兄より優れた妹しかいねえ!   作:フクブチョー

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7th shot 同じ国の空の下、家族揃わず

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパの空の下、小高い丘の上で、益子推は風に吹かれていた。燻んだ金髪が靡き、イヤホンのコードが舞っている。取材が終わり、待ち時間で立ち上げたウォークマンだったが、聞くのを諦める。風でイヤホンが飛ばされるためだ。

 

「お兄ちゃーん」

 

イヤホンを耳から外すとほぼ同時に声がかかった。一年近く前から兄妹弟子となった少女の声だ。名前はコニー。黄金を溶かしたかのような煌びやかなプラチナブロンドに青い瞳の美少女。推と全く同じトロフィーを持っている。

 

「撮影始めるってー!トロフィー持ってこっち来てー!」

「わかったから大声出すなコニー。疲れてるんだ」

「推、嫌ならやらなくていいんだよ。慣れない取材で大変だったでしょ?」

「一度引き受けた以上、ちゃんと最後までやるさ。有千夏こそあまり無理するなよ。最近顔色良くないぞ」

「撮影くらい大丈夫よ。貴方って昔から意外と心配性よね」

「皆さん、準備はよろしいですか?」

「ママ、お兄ちゃん、早く」

「はいはい」

「では撮りますよ。ポーズは好きなようにしていただいて結構です。それでは……3・2・1」

 

 

『遠い異国の地、彗星の如く現れた天才少女とIHを制したスーパールーキー、全日本10連覇女王の元で、栄冠』

 

 

それが大々的に書かれた記事のタイトルだった。取材内容はヨーロッパで同じタイトルを男女で取ったコニー・クリステンセンと益子推が取り上げられている。権威ある大会の最年少タイトルホルダーと言うのも注目の理由だったが、何より目を引くのは二人の容姿だろう。二人とも容貌は凄まじく整っている。そして二人の師も。

推とコニーの肩を笑顔で抱き寄せる有千夏に、彼女の頬に口づけするコニー。不機嫌そうに顔を背けながらトロフィーを抱える推。雑誌の見開きに大写しにされた美しい三人の師弟は非常に画になっている。

 

「…お母さん………推兄ちゃん」

 

切り抜かれた雑誌記事が握り締められ、しわくちゃになっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に意識が浮上する。バッチリと目が覚め、見えたのは見覚えのある天井。少しクラクラする頭を抱え、黄金を溶かしたかのようなブロンドヘアに指を通す。

 

───あ

 

そして脳裏に蘇る今までの出来事。熱が下がり、風邪も治った自分が一人きりの部屋で理解したのは取り残されたという事だった。フレ女のみんなは遠征へと赴き、兄も取材を受けた後で合流すると言っていた。もう向かったのかはわからないが、大会中を除いて、二年間殆ど一緒だった推が側にいないという不安は、病み上がりのコニーにとって置いていかれたと思い込ませるに充分だった。

地図を頼りに寮から飛び出し、闇雲に走っていたところを唯華に見つけて貰った。正直振り返った時、後ろにいたのが兄でなかった事に心中で落胆したものだが、彼女に優しく迎えてもらい、兄もママもいなくなってしまったと誤解した不安は消えた。日本に来てよかったと心から思った。

その後、車で迎えに来た推を確認した後、緊張の糸が切れたのか、意識が遠くなった。

 

「モルゲン、コニー」

「お兄っ……ちゃぁ、ん」

 

一瞬花が咲いたような笑顔を見せ、飛び起きたが、脱力するように背中を壁につける。満面の笑みを浮かべ、頬杖をつき、足を組んで座る兄に恐怖を感じた。知っている。彼がこの顔をしている時、それは超絶怒っている時だ。以前嘘をついて日本の大会に出場する彼に着いて行こうとした時も同じ顔をしていた。

 

「よく眠っていたな。身体はもう大丈夫か?」

「は、はい。もうすっかり……」

「顔色は悪くないし、さっき熱計った時も問題なかったから心配してないが、無理はするなよ」

「……はい」

 

表情をまったく変えることなく、穏やかに言葉を紡ぐ。それが逆に恐ろしい。針のむしろに立たされているかのような緊張感に耐えきれず、とうとうコニーは聞いてしまった。

 

「あの、お兄ちゃん……怒って、ないの?」

「お前が部屋から居なくなったと聞いた時は肝が冷えた。無事で良かった。安心したよ」

「お兄ちゃん……」

「───とでも言うと思ったか?」

 

本当に怒ってないのでは、と感極まって彼の手を取った瞬間、ワンオクターブ声のトーンが下がる。ヤバ、とコニーが感じた時、推は大きく息を吸い込んだ。

 

「こんの大バカやろぉおおおお!!!何がプロだ甘ガキがぁあああ!!!」

 

推の怒声は部屋の外で心配して様子を見ていた唯華をはじめとする、フレ女バドミントン部員たちの耳をも痺れさせた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ごめんなさいでした」

 

一通りの説教が終わった後、ベソをかきながら蜂蜜色の髪の少女はその一言を絞り出した。

一応謝罪したからか、一旦は推も怒りを収め、憤然と座り込む。滅多に怒らない彼は怒るという事に慣れてない。一度爆発して仕舞えば、長く引きずらないのが、彼の長所だった。

 

「…………まぁ、俺も甘かった。お前の思いをナメていた。少し考えればこうなる可能性には思い至ったはずなのに」

「…………そういえば、今日取材あったんでしょ?どうしたの?」

「明日に延ばしてもらったよ。普通許されないが、今回の記者が俺の馴染みでな。特別に許してもらったよ」

「そうなんだ。よかったね」

 

気楽に言ってのけるコニーの様子からため息が出る。特例だってことを理解しているのだろうか、この娘は。取材のすっぽかしなと、本来であれば決して許されないことだ。横の繋がりの強いこの世界で、選手がマスコミをぞんざいに扱ったなど、広まってしまえば国内での活動が非常に難しくなる。

 

───あの人は上手くやっておくと言ってくれたらしいが

 

一抹の不安は残る。まして彼女には昔、少し心ないことを言ってしまっていた。後ろめたさは有る。

 

「お兄ちゃん?」

「…………明日の取材後に俺も神奈川へ向かう。唯華ちゃん達も出発は明日の朝一になった」

「…………お兄ちゃん、私も、その」

「お前は俺の取材の後だ」

 

ハッと顔が上がる。今の一言は……

 

「せっかく治りかけていたのに雨に降られたんだ。ぶり返す可能性はある。明日の午前中まで様子を見てやる。それで大丈夫なら俺と一緒に神奈川へ行こう」

「お兄ちゃん……!」

「言っとくがこれが最大限の譲歩だ。コレすら守れないなら俺はお前の前から姿を消す。わかったな」

「もちろん!大好きっ、お兄ちゃん!!」

「まったく、調子いいんだから」

 

飛びつくように首に抱きつく彼女の頭を撫でながら、推はもう一度深くため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「推さん」

 

部屋の外で待っていた唯華が真っ先に推に走り寄る。続いて部員達も彼の元へと集まった。

 

「思ったよりは元気そうだった。熱も下がってたし、まあ大丈夫だろう」

「そうですか、よかった」

 

ほっと胸をなでおろす。推も不服げに鼻を鳴らしながらも、言葉の端々に安堵の色があった。

 

「そっちの予定はどうなってる?」

「うん、問題なさそう。宿もキャンセルしたわけじゃないし、1日延ばすくらいの融通は利かせてくれた。対戦する予定だった人達には悪いけど、遠征合宿の参加校はウチ以外にもいるわけだしね」

 

後者に関してはあまり心配してなかった。参加校は大学のバドミントン部。フレ女をナメてる訳ではないだろうが、それでも高校生との試合が有意義だとはなかなか思わないだろう。

 

「それよりいいんですか?コニー連れていくなんて言っちゃって。罰だったのでは?」

「仕方ないだろう。俺の監視下から外れたら、アイツ何やるかわからん。業腹だが、俺の根負けだ」

 

肩を竦める推を見てクスリと笑みが漏れてしまった。子供の頃より遥かに精悍になった凛々しい横顔のはずなのに、片目を瞑り、息を吐くその姿はあまりに昔の推を彷彿とさせる。

なんでも出来る人のはずなのに、変なところで不器用なのが少しおかしかった。

 

「唯華ちゃんも悪かったな。あのバカが世話を掛けた」

「いえいえ。私もちょっとイジメちゃいましたから」

「…………何したの?」

「いやちょっとオバケが出るとかそういう感じのことを。怯えた顔可愛かったですよ」

「……………」

 

───何というか、Sになったなぁ、唯華ちゃん。まあバド選手ってどっちかというとS多いけど。

 

バドに限らず、勝負する以上攻めの意識は欠かせない。無論逆境に耐えることも必要だが、それ以上に勝利の意思が肝心になる。

 

「それに、私部員のダメなところとか恥ずかしいところを見て面倒だと思うなんて絶対しないですよ。そういうのを見せ合えるのが、家族なんですから」

「…………家族」

「はい。私にとってフレ女バドミントン部の皆は家族と一緒ですから」

「…………そっか」

 

屈託の無い笑顔で言ってのける彼女を凄いと思う。俺にはできなかった事だ。彼女の言うことを偽善だとか、馴れ合いだとか考える人間もいるかもしれない。しかしそれでもいいと推は思う。その一言を言葉にしてくれるだけで、救われる者は絶対にいる筈だ。

 

「もちろん、推さんもですよ」

「へ?」

「お兄ちゃんなんでしょ?なら私達にとってもお兄ちゃんじゃないですか」

「…………光栄だね。なら唯華ちゃんはお姉ちゃんかな」

「気分はそんな感じですね。まあ私よりしっかりしてる子もいますけど」

 

コニーや綾乃。そして俺は自分のために戦うタイプ。そして唯華は誰かの為に全力以上の力が出せるタイプ。このタイプは厄介だ。コニーや綾乃は天才肌なだけにちょっとしたことで意外と崩れる。しかし唯華のようなタイプはそう簡単には崩れない。強い芯が自分と、周りにあるからだ。たとえ自分が折れたとしても、仲間が支えてくれる。そして仲間が折れたなら自分が支えられる。恐らく、団体戦でフレ女に叶う高校はほぼないだろう。問題は個人戦だ。これだけは個々のメンタルがモノを言う。

 

───でも、キミなら或いは……

 

倒せるかもしれない。そしてたおせなくても、救えるかもしれない。作られた天才であるアイツらを。俺ではきっと無理だ。倒すだけなら多分もう出来るが、それだけではアイツらは救えない。

 

「推さん?」

 

黙り込むこちらを覗き見てくる。なんでも無いよ、と笑いかけ、彼女の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………もう来てるんですよね」

「はい、今日は間違いなくいらしてますよ。昨日は申し訳ありませんでした」

 

事務のおばさんが引き続き明美に謝罪の言葉を述べていたが、あまり頭に入っては来なかった。昨日はたしかに思わぬ肩透かしを食らわされ、しばらく立てなかった程脱力感に苛まれたが、同時に安心もあった。もし扉を開けた先で、またあの冷たい目で睨まれたら。その恐怖はずっと頭から消えていない。

そして今回。再会はもう避けられない所に来ている。しかしいつまでも躊躇はしてられない。大きく一度深呼吸した。

 

「───どうぞ」

「……失礼します」

 

ノックをすると、昨日とは違い、返事が来る。松川明美が扉を開く。陽の光が金髪に反射し、一瞬目が眩んだ。

 

───ああ……

 

目が正しい機能を取り戻す。待ち人がそこにいた。彼女の記憶にある彼とは随分違う。かつては自分よりずっと小さな少年だったのに、今は完全に見上げるほどの背丈になっている。容貌もグッと精悍になった。少年らしい線の細さはまるでなく、筋肉の出来は服の上からでもわかるほどだ。

しかし、目だけは変わっていない。深い知性と理性を備えた翡翠色の瞳。暖かく、けれど少し怜悧な、初めて出会った時の彼の目だ。

 

───やっと会えた……会いたかった

 

彼が帰ってきた。中学の時に見た、凍った目をした彼ではない。全てを乗り越えてきた。その事実がとても嬉しい。万感の思いを込めて、明美は頭を下げた。

 

「この度はお忙しいところ、こちらの無理を聞いていただき、ありがとうございました。編集長の笠松も、益子さんにはくれぐれもよろしくと言付かっております」

「───アキ……さん」

 

彼の口から、思わずポロリと出る。バドミントン教室に通っていた時、使っていた……というか、使わせていた呼び方。ひどく懐かしく響いた。

 

「私のことをそんな風に呼ぶのはもう貴方くらいよ」

 

自分でも驚くほど自然に砕けた口調を使っていた。推も変に敬語は使わず、子供の時と同じように振る舞っている。

 

「久しぶりね、推」

「そうですね。直接顔を合わせるのは中学以来ですか。昨日は申し訳ありませんでした」

「お気になさらず。事情は伺ってますから」

 

握手を交わす。明美の決して小さくない手を完全に覆い隠す。本当に大きくなった。

 

「ごめんなさいね」

「なんでアキさんが謝る。貴方に謝られる覚えはないよ」

「…………そうよ、私は何もできなかったから」

「それに関して、アキさんを責める気はないよ。俺もガキだった……あー、今でもガキだが、もっとどうしようもない子供だった」

「それは……仕方ないことで」

「それにこの世界は結果が全て。弱い俺が悪かった。それだけのことだ。当時こそ色んなものを恨んだし憎んだが、今はなんとも思っていない。無論、泪も含めて」

 

少し嘘だ。なんとも思っていなくはない。憎しみはないが、後悔はある。恨みはないが、後ろめたさはある。だからせっかく帰国したというのに会いにいかないのだ。

 

「俺の方こそすまなかった。高校の時は色々心ない事を言ってしまった」

「そんな……」

「って事で昔話は終わり!お互い仕事に戻りましょう、松川記者」

 

一度手を叩く。昔からの呼び方ではなく、口調も変えた。このままでは話がループし続ける。しこりを残さず円滑な人間関係を築くにおいて、とことん話すことも大事だが、時には無理矢理にでも会話を切ることも必要になる。

 

───本当に成長したのね

 

子供の頃から信じられないほど聡明な少年だったが、世界を一人で回り、途中からコニーという妹弟子を連れて旅するようになった。そして今ではコーチを務めている。バドミントン選手として信じられないほどの進化を遂げていたが、人に物を教える立場になり、人間というものも段違いに向上している。

 

「それでは、取材を始めましょう。益子選手」

「よろしくお願いします」

「あ。取材後、写真撮影もありますので、そちらもよろしく」

「…………俺目つき悪いのでその辺うまくごまかしてくださいよ」

 

あまり得意でない部類の仕事だし、写真付きの記事はヨーロッパで初めてタイトルを取った時以来だが、受けると決めた以上、キャンセルはプロとして許されない。1日待ってもらった弱みもある。『快く』同意を示すと、明美さんはICレコーダーのスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

取材が終わり、撮影のために外へと出た時、能天気な声が二人に届く。すっかり遠征の準備を終えたコニーが今か今かと待ち構えていた。

 

「…………はぁ、すまないな。アキさん」

「彼女が、コニー・クリステンセン?」

「ええ。デンマークの不沈艦、なんてのは言い過ぎだと思いますがね」

「でも強いんでしょう?」

「強さだけは名前負けしてないかと」

 

談笑する二人の様子を見てムッとした表情を浮かべる。あんなに気安い表情を推は滅多に見せない。良くも悪くも隙を作らない人だ。それなのに、あの記者に対しては態度が違う。自分より長い時間を積み重ねているのではと思わされた。

 

「お兄ちゃん、この女誰?知り合い?」

「有千夏の友人だぞ」

「私はコニー・クリステンセン。よろしく」

 

敵意が一瞬で翻る。性格上、敬語などは使わないし使えないが、明らかに態度が変わった。

 

「初めまして、コニーさん。松川明美です。いずれ貴方ともゆっくり話がしたいわ。よろしくね」

「よろしくしなくていーから。お兄ちゃん。取材終わったんなら早く行こうよ」

「もう少し待ってろ、撮影が残ってるんだ」

「えー」

「あっ、そうだ。コニーさんも一緒にどう?兄妹弟子の来日ってことで」

「えっ、いいの?」

「いいんですか?」

「勿論推のみの写真も撮るけどね。でも、次代を担う選手二人の写真なんて今のうちに撮ってたら貴重じゃない?ね?」

「コニーが良いなら俺は良いが」

「私もお兄ちゃんと一緒なら構わないけど……」

 

手を組み、何やら躊躇している様子を見せる。彼女にしては珍しい態度だ。一瞬俺を見た。

 

「い、色々準備してくる!」

「あ、おい!」

 

走って寮の中へと戻っていく。その背中を見て推は憤然と息を吐いた。

 

「ったく、普段ノーメイクのくせに」

「まあまあ。いいじゃない。好きにさせてあげなさいよ…………少しバドから受ける印象とは違うわね、彼女」

「見た目だけだよ。精神年齢は10歳児並だ」

「貴方と真逆ね」

「色々な意味でな」

 

我ながら子供らしくないガキだったと思う。体格は年相応だったというのに、中途半端に理解が良くて、中途半端に視野が広くて、中途半端に色々なことを考えていた。コニーはまさに真逆。恵まれた体格。生まれつき備わっていた天才性。そして幼すぎる精神。急速な身体の成長ゆえに精神が置いていかれるタイプの典型。

 

「ことバドにおいて、あいつは逆境というものをあまり経験していない。メンタルが成熟されれば一気に化けるとは思うが、あの天然さが強さを生み出している面もある。あちらを立てればこちらが立たず。痛し痒しだな」

 

こればかりは一朝一夕ではどうにもならない。いや、どうにかする方法もなくはない。一度試合で地獄を経験するのが一番手っ取り早い。実際に体験済みだ。効果は保証できる。しかしコレはあまり勧めたくない。一度で大化けする劇薬ゆえに扱いも非常に難しい。壊れてしまう可能性も大いにある。あの才能をそんな形で潰すのはどう考えても惜しすぎる。

 

思考が深く沈みかけた傍らでクスクスと笑い声が聞こえてくる。アキさんが俺を見て笑いを零していた。

 

「なに?」

「ああ、ごめんなさい。貴方の今の姿が少し新鮮で。私も歳をとるハズよね。人を育てる事で推が悩んでるんだから」

「………もう俺も、ただラケット握ってればいい身分じゃないからな」

 

歳を食えば食うほどしがらみというのは増える。大人達の思惑が混ざり、自身が商品化され、商品自体も魅せ方を迫られていく。バドが強ければいいというわけではなくなる。そして商品価値が劣化すれば引き下げられる。こればかりは避けられない。

俺もいずれ、プレーから精彩がなくなり、現役で戦えなくなる日が来る。今はまだ考えられないが、誰かと結婚し、子供を作り、その子にバドを教えたり、引退し、後進の育成に力を注ぐ日が来るのだろう。有千夏のように。その日は1日ごとに近づいてくる。

 

「お待たせー!」

「…………ハッ」

 

そんな事はまるで考えていないであろう妹分が呑気に腕に抱きついてくるのを見て、自嘲が漏れる。ただバドミントンが楽しかったあの頃、俺も同じ顔をしていたのだろうか?ちょっと想像できなくて笑ってしまった。

 

「…………俺も少しは、見習うかな」

 

「では撮りますよー」とカメラマンの声がかかり、意識的に口角を釣り上げる。シャッター音が鳴る直前、背伸びをしたコニーの唇が頬に触れた。

 

 

 

 

 

 




後書きです。ちなみに推は中学くらいから様々な相談をしていた明美にはさん付けですが、色んな意味で尊敬してない有千夏にはタメ口です。次回からようやく合宿編突入。様々な再会が待っています。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします
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