兄より優れた妹しかいねえ!   作:フクブチョー

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9th shot ほころびはじめる蕾たち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚醒

 

誰もが一度は聞いた事があるだろう。しかし覚醒とは何か、と説明しろと言われれば、実は意外と難しい。

普通の人は物語や漫画などでよく描かれる凡人がいきなり超人になったりするアレや怒りパワーで髪の毛が金色になるソレをイメージするだろう。

それも間違いとは言わない。そういったシーンで覚醒という単語が使われることはある。

しかしそれはあくまで夢物語の中で起こること。超常現象や有り得もしない超能力を手に入れることなど現実で出来はしない。

 

覚醒とは現実の中で起こりうる事なのだから。

 

───覚醒とは、パズルだ

 

思考と経験を積んで、積んで、積み続ける。日々のトレーニングやデータでピースを作り、失敗と成功を繰り返し、試行錯誤を重ねる事でピースを組み合わせていく。人の成長とは、階段だ。なだらかな斜面のように少しずつ上がっていくわけではない。どれほど才能のある人間だろうと壁にぶつかり、停滞し、上昇できない時は必ず存在する。

 

───ましてバドミントンは陸上や体操みたいな採点競技や記録が出るものじゃない。上昇の実感が得られない中でも、苦しいトレーニングを続ける事は難しい。

 

その事は立花健太郎もよく知っている。体格に恵まれていた彼は効率よく強くなっていった。その成果として、二年生にして高校生最高の大会といっていいインターハイを制したのだ。自分は強いという立花の自負は当然のものだろう。

 

───だが、俺は覚醒なんてしていなかった

 

数年前、最後のインターハイ決勝の舞台で一人の選手が生まれ変わる様を誰よりも間近で見ていた立花健太郎は断言する。

覚醒とはパズル。思考と経験の蓄積、日々のトレーニングで作ったピースが何かのきっかけでハマった時に訪れる、限界の壁をぶち壊すブレイクスルーこそが、『覚醒』の瞬間なのだ、と。

 

この怪物を目覚めさせてしまったのは自分の一本。渾身の力で打ち込んだスマッシュに、くすみのある金髪の一年生は完全に着いていけていなかった。

しかし2本目。今思えばワザとだったのだろう。フワリと浮いたシャトルを打ち下ろした時、超人的反応速度で弾き返してきた。3本目には絶妙のリバースカットで自分のスマッシュは完璧に殺された。

 

───体格で圧倒的に勝る俺に対して、真っ向勝負の殴り合いを挑んできやがった!

 

「…………なるほど、このタイミングか」

 

身体を鞭のようにしならせ、繰り出された益子推のスマッシュは既に自分のソレを超えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が覚醒とはなんなのかを知ったのは、多分あの時だろう。

 

立花健太郎。益子推がインターハイで戦った選手たちの中で唯一記憶に残っていた選手。身体能力、経験、体格、全てが自分を上回る強敵。

 

だからこそ俺は覚醒した。相手の強さに引っ張られ、自分の中で蓄積されたパズルのピースが引き出され、かみ合い、結集した。

 

その結果が、あの惨状。

 

今でもはっきりと思い出せる。バツンと何かが切れた音。自分の目線より常に上にあった巨躯が崩れ落ち、倒れこみ、見下ろしてしまった瞬間。激痛に耐え切れず漏れ出たくぐもった声。

 

───俺が壊した……

 

インターハイからしばらくが経ち、環境にも慣れ始め、外の情報を仕入れ始めた時、有千夏から日本の状況を聞いた。立花さんはあの怪我以来、結果を出せなくなり、ついに第一線から退いたと知った。

 

泪に負けたあの時、俺はしばらく立ち上がれなかった。茫然自失し、膝をつき、凍りついた。あの時、益子推という選手は一度壊れた。

 

───泪と、同じだ……俺も

 

そこでようやく気がついた。己の憎悪と復讐心で今まで何人もの選手を足蹴にしてしまったことを。いや、選手だけじゃない。自分を心配してくれた教師。一年の俺がいきなりレギュラーになっても快く受け入れてくれた先輩。その全てを俺は無視してしまった。俺が今までどれだけの人に支えられてバドが出来ていたかを、ようやく知った。

 

『やっと半人前になったわね、推』

 

有千夏の呆れたような一言が耳朶を打つ。後ろには見知らぬ少女を連れていたのに気づいたのはこの時だった。

 

『この子はコニー・クリステンセン。貴方を一人前にしてくれる子よ。今日からは貴方がこの子を半人前にしてあげなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神奈川体育大学。大学高校合同の合宿が行われているその体育館は多くの選手と数名のコーチ陣が集っていた。参加校がその中で三名だけ、時間が停止していた。二人は驚愕で。そして一人は恐怖で。

 

「立花さん…美也子先生」

 

脳裏に蘇る、惨劇の光景。膝を抱え倒れこむ立花さん。心配してドリンクとタオルを持ってきてくれた先生にぶつけてしまった心ない言葉。日本に帰国してから一度も推は自身の過去に触れようとしなかった。どのツラ下げて何を言えばいいか、全くわからなかったからだ。

それは勿論、今も同じ。

 

───こんな同時に負い目トップスリーのうちの二人が来なくても……

 

「益子!!」

 

何を言えばいいか、固まっている最中、立花が大声を出す。ハッとした時にはもうその高身長が目の前にあった。

 

「………立花さ──」

「なんで益子がフレ女でコーチなんてやってるんだ!?海外で怪我でもしたのか!?大丈夫なのか?それとも選手生命絶たれるほど重いのか!?」

 

両肩を強く握られる。至近距離にあるその瞳には俺への非難も恨みもカケラもない。単純に俺を心配し、未来を憂いている目そのものだった。

 

───ホント、凄いなぁ。貴方は

 

「凄い?俺が?何で?」

 

思った事が口に出てた。少し動揺しすぎだ。一度頭を振り、目を瞑る。呼吸とともにそのまっすぐな瞳を迎えた。

 

「大丈夫ですよ。怪我も病気もありません。ちょっとした野暮用でコーチを引き受けただけです。今のところ、現役です」

「そうか、よかった」

「俺が言うのは心苦しいですが、立花さんこそ、膝大丈夫なんですか?今は北小町でコーチを?」

「ああ、オリンピックを目指す選手を母校で応援しようと思ってな。膝ももうほとんど問題ない。ちょっとならプレイだって出来るぜ」

「そうですか、よかった」

「推さん」

 

肩に手を置かれる。フレ女バド部キャプテン、志波姫唯華は安心したように笑っていた。恐らく三人を見た俺の様子がおかしいことに気づいていたんだろう。聡く、優しい。大丈夫だよと頷いた。

 

「旧交を温めているところ申し訳ありませんが、そろそろ試合開始です。号令をお願いします」

「ああ、それでは只今よりフレゼリシア女子短大付属高校と北小町高校の練習試合を始めます。試合は前に張り出した紙の通り進めてください。それでは、試合開始!」

 

『よろしくお願いします!!』

 

全員が一斉に頭を下げる。そしてすぐさまコートに散らばっていった。対戦相手と握手し、礼をした後、それぞれに試合を始めていく。

 

「お兄ちゃん」

「?コニー、何してる。お前も早くコートに入れ。まずダブルスからだ。ヒナちゃんと組んで」

「わかってる。その前にこれあげるね。あとコレどっかに置いといて」

 

紫色の大輪はマネージャーに預け、白い花を俺に押しつけてくる。大きく美しく咲き誇る素晴らしい芳香を放つその花はカサブランカ。

 

「花言葉は『威厳』『高貴』『洗練された美』。お兄ちゃんにピッタリでしょ?」

「…………嵩張るわ、邪魔だろ」

「あーひどーい!」

「いいから早く行ってこい。他校に迷惑かけるな」

「ちぇ、はーい。あっ、お兄ちゃん。ちゃんと見ててよね。ぶっ飛ばしてくるから」

「はいはい」

 

こちらに手を振るコニーを見送った後、コート全体に目を配る。当たり前だが推は今フレゼリシア女子バドミントン部のコーチ。コニーだけでなく部員全員を見る必要がある。無論コニーも見るが、特別扱いをするつもりはない。部員たちには公平感を持っていて貰わなければ良い指導はできない。

 

「まさかこんな所で元教え子に会えるなんて。縁って不思議ね」

「…………俺も驚きましたよ。美也子先生」

 

俺が一人になるタイミングを狙っていたのだろうか?かつての恩師はなんとも皮肉げな表情を浮かべて俺の隣に来ていた。

 

「…………俺のこと、怒ってますか?」

「ぜーんぜん。寧ろ申し訳なかったと思ってるよ。君の事情に関して、羽咲さんから少し聞いたから」

「…………綾乃ちゃんから?」

「いえ、有千夏さんから」

 

目を見開く。あいつがアフターケアの類の事を出来るとは思わなかった。バド以外なにもかもポンコツのあいつが。

 

「まあ私がMr.スピリッツから無理矢理連絡先聞き出したんだけどね」

「…………なるほど、得心がいきました」

 

しかしそれにしてもヴィゴが俺の情報を部外者に漏らすとは。恐らく相当頑強に迫ったのだろう。流石は俺のようなクソ問題児の相手を最後までしていただけのことはある。良い師とは多少図々しいモノだと改め知った。

 

「…………ごめんなさいね」

「……謝るのは俺の方でしょう」

「いいえ。貴方は子供だった──ごめんなさい、コレも侮辱ね」

「いえ。仰る通りです」

 

あの時、俺がどれだけ子供だったか、たった数年しか経っていないが世界を回って思い知ったつもりだ。無論かつてはそんなこと思いもしなかったが、妹分のお守りを二年間もしていれば嫌でも分かる。

 

「───貴方は学生だったのだから自分のことで精一杯で当たり前よ。それなのに私は自分勝手な理論を押し付けてしまった。教師は生徒に寄り添うことが仕事なのに。本当に、ごめんなさい」

「やめてください先生。俺は本当に申し訳なかったと思っているんです。貴方には懇切丁寧な説明が必要だったと今でも後悔しています。今まで謝罪の一つもしなかった男の言葉など、信じられないとは思いますが」

「いいえ。生徒の言葉は無条件に信じるのが教師よ。貴方は私の元教え子。そして今は対等の友人。なら信じない方が人でなしだわ。ありがとう。貴方の言葉のおかげで私はようやく胸のつかえが取れたわ」

「先生……ありがとうございます」

 

心の底から感謝を述べる。胸のつかえを取ってもらったのは俺の方だった。日本に残してきた心残りの3分の2は今日解決してしまった。解決させてもらった。

 

───ん?

 

異様な空気がコートの一つから上がる。思わず目を引かれた。急に黙った推を隣の先生は不思議そうに見ている。この辺りの感覚は現場を経験しなければ身につかないだろう。右から二番目ですよ、と耳打ちした。

 

「…………はぁ。あいつ、また」

 

やはりというべきか、問題を起こしているのはコニーと綾乃ちゃんが試合をしているコートだった。

 

「ちょっと見てきます。話はまた後でゆっくりと」

「ええ、頑張ってね。コーチ」

 

他の試合の邪魔をしないように注意しつつ歩き出す。その横顔は教え子を心配する立派な教師の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異様な雰囲気に包まれるコートへ向かう道すがら、体育館全体を見る。流石はフレゼリシア女子バドミントン部。中には大学生を相手にしている部員たちもいるというのに互角、或いはそれ以上に渡り合っている。中でも唯華ちゃんは流石だ。相手は格上の大学生だというのに自身に縛りを作ってプレーしている。執拗に繰り返されるボディショットは俺が昔体格で勝る相手によく実践していた戦術と似ている。

 

──おっ

 

北小町の生徒の試合も目に入る。三年を相手にシングルスで勝利している娘がいた。短く切りそろえた黒髪のショートヘアに、高身長。スタイルも良い美少女。名前は荒垣なぎさというらしい。

 

───色々荒削りだけど、面白い素材だ。この子は指導者と環境次第で化けるかもしれない

 

どことなく立花さんと似ている。推の好むタイプの選手だった。

 

───しっかし、なにやってるんだこのバカは

 

呆れた視線をコートに向ける。多賀城ヒナとペアを組んでいるコニーは信じられない事をしていた。サーブレシーブ以外、全てのプレーをコニーが一人でやっている。本来なら叱りつけるところなのだが、そうもしづらい。なにせ2対1の状況で圧倒してしまっているのだから。

 

───それに、ほぼ毎日コニーと唯華ちゃん相手に自主練で同じ事をしている俺がやめろと言っても説得力皆無だし…

 

だがまあ仕事は仕事だ。最低限注意はしておかなければ職務放棄になってしまう。

 

「多賀城くんがサボっているのだとしたらこれは問題だねぇ、益子コーチ」

 

いつのまにか亘理監督もこのコートに目を向けていたらしい。穏やかな口調だったが、名門バドミントン部顧問らしい咎めと怒りが篭った声だった。

 

「監督!コーチ!私はサボってないでーす!クリステンセンさんが私をのけ者にしましたー!」

「ヒナちゃん。そのバカのワガママ、いちいち真に受けなくていいよ」

「ワガママじゃないよお兄ちゃん。コレは前衛の練習なの。練習試合だからこそできる実戦練習ってあるでしょ?」

「じゃあ後衛にいったらお前打たないんだな」

「それはケースバイケース。私とヒナはとっても仲良し。心配無用よ!」

 

諦めと呆れ、両方の意味で息を吐く。コレで試合にならないほど圧倒的に負けていたらやめさせるが、残念なことに勝っている。どのスポーツでも言えることだが、結果を出しているなら文句は言いづらい。

 

───なら勝たせてやるか

 

「綾乃ちゃん。理子ちゃん」

 

ワンゲームを落とし、休憩に入る二人を手招きする。本来敵チームのコーチである推が彼女らにアドバイスをするなどあり得ない。しかしコレは練習試合。極論を言って仕舞えば合宿とは情報交換の場。未来ある選手たちのために多少アドバイスをしても許されるだろう。

 

「今のゲームは忘れてオッケー」

「え?」

「推兄ちゃん?」

「あ。あの、理由を聞いてもいいですか?」

「勿論。理子ちゃんは理論派。相手を分析して戦術を組み立てるタイプ。コニーのストロークをワンゲームかけて見た分、次はもっとタイミングを取れると思っているかもしれないけど、アイツはそんな簡単にクセを見せたりしない。長い手足と身体能力を活かしたパワープレイ。ボディ周りもケアできる巧みなラケットワーク。コレらは全部俺が鍛え上げた。そう簡単に崩せない」

「あう…」

「だから下手に分析するんじゃなく、攻撃的にセオリー通りに攻めていこう。コレはダブルス。追い込まれれば連携がド下手なアイツは必ず隙を見せる。前衛に綾乃ちゃん、後衛に理子ちゃんを置いてトップアンドバックを維持するんだ。攻め込まれても並ばなくていい」

「は、はい」

「…………」

 

不思議そうな目で推を見上げる綾乃。その瞳が何を考えているのか、俺にはよくわからない。昔も今もこの子が何を考えているのかはよくわからなかった。でも今綾乃ちゃんはバドをやっている。俺としてはそれだけで充分だった。

 

「綾乃ちゃん。ダブルスは二人で作るゲームだ。理子ちゃんももっと声を出して。辛い時や不安な時は仲間を頼って。君がどんな存在だろうと、同じコートにいて、ペアを組んでいる以上、二人は対等だ。遠慮なくぶつかり合って頼りあって。オッケー?」

「は、はい!」

「…………推兄ちゃん」

「ん?」

「推兄ちゃんは私がコニーちゃんに勝ったら嬉しい?」

「…………」

 

さて、難しい質問だ。俺としてはどっちが勝ってもいいし、どちらも応援したいというのが本音。しかしそんな甘い事は勝負の世界では許されない。

 

「少なくとも、今は綾乃ちゃんが勝ったら嬉しいと思っている」

「…………へへっ」

 

ぱぁあっと音がするかのような明るい笑顔を見せる。一度頭を撫でると綾乃の視線をコニーへ向けた。

 

「よしっ、あのバカを二人でぶっ飛ばしてこい!」

「はい!」

「分かった」

 

インターバルが明け、ゲームが再開される。どっちの味方だと非難するように睨むコニーの視線を受け流し、壁に背を預けた。

 

───提案しといてなんだが、リスクのある戦術だ。ハッキリ言って綾乃ちゃんの防御力にかなり依存する形になる。

 

このトップアンドバック、コニー達の攻撃を凌ぎきることが最低条件だからだ。

しかし、推はそこまで心配していなかった。

 

あの時、全日本ジュニア準決勝で見せた実力。そしてその後俺とやった時のあのバリアのようなディフェンス力が今もなお健在なら。

 

「さあ行くよ!ファイトー!!」

 

理子の声が体育館に響く。綾乃ちゃんもさっきより表情が明るくなっていた。どうやら理子ちゃんがうまく綾乃ちゃんのテンションを上げたらしい。

 

声を張り上げる理子をバカにしたようにコニーが笑う。声を出したところで強くなるワケないと思っているのだろう。この辺をアイツは分かっていない。腹から声を出して己を鼓舞するというのはパフォーマンスにバカにできない影響を与えるのだ。

 

「その辺もお前がこの留学で学ぶべきことの一つだ、コニー」

 

コニーからサーブが出る。フワリと浮いたリターンが綾乃から上がった。

 

そして俺は初めて己の目で見る事となる。人が覚醒していく瞬間を。

 

 

 

 




後書きです。原作は来月最終回ですね。この小説もなんとか完結させるまで頑張りたいと思っています。それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします!
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