美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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011 - 淑女とは

 朝起きて訓練して朝食とって訓練して。

 昼食とって訓練して夕食とって訓練して。

 あとは風呂に入って泥のように眠るだけ。

 そんな生活が主だったため、朝食の後にこうして外を歩き回っているのはなんだか新鮮な気持ちになる。

 しかし、まだ上がり切っていない気温と風は、それでもなお体にまとわりつくようだった。

 

「今日もまた夜は明け世は変わりなく。……しかし全く違うのだろう」

 

 靴を擦るように動かすと、地面との間で砂利が音を立てた。

 まったく一緒のように見えても、同一の時間が流れているわけではない。木の葉一つとってしても同一ではない。今動かした砂利のように、今という時間は今後一切現れることはない。

 それは生物にとっても同じことだ。細胞は日々生まれ変わり、体中は日々新しく生まれ変わる。それでも変わらないと考えてしまうのは、対応する瞳を持たないからだろう。

 気づかないと分からない。分かりようがない。

 ――とはいえ、逆に言えば分からなければ変わらないのと同じなのかもしれない。

 今自分が行っている巡回という名の散歩も、それに似たところがある。

 昨日と比べて変化はないか、おかしいところはないか、違和感はないか。そういったことに気付くことが一番重要なのである。少しでも変化を見つければそれを手掛かりに解決することもある。

 たとえば、そう。少し後ろから尾行されているような微かな音に気付くこともまた、重要なことなのだ。

 

「ふむ」

 

 鎮守府の周りをぐるりと一周するつもりであったのだが、如何せん視線が気になる。尾行自体はそれほど慣れた様子ではなく、隠れ方が不安定だ。

 どうしたもんかなと内心考える。

 それほど悩むほどのものではないのかもしれない。フツーに声をかければいいだけなのだ。正直自分を標的とした尾行であることは明らかだし、何気なく振り返った時に目端に捉えたセーラーの様なものから艦娘であると判断できる。……ある意味ここで潜水艦の線は消えた。

 なら、何が目的かというのを探りたい。

 ううむ、やっぱり少し泳がせておこうかな。そのうち痺れを切らして直接来る可能性もあるし、飽きてやめる可能性もある。どちらにせよ、自分の立場上その行為を明かすことは艦娘にとってもリスクの多いことだ。出来ればやりたくはない。

 そんなことを悩みながら歩いているうちに、いつのまにか演習場区域の近くまで来ており、少し開けた場所に出た。昨日もここまで来たが、ここには大きめの花壇が三つある。少し楽しみにしながら鎮守府の角を曲がり、花壇をみやると、

 

「あ、憲兵さん!」

「ん? おや、暁だったかな」

 

 小さなレディと遭遇した。

 暁がいるあたりにはひときわ大きな向日葵たちがずらりと天を仰いでいた。なんともはや壮観である。

 白いセーラーに赤いリボンと、絵に描いたような学生服といった出で立ちの少女の手にはジョウロがあり、今まさに水をあげようとしていたところのようだ。

 その弾けんばかりの笑顔は、もう一輪向日葵が咲いたのかと見紛う程である。

 

「向日葵か。綺麗に咲いているな」

「ふふーん、私たちにかかればこれくらい朝飯前よ!」

「流石だ。本当に綺麗だな」

「ちょ、ちょっと褒めすぎじゃない?」

 

 あまり褒められ慣れしていないのか、もじもじする暁が可愛すぎる問題が発生していた。

 まあそれはいいとして。

 

「見るに、水をやるところか?」

「そうよ。ここ最近は日差しがきついから、すぐに葉っぱがしなしなになっちゃうのよね」

 

 そう言いながら水を与える小さな手は、きっと向日葵にとっては救いの女神の様な存在なんだろうなと思った。

 自分がこんなところに一日中立っていろと言われれば、当然救急車を呼ぶはめになるだろう。そんな中、水を与えてくれる存在がいたら、それはまさしく救世主といったところか。

 

「……まぁ暁は女神というよりは天使かな」

「ん? 何か言った?」

「いや、どうせなら水やりを手伝おうかと思ってな」

「あら、それは願ってもない話ね! 今日は一人で当番の日だったから大変なのよ」

 

 そのあと話を聞いてみるに、この花壇たちは第六駆逐隊、つまり暁・響・雷・電で育てているものらしい。いつもはみんなでやっているらしいのだが、運悪くこの時間帯に空いているのが暁一人。とはいえ水をやらないわけにはいかないということでやって来たらしい。

 

「まぁ花が育つのを見ているのは楽しいからいいんだけどね」

 

 とは暁の言葉。

 自分が知っているよりずいぶんとレディに近づいているような気がする。やはり、個々で性格の違いというものはあるんだろう。

 あらかた水をやり終え、今度は草むしりを始めた。

 定期的にやるものらしいが、どうやら自分に世話の楽しさを知って欲しいようで、ウキウキしながら教えてくれた。

 

「憲兵さん、その草は雑草だから取ってしまってもいいわよ」

「これか」

「違う違う! その横のびょんびょん伸びてるやつー!」

「ああ、これか」

 

 などと怒られながらも処理を進める。

 なるほど、土いじりはあまりしたことがないが、これはこれで楽しいかもしれない。

 もともとじっくりと物事を進めるのが好きな自分としては、こういう作業はあまり苦ではないし、むしろ楽しみを感じつつあるのは事実だ。

 とはいえ、たかだか三つの花壇とはいえ、それなりに大きな花壇である。四人ならすぐに終わりそうだが、二人だと単純計算で二倍になる。

 なるほど、これはなかなか重労働だ。

 

「……ふぅっ、今日は肥料はまかなくていいから、これで終わりね!」

「お疲れ様。いい運動になったよ」

 

 すると、暁は小さく感嘆の溜息をついた。

 

「……これだけ働いても疲れた素振りすらないなんて、やっぱり鍛えてるのね!」

「そうだな、それなりには鍛えているさ」

「私ももっと頑張らないとね」

 

 ふむ。

 

「やはり、思った通り君は素敵なレディだよ」

「ぅえ? な、なによ急に」

「なに、思ったことをそのまま言ってみただけさ。たまにはこういうのもいいだろう」

 

 さて、と空を仰ぐ。

 

「そろそろ自分はお暇するよ」

「そ、そう? また見に来てよね! 次はもーっと綺麗なお花見せてあげるから!」

 

 暁に軽く手を振りながらその場をあとにする。が、見えなくなるまで笑顔で手を振り続けてくれる暁は、どこからどう見ても天使だった。

 しかし、ずいぶんと濃い時間だった。今までまるで興味はなかったが、これを機になにか育ててみるのも一興かもしれない。その時は第六駆逐隊のみんなに手伝ってもらってもいいかもしれないな。

 そんなことを考えながら、次の場所へ向かう。

 花壇から離れるとすぐにちょっとした積乱雲に太陽が隠れ、いつの間にか影の中を歩いていた。夏は太陽が高い場所にあるため、他の季節よりもコントラストが顕著だ。

 次はどうしようかなと思っていると、よく考えると隣に寮があることを思い出した。

 前回も見たが、この寮は海風に当たって少しぼろっちい印象だが、窓は頑強なものを使っているし、中に入ればかなり綺麗にされている。

 さて、とここで一つ問題だ。昨日は複数で入ったからまだ良かったが、今一人で入ってしまうのはどうなんだろうか。流石におかしいのではなかろうか。それに、まぁ今朝の北上の件もあるし、寮内で出くわしてしまったらちょっと困る。いや別に自分は何かしたというわけではないのだが、どうも様子がおかしかった。

 先程の朝食にも来ていなかったし、いやもしかしたら任務の関係で時間をずらしているとも考えられるが……それは楽観しすぎかな。

 

「とりあえず、寮はまた今度にしようかな……」

 

 誰にでもなく呟くと、軽く周りを見渡して素通りする。

 そうして横に視線をずらすと、見えるのはドックだ。ここでは装備の開発やら修理やらいろいろやっているが、注目すべきは入渠だろうか。

 いや、風呂が見たいわけじゃなくて。

 たしか艦娘にとっての入渠というのは、風呂だけじゃないはずだ。日々訓練や任務で肉体的にも精神的にもボロボロになる艦娘の、保養所なのだ。リラクゼーション施設と言いかえてもいい。

 そこには風呂はもちろんだが、エステや治療室、マッサージに談話室など揃っているはず。これは興味深い。なんなら自分もマッサージをしてもらいたいくらいだ。

 なんて、そんなことしてもらうわけにもいかないか。ここは艦娘専用であるだろうし、自分が入ったことによって他の艦娘が利用できないなんてことになったら本末転倒もいいところだ。

 そもそも、内地で直接的な危険がない我々軍人が踏み込むのはよろしくない。それがどう変化して艦娘のストレスになるか分からない。もしかしたら、内地で安全に仕事をしている奴が私たちと同じ施設を使っているなんて、とか思うかもしれない。

 そんなことを考える娘なんていないのかもしれないが、それでも可能性の芽は摘んでおかなければいけないだろう。ただでさえ女所帯に黒一点なのだ。自分の身はわきまえて、誠実に仕事に従事しよう。

 まあ流石にこれくらいのことは誰でも考え付くだろうし、まさか艦娘専用施設に入る人間なんているわけ、

 

「あー、いいお風呂だったぁ」

「おい」

 

 ――いたわ。

 ここにいたわ。

 なんなら目の前にいるわ立花提督が。

 

「あれ、小林中尉おはようございます。こんなところでどうしたの?」

「おはようございます。自分は巡回の最中だが、立花提督はなにを?」

「や、朝風呂をちょいと頂きにきたんだー。やー、いい湯だったよー」

 

 タオルを首にかけ、ほかほかしながら出てきた。一応提督の服装はしているが、どことなくちゃんと着れていない感じが否めない。さっきのレディを見習ってくれ。

 ただ、この提督はその程度のこと歯牙にもかけないと言わんばかりの顔立ちをしている。

 髪はまだ少ししっとりとしていて、顔も桃色に染まっているわけで、正直かなり艶やかだ。色気が尋常じゃない。なんならその雑な着方も色気に拍車をかけているのではなかろうか。

 なにをもってレディとするかは議論の余地ありだが、その解釈の仕方によれば、一番のレディは立花提督なのかもしれない。

 

「……にしても、一晩経っても信じられないよね」

「何がだ?」

「その美醜感覚マヒしてるところ。何度考えてもおかしいよね」

「悪かったな」

 

 少し不貞腐れた自分に、あははと朗らかに笑う提督の顔が恨めしい。

 

「このあと予定は?」

「だいたい見て回ったし、そろそろ執務室に行こうかと思っていたところだ。……まぁその提督が朝風呂を楽しんでいるとは思わなかったが」

「そ、そうだね。ちょっと昨日から私たちの間でお風呂がブームでね」

 

 何で今頃お風呂にブームが来ているのか。確かに風呂は心の洗濯ともいうし、気持ちいいのは大変良い事だが。

 

「まぁ清潔にすることはいい事だろうけど」

「そうだよね! そう思うよね!」

 

 なんでそんなに食い気味なのか。

 とりあえずドックの前で立ち話していてもアレなので、執務室に向かうことにした。

 この鎮守府は南向きに建てられているため、日当たりが大変良い。ありがたい限りだ。暁が咲かせていた向日葵も、遥か海と空を仰ぎ見ていた。

 

「立花提督はこのまま執務に入るのか?」

「いえ、一度私室に寄ってからにするわ。着替えとかタオルとか置いてこないとね」

 

 ドックから執務室は遠くない。というか、頭数は多いが鎮守府自体は小さくまとめられているイメージなので、どこに行くのにもそれほど遠いとは感じない程度だ。

 あえて言うのであれば、入口の門からは演習場は真逆の方向にあるので、それが一番遠いかもしれない。

 執務室で待っててねーと残され、立花提督とは途中で別れ、ひとり鎮守府の中を歩く。

 やはり建物の中は太陽の角度のせいで少し暗いイメージだ。とはいえそれが嫌いというわけではない。むしろ季節を感じることが出来て好ましいと思う。

 よく自分はおかしいと言われるのだが、晴れも曇りも雨の日も好きだ。

 大抵は雨の日が嫌いな人が多いように思うが、自分はそんなことはない。『良い天気』というのはきっと環境によって違うことだし、晴れが『良い天気』だというのは世界共通ではない。……一例としては花粉飛び交う季節の雨とか。あの雨は間違いなく『良い天気』だ。

 それに雨がないと生き物は死んでしまうわけで、悪いばかりではない。そういうことが曇りの日にも言えるし、晴れの日が悪い日だと思う人もいるだろう。

 同じように季節だってそうだ。春は花粉が多いが心地よい風が吹く。夏は茹だる様な気温だが新緑が目にまぶしい。秋は木枯らしが吹くが食べ物が美味しい季節だ。冬は寒く動きづらいが炬燵の魔力が暴走する。

 きっとその他にも人の数だけメリットデメリットがあるだろう。きっとそれに気が付かないだけなのだ。そして自分の場合は、メリットがデメリットを上回ることが多い、それだけの話だ。

 だから、ああ夏だなぁ、としみじみ感じる今日この頃なのである。

 とりあえずはまあ、今日のお仕事を始めますか。

 業務内容の把握とその中から手伝えるものの選定からかなーと考えながら、靴底で鎮守府の床を鳴らした。




正直、北上さんを書いて燃え尽きた感ありましたよね。申し訳ないです。
とりあえず続きます。

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