美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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023 - これで晴れても大丈夫(前編)

「けーんぺーさぁん」

「……どうかしたか、北上」

 

 とある昼下がり、ここのところ旧守衛室、現憲兵居室にちょくちょく来るようになった北上が、テーブルの上に腕と顎を乗せてスライム化していた。

 太陽は雲に隠れ、湿気がまとわりつくようでまるで水の中を歩いているようだった。

 さすがにこの猛暑には艦娘もぐったりしているようで、鎮守府内を移動する子たちはみな沈鬱な雰囲気を醸し出している。特に瑞鶴がそうだが、金剛なんかもぐったりしているように見える。おそらく秘書艦なりの何か別に仕事があるのだろう。しかし逆に駆逐艦たちはなぜかほとんどが元気だ。これが有り余る子供の力だというのか。

 しかしここは自分の居室。冷房を付けて北上に対面するように座り、ノートパソコンを叩きながら報告書をまとめているこの現状は、それなりに楽しいものだった。

 

「けんペーさん。それ楽しい?」

「楽しい楽しくないでするものじゃないだろうこれは。自分はこれで給金を貰っているのだから、義務を果たしているだけだ」

「でも楽しいことを仕事にしたいじゃん?」

「……私見だが、趣味を仕事にしない方がいいと思ってるよ、自分は」

 

 仕事を趣味にするのはいいけどね、と続ける。

 北上は特に興味があって聞いたわけではない様で、ふぅん、とだけ漏らして静かになった。

 冷房がよく効いた部屋には打鍵音が響き、そばに置いたアイスコーヒーの中で溶けた氷がカランと澄んだ音をたてた。

 最近北上がここに顔を出すようになったのは、立花提督がなんだかピリピリしているからだそうだ。とはいえ作戦がどうとかではなく、特に理由は分からないらしいのだが。いつもなら執務室でだらだらしている北上も、これにはちょっと居辛さを感じているらしい。

 ふと北上が思い出したように顔を持ち上げた。

 

「憲兵さん、ちょっと休もうよ」

「……何言い出すかと思ったら、どうした急に」

「暇」

「自由か」

 

 とはいえ、確かに昼食をとってからずっと仕事をしていたから、そろそろ休んでもいいのかもしれない。

 しかし今日はお休みの日らしい北上が食堂からずっと後ろからついてきて、そのまま上り込み、だらだらしているのを眺めていた。なので実はそんなに疲れてないし、なんなら癒されながら仕事をするという素敵なことになっていたのだが、それは言うまい。

 

「そしたらちょっと休もうか。何か食べるかい?」

「さっき食べたところだし、私は大丈夫」

 

 とはいえ休憩というのだから、なにかつまめるものがあった方がいいだろう。アイスコーヒーがあるのだから、クッキーとかでいいだろうか。最近なにかと艦娘がここに来るようになって常備しだしたお菓子棚からクッキーを取出し、皿に入れてテーブルに置いてやる。

 溶けていた北上も甘い香りに気付いたのか顔を上げた。

 

「あ、クッキーじゃん。しかもチョコチップ入り」

「どうぞ、食べていいよ」

「あー」

「……ほれ」

「ん」

 

 口を開けたのでクッキーを放り込んでやると、もしゃもしゃと食べ始めた。多少行儀が悪いぞ、北上。

 

「今日も暑くなりそうだねぇ」

「なりそうというか、ちょうど今が一番暑い時間帯だろう。熱中症とか気を付けないとな」

 

 今日は本当に嫌な天気だ。風もないし湿度も高いしで、まさしく熱中症になりやすい気候といえるだろう。それに、海といえばクラゲとかカサゴとかエイとか、毒のある生物が案外多くいる。艦娘が耐性を持っているのかどうかは分からないが、気を付けてほしいものだ。

 でも艦娘は海に出る時は艤装を装備しているはずで、そうすれば艦娘としての能力を出せるはずだから、大丈夫なのかもしれない。

 

「暇だねぇ」

「自分は暇ではないけどね」

「なぞなぞしようよ」

「しりとり並みにやったらダメな事だろそれ」

 

 しりとりの立ち位置は、会話が続かないときの最終手段。逆説的に、相手とは話が弾まないと言っているのとほぼ同義だ。

 

「もんだい」

「やるのか」

「パンはパンでも食べられないパンは?」

「フライパン」

「ざんねん。カビの生えたパンでしたー」

 

 キレそう。

 なぞなぞの定義がおかしい。

 

「あ、そういえはなぞなぞじゃないんだけど、さっき誰かが言ってたんだけど、あれなんだったんだろう」

「ほう、何か変な事でも言っていたのか?」

「『今日はスリッパなんだ、いいでしょ。これで晴れても大丈夫だね』って」

 

 晴れても大丈夫って言っているのに、なんでスリッパなんだ?

 

「スリッパで良かったって、まぁせめて雨なら分かるんだけどさ、靴濡れるし。でも晴れで良かったってことある?」

「うーん、確かに。……なんでだろう」

 

 スリッパを履いていて、晴天の方が良い場合。……なんだろう。晴天であれば靴よりはスリッパの方がいい。例えば靴が暑いからスリッパの方がいいとか。

 

「私さぁ、確かに靴だと暑いし、それならスリッパの方がいいなって最初は思ったんだ」

「ああ、今自分もそうかなって思った」

「でもね、それだとおかしいんだよ」

 

 おかしい、とはなんだろう。

 北上はテーブルに両肘をついて、その両手で顎を支えながら口を開いた。

 

「晴れてもってことは晴れなくてもどちらでも大丈夫、むしろ晴れてほしくない、って意味でしょ?」

「……なるほど。雨であれば暑いとかではなくて、単純に濡れるから靴よりはスリッパの方がいいかもしれないな」

 

 晴れても大丈夫。つまり、出来れば雨であってほしかった。

 逆に言えば、雨であれば靴でもよかったということになる。

 

「確かに違和感があるな」

「だよね。たぶん暑い暑くないの話じゃないんだよね」

 

 となると、どういうことだ。

 ……ああダメだ。頭が混乱してきた。

 

「一度、整理しようか」

「はーい」

 

 テーブルを立って、自分の机があるところへ行き、いらない紙とボールペンを持ってくる。

 まずもって、本題である先程の一文を紙に書いた。

 

「さて、文章を分解してみようか。……まず読み取れることとして、彼女は現在スリッパを履いている。そして、いつもはスリッパではなく靴を履いている。また、これから向かう先に関しては定期的に行っていることが分かる、ってことくらいか」

「『今日は』って言っているところだね。こういう言い方は以前にも何度か行っているってことだし」

 

 紙に書き込みをしながら続ける。

 

「次に、いいでしょ、と言っていることからそれは羨ましがられる行為だとわかる」

「うん」

「そしてさっきも言ったが、晴れてもということは晴れなくてもいいしできれば雨がいいというニュアンスになるな。またあえて言うなら雨であれば靴でもよかった、ということだろう」

「そうだねー。どういうことなんだろう」

 

 雨であれば靴でもいい、か。

 もしかして、靴は靴でも長靴なのか? それならばまだ分かるか。だがそれは一旦置いておこう。

 

「あとはそうだな、苦労したんだろうな、この子は」

「どういうこと?」

「いや、『これで』と言ってるから、これでようやく、といった意味に聞こえてね」

「あ、確かに」

 

 これまで何度も継続してその行為があって、今までは靴で苦労した。だが、今日はようやくスリッパで来れて、一安心だ。そう言っている気がする。

 

「あとはそうだな。これは前提条件だが、複数人で行われていると考えていいだろう」

「そうだね。他にも何人かいて、話しながら歩いてたし」

「ああ。『いいでしょ』とも言ってるしな。羨ましがられるということは、複数人のうち、その子だけ若しくは少人数がスリッパであるということだ」

 

 ここまで考えて、ちょっと頭の中を整理しようと椅子に背を預けた。同じようにして北上も背伸びをし、アイスコーヒーで喉を潤す。

 はてさて、これは一体なんのことを言っているのだろうか。

 やはりなにかの理由で濡れてしまうから、スリッパがいいということなんだろうか。であれば、雨だとやらなくて、晴れの時にやる何かであるとか。

 

「なにか分かったか?」

「んー、ちなみに複数人ってさ、もしかしたら単独かもしれないよね」

 

 ん? どういうことだろう。

 

「いや、グループとしては複数人かもしれないけど、何人かいて、1人ずつ交代でやってる可能性ない?」

 

 ああ、そういうことか。

 たとえば10人が1回行くパターンと、1人ずつ10回行くパターンがあるわけか。結果としては複数人となるけど、意味合いは異なってくる。

 

「それはいい発想だな」

「でしょー」

 

 えへへと笑う北上が可愛い。

 よし、そろそろ仮説を考えてもいいだろう。

 

「仮説1。雨天演習があり、その片付けをしている」

「反論。スリッパでいい理由にならないよ」

「確かに。でもスリッパの利点を考えると、何がある?」

 

 北上は腕を組み、唸る。

 

「スリッパねぇ。一番はやっぱり濡れても被害が少ないことかなぁ」

「ま、そうだろうな。でももう一つ、履きやすい、もしくは履き替えやすい、という点もある」

 

 どういうこと?と言わんばかりに北上が首を傾げる。

 

「雨天演習があり、当然雨だから濡れることを考慮してスリッパで来た。だが、もし晴れたら演習は中止になり、別の任務があってすぐ履き替えなければならないとしたらどうだろう」

 

 つまり、『今日は雨天演習の片付けだからスリッパで来た。これで晴れたら別任務だけど、靴に履き替えやすいからいいでしょ』という意味にはとらえられないだろうか。

 また少し瞑目して考えていた北上だが、ひとつ頷いて目を開けた。

 

「確かに、それはあるかもしれないね」

「でも反論は当然あるよな?」

「ん。そもそも今日雨天訓練はないってことだね」

 

 そうなのだ。これは脳内のキャッシュ削除だ。

 いろいろな条件でがんじがらめになってしまったから、一度こういう形でアウトプットしておいた方がいい。

 

「一度休憩しようか。頭を使いすぎた」

「そだねー……そもそも休憩中じゃなかったっけ」

「……そうだな」

 

 忘れていた。そういえば仕事の休憩中で、その暇つぶしにこんな話になったんだった。

 

「じゃあ休憩の休憩をしようか」

「やったね。じゃあ休憩が終わったら休憩だね」

「そうだな。その休憩が終わったら仕事だ」

 

 ややこしいわ。

 さて休憩の休憩とかもうわけわからん感じにはなっているが、休憩である以上なにかしないとな。

 あまり冷たいものばかり飲んでいても胃に負担がかかるだろうし、お茶でも入れるか。紅茶とかと違って、お茶の基本適正温度は60℃くらいだったか。テーブルに出すころには熱くて飲めないということはないだろう。

 なんだかんだクッキーもなくなってしまったし、ここは秘蔵のブツを出すか。

 

「はい、お茶だ」

「ええぇ~、熱いお茶ぁ?」

「まあまあそう言わずに。おいしいからのんでみなよ」

 

 北上が眉を寄せながらズズズをお茶をすする。わずかに瞠目し、ぺかーっと後光が差した。美味しかったのだろう。なんとなくだが、北上には緑茶が似合う。

 そして決め手はこれ、間宮さんからいただいた塩羊羹。

 どちらかと言えば水羊羹に近いものだが、これに少量の塩をかけて食べるという逸品だ。これがまた大変美味い。甘さと塩気のバランスがとても良いのだ。

 

「なにこれうまっ」

「そうだろう。間宮さんお手製だからな」

「なんと! そんな貴重なものをこんなタイミングで食べてもいいの?」

「いいんじゃないか? お手製ゆえにだけど賞味期限も長くはないだろうし、自分だけで食べるのももったいないしね。北上と一緒に食べられるなら、それに越したことはないよ」

 

 北上が両手で顔を隠してしまった。ちょっと自分でも恥ずかしいことを言ったような気がするが、……いや普通に恥ずかしいな。正直かっこつけて言ってみたはいいが恥ずかしいなこれ。

 きっ、と北上が睨みつけてきたので視線をそらす。

 切れ味鋭そうな目つきであった。

 

「……でもあれだな。そんなに難しい話じゃないのかもなぁ」

「んー?」

「単純にスリッパを履きたかっただけとか」

「うん、でも雨の方が良かった理由がよく分からないんだよねぇ」

「そうなんだよな。結局そこに戻ってくるんだね」

 

 休憩とは言いつつも、甘さを補給した分脳みその回転は速くなっているのだろうか。

 今日はスリッパ。いいでしょ。晴れても大丈夫。

 なんだ……、でも何か違和感があるんだよな、最初から。そもそもこれ合ってるのだろうか。聞き間違いとかあるんじゃないか?

 

「なぁ北上」

「はいはい」

「例えばさ、聞き間違いだったりしないか?」

 

 甘味に舌鼓を打っていた北上の視線が少し鋭くなる。

 

「晴れても大丈夫、じゃなくて、荒れても大丈夫、とか」

「それはないね」

 

 ピシャリ、と北上が否定する。

 

「『は』ってのは擦過音で、母音の『あ』とは明確に聞き分けられるんだよ。少なくとも私はそうだし、これに関してはないだろうねー」

 

 さらっと北上のスペックの高さが露呈したが、そう言うならそうなんだろう。

 

「ちゃんと『はれてもだいじょうぶ』とは言っていたよ」

「そうか……、それならまた振り出しかな」

 

 そうか、晴れても大丈夫、か。

 ん? 晴れても?

 

 はれても、大丈夫?

 


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