美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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003 - 提督と艦娘と憲兵の立ち位置

 来たぜぬるりと。

 今、目の前には執務室と書かれた札があり、これまだ豪奢な扉が鎮座している。

 この先に、これからお世話になるこの鎮守府の、最高権力者がいるわけだ。

 つまり、艦これの提督である。

 テンションが上がらないわけがない。

 

「さて、入ろうか」

「う、うん」

 

 先程から瑞鶴の様子がおかしい。

 たぶん自分の美的感覚がおかしいとカミングアウトしたからだろうか。明らかに変な人だと思われてしまった。

 それもまぁ、仕方のない話だ。人間だれしもコミュニティの中で生きていて、そこから外れる存在を排斥して存続しているのだ。

 今回排斥されるのは自分なのかもしれない。

 しかし、あの瑞鶴は見ていられなかった。

 例えそうなったとしても、救いはどこかにあるのだと気付いてほしかった。

 まぁそのせいで変な人扱いされているのだけれども。

 とはいえ、どうにもできないしこれから少しずつ慣れていってもらうしかないかな。

 

「よし」

 

 少しの緊張と共に、執務室の扉をノックする。

 ――どうぞ、と鈴が鳴るような細い女性の声が聞こえて来た。

 ……ちょっとまって、ここの提督って女性なんですか。

 提督と言えばなんとなく男だと思っていたが、女性だったのか。いや、これは失礼に当たるかもしれないから、一応隠しておこう。

 今や女性だろうと何だろうと参画社会になっているこの時代、提督に女性がいてもなんらおかしい事はないのだろう。

 

「失礼します」

 

 そう言いながら扉を開く。

 重く湿った木の軋む音が響く。それは、自分の不安をそのまま音に乗せたような音だった。

 その先に、見えたのは、

 

「じゃああああああああん!!!!!!」

 

 ……えっと、島風?

 扉を開いた目の前に、島風がいた。

 

「………」

「………」

 

 こう、両手を上げて、精一杯背伸びした状態で固まっている。

 痛々しい空気が執務室を満たす。

 え、どうすればいいのこれ。というかなんなのこれ。

 ゆっくりと島風から視線を外し、後ろの瑞鶴を見る。

 

「くッ……プッ……!」

 

 必死に笑いをこらえておられた。

 もう一度島風に視線を戻す。

 同じ姿勢のまま、顔を真っ赤にしながら涙目になっていた。正直ものすごく可愛いけど、そんなこと言っている場合ではない。

 そしてようやく気付いたが、執務室の中に何人もいるのが見えた。おそらく艦娘だろう。10人近くいるようだが、なんでだ。

 そしておそらく、一番奥で座っているのが、ここの提督なんだろう。

 が、それはいい。とりあえず、この可愛い生物をどうにかしよう。

 

「わ、わあー、びっくりしたあー」

 

 ……自分でもびっくりするくらいの棒読みにドン引きした。

 ごほん、と仕切り直す。

 

「な! なん!」

 

 顔を真っ赤にして鯉のように口をぱくぱくしている島風を、とりあえず頭をぽんぽんしながら脇によける。

 

「失礼いたしました。初めまして、自分は小林憲兵中尉と申します。本日付で本鎮守府に着任いたしました。以後よろしくお願い致します」

「……ええっと、初めまして。私はこの柱島第一鎮守府の提督を任されている立花という者です。階級は中佐ですが、そもそも提督自体が少ないこの状況ではあまり言っても意味がありませんけどね」

 

 やばい(語彙力)。

 とんでもなく美しい人がいた。

 絶世の、とか、傾国の、と頭につきそうなくらいの美女である。

 これだけの艦娘を目の前にして、それ以上の美貌を持っているというのは、奇跡に近い。

 あと机の上と肩に、何体かの妖精さんがいた。久しぶりに見るが、やはりなんとも癒される姿をしておられる。

 

「しかし小林中尉、あなたは私たちを見て驚かないんですね」

 

 一瞬何がだろうと思ったけど、すぐに容姿のことを言っているんだと分かった。

 もしこれが逆転しているのであれば、それこそとんでもないクリーチャー的存在なんだろう。SAN値がピンチだ。

 そして島風のことで忘れていたが、よく見るとほかの艦娘が誰か分かって来た。

 おそらくここにいるのは、金剛・北上・時雨・夕立・曙・潮、かな、たぶん。いつも画面ごしに見ていたから違うかもしれないけど。

 

「提督さん、この憲兵さんはちょっと美的感覚がおかしいらしいから、大丈夫だと思うよ」

「美的感覚が? どういうこと?」

「小林さん」

 

 と、瑞鶴が話しかけてきた。

 なんだろうかと返事をする。

 

「提督さんを見てどう思う?」

「凄い美人だと思うが」

「ね?」

 

 立花提督が目を驚愕に見開いていた。それは他の艦娘も同じだった。

 いや、本当にこの世界だと自分がずれているんだなぁとぼんやりと改めて思う。

 

「ちょ、ちょっと待っててください」

「了解です」

 

 提督にそう言われ、入口で待たされる。

 ある意味失礼な行為ではあるのだろうけど、彼女らの心中を察するに仕方ないかとも思う。まぁそもそも美女に待っててと言われ待たない奴いるのかと。

 

「テートク、これは何かの罠デース!」

「その線はあるかもだよね」

「提督、わたし、初めて頭ポンポンされた……」

「島風ずるいっぽーい!」

「あはは……この後してもらえばいいんじゃないかな」

「時雨もしてもらいたいくせに。潮はどう思うの?」

「曙ちゃん……まだちょっと怖いかな……」

「私はここまでずっと一緒に来たけど、言っていることに嘘はない様に見えたわ」

 

 と、ここまで話してから、一斉にソファーを見る。そこで寝転がっていたのは北上であった。

 

「ん、なに?」

「北上ちゃん、あなたはどう思う?」

「ちゃんはやめてって何度言ったら……まあいいや、で、憲兵さんねぇ」

 

 そう言って自分を見る。

 今までの会話が全部聞こえていたので非常に気まずい。せめて聞こえないように会議して欲しかった。

 

「うーん、まあいいんじゃない?」

「え、そんな簡単に?」

「んー、まぁ少なくとも私たちに嫌悪感は持ってないみたいだし」

「でも、もしかしたら隠してるだけかも……」

 

 人一倍人見知りな潮が小さな声で反論する。

 

「もーしょうがないなー。憲兵さーん」

「ん、なんだい?」

「起こして―」

 

 そう言って寝転がったままこちらに両手を差し出す。

 ふむ、手を引っ張って起こせばいいのかな。

 北上のそばまで行って、その両手を掴む。白くて、すべすべしてて、綺麗な、でも小さな手だった。

 よいしょ、という掛け声とともに引っ張り起こす。

 

「ありがとー。ね?」

 

 提督たちが考え込む。

 え、今の行為がそんなに重要だったのか?

 

「あのね、普通の人は私たちに触れるのも躊躇するんだよー」

 

 北上がそう注釈してくれた。

 そんなもんなのか。ふむふむと1人で納得していると、立ち上がった北上が腰に抱き着いてきた。

 

「ちょ、何してる」

「えへへー、いや、あんまりこういうこと出来ないからさ、やってみたかったんだー」

 

 そういいながら顔を腹部にスリスリしてくる。

 お願いやめて。でもやめないで。

 

「嫌?」

「嫌というよりは恥ずかしいかな。それに挨拶も済んでいない」

 

 可愛すぎるんですけど何なのマジで。天使かよ。ここは天国だったのか。違う世界に転生とか思ってたけど天国にいたのか自分は。

 そろそろやめてくれないと主砲が最大仰角とかほんとにシャレにならんことになってしまう。

 

「あとで嫌になるほどやっていいから、今はちょっと勘弁してくれないかな」

「うん、わかったよー」

 

 そう言って北上は離れるが、ニコニコしながら触れそうなくらい近くで立っている。

 そうして一応離れた北上を確認して視線を戻すと、立花提督が顎に手をやりながら考え込んでいた。

 

「おうっ!」

「おうおうおうおう」

 

 なにか自分にちょっかいをかけようとした島風を、再び頭をぐりぐりして押し留める。

 

「離してよー!」

「今自分に何かしようとしていただろう」

「……憲兵さんは私のこと、なんともないんだね」

「よく分からないけど、なんともないかな」

「最初驚かせようとしたんだけど、空振りしちゃった」

 

 今更だけどよく分かった。世にも醜い顔で急に現れたら、普通はビックリするのだろう。そのまんまお化け屋敷みたいなもんだ。

 まぁ急に現れたのは天使だったけど。

 

「まぁ自分に対してそんなに気にすることはないよ」

「わかった! 憲兵さん、島風のことよろしくね!」

「島風か。よろしくな」

 

 少し微笑みながら島風に返答する。

 やはり間違いなく天使である。

 と、考え込んでいた立花提督が顔を上げた。

 

「小林中尉」

「はい」

「とりあえず、先に着任の処理をしてしまいましょう」

「そうですね、そうしましょう」

 

 そういって、2人で書類等々の処理をする。

 それに関してはそんなに時間がかかるものではなく、すんなりと終わった。

 そのあと、一応大本営にいる、自分をここにやった張本人に到着の報告をいれさせてもらい、ひとまず落ち着いた。

 

「さて、ここから少し込み入った話をします。瑞鶴ちゃん、今鎮守府にいる手の空いている子を食堂に集めておいて。少し挨拶をしてもらって、そのまま軽い食事会を開きましょう」

「わかったわ」

 

 そう言うと、他の艦娘と一緒に執務室を出て行った。まだ金剛や潮や曙あたりは警戒してそうだが、北上と島風に関してはある程度警戒は解けたようだ。

 時雨と夕立は分からん。

 

「さて、先に紅茶でも入れましょうか」

「ありがとうございます」

 

 立花提督が隣室でお湯を沸かしている間、来客用ソファーに座って手元にいる妖精さんと戯れる。

 感覚としてはネコの様な感じで、頭をなでたりくすぐってやるととても喜ぶ。

 しかし、こんななりでも艦娘が艦娘としてあるために必須の存在で、妖精さんが居なければ兵器が使えず、当然のように人間は滅んでしまうだろう。

 だから、われわれ人間は妖精の機嫌を損ねないようにし、艦娘を敬っていないといけないのだ。

 それなのに世間は蔑ろにしてばかりで、まったくもって納得できない。

 まぁ自分は艦娘を敬っているというか愛でている。可愛いし。

 ぷんすか怒る自分に、妖精さんが慰めるように手にすり寄って来た。愛いやつよのう。

 うりうりと指で押したりして2人で遊んでいると、立花提督が戻って来た。

 

「あ、妖精さんが見えるというのは本当だったんですね」

「昔から自分だけ見ることが出来るこの生き物がなんなのか、分かりませんでした。しかし、それを教えてくれた人がいて、その人が道を示してくれたおかげで自分は今ここにいます」

 

 そういうと、立花提督は微笑んだ。

 

「どうぞ、紅茶です。スコーンもどうぞ」

「ありがとうございます。……いい香りだ」

「金剛たちがそういうのが得意でして、私も少し教えてもらっているんです」

「なるほど、それは素晴らしいですね」

 

 和やかに話は始まり、しばしゆったりとした時間が流れる。

 しかし当然立花提督も自分も、それだけで話が終わるとは思っていない。

 

「さて、小林中尉」

「はい」

「まずは再確認です。ある意味ではこれがこれからここでやっていけるかの最重要案件なのですが、……その、……私たちがあまり、その、醜く見えないというのは本当でしょうか」

 

 やはりそれは気になるよなぁと他人事のように思った。

 

「はい、何故かは分かりませんが、貴女方のことを自分は醜いとは思えない。なんでしたら美しいと思ってしまうほどです」

 

 その言葉に立花提督は顔を赤くして俯いてしまった。

 なんとなくそうなりそうな気はしたが、これは認識の共有の為に必要なことなので、耐えてもらいたい。

 というか、自分みたいなイケメンとブサイクの間みたいな人間にそう言われて赤面するとは、何とも度し難い。もっと自分がイケメンだったらよかったのだが、フツメンで逆に申し訳なくなる。いや、美醜逆転してるから、どっちに転んでも嫌だな。フツメンで良かった。

 自分はもともと、どちらかと言えば顔面偏差値は低めだ。だから、ここではちょっとイケメンに見えてるのかもしれない。

 ……たぶん。

 ………誤差の範囲で。

 …………希望的観測だが。

 

「……失礼しました。それでですね、念のための確認なのですが、憲兵とはここ桂島第一鎮守府でどのようなことをされるんですか?」

「基本的には提督の指揮下にならない大本営直轄という形で、鎮守府の監視をします。何か不穏なことがあれば報告し、必要とあれば武力にて鎮圧します。その鎮圧行為に関しては、法律で保障されていますので、それを妨害する行為は原則的に執行妨害で罪となります」

 

 なるほど、と難しい顔をしてまた悩みだす。

 それはそうだろう。ある意味怪しいとハンコを捺され、監視員が目を光らせている状態なのだ。しかも、何が起こっても原則手出しは出来ないときた。あらぬ誤解で艦娘が捕捉されても、正当な理由を提示できなければ助けられないのだ。

 こんな不条理な話があってもいいのだろうか。

 ……だから、というか実は本来の意味合いは別にある。

 

「不安にお思いなのも分かります。ただ、文面での説明はこのようになりますが、実務上は異なります」

「え? 違うんですか?」

「はい。まず、そもそも全ての鎮守府に憲兵がいるわけではありません。それ以外の業務の方が主ですし、たいていは大本営と、呉や佐世保などの大きな鎮守府に所属しています」

 

 これは立花提督も知っていたようで、コクリと頷く。

 もともとは対深海棲艦として組まれたのが前身であり、そのときの経験を生かして提督や艦娘に陸での訓練をしたり、報告書や稟議書の手伝いをしたりする。そして、ひとたび戦闘が始まれば鎮守府を守るために総出で陸を守るのだ。

 

「では憲兵が派遣されるされないは、どこで決めるのか分かりますか?」

「……やはり、大本営に対し危険性があると判断されるか否かでは?」

「確かにそういう側面もあります」

 

 事実、過去に何度か艦娘が反旗を翻したことがあった。結果がどうであれ、その事実が重要で、これを機に艦娘の待遇を見直す動きが見られるようになった。

 

「正解は、外からの危険性があり、守る必要があると判断されるか否か、です」

 

 ぽかん、とした顔をしている。

 やはり自分の説明は分かりにくいかな。

 

「つまり憲兵とは、実際は鎮守府を守るために、そして補佐するために存在します。歴史上存在した憲兵とは、もはや別物です。守る過程で艦娘自体が危険であると判断されたなら、大本営の許可のもと、自分は鎮圧に向かうでしょう。しかし、それはあくまで付帯業務であり、やはり守るというのが主業務であろうと自分は考えます」

 

 立花提督はまだぽかんとした表情のままだ。

 

「そういえば自分がここへ来た理由をまだ言っていませんでしたね。これはまだ公表していませんが、近く、シーレーン復活のための侵攻作戦が発令されます。この鎮守府もそれに少し関わっているらしく、そのための一つの保険としての憲兵です」

 

 長く話過ぎた。ここらで締めさせてもらう。

 

「ですので、これから忙しくなるでしょう。何か困ったことがあれば遠慮なく自分に仰ってください。きっと、力になりましょう」

 

 そう言って、ソファーに体を預ける。

 ゆっくりとだが理解が追い付いてきた立花提督は、少し瞑目し、同じようにソファーに体を預けた。

 

「なるほどね……。でもそうなると、憲兵が置かれていない鎮守府は大変そうですねぇ」

「確かにそうですね。あまり重要ではなく、仕事に真面目で、艦娘が強力であるならば、基本的に置かれることはないので」

 

 現在の憲兵という概念からすると、置く意味がない、といったところか。

 

「そっか、じゃあこれからいろいろお願いする事になるかもしれませんね。是非ともよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「それと」

 

 そう言うと、立花提督は少しはにかみながら続けた。

 

「この鎮守府は、みんな仲良くっていうのを目標としているんです。公的な場でない限り、砕けた口調でお願いしてもいいですか?」

「それはいいことですね。……じゃあ改めて、これからよろしく」

 

 そう言って右手を出す。

 最初何の手だろうかと首をかしげていたが、得心がいったようで、しかしおそるおそる右手でそれを握りこんだ。

 

「しかし、小林中尉」

「なんだ?」

「さっきの鎮圧の話だけど、必要とあらば艦娘も、みたいな話をしたよね。たとえ陸の上とはいえ、艦娘を鎮圧なんて出来るの?」

 

 そう言われるも、にこりと自分は笑う。

 

「まぁ、人の形をしている以上、やりようはいくらでもあるさ」

 

 後ほど聞いた話だが、その時の自分の笑顔はなぜか怖くて仕方がなく、握った右手が心配でならなかったそうだ。


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