攻撃へと繋げる。完成度という点においては恐らく、コニー以上だ」

「そんな事ないし!私の方が完成されてるし!」

 

聞こえていたのか。兄の言葉にブロンドヘアの少女が噛みつく。自分が一番でなければ気が済まないコニーらしい反応に思わず苦笑が漏れる。

といっても、これは勿論コニーが唯華に劣るという意味ではない。あれ程の完成度でまだ未完成という事実の方が凄い事なのだが、まあ言ったら調子に乗るので言わない。

 

「でも、そんな強い自分より強いと自覚できる相手が、待球してくると辛いよな。俺もそうだったから、わかる」

 

自分より上の相手に、ディフェンシブに戦われれば、いつ決められるかわからないという恐怖がつきまとう。手のひらで弄ばれているだけじゃないのか、このラリーはいつまで続くのか、ネガティブな思考に取り憑かれる。

 

それが心を折るバドミントン。

 

あの時、身を以て体験した、泪の全盛期のバドミントン。

 

「唯華がそんなバドに出会うかはわからない。でも、君を全てにおいて上回るという選手にはいつか必ず出会う」

 

そんな選手に勝つためには技術や身体能力などより、メンタルが遥かに重要になってくる。

 

「たとえ何で負けていても、得意分野では負けないという自信。自分は強いと信じ込む力が必要になる。今まで積み重ねてきた練習が。強い相手と戦って、勝ってきたという経験が、君を支える」

 

俺は信じることができなかった。今まで積み重ねてきた全てを否定された気がした。だから今までのバドを捨てて、もっと強いバドミントンを求めてトレーニングを積んだ。

強くなればなるほど、脳裏に強く刻み込まれた、アイツのスタイルに似通っていった。

 

「それでも、バドミントンにおいて、最も重要なファクターはコントロール。全てのショットに追いつき、コントロール出来れば負けない。俺のこの哲学だけは今も変わらない」

「…………推、さん」

 

ようやく推と目が合う。呼吸を切らしながらも、肩で息はしていない。流石だ。よく鍛えられている。

 

「パワーはトレーニング以外の、先天的なモノがどうしても根幹になる。だが、コントロールは違う。コントロールとラケットワークは訓練がモノをいう」

 

良質な筋肉と体格があれば、素人でもパワーショットは打てる。だが、コントロールショットは絶対に訓練しなければ打てない。

 

「バドミントンにおいて、優秀な選手とは、ミスをしない選手。その意味では唯華、君は完璧エリートを地でいく、誰より優秀な選手だ。だけど、優秀なだけでは勝てない時は絶対に来る」

「優秀なだけでは……勝てない」

「そう。エリートの弊害だな。完璧で優秀な君だから、周りが求める自分でいる事に慣れすぎている」

 

───かつて俺が、そうだったように

 

勿論唯華のメンタルが弱いとは言わない。むしろ名門校キャプテンに相応しいメンタリティを持ってると断言できる。だが、それ故に。頼れるキャプテンであるが故に、それが彼女のバドミントンを狭めているのも事実だった。ミスを連発させたのはきっと、下手に足掻いて、無様な姿を部員達に見せない為。もしかしたら俺を悪者にしない為もあったのかもしれない。仲間のことも、コーチのことも考えられる。

 

「それはキャプテンとして、とても立派なことだ。君は俺なんかよりよほど優れた人間だよ」

 

だが、人として優れていることが、時に勝負事においては枷になりかねないこともある。

 

「君はキャプテンである前に、フレゼリシア女子バドミントン部の一人なんだ。もっと自分のバドミントンに没頭していい。たとえ不恰好でも、部員が不安になってしまうとしても、現状から一歩踏み出さなければ、勝てない時は必ず来る」

「…………今みたいに、ですか?」

「俺に勝つにはあと十三歩は進まないとなぁ」

 

座り込む少女が軽く吹き出す。推の本音が多少混じった冗談に笑ってしまったのもあったが、それと同時に今までの自分がおかしくなった。あれ程楽しみにしていた、自分が望んだ試合だったというのに、一体何を気にしていたのだろうか。そうだ、コレは公式戦でもなければ、真剣勝負でもない。新しいメンバーを歓迎するためのレクリエーション。なら周囲にどう見られてもいい。たとえスコンクで負けたって構わない。なら、普段出来ないようなチャレンジをもっとしなければ、勿体ない。

 

唯華が立ち上がり、構える。そして纏う空気が変わった。先ほどまでの、勝てないまでも善戦しなきゃ、と躍起になっていた目が、目の前の試合を楽しむ者の目に。

かつての泪やコニーと同じ目になっている。

 

「そうだ、それでいい。足を前に出していけ。バドミントンしようぜ、唯華。フレゼリシア女バドキャプテンじゃない、志波姫唯華のバドミントンを」

「はい!」

 

サーブを構える。ようやく二人は正しく向き合って、バドミントンを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。三話にして、お気に入り900件超えていた事に驚きを隠せません。ありがとうございます!これからも頑張りますので、感想、評価よろしくお願いします!感想には時間がかかっても絶対返信します!
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