美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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020 - 料理をしよう

 私は眠っていた。

 深い眠りではない。浅い、とても浅い眠りだ。

 なんとなく感覚は残っているし、誰かが近づけばすぐに分かる。

 そんな眠れない、夢を見ない日を何日数えたか分からない。

 それでもこの体は丈夫だ。どんな使い方をしても大して壊れはしない。

 

「……」

 

 うっすらと目を開ける。

 隣に誰かがいるのに気が付いた。

 

「あ、おはよう夕立。起こしちゃったね」

 

 そこにいたのは時雨だった。私のお姉ちゃんだ。

 

「おはようっぽいぃ……」

「あはは、眠そうだね。まだお昼だからもう少し寝るといいよ」

「むー…」

 

 眠っているときに誰が近づいてきても分かるが、唯一時雨だけはたまにしか気づけない。

 それはたぶん、私が時雨に心を許しているからだろう。

 

「僕はちょっとこの後用事があるから出るけど、起きるんだったらご飯でも食べてきなよ」

「ぅあぃ」

「なんだいその返事」

 

 くすくすと笑いながら、じゃあねと言って時雨が部屋を出る。

 それをぬぼーっとした頭で見送り、ベッドの上でぐいっと背伸びをする。

 お昼、か。確かに枕元の時計の短針は1の数字を指している。つまり13時過ぎくらいだろうか。

 未だ霞がかった頭で、なんでこんな時間なのかと考える。……確か、今朝夜警から帰ってきて、えっと、その後憲兵さんに会って構ってもらっていたら不知火が来て、……あー、なるほど。

 

「憲兵さん……。置いて行かれちゃった、なぁ……」

 

 もう寝れはしないだろうが、もう一度布団の中へ潜り込む。

 きっと憲兵さんは不知火と大事な話があって、別に私と一緒にいたくなかったというわけではないだろう。それでも、もしかして、という嫌な想像が放してはくれない。あとで、とは言ってくれたが、それが本当なのか信じきることができない。

 それはつまり、憲兵さんを自分が信じ切れていないということなのではないだろうか。

 これで憲兵さんが来なければ、きっともう憲兵さんを信じることが出来なくなるだろう。もし本当に来たとしても、信じられなかった自分への罪悪感に耐えられないかもしれない。

 あんなに憲兵さんは優しくしてくれたのに。

 

「うぅぅ~……、ダメっぽいぃ~……」

 

 嫌な想像ばかりが頭を駆け巡る。

 こういう時はいっそ何もかも忘れて寝るか、身体を思いっきり動かすかして気分を変えなければならない。

 そういえば時雨がご飯でも食べろと言っていた。食堂へ行こう。

 

「なにか……たべるっぽい……」

「お、ちょうどいいな。自分も今からなんだ」

「……む?」

 

 一瞬遅れて声のした方、入口へ顔を向けると、憲兵さんがドアを開けてこちらを覗き込んでいた。その顔のすぐ下に、にやりと笑った時雨の顔があった。

 

「けん、ぺいさん?」

「やあ夕立。朝はすまなかったね。よく考えると自分は君たちの部屋を知らなかったから困ってたんだけど、偶然いた時雨に案内してもらったんだよ」

 

 な、と憲兵さんが下を向いて言うと、ね、と時雨が上を向いて返す。

 仲が大変よさそうで少し嫉妬する。

 

「で、どうだい夕立。一緒に行かないかい?」

「……」

「ゆうだ、おっと」

 

 とすん、という軽い音とともに憲兵さんの胸に収まる。

 さっきまでの嫌な想像が、まだ頭を離れない。ともすれば憲兵さんに見放されるのではないかという変な想像が、どうしても心を不安定にする。

 急に胸に飛び込まれた憲兵さんは少し戸惑っていたが、すぐに抱きしめ返してくれた。とんとんとリズムを刻んで背中を叩かれる振動が心地いい。

 

「憲兵さんって女の子の扱いうまいよね。なに、プレイボーイってやつなの?」

「時雨はどこでそんな言葉覚えてきたんだ……」

「摩耶さんが見てる雑誌に載ってたけど」

「あとで会えたらちょっとオハナシしとこうかな」

「で、どうなの?」

「……自分は憲兵になりたくてずっと努力してきた人間だから、そういうこととは縁がなかったなぁ」

「そうなんだ。……えっと、なんだっけ、それって確か、どう――」

「待て。それも摩耶か」

「そうだね」

「了解した」

「なにを了解されたんだろう……」

 

 頭の上で憲兵さんと時雨が話をしているようだが、知っている人の声が聞こえていることがこんなにも安心を与えるものなのか。さっきまでの黒い靄が晴れていくような気分だった。

 

「憲兵さん!」

「ん? おお、どうした?」

「憲兵さんが作った料理が食べたいっぽい!」

「なんと」

 

 あ、ずるい、と時雨が呟く。

 

「なにか食べたいものでもあるのかい?」

「ハンバーグ!」

「なるほど、今からか……」

 

 少し困った様子の憲兵さんに、しまったと思った。

 あまりにわがままが過ぎると言ってから気付いた。

 

「あ、あの、ごめんなさ――」

「いやなんとかしよう。ただ、流石に今からでは遅くなってしまうから、今晩でいいかい? お昼はお昼でまた別のものを用意しよう」

 

 それはつまり、昼も夜も憲兵さんの料理が食べれるってこと?

 ぽん、と頭の上に手がのせられた。それだけでなにもかもどうでもよくなってしまう。

 

「時雨も食べていくか?」

「僕? 食べたいけど……うーん……、うん、お昼だけ食べようかな。この後提督と会議予定だったから、提督にもうちょっと後でもいいか聞いてくるよ。先に行っててほしい……っていうか、どこで作るんだい?」

「んー、自分の部屋でもいいけど、ちょっと急ぐから食堂を貸してもらおうかな」

「了解。じゃあね後で」

 

 そういうと時雨はさっさと部屋を出ていってしまった。

 ふむ。

 

「いくか、夕立」

「うん!」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 というわけで憲兵'sキッチンへようこそ。

 夕立と時雨になにか昼飯を、ということで食堂へ来て冷蔵庫を見ていたが、ある問題が発生した。食材はいっぱいある。が、なんか人もいっぱい来た。

 自分と夕立と時雨は当然として、立花提督もいる。それと金剛と瑞鶴と響と、あと誰だ。望月もいるな。朝潮もいるし霞もいる。驚いたのは、大和と大鳳もいることだ。この二人がそろうと、ある意味圧巻である。資材がマッハで消えそう。

 海外艦勢として、イタリアとローマ、それとプリンツ・オイゲンがいる。

 いやはやなんとも。

 

「こんな人数を自分一人で……?」

「あの、手伝いましょうか?」

 

 そう願い出てくれたのは、ここの主である鳳翔さん。

 だがしかし、たぶんこれは自分の料理を食べたくて集まってくれた方々であろう。つまり徹頭徹尾自分が作らなければ意味がない。

 なるほど、やってやろうではないか。

 

「ありがとう鳳翔さん。けど、ここは自分に任せてくれ」

 

 そう言った自分に対し、鳳翔さんの瞳がぐりっとこちらを見る。こわい。

 

「さん?」

「えっ」

「“さん”?」

「えっ」

「なぜ、私は鳳翔“さん”なのでしょう?」

「な、んで、だろうね。大人びて見えるからじゃないかな……」

「みんな呼び捨てなのに」

「いやまぁそれはそうかもしれないけど、みんなってわけでもな――」

「私のことは、鳳翔、と呼んでください」

「……いや、でも鳳翔さんは鳳翔さ――」

「ん?」

「――…、ほうしょう」

「はい」

「……よろしく、鳳翔」

「はい」

 

 にこにこ笑ってる。こわい。

 

「憲兵さーん、何作るっぽい?」

 

 夕立が天使のようだ。いや、事実天使だけど。

 

「そうだな、簡単で申し訳ないけど、ペペロンチーノにしようか」

「あら、いいですね。私はあまり洋食は作らないので、良ければ見せてもらっても?」

「鳳翔さ……、鳳翔が見たければまったく構わないよ。参考になるかは分からないけどね」

 

 ペペロンチーノなんて、ニンニクと鷹の爪をオリーブオイルで炒めて、茹でたパスタ入れて塩振れば完成だ。

 ただ不思議なことに、作る人ごとに味の違いが如実に出る料理でもある。

 いやはや……15人前? 今から作るの? みんなお昼ご飯食べたんじゃないの? もう13時半くらいだけど?

 まぁ、そんなこと言ってられないので手早く作る。それこそさっきの通りに作るだけだが。

 とはいえそれだけでは物足りないので、ベーコンも入れようか。うむ、美味しそうな匂いがしてきた。

 あまり自分で料理はする方ではないが、スパゲッティだけは昔から好きで、なんとなく作れる。和風スパゲッティなんかが簡単でしかも美味しくて好きだ。めんつゆは正義。

 

「夕立ー、お皿を用意してくれるかい?」

「分かったっぽいー!」

「時雨は配膳の用意をしてくれ」

「うん、わかったよ」

「私は何をすればいいですか?」

「鳳翔は……なんで鳳翔がここにいるんだ」

 

 気付かなかった。もう席に座って待ってるもんだと。

 

「そうだな……、たぶんほぼ同時に出来上がるから、盛り付けを手伝ってくれないか」

「ええ、喜んで」

 

 そういうと、鳳翔はうきうきしながら夕立からお皿を受け取っていた。やっぱり鳳翔は何か料理に携わっている方が落ち着くのかもしれない。

 

 とりあえずはまぁみんなに食べてもらったのだけど、おおかた気に入ってもらえたようで良かった。大和が案外小食だったのと、大鳳が案外大食漢だったのには驚いた。

 他の子たちは美味しそうに食べていたが、イタリアとローマはやはり本場の娘だからか気になるところがあったようで、いろいろとアドバイスをもらった。一応美味しいとは言ってくれたが、自分もまだまだのようだ。

 

「どうだ夕立」

「おいしい!」

 

 おお、夕立があの語尾をつけずにしゃべるとは。これはかなり嬉しいな。

 

「あんまり急いで食べるんじゃないぞ。喉に詰まらせるからな」

「もぐ。もぐもぐもぐ」

「……変なタイミングで話しかけて悪かった。落ち着いて食べるといい」

 

 そんな会話をしていると、となりで黙々と食べていた望月が、気怠そうに口を開いた。

 

「なんかあれだよね」

「ん? どうかしたか?」

「なんか親子みたいだよね、二人見てると」

 

 ほう、親子か。

 ちらりと夕立を見る。視線に気づいたのか、食べる手を止めこちらにきょとんとした目を向けた。

 その、なんとも小動物的な振る舞いに、自然と笑みが漏れる。

 

「そうだなぁ、こんな可愛い娘がいたら毎日幸せだろうなぁ」

「おおう、案外やぶさかじゃないカンジ?」

「そうだね、年中見ていても飽きはしないだろうさ」

「ふぅん、本当に憲兵さんは普通の人の感覚じゃないんだねぇ」

 

 ……ああ、そういえばこんな可愛い子でも一般的には醜いとされているのか。そもそも『普通の人の感覚』なんて存在しない幻想のものだし、だからどうしたという話だ。

 

「念のため言っておくが、自分は望月のことも可愛いと思っているよ」

「……あー、なるほど。これかぁ」

「どうした?」

「いや……なんでもない。あたしも案外ちょろいのかもしれないなーって」

 

 なにがだろう、ほめられて嬉しいってことだろうか。

 

「でもあれだぞ憲兵さん」

「ん?」

「あんまりそういうこと言いふらしたらダメだぞ」

「なんでさ」

「なんでって……」

 

 望月が視線を自分から、その後ろに向ける。背後に何かいるのだろうか。

 

「まあ後ろの子に嫉妬されるってのもあるけどね。じゃ、頑張ってね。ごはんありがと、おいしかったよ」

 

 そう言うと望月はテーブルから離れ、そのまま食堂を後にした。

 ふむ、なるほど。

 

「むー!」

「やあ夕立。なんだどうしたそんな恐い目をしてなにかあったのか痛い痛い痛い」

 

 つねられた脇腹が激痛を訴えている。

 

「ほら、もう食べないならごちそうさましなさい」

「おかわり!」

「まだ食べるのか……」

 

 これたぶん自分の分はなくなるんだろうな。

 

 ――そうして突発的な大人数での食事会はつつがなく終わり、その晩に夕立に晩御飯も自分の部屋で作り、食べてもらった。

 問題が起こったのはその後だった。

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