美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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今回は話の流れで入れられなかったものを少しだけ。
主に前回と前々回、つまりは夕立回の小話です。


022 - それでも届く声

■食堂にて「イタリア勢を怒らせる一番簡単な方法」(020 - 料理をしよう)

 

「さて、パスタを茹でるのですが」

 

 ちょっと大きめの声を出す。

 

「まず最初に食べやすいようにパスタを二つに折ります」

「ちょっと」

「待って」

 

 折ろうとした手を、瞬間移動でもしてきたかのように現れた2人の手で両側から抑えられる。

 

「やあ、どうしたんだい」

「それは……それだけはだめでしょう……!」

「そんなことしたら戦争よ……!」

 

 いやいやもちろん冗談だけれども、こうすればイタリア人がキレるという噂は本当らしい。

 

「冗談だよイタリア、それと……ナポリ?」

「ローマよ!!」

 

 気の強いローマはツッコミが激しくて楽しいなぁ。

 

「冗談だ」

「あの、パスタ折ったりしませんよね? 大丈夫ですよね?」

「もちろんだとも。パスタを折るやつは腕折ってもいいって昔から決まっているからね」

「そこまでは言ってませんけど……!」

 

 イタリアの下から突き上げるようなツッコミも好きだわ。

 

「さて、本当に冗談だから座って待ってなよ。最高の食事とはいかないまでも、それなりの料理は保証するよ」

「本当ですか……?」

「信用ならないわね」

「まぁそこまでいうならここで見ていてもいいけれど」

 

 うーん、と少し迷った二人だが、大人しく席へと帰っていった。

 さて、普通に作るか。

 

 

 

■憲兵居室にて「憲兵さんの眠れない夜」(021 - 嵐の中で君を呼ぶ)

 

 夕立に抱き着かれたままというのも心臓に悪いので、とりあえず部屋の電気を消しつつベッドまで移動することにした。

 

「ほら夕立、もう布団にくるまって寝てしまった方がいいよ」

「……けんぺいさんも」

「え」

「ううぅぅぅぅ………」

 

 夕立が抱き着いたまま離れない。着替えも何もしていないから、このまま寝るというのもちょっと憚れるというか。

 とはいえ、じゃあこのメンタルが逝ってる夕立をこのままここに放置していいのかと言ったら、あらゆるものが次元を超えて自分を抹殺に来そうではある。

 

「分かった、今日は一緒にいてやるから。夕立が眠るまでここにいるよ」

「……」

 

 夕立がしゃべらなくなってしまった。

 しかし、抱き着いたままでいるため、横にはなっていない。想像としては、眠る夕立のベッドに腰掛けるか、もしくはベッドを背に床に座るかして、夕立の手を握っている、みたいなことになると思っていたのだが、どうやらそうはならないらしい。

 現状ベッドに腰掛けた自分に、ベッドの上で女の子座りをしている夕立に抱き着かれている状態だ。はたしてここから想像する状況に持っていくことができるのか。

 一番やばいのは、このまま一緒に横になって寝ようと言い出すことだ。それだけは回避せねばならぬ。

 

「一緒に」

「ん?」

「同衾」

「難しい言葉知ってるね君……」

 

 一瞬でフラグは回収したわけだが、少し考え、夕立を一人にしてしまうことが一番回避せねばならぬことかもしれないと思い直した。

 ある意味ものすごい葛藤の末の決断だった。

 

「……分かった。一緒に寝ようか」

「……」

 

 ベッドの上に寝転ぶと、そのまま夕立も付いて横になる。

 夏場で暑いからと冷房をつけっぱなしにしていたが、今さらリモコンを取りにテーブルには行けない。風邪をひかないように、夕立のかぶっていた布団の一部を少しだけ拝借し、身体にかける。

 うわ、いい匂いする。

 現在時刻午後9時。そうして眠れぬ夜が始まった。

 ちなみにようやく眠れたのが午前1時。夕立が起きた物音で起きたのが午前4時のことであった。

 

 

 

■憲兵居室にて「脳みそ稼働率1%の代償」(021 - 嵐の中で君を呼ぶ)

 

『憲兵さん!』

『んー?』

『大好き!』

 

 ……いわゆるライクの方だと解釈すべきだな、これは。

 午前5時。

 

「夕立、昨日はお風呂に入れなかったが、どうせなら朝風呂にでも行ってきたらどうだ?」

「んぅ? 確かに体がべたべたして気持ち悪いっぽい……、シャワー借りるね!」

「えっ」

 

 がちゃん、ばたん。

 そんな音とともに、夕立が風呂場へと消える。

 確認しよう。ここは自分の居室、自分の部屋。消えていったのは風呂場。

 違うじゃん? 入渠施設に風呂あるじゃん? そっち使うと思うじゃん?

 ……ふむ、これ以上何も考えてはいけない。脳みその稼働率を1%以下に抑えるのだ。

 

「そうだ、洗濯をしよう」

 

 そう考え、シャワーの音が聞こえ始めたのを確認してから洗面所へ入る。

 

「夕立ー、服は洗濯してもいいのか?」

「いいよー、ありがとうっぽいー」

 

 独特の反響音とともに中から返事が返ってくる。

 よし、と気合を入れつつ洗濯かごを持ち上げ、中に入っていた服を洗濯機に入れる。その瞬間、はらりと舞い散る白ひとつ。

 なんだろうと持ち上げると、それはたぶん、夕立が、着ていた、下着――

 ゴスッ。

 

「え、け、憲兵さん? どうかしたっぽい?」

 

 浴室で響いていたシャワーの水音が途切れ、夕立の声が聞こえてきた。

 

「……いや、なんでもない。驚かせてすまなかったね」

「うん……?」

 

 夕立は納得はしていないようだが、とりあえずシャワーを優先してくれたようで、再び背後から水音が響いてきた。

 ついでに、足元にぴちゃりと赤い水滴。どうやら頭を思いっきり柱にぶつけたときに切れたようだ。額から頬を伝い、顎先から滴り落ちている。

 そんなことはどうでもいい。

 

「――おいおいおい、今お前何を考えた?」

 

 次なんか考えたらビンタすんぞ。

 とりあえず先に全部洗濯機に入れて回してしまおう。水は先に入れてあるので、洗剤を入れて回すだけだ。

 その間に床を掃除し、顔も洗う。やはり頭が少しだけ切れていたようで、水をかぶると鋭い痛みが走った。

 頭の傷は大きなものでなくても出血が酷くなることが多い。適当にティッシュで押さえて止血する。というか、あまりに動揺しすぎだろう自分。やってることがあまりにマヌケだ。普通にアホだ。

 洗濯、すすぎ、柔軟剤、と全てやって、脱水してから籠に入れ、それごと外に持っていく。

 

「夕立ー、洗濯物裏に干してくるから」

「はーい。……え?」

 

 何か聞こえたが、とりあえず気のせいかと思い、裏に行く。行ってから気付いたが、まだ普通に雨が降ってるから干せないわこれ。

 仕方なしに部屋干しするかと服を全て室内物干しにかける。昨晩からずっとついていた冷房は、今はドライにしている。一瞬夕立の白いナニカの干し方に迷ったが、適当に吊るしておいた。

 さて、と戻ると、洗面所から夕立の顔が覗いていた。

 びくり、と自分の足が止まる。

 

「干したっぽい?」

「雨降ってたから部屋干しだけど」

「乾いてないっぽい?」

「そりゃあ、脱水しただけだからな」

「着替え……」

「おっとぉ」

 

 あ、そっかー。そりゃそうだよね。着替えなんか持って来てるわけないし、洗ったらそれ着れるわけないよね。

 あ、なるほどわかったぞ。普通鎮守府側には乾燥機も付いてるから、最悪着替えが無くても洗濯乾燥までやってしまえるのか。だから夕立もその感覚でシャワーを浴びたし洗濯してもいいと言ったわけか。

 なるほどなるほど。

 脳みそ1%の代償をここで支払ったわけだな。

 

「どうしようか」

「とりあえずバスタオルは借りたから出るっぽいー」

 

 そういうと、夕立が洗面所から出てきた。体にバスタオルを巻いて。

 案外大き――、いや、いやいや待ってくれ。

 再び脳みその稼働率を下げなければ。

 

「……髪、乾かしてやろうか?」

「いいの? やった」

 

 夕立が嬉しそうに笑い、近くの椅子に座る。天使かよ。

 使ってはいなかったが一応ドライヤーはある。コンセントに差して、新しいタオルを持ってくる。

 ある程度タオルドライは済んでいるが、念のため再度タオルでわしゃわしゃと髪から水分を抜く。その後でドライヤーで根元から温風をあてて乾かしていく。

 ……なんだこの髪の毛。すんごい綺麗なんだけど。

 世の女性たちがどれだけ苦労しても手に入らない美貌がそこにあった。まるで精巧な人形のようだ。人間味が無い、といえばいいのだろうか。

 ……まあおそらくそれをこの世界の艦娘に言ったところで、貶されていると思われそうではあるが。そもそも美貌は醜悪と言い換えられるだろうし、人形というのも物だと思われている現状の艦娘からしたら皮肉でしかないだろう。

 なんともはや。褒めにくい世界だ。

 

「はい、終わったぞ」

「んにゃー」

 

 天使かよ。

 ちなみに、髪の毛の外はねをストレートにしてみようとこっそり試してみたが、どうやらそうはならないようだ。

 ドライも済んだことだし、鼻歌交じりでご機嫌な夕立の髪の毛を梳いてやる。

 だが、わりとそういうまったりした時間に、アクシデントというのはやってくるものである。

 

「夕立!」

 

 部屋の扉を物凄い勢いで開けて登場したのは、夕立のお姉ちゃんだった。

 

「あ、時雨! おはようっぽい!」

「え、あ、うん、おはよう……え、どういう状況?」

 

 いやまぁ自分の妹がバスタオル一枚で男に髪の毛を梳かせている状況って、なんなんだろうね。

 

「シャワー浴びたっぽい!」

「なぜ……?」

「着替えがなかったっぽい!」

「どうして……?」

「で、髪を乾かしてもらってたっぽい!」

「どういうことなの……?」

 

 時雨の頭にはハテナが飛び交っているんだろう。なんとなく幻視できる。

 

「あと憲兵さんと一緒に寝たっぽい」

「憲兵さん。説明」

「あ、はい」

 

 説明した。

 

 

 

■憲兵居室にて「それでも届く声」(021 - 嵐の中で君を呼ぶ)

 

「最初は焦ってたんだけどね、そのうちなんか大丈夫な気がしてさ」

 

 時雨は夕立が作ったサンドイッチを食べながらそう語った。

 今は色々と落ち着いて、テーブルの席について夕立と共にコーヒーを飲んでいる。その夕立も先ほど時雨が着替えを持ってきたため、今は狼のパーカーを着て、下はホットパンツだ。おそらくこれが普段着なのだろう。

 

「大丈夫って……なにが大丈夫なんだい?」

「急な嵐だったじゃない? いつもは僕が一緒にいるけど、夕立が独りになるっていうのはすごく心配でね。でも、なんか途中から焦りがなくなってきて、あ、これ大丈夫だなって」

 

 結局何が言いたいのかは分からなかったが、きっと姉妹でなにか繋がった糸みたいなものがあるのだろう。

 それはきっと、絆のようなもので。

 

「あ、それ私も感じたっぽい!」

 

 夕立が狼の手を挙げる。どうしてもその恰好は緊張感が無いな。

 

「私もずっと怖かったんだけど、なんか途中で時雨の声が聞こえた気がして、それで安心して眠っちゃったっぽい。憲兵さんも一緒に寝てくれたしね!」

 

 それについては苦笑するしかないが、時雨はちょっと驚いているみたいだった。

 

「夕立、眠れたんだ」

「ぐっすり!」

「そっか……」

 

 よかったね、と呟きながら時雨は笑った。

 

「さすが憲兵さんだよね」

「いや、自分は何もしていないさ。何も出来なかったよ」

「そう思っているのは自分だけさ」

 

 しかし、大丈夫と思った割に急いで部屋に駆け込んできたな。

 そう尋ねると、やはりそれでも当然心配は晴れるものではないし、急いで来たとのこと。ま、それもそうか。

 

「でもなんだか不思議だよね、僕は初めてだよこんなの」

「そうだねー。私もはじめてっぽいー」

 

 まあなかなかある話ではないだろう。シックスセンスというかセブンセンシズというか、いわゆる虫の知らせのようなものは超常なものだからだ。常識では測れない何かがあるのだろう。

 それでも、そういうものが存在する以上、やはりなにか超常な、自分たちの目には見えないチカラというものが存在する。

 嵐の中でも、それでも届く声。

 きっと世界は、素敵な奇跡であふれている。

 

「いつか憲兵さんとも、そんな関係になりたいっぽいー」

「ああ、そうだな。……そうだな?」

 

 なんだかおかしな発言だったような気がして夕立を見たが、特に深い意味で言ったわけではなさそうに、きょとんとしていた。時雨はにやにやしていたが。

 まあそれはそれで。

 

 すでに雨は止み、蝉はうるさくなってきたし、気温もどんどん上がっていくだろう。特に今日は台風一過のような晴れ晴れとした天気になりそうだ。入道雲が空をのぼり、あるいはどこかで局地的に雨になるかもしれない。

 

 ――つまりはそう、今日もまた、平和な良い一日になりそうだ。




「イタリア勢を怒らせる一番簡単な方法」
 本来私はシリアスよりもこうした会話劇が好きです。

「憲兵さんの眠れない夜」
 前回では一緒に寝た経緯を入れられなかったので、こういう形で入れさせていただきました。前回、睡眠が大事と言っていたのはこういうことがあったため。

「脳みそ稼働率1%の代償」
 随分前に中身だけ書いていて、どこかで入れられないかと機をうかがっていた話ですが、流石にシリアスの中にこれを突っ込めなかった。

「それでも届く声」
 上の続きの話。夕立の狼パーカーは、ハロウィングラのパーカーバージョンを想像してます。くっそ可愛い。でももしかしたら狼じゃなくて犬かもしれない。


 次は北上と九マイル的な話をする予定です。
 ではでは。

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