美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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021 - 嵐の中で君を呼ぶ

「……雨、か」

 

 雨が降っていた。

 それも、少しくらいの雨ではなく、土砂降りという表現がまさしくそうであるほどの雨だ。しかもそれだけではなく、雷を伴った雨だ。1分に1回は落ちているような気がする。

 当然ではあるがすでに日は暮れ、窓の外はとっぷりと闇が広がっている。この守衛室から鎮守府の明かりは当然見えるが、しかし雨のせいでそれすらおぼろげだ。

 

「台風かな……。でもそんな予報だったかなぁ」

 

 朝の天気予報では確かに午後から崩れるという話ではあったが、ここまで暴風雨になるとは聞いていない。洗濯物は昼のうちに取り込んでいるからいいものの、この嵐では明日の朝は大掃除になるかもしれない。

 ちなみに鎮守府側には洗濯機も乾燥機もあるが、こっちにはない。なんとなく一緒のところで洗濯するのは気が引けたため、居室で自ら洗濯をしている次第だ。乾燥機は当然のように用意されていない。

 さらにいえばここにあるのはなぜか全自動洗濯機ではなく、二層式洗濯機であったりする。全自動よりちょっと面倒な代物だ。

 

「まぁそんなことはいいとして、こっちをどうするか、だよなぁ」

 

 現実逃避を一通り始末してから視線を窓の外から部屋の中、それも自室のベッドに移す。

 掛け布団の小山が出来ていた。

 

「……おおい、夕立。大丈夫か?」

「うえええぇぇぇぇ……」

 

 声だけだと吐いているように聞こえ、急いで近づいて布団を少しだけ剥がすと、中には顔面蒼白涙目の夕立がいた。吐いてはいない様だ。

 のそりと手が動き、捲った布団をひっぱりそのまま元の小山の形に戻った。

 どうやら夕立は雨が、というか嵐とか雷が苦手らしかった。

 

「少し待っていてくれ」

 

 そういうと、居室に予め置かれている電話の受話器を取る。

 

「えっと、提督の内線番号は、っと」

 

 脇に置かれている内線番号一覧から立花提督のものを探し、電話を掛ける。2コール程ですぐ反応があった。

 

『はい立花です。どうしたのー?』

「お疲れ様、小林です。ちょっと聞きたいことがあってね」

 

 そうして、現状と夕立のことを伝える。すると、立花提督は、なるほど、と少し低い声になった。

 

『小林さん。もし可能なら夕立ちゃんを今日だけ泊めてあげられないかな』

「……ふむ、なるほど。理由を聞かせてもらってもいいかな」

『もちろん』

 

 そして聞かされた話は、ちょっと嵐にトラウマがあるという話だった。詳しくは話せないとのことだったが、どうやらこの鎮守府へ来る前に何かあったらしい。

 立花提督は立場上詳しい内容は知っているが、それも表面的な書類上のものであって、夕立の口から聞いたことはないそうだ。

 

『正直聞くのが怖いというのもあることは否定出来ないね。情けないけど。それに、聞くことでトラウマが再発して、また心を閉ざしてしまうことが怖い』

 

 そう言った立花提督の声は、震えていた。

 

『本当にさ、小林さんが来る前の鎮守府って、表面上はみんな明るくて仲良しなんだけど……どこか遠慮してたっていうか……。誰だって自分の中にある暗い部分って見せたくないし聞かれたくもないじゃない? それが凄く顕著でね』

 

 それは確かにそうなんだろう。

 友人関係は、決して自分の中にあるものを全て見せなければ成立しないなんてことはないけれど、でも人によってはそれが壁だと感じる人もいるだろう。

 こんな世界だ。知られたくない過去は、きっと山ほどある。夕立にだってあるだろうし、時雨にだってあるだろうし、金剛だって北上だって瑞鶴だって、立花提督にだってあるだろう。

 

『でも、小林さんが来てから鎮守府の雰囲気は変わった。心からの笑顔が増えた。そして、夕立ちゃんはきっと小林さんに心を開きかけてる。とても酷いことを言うけれど、これはチャンスだと思うの』

「……分かった。時雨はどうしてる?」

『運の悪いことに、今日は夜間哨戒任務に出てるんだよね。いつもなら部屋で夕立ちゃんといてもらうんだけど、こんな急な嵐だったから変更出来なくてね』

「それなら仕方ないな。……だが、もう一つ問題がある」

 

 そう、避けては通れない大きな問題が。

 

『……問題? どうしたの?』

「あのね、立花提督」

『うん』

 

 立花提督の声色により真剣みが帯びる。

 

「自分は、男だ」

『……うん。………うん?』

 

 ものすごくマヌケな声が出た。

 

「当然自分にそんな気持ちはないが、男女同じ屋根の下で一泊となると、夕立の世間体も悪くなるんじゃないか?」

『……あー、なるほどねぇ、そうきたか……』

 

 電話口で立花提督が長考に入る。そんな変なことを言ったか自分。確かに小動物的な少女だが、大の大人と二人っきりで一泊は問題だろう。

 さらに言えば、少女、というところがなおさらだ。見た目的には中学生、もしくは高校生くらいの女の子だ。警察を呼ばれてもおかしくない事案だろうこれは。自分はロリコンじゃねぇ。小さい女の子が可愛いと思うこと自体は認めるが、ペドみは感じねぇ。

 電話口で服の擦れる音が聞こえた。長考が終わったのだろう。

 

『小林さん』

「はい」

『夕立ちゃんは明日朝から演習だけど、9時からの予定だから通常通りに起きて来てくれたらそれでいいよ』

「待って待って、長考してたんだから考えること放棄しないで」

『今日はそっちで預かってねー。私はたぶん徹夜だからなんともならないし。他も夕立ちゃんを預かれるような子はいないし』

「いや、そもそも男女2人で泊まること自体どうなんだって話なんだが……」

 

 どんどん外堀を埋められている気がしてならない。

 

『小林さんは夕立ちゃんと一緒に寝るのはどうしても嫌?』

「そんなわけないだろう。……その質問は卑怯だぞ」

『ごめんごめん。でも本当に頼める人がいなくてさー。小林さんなら大丈夫だろうし、他のことはこっちに任せてくれたらいいよ。というか、夕立ちゃんの状況はみんなある程度は知ってるし、小林さんのことも知ってるから、想像してるようなことは起きないと思うよ』

 

 それならばいいのだけれど。

 でも確かに夕立をこのまま放置というのも心が痛い。自分よりも頼れる子がいるのなら、それこそ時雨がいてくれたら夕立を任せることもできただろう。

 とはいえ来てそう日にちの経っていない自分でいいのか、というところは気になる。当然ほかの艦娘といた時間の方が圧倒的に長いし、信頼関係もあるだろう。

 ……無理やり納得させるのであれば、信頼関係があるからこそ見せたくない一面がある、と考えられなくはないが……。それでも単純にこの嵐の中、短い距離とはいえ鎮守府まで歩かせるというのもなんだし、ここはこれくらいで折れておく方がいいのだろう。

 

「分かった。だけど、夕立の怯え方が尋常じゃないから、もしかしたら明日は出れないかもしれない。それは考慮してやってくれ」

『それはもちろん』

 

 その後簡単な話だけして、通話は切れた。

 

「ふぅ、仕方ないか。まぁ自分は事情が事情だから構わないんだけど……」

 

 と考えた次の瞬間、足首を掴まれた。

 ビクーンとして下を見ると、布団の塊がいた。たぶん夕立だった。

 

「ゆ、ゆうだち……?」

「おぁいええぇぇぇぇぇ……」

 

 何を言っているか分からない。それでも、必死にズボンの裾を引っ張ってくる。

 ベッドの上から動くことも出来なかったのに、ここまで来た。布団の隙間からわずかに見えた瞳は、すでに決壊していた。

 

「……ごめん、悪かった」

 

 そう言って座り、夕立を抱きしめる。

 夕立も抱きしめ返してきた。縋るように。

 

「ごめん、ごめんな。そばにいてやるべきだったな」

 

 この嵐の中、そばに誰もいないことに耐えられなかったのだろう。自分を求めて、這いずってでもここまで来たのだ。

 夕立の身体は熱く、身体は震えていた。

 さっき話を聞いたところだっただろう。怯え方が尋常じゃない。きっと何かある。

 自分の身体に回された手を見た。いつか見たように、そこには治らない傷があった。

 艦娘は傷を負っても入渠により修復される。だが、夕立の傷は治らない。

 もしかしたら何か関係があるのかもしれないが、それを聞いた瞬間にこの関係が変わってしまうかもしれない。それが良い方向なのか、それとも悪い方向なのか。

 そこまで考えて、ああなるほど、と思った。

 きっと立花提督が思っていたのは、こういう感覚なんだろうな、と。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 雨はやまない。

 やまない雨はないとは言うけれど、今降っている現状がつらいのにいつかやむさとか何を悠長なことを言っているんだ。

 

「……んぅ?」

 

 目が覚めた。変な夢を見ていた気がする。

 頭まで被っていた布団をどけて体を持ち上げると、薄暗く知らない部屋が視界に入った。

 一瞬混乱しかけたが、近くに嗅ぎ慣れた匂いがあることに気付き、再び体をベッドに沈ませて目を閉じる。布団には程よい暖かさが残っており、このまま二度寝できそうだなと寝ぼけた頭で思った。

 ふと無意識に目を開ける。

 憲兵さんが寝ていた。

 

「? ……?? ………!!??!?」

 

 え、なんで!?

 声にならない悲鳴が出たような気がした。なるほど嗅ぎ慣れた匂いというのは憲兵さんのことだったかー。と混乱中の頭の中で変な納得をするが、身体は声も出せないまま、ガッチリと固まったままだ。

 しばらくして息をしていないことに気付き、ぜーはーと生命活動を再開したことで驚きから戻ってきた。

 

「なんで……? なんでこうなってるっぽい……?」

 

 混乱の極致にいながらも、ようやく視覚以外の感覚が戻ってきた。窓の外から聞こえる音。雨の音だ。

 ……私は雨が嫌いだ。昔のことを思い出してしまうから。そして、嵐となるともうだめだ。いつもなら時雨が一緒にいてくれるのだけど、いないのだろうか。

 そう思い、もう一度周りを見渡す。

 やはり室内は薄暗く、まだ夜が明けていないことが分かる。雨はもう強く降ってはおらず、風の音もさほど聞こえない。あたかも台風の過ぎた後の小ぶりの雨のようだ。

 

「のど……かわいたっぽい……」

 

 そっとベッドを降りる。

 振り返って見た憲兵さんの布団は、規則正しく上下を繰り返している。

 

「憲兵さん、よくねてるなぁ」

 

 いつもよりあどけない表情に、少し笑みが漏れる。

 さて、っと。水を飲もう。

 

「うう……暗いっぽい……、水道どこぉ……?」

 

 月明かりのない部屋はほぼ真っ暗で、おぼろげなままで進むしかない。当然明かりはあるが、憲兵さんが寝ているのに点けて回るのも忍びない。

 そこまで広くない部屋であるし、なんとなく場所を覚えていたので一歩一歩といった感じで足を進める。途中何かを蹴っ飛ばしてしまったが、ガラスとかそういう危ないものの音ではなかったので、朝になったら謝ろうと思う。

 

「あ。あった」

 

 ふと、すでに目的地の近くまで来ていたことに気付いた。これでやっとのどの渇きを潤せる。

 しかし問題はまだあった。

 

「……コップどこぉ……?」

 

 水を飲むためのコップが手元になかったのだ。

 ということはおそらく食器棚にあるのだろうが、その位置はいまいち覚えていない。

 これはいわゆる詰んだという状況なのでは……?

 

「夕立?」

 

 ふと電気がついた。

 急な眩しさに痛む目を我慢して振り返ると、憲兵さんがいた。

 

「ふわぁ……。おはよう夕立。流石に早起きが過ぎるんじゃないか?」

「おはようっぽい? のどが渇いたっぽい」

「ん? ああ、水か」

 

 憲兵さんが近寄ってくると、その足でフローリングの床がたしたしとまぬけな音をたてた。そしてそのまま私越しに戸棚を開ける。

 なるほどそこに入っていたのか。

 ほら、と出されたコップを手に取り、水道から水を入れてのどを潤す。

 

「おいしい」

「ただの水道水だけどね」

「なんでおいしいんだろう……」

「のどが渇いていたからじゃないかな……」

 

 趣旨は違うけど沢庵和尚の話みたいだなー、と憲兵さんは言っていたが、意味は分からなかった。

 

「さて、まだ夜明けは遠いが寝直すか?」

「んー、ちょっと起きてるっぽい」

「なら自分もお供しようかな」

 

 憲兵さんは冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。その横に私のコップを置くと、特に何も言うことなく私の分も入れてくれる。

 テーブルの席に着き、おもむろに憲兵さんが口を開いた。

 

「こんな朝早くに目が覚めるのは久しぶりだなぁ」

「いつも憲兵さん早起きっぽい」

「とはいえまだ日も昇らない未明だからね。訓練校時代にその一環として起きていたことはあるけど、ここへ来てからはなかなかないね」

 

 ところで、と憲兵さんが話を区切った。

 

「夕立、その、大丈夫なのか?」

「え、なにがっぽい?」

「いや、……嵐に酷く怯えていただろう」

 

 そういえば、と思い出す。

 いまいちよく覚えていないが、憲兵さんの晩ごはんを食べに来たはずだ。そこで突然嵐が来て、……あとはあまり記憶がない。なにやら恥ずかしいことをしたり言ったりした気もするが、覚えてないのでなんともできない。

 

「……今は大丈夫っぽい」

「そうか……。ならいいんだけど」

 

 ふぅ、と憲兵さんは息をついた。

 ――なんで何も聞かないんだろう。

 いつも嵐の日は記憶が曖昧になる。ただ、強い恐怖だけを鮮烈に残して。

 あまり言いたくないことだけれど、憲兵さんになら少し話してもいいかなと思う。

 

「私ね、前の鎮守府で時雨を殺しかけたの」

 

 憲兵さんが息をのむのが分かった。

 

「そのころ私は解体されかかっていて、ほら、こんな醜い見た目だし、しかたないっぽい。……しかもほかの子たちより私は性能が良くなくて、作戦に参加して被弾しても補給とかあんまりされなくて。でも艦娘の数が少ない鎮守府だったから、それでも出撃させられて」

 

 手元のコップを傾けると、麦茶も一緒に揺れた。

 

「そんなことを続けられたのも、隣に時雨がいたからっぽい」

 

 時雨。私のお姉ちゃん。

 

「ずっとつらかった。でも、時雨やほかのみんながいたから頑張れた」

 

 時雨だけじゃない。みんなで生き残ろうって、いつも話してた。

 

「でも、ある嵐の夜に強行しなきゃならない作戦があって、私たちはそれに出撃した。輸送船団を撃沈させるだけの作戦だった。でも、深部で出て来たのは姫級だったの」

「姫級だと?」

「……あの日は本当に酷い嵐で、電探も信用できないくらいだったっぽい。お互いを見失わないようにすることで精いっぱい。しかも、姫級相手に引いたらみんな沈む」

 

 こんな時、憲兵さんだったらどうする?

 そんな意地悪な質問に、憲兵さんは目を伏せて口を開いた。

 

「救助要請を出し、砲撃で牽制しながらの撤退戦」

「それが叶わなければ?」

「姫級相手に撤退すらできない状況であれば、……陽動作戦というのも案としてはある」

「たとえばどんな作戦っぽい?」

「……言いたくない」

「教えて」

 

 憲兵さんは目を開き、私と視線を合わせた。

 ――初めて見る、酷く寒気のする目をしていた。

 

「……嵐で前が見えないというのであれば、それは敵も同じだろう。誰かが単騎で敵中央に突っ込み攪乱する。おそらくそれだけで敵はこちらを見失うから、その間に全力で逃げれば隊全体としての生存率は上がる」

「そうだよね。もし単騎で行かせるなら、どういう艦娘が選ばれるっぽい?」

「……敵が味方の隊を見失うまで時間を稼げるやつ。具体的には、できれば回避率が高く、高速艦で、それなりに火力が高いやつ。もっというなら錬度が低く、あまり補給をしていない、すげ替えのきく、ロスの少ないやつ」

「憲兵さん、それ120点っぽい」

「言うな……だから自分は提督には向かない性格なんだよ……。それにこれは陽動作戦とはいうが、囮というかただの生贄だ」

 

 憲兵さんはテーブルに突っ伏してしまった。酷いことを聞いてしまった。

 

「ま、その単騎が私だったっぽい」

「だろうと思ったよ……」

 

 本当は憲兵さんが言った通り、最初は撤退戦だった。

 だけど敵の方が速く、このままでは追いつかれると思い、独断で突撃した。

 

「そこからはほとんど覚えていないんだけどね」

 

 気が付いたら夜は明け、それでもなお降りしきる雨の中、手が真っ赤だったことは覚えている。

 そして、救援部隊とともに引き返してきた時雨たちに、砲口を向けた。

 

「その時の私は錯乱してて、敵と誤認した時雨に砲弾を当てて、一撃で大破させてしまったっぽい」

 

 覚えてないのでそこらへんは時雨から聞いた話だけれど。

 

「だからなのかな、何時まで経ってもその時の傷が消えないんだ」

 

 自分の掌をみる。

 何度入渠しても消えることの無い傷があった。きっとこれは罰なんだろう。

 

「……なるほどな。それで嵐もトラウマになっていると」

「や、どうなのかな……分かんないっぽい」

「ん?」

「実際ホントに覚えてないから、何があったかは分からないっぽい。でも、……嵐の日はとっても恐くなる」

 

 きっと嵐の中で戦い続けたことと、時雨に砲口を向けてしまったことがトラウマなのだろう。思い出せないのはきっとそういうこと。

 大丈夫だよと、こうして生きてるし問題はないねと、いつか時雨は言ってくれた。

 

「どうやって朝まで戦い続けることができたかも覚えていないんだろう?」

「そうっぽい」

「そっか。……まあ、生きていてくれて良かったよ」

 

 何気ないその言葉が、すごくうれしい。

 

「きっと昨晩は時雨も心配してただろうね。朝一番に連絡してあげないと」

「そうだね! 時雨のために朝ごはん作るっぽい!」

「おっと、まだ4時過ぎだぞ」

 

 気合を入れて、力強く立ち上がる。

 

「サンドイッチを作るっぽい!」

「あ、こっちの話聞いてくれない感じかぁ」

 

 憲兵さんが何か言いながらも、パンあったかなぁと席を立って棚を見に行く。

 その背中に向けて全力ダイブをかました。

 

「うおっと、なんだ夕立?」

「なんでもなーい、っぽい!」

 

 憲兵さんの背中が好きだ。大きな温かいこの背中が大好きだ。

 そういえばこんな時間にこれだけ元気が出たのは憲兵さんのおかげだろう。嵐のせいで昨晩の記憶はほとんどないけど、よく眠れたからかもしれない。

 

「ん?」

 

 ふと気付く。

 よく眠れたのか、私は。

 今までどんなに眠っても浅い眠りしか出来ず、時雨以外が来たらすぐに目が覚めてしまうほど神経質だったのに。

 なんだろう、今ならなんだって出来そうな気がする。

 

「憲兵さん!」

「なんだ?」

「よく眠れたっぽい!」

「この時間にそれだけ元気だったらよく眠れたんだろうなぁ」

「睡眠大事!」

「それはほんとにそう」

 

 きっと憲兵さんは何のことか分からないだろう。その言葉に込められた意味も、その感謝も。

 でもいいかな。言ってしまうのも少し恥ずかしいし。

 

「とりあえずゆで卵作るか……」

 

 そう言って憲兵さんは冷蔵庫から卵を取り出す。

 

「ゆで卵にケチャップ!」

「嘘だろ……?」

「言ってみただけっぽい!」

「なんで……?」

 

 戦慄している憲兵さんの顔も、なんだかかわいく見えてくる。

 

「えへへぇ」

「……ご機嫌だな夕立」

「憲兵さん!」

「んー?」

「大好き!」




どうも。
ちょっとだけ長くなりました。

さて、次は今回と前回の話関係で短めの小話をいくつかまとめて、その次はたぶん北上さんとまったりする予定です。
わりとすぐ投稿できると思います。

ではでは。
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