「で、昨晩二人っきりの海で何をしていたのかを聞きたいんだけど?」
「いや、待ってくれ立花提督。自分は何もしていない」
「大抵やった人は何もしていないって言うんだよね」
「いや、本当にやってない人はじゃあなんて言うんだそれ」
「その言葉が何かあったことの証左だよね。しかもついでに『自分は』何もやっていないってことは、鈴谷ちゃんが何かやったってこと?」
立花提督が恐ろしいほど鋭すぎて言葉が出てこない。
「あれ、小林さん? 語彙力消えました?」
煽ってくるねぇ!
「なるほど、そこまで言われては自分も言い返さないと男が廃る。よかろう。鈴谷、言ってもいいな?」
「だめぇ」
「駄目だそうだ。許してくれ」
一瞬にして折れた。
鈴谷が駄目って言ったら駄目でしょう。というか、誰にも言えないような内容だし、それ自体も方法は悪かったとはいえ、全面的に悪いかと言われれば、そうではないだろう。
あれでも鈴谷は鈴谷なりに考えて行動に移したのだろうから、その想いまで否定する気にはなれない。
「というわけで、今回この場を整えさせていただきましたのは、小林さんをどうやってこの鎮守府に縛り付けるかの会議のためなのです」
「いや、鈴谷お前結局昨晩の話を立花提督に言ったのか」
「え? 提督に相談しなって言ったのは憲兵さんじゃーん。言ったからにはするよ、そりゃ」
有言実行は当たり前。いい教育をされてきたようだ。
ただまぁこの場に於いては、自分にとって悪手だと言わざるを得ない。
「じゃあなんだったんだ今の立花提督の詰問は」
「ああ、それ以外の詳細はもちろん言ってないからねー」
「それ以外?」
「そりゃあ……ね?」
ぽ、と鈴谷の顔が赤くなる。そして、それを見逃す立花提督ではない。
いやだから何もしてないって。そう言うのは簡単だが、ギロリと睨みつけられて防御力が下がりそうになったので沈黙を選んだ。
……さて、今の状況を整理しよう。
今朝鈴谷と別れて居室で大和と一悶着あったあと、午前中はいつも通りに過ごしていた。が、昼食をとったくらいで立花提督に鈴谷ともども会議室に呼ばれ、今の状況になった。
どうやら午前中には立花提督に相談をしていたようだ。内容は言わずもがな、自分こと憲兵をこの鎮守府にずっといさせるためにはどうしたらよいか、というものだろう。
とりあえず、状況の確認が最優先だ。
「なぁ鈴谷」
「なに?」
「どこまで相談したんだ?」
「んー? 憲兵さんの脅迫手段の相談だけだよ。憲兵さんに対する……あの、昔と今の感情? とかは別に、言ってない」
脅迫手段て。随分と物騒だな。
あまり鈴谷とこそこそ話しているとまた立花提督に言われそうなので、一旦それだけ聞いて良しとするか。
「で、小林さん。準備はいいかな?」
「準備も何も、今からここでその話をするんだろう? ……というか、その会議に自分が参加するのは流石に意味が分からないが」
「そうなんだけど、うちの子たちも忙しいから一人一人呼んで案を出してもらおうかなって」
「……ずいぶんと大掛かりになってきてないか?」
「だいじょぶだいじょぶ。さ! というわけで!」
ジャン!と言いながら立花提督がいつから用意していたのか、フリップを出した。そこに書かれていたのは――
「第一回!誰が小林憲兵をメロメロに出来るか選手権!!」
いえーい。
鈴谷がぱちぱちと拍手をする。
「……これ、趣旨変わってきてないか?」
■響の場合
「響、入ります」
「どーぞー」
「やぁ司令官、……と、憲兵さん? どうかしたのかい?」
「実は憲兵さんがここから離れられなくする方法はないかなと思って」
「なん……は? けんぺ……離れ……は?」
くっそ戸惑ってる。そりゃそうだ。
ちなみに鈴谷は会議室から出ている。そういう話をするのに、いち艦娘である自分がいてはなかなか腹を割って話せないだろうから、とのこと。
つまりこの会議室には立花提督と自分、そしてくっそ戸惑ってる響だけがいる状況である。
しかも、なぜか面接のように部屋の奥に立花提督と自分が座っており、その手前にさあ座れと言わんばかりにパイプ椅子が一つ置かれている。
いや、この聴取方法怖いわ。
「どうぞ、座って響ちゃん」
「え、あ、うん」
どこかおびえた様子で座る響。なんか変な罪悪感がある。
「で、どうかな」
「憲兵さんがここにいてもらうようにってことかい? ……そうだね。やはり待遇をよくする、とかじゃないかい?」
「ほほう? 例えば?」
そうだね……、と言いながら響は空中に視線を巡らせた。
うろうろしていた視線が不意に自分と交わる。
「……ふむ。簡単なところで言えば給金を上げるとかじゃないかい? あとは間宮券の配布とか」
間宮券。それは、間宮が作る甘味を優先的に食べることのできる権利を認めた紙である。
「なるほどね。そんなところでどうかな、小林さん」
「……給金に関しては十分もらっているし、間宮券に関してもありがたいがそこまで甘味が好きというわけでもない。そしてそもそも自分は柱島鎮守府から離れる気がない」
「そっかー。じゃあ響ちゃんの案は一旦保留だね」
「それなら仕方ないね。また何か考えておくよ」
「ありがとね、響ちゃん」
「君たち意図的に自分を無視してないか?」
最後に響がこちらを流し目で見て、小さな笑みを浮かべた。
なんだろう、ちょっとかっこいい。
「それで響ちゃん、一応主題は小林さんをメロメロにするってことなんだけど、響ちゃんならどうする?」
「なにをどうしたらそれが主題になるんだい……」
眉がハの字になり、呆れたとでもいうような表情になる。
「とはいえ、駆逐艦の私が出来ることはあまりないと思うけどね。憲兵さんが幼女性愛者ならまだ可能性はあるけど、そこのところどうだい?」
「……まぁ子供は可愛いと思うが、流石に恋愛対象ではないな」
「性愛対象でもないかい?」
「それは全くないから安心してくれ。あっても親愛や友愛だよ」
「ま、そうだろうね」
内心、鈴谷に迫る思考回路に戦々恐々としているが、頑張って隠すのだ。お前は憲兵だ。
「とまぁこんなところさ司令官」
「ありがとね響ちゃん」
それじゃ、と言って響は去って行った。
良く考えなくても、これはセクハラじゃないのか? 女性が女性にするセクハラは許されるのか? いや、そんなはずはない。
……駄目だ、一度忘れよう。艦娘から苦情があったら対応しよう。若しくは自分の目に余ったら注意しよう。それがいい。
「待遇の改善……っと。よし、次呼ぼうか」
「……ああ」
一人目にしてなんでこんなに疲れてるんだ……。
■瑞鶴の場合
「失礼しまーす。どしたの提督さん。仕事は?」
「や、あの、仕事はちょっと一旦置いといて、」
「は? まだやること一杯あったはずだけど? 報告書類は? 作戦の実施計画書と終わった作戦の処理簿は? 演習の計画スケジュールの管理は出来てるの? そろそろ査察があったはずだけど、その準備は? 私には装備の開発させといて自分だけ遊んでたの?」
「いや、あの、違うんです……すみません……」
立花提督が押されまくってる。え、瑞鶴……さん……? 瑞鶴さんですよね……? 思ってたキャラとかなり変わってきてるんですが……。
「あ、憲兵さんお疲れ様です」
「ん、ああ、お疲れ様。装備開発に行ってたのかい? 大変だねぇ」
「まぁこれも私の仕事のうちだしね。でもそのトップが遊んでるのはいただけないなぁ。ね、立花提督? 立花提督はどう思う?」
ちょ、怖い怖い。
ただでさえ小柄な立花提督がより一層小さく見える。
「まあまあ瑞鶴。ちょっと聞いてやりなよ」
「……わかったわ。で、何の話?」
「瑞鶴ちゃん憲兵さんのいうこと聞きすぎじゃない?」
「ま、命の恩人だしね」
一応そうなるのか。それを言えば、正確には北上が恩人になるような気はするが、もっと話がややこしくなりそうなので言わないでおこう。
「で、瑞鶴ちゃんを呼んだのはですね、少し意見が聞きたいと思って。あ、そのパイプ椅子に座ってね」
「なにこの圧迫面接会場みたいな構図……。で、聞きたいことって?」
そうしてようやくといった感じだが、立花提督が机に両肘をつき、手を合わせ、その手で顔の下半分を隠す。いわゆるゲンドウスタイル。
「実は小林さんがこの鎮守府から離れることになってね……どうにか留まって欲しいんだけどいい案はないかね」
「………」
え、ちょ、瑞鶴の目からハイライト無くなったんだけど。本当の無表情ってこんな感じなのか。いや、知りたくなかったわこんなの。
「っていうのは冗談で、もし離れるなんて話になったらどうやってここに留まってもらおうか、ってとこが本題だよー」
「……ああ、なるほど」
あ、生気が戻ってきた。
「とりあえず悪質な嘘を言った立花提督は一週間くらいは絶対に許さないとして、憲兵さんが自分の意思で出ていくとは思えないし、あるとしたら誰かに引き抜かれたとかありそうよね。……例えば私たちの鎮守府で、私が言うのもなんだけど艦娘のメンタルケアが出来たわけだから、他の鎮守府でもメンタルケアをして欲しい、みたいな。……自分で言っててアレだけど、本当にありそうねコレ」
確かに。
ただ自分は、当然ながら自分が来る前の艦娘の様子というのは知らないわけで、変わったと言われてもなかなか実感がわかないというのが本当のところだ。
分かりやすい変化と言えば、夕立あたりが最初はおどおどしていたのが、最近ではぶつかってくるようになったことくらいだろうか。あとは金剛が警戒しまくってたのが、どうも最近は警戒心ゼロになってることとか。
距離が近くなったようで嬉しいのだが、なんかもうそれこそ心の距離も実際の距離もほとんどゼロになってるのは、ちょっとやめてほしい。別に嫌だというわけでは全くないが……ほら、自分も男だし……パーソナルスペースどうなってんの……。
「で、もしそうだと仮定すると、……うーん、そうねぇ……、正直ほかの鎮守府に一時的に行くこと自体は私は構わないと思ってるわ。他にも苦しんでいる子もいるでしょうし。でも必ず帰ってきてほしいというのも本当のところね」
「ねぇ小林さん、これもはや告白では?」
「ちょっと口を閉じてなさい」
「だからやっぱり契約書に書いてしまえばいいんじゃない?」
ほう、瑞鶴からすれば随分と理知的な内容だな。
「まぁ別に憲兵さんはもちろん私たちの所有物なんかじゃないからどういう契約なのかは分からないけどさ、ただの異動じゃなくて、1ヶ月限定で異動、みたいなことって出来ないのかな」
「うーん、どうだろ。でも瑞鶴ちゃんの言いたいことは分かるなー。ただ、一応憲兵という存在は形式上鎮守府の見張り番として大本営から送られるものだから、ちょっとやり方は考えないといけないかな。……でもまぁやり方はいくらでもあるか……」
ちょ、立花提督、闇が溢れだしてるから。
「こんなところかしら。これでいい?」
「うん、ありがとー。それとこっちが本題なんだけど」
「今のが本題じゃないの!?」
「憲兵さんをメロメロにしようっていう話なんだけどね」
「話の流れが全く分からない……!」
……そりゃそうなるわな。
「どうよ瑞鶴ちゃん、なんか思いつくことある?」
「どうよって言われても……」
ちらっと瑞鶴がこちらを見る。
1秒、2秒。
ぶわっと顔が赤くなった。
「……なぁ瑞鶴」
「は、はい」
「分かってるとは思うが、ある程度倫理観とか道徳観とか捨てた発言はダメだからな」
「え、でも、前――」
「待て瑞鶴。もしかして熱中症で倒れた時のことに言及しようとしてるか?」
「憲兵さんって匂いフェ」
「待て待て待て、違うから。違うって自分言ったよな? なんで理解してくれないの?」
「で、でも私、憲兵さんの匂い好きだな……えへへ」
えへへじゃないが。
「立花提督、レフェリーストップだ」
「あ、うん。こんなに瑞鶴ちゃんって乙女になるんだねぇ」
乙女……?
その表現で合ってるのか……?
■大井の場合
「正直どうでもいいわね」
次に呼ばれた大井が、話を聞いて開口一番言ったことがこれだ。
「わざわざ小林さんをここに引き留めておく必要もないし、いたらいたで北上さんを取られるし、どこへなりと行けばいいわ」
「え、大井ちゃんきっつ」
「……まぁ美味しいコーヒーが飲めなくなるのは残念だけど」
「え、急にデレるやん」
「提督うるさい。こんなくだらないことで呼んだの? 帰るわよ」
「あ、まってまって」
立ち上がって帰ろうとする大井を、立花提督が引き留めた。大井はなにやら凄く嫌そうな顔をしている。
なんか……すまんな大井……変なことに付き合わせて……。
「本題は小林さんをメロメロにしようってことで始まったんだけど、なにか意見ある?」
「……は?(全ギレ)」
「ナンデモナイデス」
大井はそれだけ言うとさっさと部屋を出て行った。
……大井からは特に意見はなかったが、まぁ自分の出すコーヒーを美味しいと思って飲んでくれていたのは嬉しいかな。
今度来た時は特別に何かいいやつを飲ませてやる。その舌を唸らせてやるぜ覚悟しとけ。
■不知火の場合
「やはりお願いするしかないのでは。土下座で」
「まじかよ不知火ちゃん」
「憲兵さんの性格上、そうすれば心が痛んでお願いを聞いてくれるのではないでしょうか」
「……小林さん、どう思う?」
「……まぁ正しいとは思う」
「額から血が出るほど土下座してぐっちゃぐちゃに泣いて喉が裂けるくらい懇願していなくなったら深海棲艦に突撃すると言えば、流石に袖にはしないかと」
「不知火ちゃん重いな」
「ちなみに現実になったら、私はそうなる自信があります」
「……」
「……」
え、おっも。
もし自分が異動になると言ったら、額から血が出るほど土下座されてぐっちゃぐちゃに泣かれて喉が裂けるくらい懇願されて、その後深海棲艦に突撃するんだろうか。これはこれで脅迫だよな。
「ちなみに、異動する予定があるんですか?」
「な、ないないない。大丈夫だよないから!」
「そうですか、なら良かったです」
立花提督の焦った声に、にこりと不知火は笑って、失礼しますとだけ残して退室した。
少しの間沈黙が流れ、顔を見合わせた。
「え、不知火ちゃん怖っ」
「どうしてああなったんだろうな……」
「というか笑った顔ってすごくレアだよね」
「あんな真っ黒い笑みは見たくなかったかなぁ」
どっかで少しフォローを入れておいた方がいいかもしれない。このまま放置しておくと、そのまま黒くなってダークマターになりそう。
確か大井が不知火と同室だったはずだから、今度いろいろ聞いてみよう。
「あ、本題聞き忘れた」
……それはもういいから。
メリークリスマス。(24日遅刻)
明けましておめでとうございます。(17日遅刻)