Rimworldみたいな世界と首だけ少女と辺境惑星サバイバル 作:空の間
まるで、何事もなかったかのように、ディムの頭部が口を開く。
首より上しか残っていないという生きているはずのない状況だというのに、それはリアルに生気が感じられる。
「ハハ…………ついに、頭がおかしくなったのか? いや、今もおかしいんだ。幻覚、これは夢だ、現実じゃない……そうだろ!?」
「酷い言われよう。まぁ、ここにいることを思えば無理からぬことかしら。とはいえ、いい加減現実を直視してもらえない?」
「SF? ファンタジー? その次はホラーかよ!? 勘弁してくれ…………」
「私は幽霊ではないわ。良く見て。私の体の大半は機械なのよ」
疑いながらも、言われて初めて気付く。人体に詳しくないとはいえ、目の前の死体には明らかに違和感のある部分があった。
血、骨、肉、どれをとっても、微妙に違う。
血は黒く、骨は鈍い輝きをもち、肉は薄い光を発している。
そう、それはまるで、精巧な人形に肉の皮を張り付けたような姿だった。
「……見ての通り最低限の生存維持は頭部のみで行えるわ。ほんとに生きるだけだけど」
「…………ぁ」
それを目で見てもまだ信じられないが、ディムは本当に生きていた。
「あんな別れ方をした手前、非常に言いにくいのだけれど。できれば助けて頂けないかしら?」
「あ……ああ……」
取り敢えず、地面に埋まりかけているディムの頭部を持ち上げ、土埃を払い、血のような黒い液体を拭う。
その肌は柔らかく人間の触感そのものだった。
目と目とが合う。こんな姿になっても、ディムは困ったような表情で笑っていた。
「また、会ってしまったわね。アスカ」
「本当に、ディムなのか……」
「本当の定義にもよるけれどね。あなたの認識としては間違いないと思うわ」
「よかった……生きてたんだな!」
思い余ってディムの頭を抱き抱える。少し驚いたように、ディムは苦笑いを浮かべた。
「え……ええ、えぇー……ちょっと、その反応は予想外よ。私はあなたの食料を奪った上に見捨てたのに……なのに、あなたは、なんでここにきたの?」
「帰りたいんだ……地球に。なのに、俺一人じゃ何もできないから……! だから、ディムを追いかけてきた……」
ただ、垂れ流すように心情を吐露する。嘘、偽りなく。
「……なるほどね。でも、見ての通り、私も一人では何もできそうにないのよね」
だからとディムは続けた。
「契約をしましょう」
「契約?」
「そう、契約。私がアスカを地球に帰す。アスカはこの星から出るまで、手も足もない私を助けてほしい。その間、何があろうと絶対に相手を裏切らない、見捨てない、そして互いに契約を果たすために全力を尽くす。どう、これは管理者としての契約よ」
「……ただ、協力するとは違うのか?」
「違う。もし私が管理者としての契約を破れば、その場で今度こそ死ぬ。アスカが破れば、私は私のありとあらゆる全てであなたを殺しにいく。古来より契約とは命をかけるものよ。もし、それが結べないのなら私はここで朽ち果てることを選ぶ」
彼女の言う古来がいつの時代かは知らないが、まるで、悪魔との契約のようだ。
「……わかった。それが必要だって言うのなら。契約しよう」
「決まりね! 契約成立よ。これからよろしくね、アスカ」
「ああ、よろしく、ディム」
それでも、誰かに必要とされ、必要とするのは安心を得ることができた。
「さて、そうと決まればあまりここにいない方がいいわ。私みたいになりたくないのならね」
「あ、ああ。でも体は……」
何かに切り裂かれたような跡も残るディムの胴体。
「もうあれは無理ね、ジェネレータだけでも回収しれおきたいけれど荷物は少ない方がいいわ。何せ私と言う荷物がすでにあるんだから。…………言ってたら悲しくなってきたわ」
「それなんだけどディム、鞄に入れるけど構わないか?」
「鞄だろうが、槍の先にくくりつけられようが文句は言わないわよ。最低限の荷物は私が纏めてあるものがあるはずだから、それを持ったら場所を移しましょう」
「了解」
携帯食料。水。レーザー銃らしいもの。二畳くらいに切り取ったパラシュート。
そして、太陽光で動くスマホっぽいもの。
こんな、未来でも使われてるのかと聞いてみたが、緊急用のPCらしい。
最後に長い髪が引っ掛かりつつも、ディムを鞄にいれる。頭の目から上は外を見れるくらいの高さだ。軽く紐でとめて、完成。
結局、最低限といっても、旅行バック分くらいの重さになった。
「さて、これで完成かな。それで、どこにいくんだ?」
「とりあえず、この先にある川を目指しつつ、休めそうな場合を探しましょう」
「川を? でも山道で遭難した時は尾根を目指した方がいいって聞いたことがあるんだけど」
「助けがくる確証があるのならそれもいいかもしれないけれどね。惑星単位での遭難だとまず第一に自力で生存を考えるべきよ。それこそ、農地に適した場所があれば自作農するくらいのつもりでいた方がいいわ」
「気が遠くなるな、とりあえず、歩きながら考えるか」
なんとか、新天地へ向かうため、歩き出そうとして足を止める。
空はもうほとんど日が沈みかけていた。
「もう、日がくれる。明日から行動する方がいいんじゃないか」
「……私はそれでも移動すべきだと思う。おそらく、ここは奴らに把握されてる」
「奴らって……」
「あなたも見たんじゃない。原生生物と派手にやりあってたリバグがいたでしょ」
「リバグ? それって、あのレーザービームみたいのだすカマキリか」
「そう、敵対的なナノウイルス生命群の総称。宇宙にでて人類が初めて出会った有機生命体の天敵。それがリバグ」
「なぁ、ディムはそれにやられたのか?」
「そうよ。とは言っても、いるとわかって、対処法を知っていれば逃げること自体は難しくない。例えばやつらは水を嫌う、だから川の近くにはいないはずにはあまり近づかない」
「でも、それも翼のはえた狼みたいなやつが倒してた。もう大丈夫なんじゃ……」
「アレは群れからはぐれた一匹にすぎないわ。リバグの恐ろしいところは、成長力と繁殖力よ」
「……群れるのか」
「それはもう、群れるわ。とは言っても、この地域を見たところ、あまり侵食は進んでないみたいね。いきなり百匹単位に襲われるということはないはずよ」
「移動しよう。そうしよう。でも、なんでこの先に川があるなんて知ってるんだ?」
「周囲五百十キロ程度なら、地形の把握はできているわ。方角の計算も問題ないから、山での遭難はまずないはず。安心して」
「それはすごいな、五十キロ……って宇宙船からの情報?」
「察しがいいわね。脱出する直前まで情報は送られていたから、それを解析したの。ただし、あくまで地形だけよ、そこに何があるかまでは把握していないわ」
「了解、とりあえず。今夜、安全を確保できるところを探すか、時間もなさそうだし」
「ナビは任せて」
「頼りにしてるよ」
***
日が沈みきる頃、川が見える開けた場所へと出る。
足はパンパンになり、息は絶え絶えになっていた。冷え込んできた空気だというのに、汗は滝のように流れていた。
ディムの入った鞄を手頃な石の上に置き、地面に腰を落ち着ける。
「これは、体力つけなきゃな……」
「そうね、未強化の肉体としては素晴らしいわ、でも、この星で生き抜くには全然足りないわ」
しれっと背中から褒めているのか微妙なことを言われる。
頭だけなのにそれなりに重い。
「未強化って……ああ、強化ってのは機械の体か……」
「うん? そうね、わかりやすいのが義体化。後は外骨格の装着、薬物、変異移植、そこらへんが割とよくあるものかしら。宇宙に戻ったらやってみる?」
義体化はディムのように体を機械へと変換する技術。かなり高額でその中でもピンキリが激しい。
外骨格というのは、装着型の補助機械に神経をつないだりする。義体化と違う点は自身の肉体をいじらないことだ。
薬物は筋肉を一時的に活性化させたり、精神を興奮状態にさせる。宇宙に幅広く、子供から大人まで浸透している。
変異移植というのは、別の生物から体の一部を移植するパターン、蟹のような手とかつける人もいるらしいグロイ。
どれも、それなりのリスクと、それに見合うリターンがあるのだと、ディムは説明してくれた。
「合法なのかよ、それって。特に薬物」
「合法よ。今の時代って基本的に犯罪となるのは他者に何か不利益をもたらした時よ。法治国家の時代じゃないのよ」
「それは随分とおおらかになったな」
「そうね。でも、法による秩序も、所詮はその背景に人間を抑制する力がなければ機能しないの。増えすぎたのよ、人間は……。法はおろか、自身を制御できないほどに」
「なんだよそれ、まるで機械みたいな言い分だな」
「そうね、私の体は脳と一部の神経を除いて9割が義体。そして頭にも補助脳が3つ。……ねぇ、あなたの時代では私は人間に分類されたのかしら?」
その瞳は無機質な輝きを放ち、ゆっくりと、しかし威圧感のある声色だった。
触れてほしくない。そういう感じがした。
だから、それに反発するように断言する。
「人間だ。時代とか関係ない。あれだよ。我思う、故に我ありだ」
「……なにそれ」
「ニーチェだよ。有名だろ」
「誰それ、知らないわよ……でも、そうね。馬鹿な事を話したわ。……忘れて」
寂しそうにでも穏やかな返答だった。それよりとディムは続ける。
「今日はここで休むんでしょう。寝床くらいは作っておきましょう」
「パラシュートを簡単な寝袋にして、地面に寝たらいいんじゃないのか?」
「そう、先に言っておくけど、私はあまりそういう経験がないからアドバイスは期待しないで」
「いや、俺だってそういう経験はない」
互いに顔を見合わせる。
「寝ている間の周囲警戒は私がするけど、手足は動くように、いつでも逃げれる準備はしておきましょう」
「そう……だな。ディムは寝なくても大丈夫なのか?」
「脳の休憩はいつでもできるわ。それに、生命維持にかかる最低限のエネルギーはそう変わらないのよ」
「便利なもんだな」
「不便ではないだけよ」
「そういうもんか」
「それより、獣除けと防寒対策に焚火くらいはあってもいいんじゃないかしら」
「そうだな。キャンプといえば、焚火だしな」
「気楽なものね」
三十分くらいかけて近くの木を集め、見様見真似に焚き木を組み上げる。
「思ったより時間かかった……ここまでやって、どうやって火をつけたもんかね」
教科書で見た摩擦熱で木と木とをこすり合わせるヤツを作ろうかと検討してみると、飽きれたようにディムがレーザー銃っぽいものを取れと言う。
それは形状的に銃に近いが、ゲームのような近未来を感じるデザインになっており、薄っすらと青色の光を放っていた。
「それはネイズシスター社製のブラスター。一般に流通してるものと違って、熱光充電だから威力はそこまででもないわ。でも、最低出力でもそれくらい燃やせるはずよ」
その指示通り、出力を弱めて焚火めがけて引き金を引く。
レーザーサイトのような赤い光が木に穴を開け、一瞬でその周辺がオレンジ色と黒に変色する。
「おおー! なにこれすごい。ディムえもんか」
「なによそれ」
「21世紀の未来から来た猫型ロボットだよ。秘密道具で主人公を救うんだ」
「フィクションの話かしら。随分と豊かな時代だったみたいね」
「まあ、それなりには」
そんな話をしているうちに焚き木の火がポツポツと燃えだす。
異様に灰が飛んできて、黒い煙がでていた。
線香のような香りがあたりに充満していく。
「思ったより、匂いがきついな」
「水分が多いのと。この木、毒があるわね」
「うえぇ!?」
とっさにディムをもって、焚火から飛びのく。
「蜜の話よ。燃やしてしまえば問題ないでしょ。人体に効果はないし。生で齧れば、おなか壊すくらいはするかもね」
「なんだ……そうか、当たり前だけど植生も違うんだな」
「生命の進化は奇跡の有り様よ。手を加えない限り、星が生み出すそれらが同様になる事はないわ」
そんなことを言ってるディムを尻目に消えかけそうになる焚き火に息を吹きかける、何度かしているうちに安定してきた。
だんだんと燃えていく火を見ていると、やっと一息つけた気分になる。
「あー……疲れた……火を見ると落ち着くな」
「そうね……火は文明の光にして、獣と人を分かつ武器であったと伝えられてる。その名残りでしょうね」
「ん、そんな昔の事は残ってるのか?」
「流石にデータとしてそういう事をしていたのだろうという記録は残されているわよ。でも、そのデータもサルベージされたものなのよね」
「なんでそんな事になったんだ?」
「……自らの星を食いつぶした結果。辛うじて宇宙へ逃げ出して、それでも戦争をし続けて、我に返った時には滅びかけていたの。間抜けな話でしょ」
「俺のいた時代は平和だった」
「残念なことに……長い歴史の中で人類が学んだ事は、平和とは血を流し、痛みを感じた刹那の恐怖でしかないと言う事よ」
政治の話には特に興味は無かったが、世界の情勢が段々ときな臭くなっているとはよく言われていたが。
「結局、あの後、戦争なったって事か……」
「そんなものよ、だからこそ、平和は価値があるんだけどね。……それより、お腹空いたんじゃない、食事にしたら? 歴史の講義はもう少し落ち着いてから、ゆっくりしましょう。それに、私もあなたの暮らしに興味があるわ」
「暮らしに? またどうして?」
「あなたは、今、自分自身が考古学のロマンの産物であると知るべきよ」
何千年も前に生きていた人間に会うというのは、確かにロマンはあるが、それは対象が自分でない場合に限る。
「さいですか……」
カバンからあのコンニャクのような携帯食料を取り出して、ふと気づく。
「ディムは食事ってどうするんだ?」
「食べさせてもらえるかしら。あなたの食事の1割でも貰えれば1日の予備電源を安定させれるわ」
「1割? そんだけでいいのか?」
「ええ、それ以上は非効率にしかならないわ。生命維持用のエネルギーは自身で賄えるけど。やはり一定の外部電源は残しておきたいのよ」
「……そういうものか」
「そういうものよ。ま、本来、私も頭だけなんて状態をあまり想定してなかったから、エネルギーの最適化が難しいのよね」
せめて手だけでも使えたらと、ディムはひとりごちていた。
コンニャクのような携帯食料を膝に載せだディムに食べさせる。神妙な面持ちで口に含み、延々と噛み続ける。
あまり見るのもどうかと思い、目を反らして残った食料を口にする。
「覚悟はしていたのだけれど……屈辱だわ」
「……正直、気持ちはわからなくもない」
「違う。そうじゃないわ。そうじゃないのよ。そういう気の使われ方をするのが屈辱なの」
「は!? なんだよそれ?」
割と面倒な事を言い出す。だが、彼女のプライドに何が気に触ったのかいまいちわからない。
「いい、今の私にできる事はそう多くないわ。けれど、選択ができない訳ではないの。その気になれば残りの動力の暴走させて、この身を諸共に辺り14kmを灰へと返すこともできる」
「14kmを灰に!?」
自分がいつの間にか物理的に恐ろしい爆弾を持っていた事に驚く。
ただそれより、真剣な目で見据えられて息が止まりそうになる。
「それでも、生きてアスカ、あなたと契約する事を選んだ。どれほどの屈辱だろうが、耐えると決めた。その行動を憐れだとはあなたに思われたくはない。それは不愉快だわ」
「俺は憐れだなんて……」
「思っていない? 手も足もない私を見て……本当に?」
「………………いや、思ったよ。思わない方がおかしい。憐れだ。俺はディムの覚悟も、プライドもわからないし、それに答える事はできないかもしれない」
「……そう」
「でも、だから、対等になれるんじゃないのかって思う。……それくらいのハンデがあって、俺とディムはようやくどっこいどっこいなんじゃないかって」
もし、五体満足であれば、ディムが自分を必要とすることはないのだろう。
ポカンとした表情をした後、優しげに微笑んだ。
「対等……古い社会主義的な考え方ね。根本が違うものを比較するなんて無意味だというのに……それでも嫌いな概念じゃないのは人間の本質に近いからかしら。でもそれはそれ、変な気の使い方はやめて」
「わかった。気をつけるよディム」
味気ないコンニャクのようなものは、昼に食べたときよりもしょっぱく、暖かく感じた。