美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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002 - 瑞鶴からみた憲兵さん

 柱島第一鎮守府。

 その執務室の中で、ソファーにぐったりと寝転がる艦娘が一人いた。

 8月の暑さに茹だっているわけではない。豪雨のように降り注ぐセミの声が原因でもない。

 私瑞鶴は、かなり気が滅入っていた。

 

「ねー、提督さーん……、どうしても私が迎えに行かなきゃダメ?」

「どーしてもってわけじゃないけど、他の子は遠征行ってたり休みだったりするでしょう? その点今日の秘書艦は瑞鶴ちゃんなんだから、当然っちゃあ当然じゃないかなー」

「それはそうなんだけどぉ……」

 

 かなり気が滅入る。

 どうやら本日をもって、憲兵が一人、柱島第一鎮守府に着任するらしいのだ。

 しかも、それはどうやら男性らしいのだ。

 普段からして喜ぶべきところなのだろうが、如何せんここは鎮守府。艦娘の存在を知るいろいろな場所から、モンスターハウスなどと揶揄されているのは知っている。

 確かに私たちは綺麗ではないかもしれない。でも、みんなと海を守ろうとしている存在に対して投げる言葉ではないと思う。

 だから、滅入る。

 そんな、男性から汚いものを見るような目で見られるのは。

 

「まぁ瑞鶴ちゃんの言いたいことは分かるけどね。私だって朝鏡を見るたびに、だんだん自分が女というかむしろ人ではないのかもと思ってしまうくらいだもの」

「提督さんは飛び切りだしねー」

「瑞鶴ちゃんは休みはいらない、と」

「わー! ごめんなさいー!」

 

 提督、という職業はだんだん人が減ってきている。

 それは、提督になろうとした人であっても、いざ実地研修といった段階で艦娘の真実に触れ、辞めてしまうのだ。

 それが広がってはそもそも提督を目指す人がいなくなるので、大本営からキツく箝口令が敷かれている。

 気持ちは分からないではない。

 だから、結局残るのは艦娘と同じような容姿をした人だけなのだ。

 

「はぁ、やだなー」

「どうせ今までと同じよ。ここまで来て、私と対面して、泣いて懇願して辞めるか、無言で逃走するか、泡吹いて倒れるかよ」

「最後の憲兵さんはびっくりしたよねーあはは」

「私は裁判にかけられそうになったから笑い事じゃないんだよねー」

 

 提督はそれでも苦笑しながら言うが、確かにあれは笑い事ではなかった。

 お腹の虫が騒ぎ始めたのでちらりと時計を見ると、そろそろ11時になろうかというところ。お腹の虫には少し待てと指示を出し、そういえばと思い出す。

 

「提督さん、例の人っていつくらいに来るんだっけ?」

「あっと、ちょっと待ってね、期待が無さすぎて蔑ろにしすぎたわ。資料どこやったっけ……」

 

 わりとずぼらなこの提督の事が、瑞鶴はなかなかに好ましく思っていた。

 外面にとらわれず、内面を見てコミュニケーションを取ろうとするスタンスが、艦娘を扱う提督という職業に見事にマッチしていたのだ。

 逆に言えば、それが出来ない人間の多さが、提督という職業が過疎化している原因ともいえる。

 

「あ、見つけたよー。ん、ん? あ、もう来るわたぶん」

「え」

 

 と、その時、執務室内の内線が鳴った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 全速力だ。

 私はそんなに速い艦ではないけれど、それでも全速力で正面の門へ向かう。

 あの内線は守衛さんからのもので、憲兵さんが来たから案内をお願いしたい旨の連絡だった。

 思わず提督さんを睨みつけるも、てへぺろで返されたので一発殴っておいた。

 

「遅くなり申し訳ございません!」

「ああ、いや全く構わないよ。こちらも正確な到着時間は伝えていなかったしね」

 

 流れる汗を拭いながら、憲兵さんを見る。

 待たせてしまったにもかかわらず、その人はゆるく微笑みを浮かべていた。

 その姿に心臓が止まるかと思った。

 もう何年もそんな反応をされたことが無かったからだ。

 

「あっ」

 

 しかしそれよりも、重大なミスを犯している事に気が付いた。

 マスクを……忘れてきた……!

 外部の人間と接触がある可能性がある時は、マスクをつけることが慣習としてある。それは艦娘の評判を落とさないためと、会話が成り立つようにとの配慮の為であった。

 ……それなりの数でいるのだ、こちらの顔を見て閉口する人が。

 しかし、憲兵さんはまじまじとこちらを見てきている。自分の顔が赤くなったり青くなったりしているのが分かる。

 今私の顔は、恥ずかしいやら申し訳ないやらでとんでもない形相になっているだろう。

 しかし、そんなことも憲兵さんの顔を見た瞬間に吹き飛んでしまった。

 

「……かっこいいかも」

 

 飛び切りかっこいいというわけではない。

 でも、私に笑いかけてくれた笑顔が本当に優しくて素敵で、自分の提督と出会った時のように全身に鳥肌が立つような感覚を得た。

 

「ん? 何か言った?」

「はっ!? いえ、何でもありません! ご案内させていただきます!」

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 そう言って、私は執務室まで案内をするために歩き出した。

 私達艦娘というのは、提督という存在に影響される点がある。本能的な部分なのだが、どうしても上官の様な親の様な、そういった印象を持つのだ。それは自分の提督だと顕著に表れるものだが、憲兵さんにも少しそんな感覚があった。もしかしたら提督としての素質があるのかもしれない。

 それにしても、こんな容姿の私に少しも嫌な顔を見せないこの人は、天使か何かなのだろうか。

 

「遅くなったが、初めまして。自分は憲兵の小林という者だが、貴女は?」

「あ、申しわけありません! 私は翔鶴型二番艦、正規空母の瑞鶴と申します、よろしくお願いします!」

「瑞鶴だね、どうぞよろしく」

 

 しかし、そこまで考えて、どこか卑屈な自分の感情が顔を出した。

 もしかして、ただ私を憐れんでいるだけなのではないだろうか。

 今までの人はすべからく嫌悪感を表情に出していたが、ただ単にポーカーフェイスが上手いだけで、心の中ではもしかして、

 

「……あの、小林さん」

「ん? なんだい?」

「小林さんは、なぜ私を見て笑うんです? 馬鹿にしてるんですか?」

 

 言ってはいけないことを言ってしまった気がした。

 

「え、いや、そんなつもりはないが……。しかし、何か不快になるようなことをしていたのならすまない。直していく努力をしたいのだが、教えてはくれないかな?」

 

 しかし、そんな失礼極まりない事を口にした私に対して、憲兵さんは慌てるような口調で言った。本当に、身に覚えがなく、私に対して親身になってくれているかのように。

 こんな世界で生きるためにせっかく積み上げた心の壁が、ぼろぼろと崩れていくような幻覚が見えた。

 

「何か、言いづらいことかな。もし気に喰わないことがあれば自分に直接言ってもらっても構わないし、君たちの提督に陳情しても構わない。これから関わっていく中で、しこりが残っては問題だか――」

「違うの!」

 

 思わず食い気味に否定した。

 違う、そうじゃない、貴方に不満なんかない。

 まだ全てを信じられるわけではないけれど、少しだけ希望を見てみたい。

 

「小林さんは、あの、私を見てどう思う……?」

 

 私は思わずそう訊ねた。

 小林さんは未だ困惑の中にいるようで、少しだけ首を傾げながら答えた。

 

「そう、だなぁ。まだ会って数分だから内面について述べることは出来ないけれど、それでも可愛い人だなぁとは思うよ」

 

 ……。

 いや、まだだ。

 

「……もう一つ聞いてもいい?」

 

 どうぞ、とでも言うように目線で促された。

 

「私の顔、醜いと思わないの……?」

「いや、かけらも思わないけれど」

 

 即答されて息が詰まる。

 

「なんでまた?」

「だ、だって、綺麗な人はみんなシミがあって、太った人が多いじゃない。私、そんな体型じゃないし、どこからどう見たってブサイクそのものだもの……」

 

 すると、小林さんの顔が困惑した顔になった。

 少しだけ考え込んで、何やら嫌なことでも思いついてしまったかのように、口端をひくつかせていた。

 そこからの話の展開は早かった。

 

「……ちょっと待って、何かネットが見れるようなものはないか?」

「え、っと、これでいい?」

「変なことをお願いするが、今一番かっこいい俳優は誰だろうか。写真を見せてくれないか?」

「なんでそんなことを……まぁいいわ、ちょっと待って。――はい、どうぞ」

「これが、か」

「ええ、私はあまり好みじゃないけど、最近一番有名な俳優さんよ」

 

 絶句という言葉がよく似合いそうだ。

 なんともいえない顔だけど、見たことがあるような気がした。

 

「んー……」

 

 あ、と思い出した。

 うちの提督さんを見た人のリアクションと一緒なんだ。

 名状しがたく形容しがたい生物を見てしまった時の反応そのものである。

 パニックホラー映画とかと一緒だ。

 

「……そうか、そうだったのか」

 

 小林さんは少し目を伏せて、ちらりと私を見て、もう一度目を閉じた。

 何なのだろうか。もしかして何かやらかしてしまったのだろうか。

 そんなドキドキとは裏腹に、もう一度目を開けて憲兵さんは私を正面からはっきりと見た。

 

「こんなこと初対面の自分が言っても信じられないかもしれないけど、君はそんなに外見を気にしなくてもいいと思うよ。他の人はどうか分からないけど、少なくとも自分の前では無意味だろう」

 

 えっと、つまりどういうこと?

 

「まぁ、気にしなくていいよ。その、容姿だとかそういうのは。自分はどうやら世間一般とは美的感覚がずれているようでね。君を見ても、特段醜いとかあまり感じないようなんだ」

 

 一瞬、私は鎮守府の中にいる事を忘れてしまっていた。

 今まで聞こえていたうるさいくらいのセミの声は、いつの間にか聞こえなくなっていて、じめじめした海風は、まるで意味を無くしていた。

 そんなことがあるのだろうか。

 

「ま、とりあえず提督さんに会いに行こうか。先に挨拶してしまわないとね」

 

 その声に感覚が雪崩のように戻って来た。

 未だ混乱真っ最中の私の頭は、その意味を解し、執務室への道を思い出すのに少しかかってしまい、慌てている私を見て笑う小林さんに、また顔を赤くするのだった。

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