美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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029 - 対北上蜂蜜作戦

■北上の場合

「どーもー、北上さんだよぉー」

 

 これが最後ということで、おそらく一番会っている回数が多いであろう北上が呼ばれた。どうやら北上は夜警明けの様で、帰ってきて寝ている所を呼ばれたためかなり眠そうだ。

 ちなみに、呼び出しは各艦娘の持つケータイのようなガジェットである。いわゆるスマホ的な機能はほとんどなく、無線機とケータイの間くらいの機能しか持たない。一番近いのはIP無線とかそういったものだろうか。

 提督が艦娘のタイムスケジュールを見て、あー北上ちゃん空いてるー、と意気揚々と呼び出したはいいものの、よく見たら夜警明けで寝ている時間であると判明し、やっぱり寝てていいよごめんねと連絡しようとした矢先、北上が入ってきたというわけだ。

 

「なにさていとくー…。ねむいんだけどぉー」

「ご、ごめんね、寝てるの気付かなかったんだよ……」

「いいけどさぁー…」

 

 北上は入ってきて椅子に座ると、開ききっていない眠たげな眼を擦りながら、ふわぁ、とあくびを漏らした。

 ちなみにだが、今から重要なことを言います。

 北上さん、寝間着です。

 ホットパンツ的なものと、薄いシャツ一枚というとてつもなくラフな格好。そして、髪の毛は長いためか、サイドで軽くシュシュでまとめている。

 なんかこう、脳と心臓にくるものがあるよね。

 あと太ももの眩しさが視界の暴力。

 

「……んでぇ、寝ている北上さまを起こしてまで呼んだのは如何な理由によりて?」

「あ、えっと、まぁ相談というかアレなんだけど……」

「んー、ん? ……あれ、けんぺーさんじゃん。おはー」

「ああ、おはよう北上」

 

 えへー、っと笑う北上。可愛いけどめちゃくちゃ寝ぼけてるなこれ。

 

「まぁもし憲兵さんがこの鎮守府から異動になるとして、それを阻止する方法って例えば何があるかなって」

「んー? どっか行く予定あるの?」

「いや、ないけど」

「なんじゃそれ……」

 

 わかる、わかるぞ北上その感情。

 

「……そうだねぇ、ここに世帯をもてばいいんじゃない?」

 

 それはちょっとわかんないかなぁ……!

 

「ん?」

「例えばてーとくと結婚するとかさぁ。あ、でもそうなると逆に公平な目で見ることがどうのって言われて、異動になりそうだね。だとしたら内縁の妻みたいな、……なんて言ったっけ、アレでいいんじゃないの? 体だけの関係?」

「き、北上ちゃん?」

「つまりけんぺーさんをメロメロにすればいいんじゃないの? ハーレム的な? しゅちにくりん?」

「北上ちゃん!?」

「あ、でも艦娘って子ども出来るのかなぁ。そういう機能はあるはずだけど、試したってのは聞いたことないなぁ。……けんぺーさん、どうよ」

「どうよじゃないが」

「子ども出来ると思う?」

「知らんよ」

 

 ……いや、冷たい返しになっているのは分かる。しかし、少しでも動揺したり感情を顔に出してしまうと、その時点で終わりだ。ずるずると駄目な方向へ行ってしまいそうだ。

 あと立花提督が顔真っ赤。まぁそりゃそうだろう。自分だって気を抜けば真っ赤になる自信がある。明鏡止水。心を落ち着かせねば。

 

「けんぺーさん的にはどうなの?」

「何がだ」

「私、魅力ない?」

「ないわけないだろう」

「じゃあ試す?」

「試さんよ」

「なんでさ」

 

 小さく溜め息を溢す。

 

「いくらなんでも試すとかそういう軽々しいその場の勢いでやることじゃあないだろう。少なくとも自分はそういう形は好きではないよ」

「なにさー、据え膳じゃん」

「北上がそう思っていたとしてもだ」

 

 ちぇーっ、と北上は言うが、何ともえぐい話をしてるものだと、ここまで来ると逆に呆れて冷静になってしまうなこれ。

 立花提督はあわあわ言うだけのブリキ人形みたいになってるし、誰がこれ収拾付けるんだ。

 などと思ってたら、北上の顔が急に下に向いた。よく見ると耳が赤くなってきている。

 んー、……ははぁん、なるほど、起きたな。

 

「……けんぺーさん」

「はい、おはよう」

「………そういうことだねぇ……」

 

 今やっと、寝ぼけ北上が覚醒北上になったようだ。

 今までは半分夢の中のようで、現実感がなかったのだろう。しかし、例えば朝起きて冷たい水で顔を洗った後のような、意識が急にはっきりするような覚醒。それを今北上は体験しているのだろう。

 いやはや、お酒飲んで酔ってはっちゃけた後、酔いがさめて恥ずかしくなるアレと一緒だ。はっはっは、ここからしんどいぞこれ。

 

「……あのさ、私、いろいろ言ってたよね」

「言ってたねぇ」

「……どこから現実だったんだろう」

「それは分からないけど、随分とはっちゃけてたね」

「……例えば?」

「まぁメロメロにされようがされなかろうが、異動する気はないよ」

「ああ、それ現実だったかぁ」

「あと自分は据え膳は食べない派だよ」

「それもかぁ……!」

「それと北上は十分魅力的だから自信を持つといい」

「うがああぁぁぁぁ………!!!」

 

 はっはっはと笑う自分の目の前で、ついに頭を抱えこんでしまった北上を見下ろす。これは間違いなく黒歴史だろうなぁ。うむうむ、自分も小さいころは死んだらどうなるんだろうかとか必殺技考えたりとかしかもそれを口に出してみたりだとか漢字にかっこよさを見出して四文字熟語を創作したりしたけど最終的に漢字一文字がスタイリッシュに思えてきたり…………。

 やめよう。

 なぜ治りかけたカサブタを引きはがすような真似をしたんだ自分は。黒歴史は思い出したくないから黒歴史なんだよ。触れるんじゃない。

 

「おーい、立花提督。北上が起きたけど、もういいんじゃないか?」

「え、あ、そうだね! ごめんごめん、ありがとね北上ちゃん」

「絶対に許さない」

「いや……勝手に黒歴史作って勝手に死にそうになってるだけじゃん……」

「絶対に……許さない……私にこんな辱めを……!」

「え、私関係なくはないけど、そこまで恨まれるの……?」

 

 流石にこのままでは心の傷というか将来的な心の傷が増え続けるような気がしたので、よっこらしょと重い腰を上げた。

 

「ほら北上、今日のことは忘れるからもう部屋に戻って寝た方がいい。呼び出したのがこちらだから申し訳ないけど、今日はもう本当に寝た方がいい」

「でも……私提督にマウント取ってボコボコにしなきゃ気が済まない……!」

「そこまで? ……いや、もういいんだ北上。忘れよう。……どうだ、寝るのが嫌ならちょっとノンアルカクテルでも作ってやろう」

「でも……、ん? カクテル? 憲兵さんそんなの作れるの?」

「カクテルと言っても、シトラスハニー的な簡単なやつだよ。柚子蜂蜜サイダー、みたいな」

「……美味しそう」

「決まりだね。さあさあ一緒に行こう」

 

 このままだと立花提督がボコボコにされそうなので、緊急回避的に北上とともに会議室を後にする。出る時にちらっと立花提督を見たら、こちらに向かって手を合わせていた。

 感謝されるのは分からないではないが、よくよく考えると意味が分からんな。

 寝起きでなにやら恥ずかしいことを言って自爆した北上から、その遠因を作った立花提督が恨まれ、急迫した危難を回避するために自分が北上をその場から連れ出し、それを立花提督に感謝されている。

 なんとも混沌としている。

 

「蜂蜜楽しみだなぁ」

 

 鎮守府の廊下を歩いていると、ふと北上が零した。

 

「ん、北上は蜂蜜好きなのか?」

「そりゃ好きだよー。甘いしねー。昔は大井っちがよく蜂蜜くれたんだぁ」

 

 なんで大井?

 もしかして北上用に購入していたりしたんだろうか。なんなら北上のために養蜂しててもおかしくない気がする。

 

「昔ちょっと拒食だった時があってさぁ」

 

 ん? 流れ変わった?

 

「そのころは、まぁそもそも艦娘って最悪食べなくても稼働できるんだけど、なんだかいろいろあって食欲がなくなってたんだよねぇ」

「……それで蜂蜜を?」

「だね。食事が必要ないとはいっても、あった方がパフォーマンスは良くなるんだよ。てことで、栄養価の高い蜂蜜を食べさせようって思ったらしくて、いつもどこからともなく蜂蜜が出て来てたなぁ」

 

 大井は大井で考えた結果なんだろう。パフォーマンスが良くなるという事は、いざという時に生存率が高くなるという事だ。その状態で立花提督が出撃させていたとは思えないが、全く出撃しないというのは、おそらく北上自身が許さないだろう。

 大井にとって蜂蜜は、そのジレンマを解消する一つの解決策だったのかもしれない。

 

「一年くらいだったかなぁ。主食が蜂蜜っていう不思議生活をしてたよ」

 

 それを聞いてなんとも言えない表情となってしまう。どんな言葉を吐いても、雲を掴むような、やるせなさだけが残りそうな、そんな予感がした。

 

「あはは、そんな顔しないでよ。他の子たちみたいに重い何かがあったわけじゃないよ。北上さまは今日も元気、それでいいじゃん」

 

 ……いろいろと言いたいことはある。だが、やはりそれは口に出すべきではないんだろうなぁ。

 きっと自分に出来る気遣いというのは、そう選択肢があるわけではないのだろう。

 

「……そうだな、なら早く居室に行くか」

「そーだねぇ、楽しみにしておくよー」

 

 にこにこと笑う北上の横顔に陰りはない。きっと、すでに過去の話なのだろう。

 まあでも、さらっと連れ出してぼちぼち歩いているが、普段ならここまで簡単に会議室から連れ出せないだろう。それに、こんな話をするというのも、ちょっと想像できない。きっといつもはプライドが邪魔して話せないようなことも、今だから話せるなんてこともあるのかもしれない。……やはり目が覚めたといっても、まだ1割か2割くらいは寝ているのかもしれないな。

 

「はっちみっつ、はっちみっつ」

 

 少し前を歩きながら、北上が謎の歌を歌いだした。……正直こんなに蜂蜜が好きだとは思っていなかった。というか、カクテルというかっこいい言い方をしただけで、基本的に蜂蜜と柚子果汁とサイダーを混ぜただけのシロモノだ。誰でも作ろうと思えば作れるやつなわけで、期待され過ぎるのもちょっと考えものである。

 

「はっち、」

 

 ……ま、北上の機嫌がいいのなら、それがなによりなんだけどな。

 

「みっちゅ――」

「あ、噛んだ」

 

 反射的に出た言葉に口を押さえたが、当然間に合わず。

 立ち止まり、プルプル震える北上さま。

 勢いよく振り返るスーパー北上さま。

 やっべ。




北上さまかわいいよ北上さま。
だが黒歴史、てめーは駄目だ。

あと、作中のカクテルもどきは時々やります。当たり前ですが、普通に美味しい。アルコールが欲しければ、ピュアウォッカでも入れとけばなんかいい感じになります。




(もう一話だけ続く)

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