美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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013 - 北上が沈んだ日

 北上が沈んだ。

 その知らせを聞いたのは早朝のことだった。

 

 

 

 その日、鎮守府は朝から蜂の巣をつついたように騒がしかった。

 

「島風ちゃん入渠準備急いで!」

「修復材は!?」

「当たり前! 許可申請も任せる!」

「任せて!」

 

 目の前を島風が、旋風を巻き上げながら最大速力で駆け抜けていった。

 ここは、鎮守府の執務室と同じ階にある、作戦指令室の前だ。基本的にここは作戦前のブリーフィングと、作戦行動中の指令を出す場所である。

 中央に大きなディスプレイがあり、その脇には異なる場面を映し出す画面がいくつもある。

 中央のものには、衛星から送られてきた作戦海域の詳細な海図と、艦娘が持つGPS反応を重ねてリアルタイムで映し出している。

 両脇のものには、空母が飛ばす艦載機や水上偵察機からの映像が映し出されている。ただ、これは当然空母へ補給に戻ったり墜落したりするので、作戦が始まると頻繁に移り変わる。その移り変わりは基本的に大淀が管理するが、大規模作戦になるとその他の艦娘も数名手伝いながら、各機器を操作して作戦に当たる。

 ここ何日か当然出撃はあったのでどういったことをしているかは知っていたが、そんな指令室がここまで騒がしくなっているのは初めてだった。色々書類を確認したりと立花提督の手伝いをしてきたが、ここまで騒がしくなるような作戦があった記憶がない。

 

「憲兵さんごめんね!」

「っと、すまない」

 

 立ち止まったその脇を、鈴谷が翻るスカートもまるで気にせずに駆け抜けていく。

 

「蒼龍、警戒を厳として! 五十鈴も対潜警戒を!」

『了解です!』

『了解よ!』

 

 立花提督の持つ通信機からも切羽詰まった声が聞こえてくる。

 何か手伝いたいと思うが、まだ正直何から手伝っていいか分からない。基本的にこの作戦指令室には入らないようにしているからだ。おそらくここには機密が溢れているだろうから。

 それを言えば執務室もそうなのだが、常に自分以外の誰かがいる状態であるし、見ても構わない資料しかこちらへ回ってこない。

 だから、というえば言い訳になるだろうか。業務上自分が知りえないことは割と多い。

 

「えーっと、どうしようかな、」

「立花提督」

「え、憲兵さん!?」

 

 少し流れに隙間があったから話しかけてみたが、ここまで驚かれるとは思っていなかった。悪い事をしたかもしれない。

 とはいえ、正直何も分からないままここで立っているだけというのは辛い。

 

「驚かせてすまない。何かあったようだが、自分に手伝えることはないだろうか」

「えっと、えっと、ちょっと作戦海域でトラブルが起きて、今撤退させてるところなんだけど」

「追っ手は来ていないのか?」

「いや、それが来てるから問題なんだよ。こっちはあまり足が速くはないから」

 

 なるほど、その作戦を行っていたのは足が遅い艦娘だと。で、撤退となると足が遅いのはちょっと大変だな。

 撤退作戦といえばキス島撤退作戦だけど、あれも駆逐艦を主力に編成したし。

 

「第二陣は出撃しているのか?」

「二水戦が行ってるよ」

「一応第三陣は大丈夫か?」

「鎮守府近海の哨戒範囲を広げて対応する予定。ちょっと予想外に姫級が出たから、他の鎮守府からも応援が行ってるよ」

「ひ、」

 

 おいおい姫級とか自分が来ていきなり出てくる敵じゃないだろう。王都から出てスライムでレベル上げしてたら、草むらから野生のボスが飛び出してきたようなもんだ。

 とはいえ、自分が実際戦っているわけではないわけだから、艦娘には頭が下がる思いだ。

 

「そうか、じゃあ自分は港で怪我人を入渠施設に運ぶのを手伝おう」

「ありがとう、そうしてくれると助かるよ」

 

 そうとなれば話は早い。踵を返しながら艦娘が帰還する場所と入渠施設の位置関係を頭の中に思い描きつつ、そういえばタオルの置いてある場所といつ帰還するのかを聞き忘れた。

 そう思い、再度振り返――

 

「でも、まさか、北上ちゃんが沈むなんて……」

 

 ……え?

 

「それ、どういう意味、」

「提督! 追っ手が来ました!」

「方向は!」

「進行方向の三時方向です! 距離5000!」

「ちっか!? なんでそんな距離まで!?」

「分かりません! ですが、そろそろ射程圏内です!」

「蒼龍! 五十鈴! 聞こえてた!?」

『三時方向敵影確認しました!』

『たぶん島に隠れてたわね……!』

 

 突然に騒がしくなる室内。

 聞いているだけで状況は手に取るように分かる。

 

「二水戦が間もなく合流します!」

「了解、神通頼んだよ!」

『了解しました!』

 

 自分も一応軍人である。艦娘一人の被害状況なんて些事は今は聞けない。それでも気になってしまうのは、やはり関わってしまったからだろうか。

 それが悪いとは言わないけれど、今は待つしかできないのだろう。

 

「こういう時、憲兵ってのは無力だよな」

 

 つい口に出た言葉にハッとして、今できることをするしかないとかぶりを振り、気持ちを切り替える。

 とりあえずタオルは入渠施設にあるだろう。鎮守府近海は安全だから、帰還する場所は入渠施設の一番近い所。つまりドックになるだろう。そう考え、身を翻して走り出した。

 当然、出撃していたのは北上だけではない。先程聞こえてきた蒼龍や五十鈴をはじめ、何人かで作戦を行っているはずだ。きっとその艦娘たちも傷を負っているはずだ。

 ――だけど、それでも北上のことを気にしてしまうのは、きっと自分のエゴだろう。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 もう、この波止場で2時間以上はいるだろうか。

 詳しい話を聞いていなかったため、いつ帰還するのか自分は知らない。ただ、きっとそれぞれ役割があって、自分に出来るのがこうして待つことなんじゃないかなと思う。

 入渠の準備も、ご飯の用意も、島風が頼まれた高速修復材やその申請だって、自分が適役ではない。

 果たして一体自分は何のためにここにいるのか。

 こうして待っていて、実際帰還した際に自分は何と言って迎えればいいんだろう。

 一体、どんな顔で、

 

「憲兵さん?」

 

 ふと、心配そうな顔でこちらをのぞき込んでくる、小さな影があった。

 

「君は……」

「初めまして、ですか。駆逐艦朝潮です」

 

 朝潮。朝潮型駆逐艦一番艦で、いわゆるネームシップだ。

 小柄ながらも、朝潮型の長女として気高い少女だ。

 

「憲兵さん、ご気分が優れないのであればあとは私たちが引き継ぎますよ?」

「……いやいい。自分にはこれくらいしかできないからな」

「とはいえ、もうずっとここにいるじゃないですか」

 

 作戦指令室をあとにして、すぐにタオルを集めてドックに向かい、そこでもいろいろと慌ただしかったので、出てすぐ横から海をずっと見ていた。

 今日はずっと曇り。雨は降らないまでも、空気は重い。それはどこか心の重さを表しているようで。

 しかし海はそれほど荒れてはおらず、風もあまりない。凪、とまではいかないが、穏やかだ。

 

「……いや、やはりここで待たせてくれないか。邪魔になるのだったら移動するから言ってくれ」

「いえ、そういうわけではありませんが……」

 

 その長い黒髪を揺らしながら、朝潮は少し考えるそぶりを見せた。

 

「では、私も待たせてもらいましょうか」

「いや、朝潮こそ休んでくれて構わないよ。君は……確か夜警明けだろう?」

「そうですね。ですが、妹が大変な時に寝ていられるような性格ではないので」

 

 朝潮は苦笑いを浮かべた。

 

「誰か出撃しているのか?」

「はい、末の妹で霞といいます」

 

 霞、か。艦これの世界では知名度が高い方の艦娘だろう。

 

「あの子は私たち朝潮型の最後の娘なので、性能は一番良いですよ。少し口が悪いところはありますけどね」

「……確かに。史実ではあちこち酷い戦場に駆り出されていたようだしな」

 

 自分もそこまで詳しいわけだはないが、本当にあっちこっち駆り出されていたような記憶がある。

 ここの霞がどのような性格なのかは分からないが、ベースとしては口が悪く、あまり周囲に好かれない性格の娘だ。しかしそれは自分の提督を思いやるが故、よく聞くと発破をかけるような発言が多い。

 しかし、やはりいろんな艦娘を見たから言えることだが、当たり前だが性格は同一ではなく、個性がある。生きているのだから当たり前だが。だからここで第一印象を決めてしまうのは良くないだろう。

 そんなことをつらつら考えていると、隣で朝潮がクスリと笑うのが見えた。

 

「なんだ……どうかしたか?」

「あ、いえ、なんでもありません。強いて言うなら可愛い人だなぁと思ったくらいでしょうか」

 

 これはどういう意味なんだろうか。

 

「お気に障ったのなら申し訳ありません」

「いや、別にそれくらい構わないが……」

 

 もう一度朝潮は微笑みを残し、準備をするのでこれで、と言って何処かへ行ってしまった。

 ……果たして本当に何だったのか。そして準備とは何なのだろう。

 などと思っていると、今度は暁が手に何かを持って歩いてきた。

 

「あら、憲兵さんじゃない。お疲れさま!」

「ああ、お疲れ様。これは?」

「これ? このタオルは帰って来たみんなに渡すものよ!」

 

 なるほど、当然海から帰って来たのだ。濡れているだろう。

 そのために自分が用意したタオルを近くの屋内に置いていたので、どうやらそれをここまで持って来てくれたらしかった。

 

「ありがとう、運んでくれたんだね」

「これくらいお安い御用よ。お花のお手入れを手伝ってくれたお礼も兼ねてるわ!」

 

 やはりその笑顔は、まるで向日葵のようだった。

 そして、その暁の影からひょっこりと顔を出すもう1人の影があった。

 

「ほーう、もう憲兵さんと仲良くなったのかい」

「あら響。この前話した花壇を手伝ってくれたのよ」

「なるほど、それは感謝しないとね」

 

 くるりと振り向き、

 

「ありがとう憲兵さん。ぼっちの姉を気遣ってくれて」

「ちょっと!?」

 

 暁が大慌てしながら訂正を求めるが、響はどこ吹く風だ。ここでも響は響なんだなぁと少し気が緩む。

 その表情を目ざとく見つけた響が、不思議なものを見るような目を向けてきた。

 

「珍しいね、そういう目を向ける人は」

「そうかい?」

「そうだね。まあそういう人は嫌いじゃないよ」

 

 そのクールさに少し笑ってしまう。この大変な状況なのに、姉妹の掛け合いがどうにも緊張の糸を解してしまう。

 とはいえ、そのいつも通りさに少し疑問を感じてしまう。

 先程の朝潮もそうだったが、なぜこうも自然な態度でいられるのか。

 ということを聞いてみたが、不思議そうな顔をされたが、すぐハッとした表情をした。

 

「あ、響、憲兵さんはいなかったからまだ聞いてないわよ」

「そうか、なるほどね。……今回姫級と邂逅した部隊は無事だよ。中破が3名、小破が2名だね」

 

 それを聞いて、あれ、と思った。

 が、その疑問はすぐに判明した。

 

「そして、北上さんが沈んだ」

 

 振り向くと、朝潮がそこにいた。

 その言葉を咀嚼し、飲み込むことが出来ずにいる自分に、朝潮は少し笑みを漏らす。

 

「私が来たのは、まもなく部隊が帰ってくるからです」

 

 よいしょ、となにやらいろいろ持ってきたものを地面に降ろす。

 

「ほら、見て下さい憲兵さん。話をしている間に、もうずいぶんと近くまで来ていますよ」

 

 そう言われ、海に振り返るともうなんとか顔が見えるくらいにまで近くに来ていた。よく耳を澄ますと、波を切る音も聞こえてくる。

 

 その部隊を遠目で確認する。

 霞が先陣を切っている。顔に煤が付いているようだが、小破だろうか。

 そうして川内、五十鈴などが続くが、北上の姿が見えない。

 だんだんと近づいてくる。

 表情も見えてきた。

 なんだかみんな、とても疲れているように見える。

 服もボロボロだ。

 もっと近づいてくる。

 そしてようやく気が付いた。

 中ほどにいる金剛の背に誰かが背負われていた。

 自分がいる事に気が付いた金剛が、背に何か話しかける。

 ビクンとその誰かが跳ね、そろりとこちらを見上げる。

 もう部隊は間近だった。

 その誰かは少し逡巡した後で、

 

「えへっ」

 

 と、三つ編みを揺らし、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。




この話は次に続きますので、気合があれば早めに出したいとは思ってます(希望的観測)

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