美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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025 - 大和と釣り

「憲兵さん、お疲れ様です」

 

 残暑厳しい時期になるこの鎮守府では、そろそろ9月9日をむかえ、重陽、つまりは菊の節句となる。

 その日を迎えるにあたって個人的に鎮守府の入り口で色々と手配をしていた自分の後ろから声を掛けてきたのは、大和だった。

 

「おや、大和じゃないか、お疲れ様。どうかしたのか?」

「いえ、憲兵さんが見えたので来ちゃいました。これはなんです?」

 

 ここは鎮守府の門があるところで、憲兵居室の隣だ。そこに、先程業者が置いて行った箱が二つほどある。

 

「もうすぐ重陽だろう。日本酒と食用菊を手配していて、今届いたところだ」

「あ、そういえばそうですね」

 

 ぽんと手を叩いて納得する大和。すらりと背が高い大和が、たまにちょっと幼い動作をするのがわりと好きだ。

 

「しかし、よく重陽など知っていましたね。最近では雛祭りとか七夕くらいしか節句行事はしないのに」

「子供のころはわりと年寄りと交流する機会が多くてね。友達のように接していたから、こういう古臭い知識が常識だと思ってたよ」

 

 古臭い、とはいっても大事な行事である。

 3月3日の雛祭り、5月5日の端午、7月7日の七夕、と祝ってるんだから、1月7日と9月9日も祝ってやれよと思うわけだ。いわゆる五節句と言われるのがこれらだ。

 

「なるほどそうでしたか。それでこの荷物はどちらへ?」

「これは個人的なものだからね。居室の冷蔵庫にでも入れておくよ」

「私も手伝います!」

 

 ふんす、と聞こえてきそうなほどに気合を入れる大和。かわいいなぁ。

 

「じゃあお願い出来るかな。そっちの小さい方持ってくれるかい?」

「はい。あ、軽いですね」

「そっちは菊の花が入っているだけだからね」

 

 そして、もう一つには日本酒の一升瓶が入っている。そんなに呑む方ではないが、この大きさしか手に入らなかったのだ。

 最悪呑めなかった分は料理酒として使えるしな。……まぁ随分高い料理酒になってしまうが。

 

「どうぞ入ってくれ。大和は初めてだったかな」

「はい、そうですね、……そうですね? ………そうですねぇ!?」

 

 え、なんなのこわい。

 靴を脱ぐ瞬間で時間が止まったかのようにピタリと固まる大和。よく見ると首から上が徐々に赤らんでいくのが分かった。

 ……まぁ自意識過剰でなければ男の部屋に入るのが恥ずかしいってことなんだろうな。最近北上やら大井やら、あと不知火もちょくちょく来ているので、頭からすっぽ抜けていた。普通は、ちょっとデリカシーに欠ける行動だったかもしれない。

 そういえば時の止まる場所っていう都市伝説があったなぁと思い出しながら、ひょひょいと中に入り日本酒を冷蔵庫に入れ、戻ってきてすでに大和の手の上に置いてあるだけになっている食用菊を持ち上げこれも冷蔵庫に入れる。

 戻ってきても、未だ時間停止は解けず。

 

「おーい大和。生きてるか?」

「っはい! 大和生きてます!」

 

 生存確認よし。

 

「落ち着いた?」

「あの、はい、すみません……」

「ところでこの後何か用事はあるか?」

「いえ、特には……。何かあるのでしたらお手伝いしましょうか?」

 

 お手伝いというか……、まぁお手伝いか。

 少し迷ったが、とりあえず提案だけしてみよう。

 

「今から釣りに行くんだけど、大和も来るか?」

「はい? 釣り?」

「釣り。フィッシングだな。ちなみにルアーじゃなくてサビキ」

 

 ルアーはいわゆる疑似餌のことで、バス釣りとかでよく見るやつだ。

 サビキはよく見るけどなぜか案外名前が知られていない。釣糸の先に針が何個も付いていて、先端に付いた小さい籠には餌、大体はアミエビを詰めて海に落とす。そして糸を上下に動かして魚をおびき寄せて釣る方法だ。

 自分は昔からサビキ釣りしかしたことが無いため、いまいちルアー釣りの仕方が分からない。

 

「……いいでしょう、その挑戦受け取りました」

「いや、挑戦とかでは」

「大和ホテルの名が伊達ではないことを証明いたしましょう!」

「何の関係が?」

「用意してきます!」

「聞いてよ人の話」

 

 言うが早いか猛ダッシュで遠ざかる美女。なんだこれ。人の話聞いてよ。あと大和ホテルはたぶんどっかに実在しそうだから危ない言動は控えて控えて。

 無意識で中途半端に上げた右手に気付き、複雑な心境のまま下ろす。

 とりあえず来るってことでいいのかな。用意するとは言ったが、果たしてどこまで持って来るのだろうか。釣り竿だけだろうか。それともサビキ釣りの針も持ってたりするのだろうか。クーラーボックスや、場合によってはチェアもいるかもしれない。

 はてさて、大変興味深いところだ。

 なんてことをしばらくつらつら考えていると、再び猛ダッシュで走ってくる影が。いい笑顔で、なんかもう背中にぶんぶん振られる尻尾が見えそうだ。

 

「憲兵さーん! 持ってきましたよ!」

「……うん、それは何だ?」

「お弁当です!」

 

 大和ホテルの名は伊達ではなかったようだ。

 確かに釣り具の準備をするとは一言も言っていない。そして、確かにそろそろ昼時だ。というか、なぜこの短時間でお弁当が準備できるのか。

 そしてお弁当と表現しているが、これは重箱というんだよ大和さん。

 

「早かったねぇ。でもどうやってこんな短時間で重箱を?」

「ああ、それは先程まで料理の勉強で食堂にいたのです。でも作りすぎちゃって、お昼に加賀さんあたりに食べてもらおうと思ってたんですよ」

 

 私も当然それなりに出来るのですが、やはり本職の人にはかないませんね。

 そうはにかみながら大和は言っていたが、その本職の人って鳳翔さんだろ。鳳翔さんの本職は一応航空母艦だぞ。

 

「それじゃあとりあえず行こうか」

 

 大和の重箱を食べられなかった加賀よ、強く生きてくれ。

 などと心の中で黙祷を捧げながら、釣り具を準備する。あらかたまとめて置いてあるので、2人分とはいえ、1分ほどで準備は終わった。

 ちなみに、サビキに使う餌は朝早くに町に行って買ってきた。というか、町からちょっとだけ鎮守府方向に行ったところに釣具屋がある。

 

「どこまで行くんですか?」

「演習場に行く途中のとこかな。ルアーみたいに浅くても出来るものじゃないから、突堤で釣ろうか」

「了解です」

 

 そこまで遠い場所ではない。15分も歩けば到着し、折りたたみの椅子を2脚用意する。

 大和が釣り具の準備をしてくれているので、一緒になって準備をする。

 

「なんというか、懐かしいです」

「懐かしい?」

「単純に鎮守府で釣りをした経験がずっと前だってこともありますが、私が戦艦として人を乗せていた頃に、みなさんが甲板から釣りをしてたなぁって思いまして」

「ああ、なるほどな」

 

 艦娘にも色々と記憶の差異がある。全部覚えているという子もいるし、全く覚えていないという子もいる。夕立なんかはわりと鮮明に覚えているし、五月雨は一部忘れているみたいだ。……まぁ五月雨は第三次ソロモン海戦で比叡に誤射しまくって、恥ずかしいのと申し訳なさからなのかもしれないが。

 特に何を言うわけでもなく黙々と準備は進み、最後に大和が餌かごにアミエビを入れて完了となった。

 

「サビキはやったことある?」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 それならいいかと見ていると、ゆっくり海に沈めて、糸を上下に動かしていた。問題ないようだ。

 それを確認して、自分も同じように海に沈ませる。

 今日もいい天気だ。海も空も青い。

 昔は海も空も一緒のもので、だから青いのだと思っていた。ただ、今になって不思議が不思議じゃなくなったこの時代において、改めてその青さというのは海も空も一緒なんだなぁと思う。

 真実は純粋な子供の目に映る、というのはあながち間違いではないのかもしれない。

 

 ――いつの間にか昼をむかえ、大和ホテルの重箱弁当を食べた。

 大変美味だった。これでまだ鳳翔さんに勝てないとかどうなってるんだ。

 そして再度釣りに戻ったが、これがなかなか釣れない。たぶん潮が引いて同時に魚もいなくなってしまっているようだ。タイミングが良ければアジなんかがいくらでも獲れるんだがなぁ。

 そんなことを考えながら大和とだらだらと会話を続ける。

 

「いい天気ですね」

 

 そんな中、ふと大和がそんな言葉を漏らした。

 

「もうあまり覚えてはいませんが、私が沈んだ日もこんな日だったらいいのになって思います」

「どうしたんだ急に」

「いえ、ちょっと菊を見ると思い出してしまうんですよね……。私にとってその花は象徴ですから」

 

 菊……というよりは菊紋、十六葉八重表菊のことだろう。菊花紋章とは、当然のことながら天皇を表す紋章である。当然、大和の艦首にもその紋章があったはずだ。

 それに、大和と菊といえばもう一つ思い出されることがある。

 

「すみません、なんだかちょっとセンチメンタルというか、感傷に浸ってしまいました」

「……いや、構わないよ。人間にしてみたら一度死ぬ体験をしているんだ。そう簡単に割り切れるものではないさ」

 

 結局轟沈表現が艦娘にどう干渉するのかというと、やはり死ぬという表現が一番正しいようだ。

 なので、轟沈する瞬間を覚えていなかったり、小破であっても極端に怯える子もいるらしい。逆にごく少数ではあるが死を恐れなくなる子もいるそうで、立花提督が頭を抱えていた。

 

「魚、釣れませんね」

「そうだなぁ」

 

 正直一人なら別に釣れなくてもいいと思っている。こうして太公望の真似事をして、つらつらとどうでもいいことを考えるのもわりと嫌いではないからだ。だが、人がいる時は釣れた方が当然面白い。

 ……と、思っていたわけだが。どうも大和と一緒に釣りをするというのは、あまりそういうことを気にしなくて済むような気がする。

 それはきっと、大和が楽しそうにしているからだろう。

 

「そういえば憲兵さん」

「なんだい?」

「雑談ついでにひとつ」

 

 なんだろう。

 

「私が沈んだ作戦をご存知ですか?」

 

 割と重い話ぶっこんできたな。

 

「……確か天一号作戦……えっと、1945年の4月だったか?」

「あ、すごい。よくご存知ですね」

「さすがに有名だからなぁ」

 

 世界一の戦艦と呼ばれた大和の、運命の作戦だ。ちょっとミリタリーに明るい人ならば、誰でも知っているような作戦だと思う。

 

「そう、天号作戦。その一号ですね。もっと言えばのちに坊ノ岬沖海戦と呼ばれるものでしょうか。あの辺はもうみなさんてんやわんやだったので、何をやってるのか私もよく分からなかったんですよね」

「確か天一号作戦と菊水作戦がごっちゃになってたよな」

「あ、そうですそうです。菊水作戦かなと思ってたら違ってたんですよー」

 

 まぁ今でもよく分からないんですけどね、と大和は笑った。

 菊、と聞いてもう一つ思い出したのが菊水作戦だ。

 天号作戦とは、沖縄以南に対する航空戦力を主力とした総力戦である。大和はこれに参加していた矢先に、沖縄に対する米軍の侵攻があり、急遽沖縄本島に特攻し固定砲台として運用されるはずだった。その途中、坊ノ岬沖にて接敵し、……といった感じだ。

 対して菊水作戦は同時期に発令されたが、海戦を想定したものではない。あれは沖縄に襲来した米軍に対する特攻も含めた航空攻撃だ。

 沖縄への特攻という部分が交叉していたため、混同されがちというわけである。

 

「随分懐かしい話だな」

「そうですね……。菊といえば、そういうこともあったなぁと思い出してしまうんですよねぇ」

 

 ちらりと横目で大和を見る。

 暗い顔をしているかと思いきや、ただの世間話であったようなのんびりとした顔だった。おそらく大和にとってはすでに過去の話となっているのだろう。心の整理がついた、とでもいうのか。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけれど、少なくとも今の大和の顔を見れば、ある程度の答えは出たようなものだろう。

 

「戦争だったんだよな」

「はい」

「今とは生きる感覚が違いすぎるな」

「そうでしょうね」

 

 今だって深海棲艦との戦争中であることに変わりはない。しかし、一度平和となった国の感覚はそうそう変えられないものだ。

 今ここで、大変だったな、辛かったよな、と言うのは簡単だ。だが、どうも実体験を伴わない言葉は薄っぺらくなってしまう気がする。分かったような口をきくんじゃねぇ、といったところか。……きっと大和はそんなことは言わないだろうけど。

 

「何でまたそんな話を?」

「んー、特に意味はないです」

「そっか」

「はい。……やっぱり生きるって素敵ですねぇ、という話です」

 

 その言葉に、どれだけの思いが詰め込まれているかなんて、推し量れるようなものでもないだろう。

 

「こうして憲兵さんと釣りもできますし。今は結構幸せなんですよ」

 

 そう思ってくれているなら重畳だ。みんながみんな幸せに、なんて夢物語かもしれないが、手の届く範囲、目の届くところでは、幸せであってほしいと願うことは傲慢だろうか。

 まぁ、傲慢であってもいいか。多少傲慢であった方が、人生も実りのいいものになるだろう。

 

「楽しいかい、大和」

「ええ、特に憲兵さんが来てからとても楽しいですよ」

 

 ずいぶんとまぁ楽しそうで、なによりだよ。

 しかし、戦艦大和の一連の流れは有名どころだからこそ知っていたから良かったが、当然知らない子の方が断然多い。夕立や綾波は知っているし、響や雪風なんかも有名だ。だが、例えば鈴谷はどうだったかといえば、正直ほとんど知らない。

 これは一から勉強し直した方がいいかもなぁ。確か艦ごとの一生というのは、提督になるにあたっては必須な教養だが、憲兵は必須ではないんだよな。でもこれからも何人もの艦娘と交流があるんだろうから、詳しくじゃなくてもある程度は知っておくべきなのだろう。

 

「……あ、憲兵さん」

「ん? どうした?」

「私の糸、引いてるかもです……」

「え、なんでそんなに落ち着いてるんだ。引き上げろ引き上げろ」

「あの、引いてるんですけど、根掛かりしてるみたいで」

「サビキで地球釣るやつ初めて見たな……」

 

 なんとか竿をあおったりあっちこっち方向変えながら引っ張ってようやく取れたころには、わりと自分のバケツにアジやカワハギが何匹も入っていた。というのも、根掛かりを外している間に竿を置きっぱなしにしていたら、それが良かったのかわりと食うのだ。食ったからには引っ張り上げて魚をバケツに移し、一応餌を補充して仕掛けを下ろす。すると、何分もたたないうちにまた食って、それが繰り返されていた。

 最終的に、自分の竿を大和が慌てふためきながら巻き上げ、大和の竿の根掛かりを自分が外すという、なんとも奇妙な光景がそこにはあった。

 

「あの、なんかすみませんでした……私ばかり釣ってたみたいで……」

「いや、別に構わないよ。魚に怯える大和も面白かったしね」

「……ふんっ」

 

 拗ねたふりをする大和はいつもより幼く見えた。

 あまりの変わりっぷりに、自然と笑みがこぼれる。

 

「さて、もういい時間だし晩飯はこれを刺身にするか」

「お刺身いいですね!」

「……食べるか?」

「もちろん!」

 

 釣ったら食べるまでが礼儀ですよ!とドヤ顔で言われたので、片付けたら戻って捌くとしよう。残ったのは三枚おろしか開きにして冷凍しておけばいい。

 でも、とりあえず絶対にしなければならないものがある。

 

「日本酒があるのだから、刺身、それとなめろうは絶対にするぞ」

「……好きなんです?」

「好きだ」

 

 言ってすぐに、そこだけ切り取れば大和に向けて好きだと言ったような状況だなと思い、ばれないように横目で見る。

 

「……」

「……」

 

 目が合った。

 大和の顔の色にはあえて気付かないふりをして、とりあえず釣り具の片付けを急ごう。

 ……集中していないと、なんだか大和の赤面症がうつりそうだ。




オヒサシブリデス。

①を書いて途中から書けなくなって、②を書いて以下略、③を以下略、そして時間をおいて①を再度見直して加筆修正してやっと投稿まで漕ぎ着けました。
書けなくなったら全く書けないのやめてほしい。

それと、設定上ちょっと前から思っていたことがあって、美醜逆転の定義ですが、いわゆる美しさには黄金比があって(たとえば生え際から眉、眉から鼻下、鼻下から顎が、1:1:1)、これに近ければ近いほど科学的に美しいとされています。
しかしこの世界では、その黄金比が理解しがたい別のバランスで成り立っている、という設定で行きます。
なので、美醜と清潔不潔は関係ないとした方が、まぁよいとしましょう。じゃないと深海棲艦より先に病気で人類滅亡しそうですし。

以上でございました。
あと前回の最後のアレはナタマメではないし、推理できるようにも作られていない大変不親切なものなので、気にしなくて大丈夫です。いつか書くかもしれませんが。あれが分かったらたぶん超能力者。

それではまた。

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