早く、速く、落ちていく。こんな感覚初めてだ。
なんだか全てがどうでも良くなる程気持ちが良い。
このまま死んだって良いくらいだ――って僕、もうすぐ死ぬんだった。
地面が近付くにつれ落下するスピードは増し、まるで身体が軽くなったような気分だった。
もう少しで全て終わって楽になれる……。
と、思った瞬間だった。
「きゃあああああぁぁぁぁ!!」
悲鳴と共に飛んできた何かにとてつもない勢いではね飛ばされる。そのまま近くに生えていた生垣に突っ込み、僕は意識を失った。
「だ……じょ……で……? だいじょ……です……?」
身体を揺さぶられ遠のいていた意識が次第にはっきりしてくる。
「う、う〜ん……」
「大丈夫ですか? 私、凄い勢いでぶつかってしまって……ごめんなさい!」
女の子の声がする。頭には今まで感じたことのない柔らかな感触があった。
状況を確かめるために眼をゆっくりと開ける。
そこには淡いピンク色の髪をした女の子が膝枕をして心配そうに見つめていた。
「星那ちゃん?! 星那ちゃんなんだよね?」
上体をガバッと起こし興奮気味にそう尋ねる。
「せ、星那ちゃん……?」
「まさか星那ちゃんに会えるなんて天国はなんて良い所なんだ」
「ここは天国じゃないですし、あなたはまだ死んでないですよ」
「え? それじゃあこれは現実?」
ほっぺたを試しにつねってみるとしっかり痛かった。
そうか……僕はこの子にぶつかられて生垣に突っ込んで気を失ったんだ。
「ところで、星那ちゃんって誰ですか?」
「君のことだよ、そんな冗談言う子だったっけ?」
「勘違いしているようなので言っておきますが、私はあなたの言う星那ちゃんじゃないと思います……」
「そんな! 嘘だ!? そっくりじゃないか!」
スマホに保存してあったとびきり可愛い星那ちゃんの写真を見せつける。
「こんなに似ている人がこっちの世界に居るなんて……!」
目を大きく見開き驚いた様子を見せる。
「でも、彼女には下唇の右下にホクロがありますが、私にはないのでやっぱり星那ちゃんじゃないです!」
「本当だ……じゃあやっぱり僕の星那ちゃんは帰ってこないんだぁぁぁぁぁぁ!!」
「死のうとしないで落ち着いてください!」
「落ち着けるわけないだろおおぉぉぉ! こんな見知らぬ女に僕の初膝枕を取られたんだ! 初膝枕は星那ちゃんって決めてたのに!」
「落ち着いて! 私の目を見て! どうして飛び降り自殺をしようとしていたのか教えてください。話せば楽になるかもしれませんよ」
止め方が酷かったものの止めてもらった手前、話さないわけにもいかず話すことにした。
「僕はあるアイドルグループに所属する宮田星那ちゃんをデビューからずっと追いかけていたんだ。それが昨日の解散記念ライブをもってグループが解散してメンバー全員アイドルを辞めちゃって……」
「なるほど、そんなことが……」
「月のバイト代のほとんどを星那ちゃんに捧げていた僕は生きる希望が無くなり死のうと思い今に至るのさ……」
「え? そんなことで死のうとしてたんですか?」
「そんなことだと? 僕はな、星那ちゃんが武道館でライブをやるような立派なアイドルになるのを見届けるのが達ての希望だったんだ!」
「はぁ……そうですかー」
もはやドン引きしている女の子をよそに星那ちゃんへの愛を熱く語る。
「それをなんだ! そんなことで済まそうとして、僕にとっては人生そのものだったんだ! お前を殺して僕も死ぬ!」
怒りに身を任せ近くに置いてあった看板を手に取り振りかざそうと手を上げる。
「っつ……痛い……」
身体中に激痛が走り、思わずその場にしゃがみこんでしまう。
「全身打撲してるんですよ! 安静にしていてください」
「君のアイドルへの認識が改まるまで僕は抵抗し続けるぞ……いたた……」
「あっ、そうだ! 私がその怪我を治すのでかわりにさっきの発言はなかったことにしてください」
こいつは何を言っているんだ。元はと言えばこいつが突っ込んできたから今の有様なのだ。それが無ければ今頃楽に死ねていたであろう。
全ての元凶だと言うのに許せだと……? なんて図々しい奴なんだ……。
「は?」
気付けばそんな言葉が口から出ていた。
「そ、そんな辛辣な言葉を浴びせないでくださいよ〜。もしかして? 本当に治せるのか疑ってます?」
「疑うもなにも全身打撲をすぐ治せるはずがないだろう」
「それが、私には出来てしまうんですよ〜。まぁ、黙って見ててください!」
そう言うと女の子は僕の身体に向かって両手をかざし、真剣な顔つきになる。
「いつもは失敗しちゃうけど、今日こそ……!」
「え、待って、不穏な一言が聞こえてきたんですけど……」
「ヒール・ア・オール!!」
そう力強く女の子が叫ぶと、かざした両手の先から緑色の魔法陣が浮かび上がり、瞬く間に緑色のオーラが僕の身体全体を覆うように包み込んだ。
「やった! 初めて成功した!」
「な、なんなのさ、これは!?」
喜ぶ女の子を尻目に状況が飲み込めない僕は焦りながら尋ねる。
「もうすぐ終わるのでじっとしててください! あれ? この人……魔力が……」
「ぶつぶつ言ってないでなんなのか答えてくれよ! って、なんだか身体が軽くなったぞ」
「効果もしっかりあったみたいで良かった〜」
「で、結局今のはなんだったんだ?」
「自然治癒力を急速に早める魔法です」
「魔法って、ゲームとかで出てくるあの魔法?」
「はい! そうですよ!」
屈託のない笑顔で答える女の子。嘘を吐いているようには見えない。
今思えば、さっきぶつかってきた時も箒に跨ってたなぁ。
「魔法なのは分かったけど、どうして君が使えるんだ? 見た感じ普通の女の子だけど……」
「し、失礼な! こう見えて私、魔法少女なんです!!」
魔法少女? ゲームやアニメの世界ではよく耳にするが、まさか現実世界で存在していたなんて驚きだ。
先程の治癒魔法を目の当たりにしている以上信じざるを得ない。
こんな機会そうそうないだろうし、他の魔法も見せてもらおう!
「他にも魔法、何か見せてよ!」
「えっ!? 他にも、です……か? どうしよっかな〜? あはは……」
「治癒魔法はなんか地味だったし、もっと派手な魔法らしい魔法が見てみたいんだ!」
「じ、実は私、魔法が……」
女の子が言いかけた時だった。ピピピピピピピと電話の着信音のような音が鳴り響く。
「あっ! お母さんからの魔法電話だ、ちょっと出ますね」
音が収まったと思えば、女の子は魔法陣を広げ、そこに向かって話し始めた。
「もしもし、お母さん? ちょうど良かった、今ね――」
「お前、どこほっつき歩いてんだい! 今何時だと思ってんだ!! 早く帰ってきなさい!!」
凄まじい怒鳴り声が開口一番、耳に飛び込んでくる。
「ごご、ごめんなさい……! これには深い訳が」
今まであったことを一から丁寧に説明する女の子。僕はそれを遠目から眺めていた。
すると、女の子がこちらに手招きしてくる。
「え? な、なに?」
「お母さんが代わってってうるさいの、だから代わって!」
「代われって、話すことなんてないよ」
「いいから! この魔法陣に向かって話せばお母さんに声が届くから」
先程の怒鳴り声を思い出し、若干怖気付くも恐る恐る、話しかけてみる。
「も、もしもし〜、お電話代わりました〜」
「あんたか? うちの娘が助けた人間てのは」
「は、はい、左様でございます〜」
「本題に入るが、あんたに一つ頼みたい事がある」
「僕なんかに何の頼みでしょうか?」
「うちの娘を立派な魔法少女にしてくれ!」
「お宅の娘さんってもう魔法少女じゃないんですか?」
「魔法少女っちゃ魔法少女なんだが、ダメダメでな。いつも失敗ばかりなんだ。あんたを助けたのだって箒の制御が上手く出来なくて偶然助けた形に――」
「お、お母さん! それ以上言わないで……!」
「お前は黙ってなさい!」
「は、はい……」
ぶつかる前に悲鳴を上げていたのはそういうことだったのか……。
「この子がダメダメなのは分かったんですが、なんで僕が」
「あんたは人間にしては体内の魔力量が異常に多くて魔法使いに匹敵する程の魔力量なんだ」
「は、はぁ……」
魔力量なんていきなり言われても何が何だかさっぱりだ。
理解が追いつかずため息混じりの声が出てしまう。
「これは極めて稀有な事でな、正直私も初めて見た」
「で、その魔力量? ってのが多いのと娘さんを立派な魔法少女にする話になんの関係が?」
「うちの娘はあんたの真逆で魔法使いにしては魔力量が極めて少ないんだ。少ないせいでろくな魔法も使えず、制御だってままならない」
箒に跨って突っ込んできたのと治癒魔法の時の不穏な発言はこれが原因だったのか。
「そこであんたにはその異常な量の魔力をあいつに分けてやって欲しいんだ」
「分けるって言ったって、どうすれば?」
「簡単な事だ。あいつと一緒に過ごしてくれれば勝手に魔力が分け与えられる」
「なんだ、それならお安い御用ですよ――って一緒に過ごす!?」
今、一緒に過ごすって言ったか、この人? 無理だ無理だ。今の今までアイドルを必死に追いかけていた彼女居ない歴=年齢の奴が今日から女の子と一つ屋根の下で過ごすなんて無理な話だ。しかもこの子、星那ちゃんに似ているということもあって凄く可愛い。こんな子と一緒に居て理性を保てる自信がない。やっぱり無理だ、断ろう。
「す、すいません、僕には荷が重いと言いますか……その難しいと言いますか……」
「そこをなんとか頼む!」
「あの! 私からもお願いします! あなたに頼るしかないんです」
二人揃って頼み込まれてしまうと断りようが無くなってしまう。
事故とはいえ自殺を止めてもらい、生きる目的までもらったんだ。少しばかり恩返ししても良いような気がしてきた。
それに星那ちゃんに似てるし、星那ちゃんを助けると思えばやる気が湧いてくる。
「分かりました。やるだけやってみます。一緒に過ごしているだけで良いんですよね」
「あぁ、そうだ。娘を頼んだ。えーっと――」
「糺川紀律です」
「糺川紀律、いい名前だな」
「そう言えば、この子の名前って」
「ソシエ・フェアリスティアです。気軽にソシエと呼んでください!」
「一つ言い忘れていたが、一緒に過ごしている間はそいつは好きに使ってくれていい……もちろん、常識の範囲でだがな」
好きに使っていいと言われて一瞬卑猥な事を想像するがまるで脳内を見透かされてるかのように常識の範囲でと釘を刺される。
「わ、分かってますよ」
「なら良い――改めて娘を頼んだ」
「はい!」
会話が終わるのと同時に魔法陣が消えていく。
「さて、ソシエ――アイドルに興味はないかい?」
「ア、アイドル……?」
ソシエが不思議そうな顔をしながら聞き返してくる。
「ステージに立って歌って踊って人々を笑顔にするんだ」
「わ、私、一応魔法少女なんですよ! そんな目立つこと出来るわけないじゃないですか!」
「え、じゃあ、僕死んじゃおうかなぁ……」
「その脅しはズルくないですか!?」
「決まりだね、さぁ行こう!」
「行こうって、何処にですか? ちょっと待ってくださいよ〜」
僕は女の子の手を取り、ある場所へ向かった。
「確か、この辺に――あった、ここだ!」
「ここは……?」
住宅街からかなり離れた路地裏にそのビルは建っていた。
地上五階建て、見た目は今にも崩れてしまうんじゃないかと思わせる程オンボロである。
僕も初めて来たけど、こんなにもボロボロだとは思わなかったな。
中に入ろうとするもソシエが微動だにしない。後ろを振り返ると足を止めその場に立ち尽くしていた。
「どうした? 早く行くぞ」
「この中に入るんですか?」
「当たり前だろ、ここから君のアイドル活動が始まるんだ」
「アイドル活動って、私アイドルやるなんて一言も言ってませんよ!」
「でも、嫌だとも言ってないだろう?」
「そ、そうですけど……」
「まぁ、もし本当に嫌なら言ってくれて構わないよ。無理強いはしたくないし」
「別に、嫌って訳じゃ……」
「なら、良いじゃん、やろう!」
「ちょ、ちょっとだけですからね! それと魔法の方もきちんと面倒見てくださいよ」
「あぁ、分かってる、立派な魔法少女とアイドルにしてみせる……!!」
「いや、アイドルにはあんまり興味無いんですけど……」
「いいから、いいから」
力強く扉を開け、ビルの中に入り、階段を上がっていく。
「そもそも、こんな早朝に伺って誰か居るんですか?」
時間は朝五時――誰か居たとしても、寝ている時間だ。
「分からないけど、多分居るでしょ」
「そんな適当な……」
そんな会話をしている内に三階に辿り着き、扉の前で足を止める。扉には消えかかった字で『飯野プロダクション』と書いてある。
「こ、ここが目的の場所なんですか?」
僕は静かに頷くと、トントンと扉を二回叩いた――が、案の定返事は無い。
「やっぱり誰も居ないんじゃないですか?」
「かも知れないなぁ」
そう言いながら、僅かな可能性に賭けて、僕はドアノブに手を掛け回してみる。
ガチャリと音が鳴り、扉が開く。
「あ、開いた……」
そのまま中へと歩を進めていく。
「良いんですか? 勝手に入ったりして」
「どうなんだろうね。開いてたってことは入っても大丈夫ってことだよきっと」
「さっきからその変な理屈はなんなんですか……?」
呆れるソシエを他所にどんどん奥へと進んで行く。
すると、呻き声のような声が聞こえてくる。
「なんですか、この声? 気持ち悪い……」
「うぅ……ううぅ……」
奥に進めば進む程、声も大きくなり、声の出元が近付いているのが分かった。
「あれだ……!」
一番奥の机を指差す。そこには突っ伏して泣いている男が居た。
「なんですか、あの人? 不気味ですし、やっぱり帰りましょうよ……」
「いや、あの人には心当たりがある」
「心当たり?」
「もしかして、飯野さんですか?」
突っ伏して泣いている男に優しく問い掛ける。
「うぅ……うぅっ……その声は糺川くんかい!?」
「はい、そうです!」
「どうしてここに? っと、電気をつけようか、暗かったね」
電気がつくと、視界が明るくなり、男の顔がはっきりと確認出来た。
「やっぱり、飯野さんだ。ご無沙汰してます」
「この人知り合いなんだ」
「ドルオタ時代に知り合ってね」
「その女の子は一体……?」
「あぁ、この子は飯野プロダクションを救う救世主、ソシエ・フェアリスティアですよ」
「えっっ」
「なに!? それは本当か?」
「ええ、本当です!」
「ちょ、ちょっと……! 救世主って何?」
困惑するソシエを放って話を進める。
「今日から不肖、糺川紀律はこの飯野プロダクションでプロデューサーをやらせて頂きます!!」
「「えっ?」」
飯野さんとソシエが口を揃えてそう言う。
「何か問題でも?」
「問題と言うか、糺川くんは学校あるはずじゃ」
「あぁ、学校ですか……辞めました!」
元々自殺する予定だったため、学校に関しては既に辞める手続きを済ませていた。
「それと、知ってると思うがうちにはもうアイドルが所属していない……誰をプロデュースするって言うんだ?」
「そこで救世主の出番ですよ」
ソシエの背中をトンと叩く。
「な、なに?」
「自己紹介だよ、自己紹介」
「聞いてないんですけど、そんなの」
「今日からお世話になりますとかで良いから」
「ソシエ・フェアリスティアです……ふんっ」
不満げに自己紹介を済ませるとそっぽを向いてしまう。
「ちょっと拗ねちゃったみたいなんで僕から説明させてもらいますね」
「た、頼む……」
「要は僕がこの飯野プロダクションのプロデューサーとして新人魔法少女系アイドルソシエをプロデュースしていくってわけです」
「「はぁぁぁぁぁぁ!??」」
またしても二人揃って同じ反応をする。
「ちょっと、糺川さん、何を考えて」
「糺川くん、何があったか知らんが、一度考え直した方が良い」
「そんな人を頭おかしい人みたいに言わないで下さいよ」
割りと傷付く……。
「何としてでも、この飯野プロダクションを再建させてみせますよ!」
「やる気なのは良いんだが、私は何をすれば……?」
「飯野さんは社長として僕らをサポートしてもらえれば結構です」
「そうか! 全力でサポートさせてもらうよ」
「では、明日からよろしくお願いします!」
来た時のようにソシエの手を引っ張り、飯野プロダクションを後にする。
「ちょ、ちょっと! いい加減説明して下さいよ! 私、何が何だか……」
ソシエが掴んでいた手を振りほどき声を荒らげる。
「明日からソシエは魔法少女系アイドルソシエとして活動していくんだ」
「それはさっき聞きましたよ! 私はどうしてそんなことをしなきゃいけないのか聞いてるんです!」
「僕がかねてからアイドルを追っかける側じゃなくてプロデュースする側もやってみたいと思っていたのともう一つ理由がある」
「もう一つ……?」
「それは星那ちゃん達のようなプロダクション側の不備でアイドルを辞めることが二度と起きないようにするためだ」
「何があったんですか?」
「実は星那ちゃん達のグループは全員飯野プロダクション所属だったんだ。それが当時のプロデューサーであった飯野さんの手腕不足でメンバーのケアが十分に行われず、メンバー間の仲は最悪、遂にはグループは解散し、メンバーは全員アイドルを引退したってわけだ」
「そんなことが……」
「そんなことが二度とないように僕がプロデューサーとして飯野プロダクションを変えてみせる」
「そういうことなら私も協力します!」
「あ、ありがとう!!」
ソシエからも理解が得られたことで自然と笑みがこぼれる。
明日から忙しくなるぞ〜。
次の日、僕らは早速飯野プロダクションに来ていた。
「おぉ! 来たか、入ってくれ」
そう言われ入って行くと、昨日とは見違える程に部屋が綺麗に片付いていた。
「めっちゃ部屋綺麗になってますね」
「気付いたかね? 糺川くんがこのプロダクションを再建させてくれると言ってくれたからまずは事務所を綺麗にしなきゃなと思ってね」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「ささ、座って座って」
座るよう促され、座るとお茶が素早く出される。
「早速だが、ソシエの初ライブが決定した 曲ももう出来かけている」
「へっ?」
「ゲホッ……ゴホッ……本当ですか!? 日程は?」
あまりに驚いてしまい、飲んでいたお茶が器官に入りむせてしまう。
「本当だ。日程は来週だ」
「へっへっ?」
「来週? 早すぎやしませんか?」
「いやー、少々張り切り過ぎてしまってな〜、すまんすまん」
すまんで済むわけあるか! と口に出して言う訳には行かず、心の中で留める。
この人相変わらず行動だけは早いな。星那ちゃんの居たグループもほぼ毎週欠かさずイベントをやっていたくらいだ。
「来週にしてしまった以上、何とか披露出来るパフォーマンスには最低限仕上げます」
「そうでなくてはな。期待しているぞ、新米プロデューサー」
これは確実に試されている。
プロデューサーとしての腕の見せ所だ。頑張らなければ……!!
と、強く決意し、プロダクションを出て行く。
「うーん、どうしたものか……」
「糺川さん、大丈夫なんですか、あんなこと言って? もう一週間しか無いんですよ」
悩む俺を見かねたソシエが心配そうに声を掛けてくる。
「心配かけて申し訳ない……それと呼び方はこれからはプロデューサーさんで頼む」
「えぇ……ますます某アイドルゲームっぽさが増しました……」
「よし、やる気が出てきたぞ! まずはソシエの実力をチェックしよう! 行くぞ!!」
「行くぞって、何処にですか〜〜?」
ソシエの手を無理やり取りトレーニングルームへと向かった。
「ここはなんの部屋なんですか?」
「ここはトレーニングルーム。ここでソシエの歌唱力とダンス力がどんなもんなのか確かめる」
トレーニングルーム――最新鋭の設備が一通り揃い、小さなステージまで用意されている完全防音のかなり広い部屋だ。
どうして事務所があんなオンボロなのにトレーニングルームはこんなにも立派なのかは突っ込んではいけない。
「歌ったり踊ったりするんですか?」
「あぁ、歌や踊りはアイドルの基本だからな」
持っていたリモコンを操作しステージ上にあるモニターから星那ちゃんの居たグループの曲のMVが流れ始める。
「これをしばらく見て聞いて覚えて歌って踊ってみてくれ」
「見て聞いて覚える……分かりました」
「覚えたら僕に声掛けてね」
終わるまでプロデュースの指南書でも読んで時間を潰すとするか。
「プロデューサーさん、覚えました!」
しばらくして、声が掛かる。
意外と早かったな――って、まだ30分しか経っていない……!? この短時間で歌詞はともかく、振りを覚えられるはずがない。
「プロデューサーさん、どうしました?」
「ソシエ、本当か?」
「本当ですよ。まぁ、見てて下さい」
曲のMVはリピート再生のため、ちょうど曲が終わり最初から再生される。
それに合わせ、ソシエは歌とダンスを完璧に披露してみせる。
本当にこの30分間で完璧に仕上げている……なんだこのクオリティは? なんだこの歌唱力は? 全てが予想を遥かに超えており、言葉が出ない。
「どうですか、プロデューサーさん?」
「凄いよ、ソシエ! まさかこの短時間でここまで完璧に覚えられるとは思っていなかった」
「昔から覚えるのだけは得意だったんです!」
これはもしかしたらもしかするかもしれないぞ……!
二日後には曲も出来上がり本格的なレッスンとトレーニングが始まった。
「よし、そこまで! 完璧だ、ソシエ!」
「ありがとうございます! プロデューサーさん」
「この調子で行けば確実に三日後のライブには間に合うな」
「はい!」
「一時はどうなるかと思ったけど良かった良かった」
そして、いよいよ初ライブ当日がやって来た。
設営は前日の内に済ましているため、リハーサルと最終チェックのみである。
この日までにやれることは全てやってきた。客が沢山来るように宣伝にもかなり力を入れた。必ず成功させてみせる。
「よし、リハーサルも問題無しだ。最終チェックに入る」
「はい!」
最終チェックも滞り無く終わり、開場時間も過ぎ、続々とお客が入ってくる。
「き、緊張してきました……」
震えるソシエの身体にゆっくりと手を置き落ち着かせる。
「大丈夫だ、今までやってきたようにやればいい。もし失敗してもしっかりフォローもするし、初ライブだ、きっと大目に見てくれるさ」
気付けば開演時間ギリギリになっていた。会場は狭いライブハウスということもあって、客自体そんなに多くないが、かなり居るように見える。
「相変わらず、変な理屈ですね、ふふっ……。あのお客さん達の期待に応えられるよう私、頑張ります!」
「行ってこい!!」
震えの収まったソシエの背中をグッと力強く押して見送ってやる。
上手く緊張を解かしてやることが出来たかな。
「魔法少女系アイドル、ソシエでーす! 今日は皆に笑顔になる魔法をかけにきました〜、よろしくお願いしま〜す!」
「おぉぉぉ!! 可愛い〜!」
「いいぞ〜!」
観客の反応もかなり良い。掴みは順調だ……!
「早速、一曲目、行っちゃいますよ〜」
「フゥー!」
「イェーイ!!」
曲の盛り上がりもバッチリだ! このままの調子でどんどん盛り上がってくれ。
その後も二曲目、三曲目と続いて行き、ラストMCをもって初ライブは大盛況の内に幕を閉じた。
そのお陰かソシエは話題になり、魔法少女系アイドルとしてジワジワと頭角を現していった。初ライブ以降もライブを定期的に開催し、その度に箱が満員になったり、CDを出せばオリコンTOP10入りをしたりとその人気は留まることを知らなかった。
そんな人気の絶頂の最中のある日。
「よし、この魔法も安定して出せるようになったな!」
アイドル活動だけじゃなく、きちんと魔法の練習の方も順調に進んでいた。
「はい! 魔力量も安定してますし、全てプロデューサーさんのお陰です! ありがとうございます!」
「魔法の練習の時はプロデューサーじゃなくてもいいんだぞ」
「そ、そうでした……糺川さん、改めてありがとうございます!」
「最初はあんなダメダメだったのに最後まで諦めなかったソシエ自身のお陰だよ。それに僕も飯野プロダクション再建の地盤固めが出来たし、こちらこそありがとうだよ」
「そうですかね、へへっ……」
「でも、一通り魔法が使えるようになったのは自分のことのように嬉しいけど、魔法が使えるようになったってことはお別れってことだから少し寂しいかな」
「私も寂しいですけど、これ以上こちらの人間に干渉すると厳しく罰せられちゃうんです。ごめんなさい」
「決まりなら仕方ないさ、短い間だったけど楽しかったし、良い経験だった。この経験を生かして今後もプロデューサーとしてやって行って必ず飯野プロダクションを一流プロダクションにしてみせる」
「はい! 頑張って下さい!」
「へぇっ!? ラストライブぅ?」
ソシエが魔法の世界へ帰らなければいけない都合上、これ以上アイドル活動を続けることは困難なため、ラストライブをもってアイドル活動を辞めることを飯野さんに告げる。
もちろん、魔法の世界へ帰るからなんて言っても信じてもらえないのでそれっぽい理由を話す。
「はい、本人と親御さんとで話し合った結果、これ以上は学業に支障がきたすとのことで今回ラストライブをもってアイドル活動を辞めて学業に専念する意向になりました」
「本当なのかい?」
「はい、本当です。お世話になった飯野さんにこういう形でさようならすることになってしまい申し訳ないです」
「私はいいんだが、糺川くんはいいのかい?」
「僕も大丈夫です。本人の気持ちを優先したいですから」
良いわけあるか……! 本当はもっとプロデュースしたかったし、プロデューサーとして素敵な景色を見せてやりたかった。でも、仕方ないんだ……元々違う世界の人間だ。こっちの世界でアイドルをやらせてるのが間違いなんだ。
そう自分に言い聞かせ、納得いかない気持ちを落ち着かせる。
「君がいいなら、いいんだ。ラストライブの箱は私が用意しよう。ラストライブに相応しい素敵な箱を用意する」
「よろしくお願いします。では、失礼します」
向き直り深くお辞儀をすると扉を開けて外に出る。
「あんな見栄張って、顔は納得してないって顔してましたよ」
からかい気味にソシエがそう言ってくる。
「見栄を張るのは得意じゃないんだ」
と若干開きなりつつ返事をする。
「プロデューサーさんの弱点見つけちゃいました!」
「よせよせ、からかうな」
その日はソシエにからかわれながら帰路についた。
「ええええぇぇえええ!!!?」
次の日、ラストライブの会場を知らされた僕は度肝を抜かしていた。
「武道館って、あの武道館ですか?」
「武道館と言ったらそこしかないだろう」
「本当にラストライブを武道館でやっていいんですね?」
「あぁ、日程はきっちり押さえた」
武道館――それはアイドルなら誰しも皆が憧れる夢の舞台だ。そんな夢の舞台でラストライブが出来るなんて光栄なことだ。
「プロデューサーさん、そのぶどーかん? って言うのはそんなにすごいの?」
「凄いってもんじゃないさ、最高のステージだ!」
「最高のステージ……私、早くそこに立ちたいです!」
「よぉし! そうと決まれば武道館で披露するに相応しいパフォーマンスを出来るように今からレッスンだ!!」
「行きましょう!」
それから猛特訓の日々が始まった。毎日が楽しく充実しており、あっという間に過ぎていく。ラストライブの日が近付いていくに連れて、こんな日々がずっと続けば良いのになと思ってしまう。
泣いても笑ってもラストなんだ、弱気になってどうする……!
頬を両手でビシッと叩き気合いを入れる。
気を引き締めて行け! 糺川紀律!!
そしていよいよその日はやって来る。
魔法少女系アイドル、ソシエの最初で最後の武道館ライブ当日が――!
ソシエも人気アイドルの端くれのため、物販は瞬く間に完売し、埋まるか不安だった武道館の座席も全て埋まり、有名チケット転売サイトでは高額でやり取りまでされていた。
「最後か……」
「どうしたんですか、そんな黄昏て」
「見られたくないとこを見られちゃったな、はは……」
少し恥ずかしい気持ちを隠すために笑ってみせる。
「ソシエこそ、もうそろそろで本番だよ、ここに居て平気なの?」
「なんだか緊張しちゃって、ここに来れば緊張和らぐかなーって」
最後まで可愛い子だ。
って何考えてるんだ僕は……! アイドルとプロデューサーだぞ、ましてやもうすぐ僕の前から消えちゃうんだ。今更こんな気持ちになってどうする。
「仕方ない奴だな」
少しでも緊張が和らぐようにソシエの肩をさする。
「プロデューサーさん、私、糺川さんに出会えて良かったと思ってます。だってこんなに楽しいことを教えてくれたんですもの!」
「最初は嫌々だったのにね」
「今じゃそれが嘘のようです。私、こんなに楽しいのは初めてです!」
「それは良かったよ……僕もソシエと居れて楽しかったし、何より幸せだった」
「今まで本当にありがとうございます! んっ……ちゅっ……!」
柔らかい感触が頬に伝わる。ついばむような軽いキス。初めてのことで動揺してしまう。
「こ、こういうのは好きな人にするもんだぞ! それにアイドルとプロデューサーでこういうことはダメだ!」
「私、糺川さんのこと好きですよ。このキスはアイドルソシエとしてじゃなくてソシエ・フェアリスティアとしてのキスですよ」
童貞丸出しな反応をしてしまい恥ずかしさで死にそうだ。たかが頬にされたキスじゃないか……! 僕は何を勘違いして。
ソシエの方が一枚上手ってわけか……。
「最後のステージ頑張ってきますね! プロデューサーさん!」
そう言うと、背を向けてステージの方に走って行く。
その背中をキスされた右頬を押さえながら見送る。
「さて、僕も最後を見届けに行くか……」
最後のステージを見届けるため、ステージ脇へと移動する。
「今日はソシエのラストライブに来てくれてありがとう〜! すごーい、どこ見渡してもお客さんがいっぱ〜い!!」
ステージ脇に移動してくると、ライブは既に開演していた。
「まさか、うちの娘がこんなキャピキャピしたことをこっちの世界でしてたとはな。しかもこんなに人気だとは」
声がする方に振り返ってみると、そこにはソシエのお母さんが立っていた。
「ソシエのお母さん、どうしてここに?」
「あいつから手紙が届いてな。アイドルやってだの、ラストライブをやるだの色々書いてあって困惑したまま来るだけ来てみたが楽しそうじゃないか。あんなに楽しそうなあいつは初めて見たよ」
「役に立てたようで良かったです」
「あいつは魔法が使えないせいで昔から虐められててね。ほとんど笑うことなんて無かったんだ。それがあんなに屈託なく笑って……あんたに頼んで良かったよ、ありがとな」
「僕は自分のやりたいようにやったらたまたま上手くいっただけで何にもしてないですよ」
「才能を見出したのはあんただ。その証拠にあいつは飛びっきりキラキラ輝いて見えるよ。あんたにはどう見えるんだい?」
『糺川さん、今の私はあなたの思う理想の魔法少女アイドルになれましたか? なれていたら私はとても幸せです』
「そりゃもちろん、とびきり可愛い自慢の魔法少女ですよ!!」
「魔法少女系アイドル、ソシエでーす! てへっ! 今日は最後だから最高に楽しくなる魔法をかけちゃうよ〜!!」
分かる人には分かったかも知れませんが、ラピ○リライツぽくなってしまいました。ほんの少しだけですが……。狙ってはいません。