美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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017 - 彼の覚悟と彼女の覚悟

「小林中尉」

「……なんだ」

「正直に言って。何したの?」

「……ぶつかっただけだ」

 

 これこそ弾劾なのではないだろうか。

 入渠施設内のベッド脇で立花提督から責められているような空気だったが、「まぁ小林さんがそんなことする人だとは思わないけどねー」という言葉であっさりと霧散した。

 だったら最初から責めないでほしかった。

 

「とはいえ、これは重症だねー」

「……不知火は大丈夫なのか?」

「明石ちゃんの話では、栄養失調と脱水症状と低カリウム血症と低マグネシウム血症、それに伴う不整脈と筋痙攣などなど?」

「つまりなんだ、熱中症のわりと重いやつか」

「つまりはその通りだね。明石ちゃんも驚いてたよ。よく動けたなーって」

 

 しかし不知火はあまり見なかったから、そんなに外出する子だっただろうか。当然自分が見ていないところで出ていたらその限りではないが。

 

「これも明石ちゃんの話になるんだけど、たぶん丸一日は目を覚まさないんじゃないかって。さっきの症状ももちろんあるんだけど、憲兵さんとぶつかったのがトリガーだったみたいだしね」

「やっぱりそうか」

 

 どうみても普通の反応ではなかったし、これまでの艦娘の反応から男に慣れていないのは当たり前として、恐怖を感じている子も少なくはない。不知火が他の鎮守府から来たことだけは知っていたが、もしかしたらあまりよくない鎮守府だったかもしれないし、であればトラウマ的存在であった可能性もある。

 そこまでくれば自分ではもうどうしようもない状況ではあるが、ある程度慣れる手伝いくらいは出来るだろう。

 

「不知火ちゃんはね、マスクを絶対に外そうとしないんだ。あのマスクは、顔を隠すためのもの以上の意味があるんだろうね。……あれは、外界から自分を護るための楯なんだよ。そして、壁でもある」

 

 その考え方は、きっと正解なのだろう。

 そうして楯を構えて壁を作って拒絶しても、そこはきっと酷く寒い場所なんだろう。

 

「私は精神科医じゃないから分かんないけど、こういうのはゆっくり慣れていくしかないのかなぁ」

「どう、だろうな。自分もそちらに明るいわけではないから、なんとも言えないな」

 

 ただ、と続ける。

 

「自分はちょっと不知火の前の鎮守府を調べたくなったので、少し電話を貸してくれるかい?」

「え、あ、あー、なるほど。いいよ喜んで」

 

 そういうと、立花提督が率先して歩きだし、自分もそれに付いて行く。

 

「一応私もちょっと調べてはみたんだけど、外面だけはそれなりの鎮守府だったよ。それなりの戦績とそれなりの海域を確保してるね」

「なるほどね。まぁ最悪自分の先輩がそちらへ行ってもらえるか聞いてみるよ」

「あれ、小林さんが行くんじゃないの?」

「一瞬それも考えたんだけど、しょせん自分は新人だからね。上手くやれるかちょっと不安だし。どうせ先輩も本部で暇してるだろうし」

 

 そういいながら、かつて自分を教導してくれた先輩を思い出す。

 優しそうな顔をして、結構えぐいことをやらされたもんだ。そのかわりいろいろ大切なことは教わったけども。

 などと考えながら、たどり着いた執務室の電話を借りて大本営に繋ぐ。

 

「柱島第一鎮守府所属小林憲兵中尉です。――あ、お疲れ様です。――いや、まさか先輩が出ると思わないじゃないですか。――ええまぁ。えっ? え、なんで知って……、え、あ、はい、そうですけど。え、終わった? なんで? ――……そうお伝えすればいいんですね。了解しました。――はい、ありがとうございます、失礼します」

 

 がちゃり。

 ちらりと横目で立花提督を見る。白い目で見られた。

 

「今のが先輩さん?」

「……まぁその通りだ。なぜか電話口に出た。なぜだ」

「それは知らないけど。なんか全部終わったっぽい?」

「………まぁ、その通りだ」

 

 なんか知らないうちに査察が入ったらしく、なんなら先輩が出向き、そこの提督は再教育になったとのこと。どうやら艦娘の建造数と所属数と轟沈数の計算が合わなかったらしい。ということは、まぁつまりそういうことなんだが、それなりの戦績というのは『楯』を使ったものなんだろう。

 提督の再教育という判断は自分からすれば甘いどころの話じゃないが、きっと艦娘は道具でしかなく、提督という存在は貴重であるから、当然の判断なんだろう。

 なるほどな。胸糞悪い。

 

「と、いうわけで、そこの鎮守府から何人かこっちに来るかも、とのことでした」

「何が『というわけ』なのかは分からないけど、でももしそうなら大本営から連絡があるでしょ。その時はその時だよ」

 

 なんだかよく分からないうちに大事なイベントを逃したような、不思議な感覚だ。

 とはいえ、自分が出向くよりははるかに良い結果にはなったはずだから、それはそれで良かったのだろう。

 さて、と立花提督が気分を切り替えるように呟く。

 

「小林さんはこれからどうするの?」

「そうだな、これといって今日急いでやることもないし、不知火を少し見てからまた書類に目を通しておこうかな」

「はーい。もし緊急の用事があったらその時は呼ぶね」

「ああそれでお願いする」

 

 それじゃあ、と言って執務室から退室する。

 ……しかし、随分なところにいたんだなぁ。それこそ楯として矢面に立たされていないことが奇跡だ。

 とはいえ、こういうことが割と常態化しているのが情勢なんだろう。艦娘に人格があるとはいえ、例えば自分の感覚でいうところの、ロケットランチャーに人権を!と言っているようなものなのかもしれない。

 それだけ聞けば無機物に何をいっているんだという人が大勢いるとは思うが、その武器に人格があればまた話は変わってくると思うんだけどなぁ。

 

「それこそ、革命家にでもならなければ意識改革は無理なんだろうな。……只人である自分が何かしたところで、世界が変わるわけでもないし」

 

 自分の片手の半径は90㎝弱くらいだろうか。たったそれだけの距離で変えられるものなど、守れるものなど高が知れている。

 

「だからといって諦めたくはないよなぁ」

「何がだい?」

「いや、ヒトの権利的な話だよ。艦娘の立場が弱すぎるなと思ってね」

「立場っていうか、いわゆる道具だから人間の扱いやすいようにするのが一番じゃないのかい?」

「ここではそうなんだろうけどな。自分はそういう考え方が好きじゃなくて」

「へぇ、変わってるね」

「ここの常識を考えたら変わってるんだろうなぁ。きっと大本営とかでこんな発言したら一発で変人の烙印を押されそうだ」

「よかったね。ここでもすでに変な人っていう認識をされつつあるよ」

「よくはないな」

 

 つい、と横を見る。

 何食わぬ顔で時雨がそこにいた。

 

「ところで時雨、何か用かい?」

「驚かせられなくて残念だよ」

 

 やれやれと言わんばかりに時雨が肩をすくめる。

 

「つまり用事はないんだな」

「まぁそう言わずに」

 

 そう言って歩き出した時雨は自分を追い抜き、すぐに振り返った。

 

「不知火のことなんだけど」

「ほう」

「少し僕に任せてくれないかい?」

 

 その発言に少し瞠目する。

 

「いいのか?」

「憲兵さんにはお世話になったしね」

 

 時雨に何かした覚えがない。ほぼ毎日会ってはいるが、そこまで大した話をした覚えがない。

 よく分からないと思ったのがそのまま顔に出ていたようで、時雨はクスリと笑みを零した。

 

「……夕立の件さ。あれから少しずつ明るくなってる。憲兵さんのおかげだよ」

 

 夕立。

 なにか仄暗い過去を持っていそうな子だ。

 とはいえ、自分は最初から明るいイメージしかなかったので、明るくなったと言われても比較できない。……でも、夕立が落ち込んで静かだったら、それは緊急事態だろう。夕立には幸せそうな顔をしてぽいぽい言いながら駆け回っていてほしい。

 

「……じゃあ、その好意に甘えさせてもらおうかな」

「ああ、甘えてくれていいよ」

 

 どちらにせよ自分が出来ることなど、あまりない。情けない話ではあるが、時雨に任せてしまった方がいいのかもしれない。

 

「じゃあ、これから見に行くよ」

「すまない、よろしく頼む」

 

 時雨はふわりと方向を変えた。

 

「ああ、そうだ時雨」

「ん? なんだい?」

「もし自分が何か助けになれそうなことがあれば何でも言ってくれ。時雨に頼り切り、というのも情けないしね。きっと力になろう」

 

 少しびっくりしたような顔をしてから、ふんわりと笑った。

 今まで見た中で、一番柔らかい笑顔だった。

 時雨は「ん」とだけ言って、通路の曲がり角に消えていく。不知火のもとへと向かって行ったのだろう。

 さて、これからどうしようか。しばらく不知火には近づかない方がいいだろうし、いつも通りの散歩かな。

 ……時雨はうまくやってくれるだろうか。いや、信じよう。珍しく彼女が任せろと言ったのだ。とはいえ、何か後で成功報酬を強請ってきそうで恐い。

 

「……まぁ、出来る限りのお礼はするさ。だから、」

 

 だから、どうか不知火を助けてやってくれ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 『僕に任せて』

 『甘えてくれていいよ』

 

 先程自分の口から出た言葉だ。

 気づかれてはいなかったようだが、そんな言葉が自分の口から出たことに内心酷く驚いていた。

 頼られたい。信じられたい。寄りかかってほしい。自分だけに弱さを見せてほしい。

 ――きっと、そんな感情が混ざり合って、結果出た言葉がアレだったのだろう。

 これは艦娘としての本能なのか、それとも別の何かなのか。

 

「……ああ、もう、嫌になるな」

 

 期待することを止めたはずの心に、まだ何か残っていたことに辟易とする。

 

「……とりあえず、不知火のところに行こうか」

 

 聞いた話ではまだ目覚めることはないだろうということだ。急ぐ必要はないだろう。

 ゆっくりと、そう、ゆっくりと進めばいい。

 何かから逃げるように、視線を窓に移す。

 

 ――照り返す波の光が眩しくて、少しだけ、目を瞑った。


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