美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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004 - ルビーの瞳

「さて、じゃあそろそろ食堂へ行きましょうか」

 

 そう言って立花提督が立ち上がる。

 それに追従する形で、腰を上げた。少し話し込んでしまい、もうそろそろ正午になりそうだった。

 

「……正直なところ、外部の人間は信用ならないと思っていたの」

「ほう」

「私は、たとえ醜い存在と疎まれようと艦娘を率いて提督として人間を守る、そう決めた。でも、その守るべき人から疎まれ続けるうちに、その覚悟が少しずつ揺らいでいったの」

 

 それも、納得できる話だった。

 自分を排斥する人間を、誰が守ろうというのか。

 

「どうしようって思ったの。このままじゃ私は提督という肩書は背負えない。……だから私は、艦娘の為に戦うことにした。いつか艦娘たちが笑って、山登りをして頂上でお弁当を食べたり、水族館で魚を見てはしゃいだり、そういうなんでもないことを実現したいと思ったの」

 

 なんでこんなこと話してるんだろう、と彼女は頬を掻きながら照れたように取り繕った。

 いや、なるほど。

 

「その気持ちはとても尊いものだと思うよ。大事にするといい」

「人間を助けないって言ってるのに?」

 

 立花提督は、少し自虐的に笑った。

 

「いいや、結果的にそれは、人間を助けることに繋がっている。その夢だけ実現したいなら、逆に艦娘で人間を駆逐してしまえばいいんだ。そうすればほら、君たちを疎む存在も消えて、艦娘たちは笑いあえて、万々歳じゃないか」

「でもそれは――」

「ね、そこなんだよ」

 

 ずいぶんと人間味のある提督さんじゃあないか。人間と疎遠になりたがっていても、やはり捨てることは出来ない。

 そういう心を持っている。

 そういう人こそ、提督という価値ある肩書に向いている。

 

「そういう優しさが、貴女を貴女足らしめているんだろう。だから、それはとても尊いものだよ」

 

 分かり切ったようなことを言ってすまないね、と一言詫びておく。

 しかし、やはり立花提督は恥ずかしそうにしていた。

 ……翻って自分はどうか。先程の様な、人を駆逐してしまえという発想が出る時点ですでに、提督というものからはかけ離れているだろう。人としての心が足りていない。

 だから、自分は提督になりたくなかった。

 だけど、提督の力になりたかった。

 

「……さ、食堂とやらに向かおうか。もうみんな待っているんじゃないか?」

「う、うん、そうだね、行こうか。ついてきて」

 

 いくらか敬語が抜けて、おそらくこれが本来の立花提督であろう少し幼くなったような話し方が自然になってきた。

 改めて思う。めっちゃ美人。

 先程くぐった執務室の扉を今度は反対側から押し開けるが、入った時の様な重苦しい音は聞こえなかった。

 ところで、と立花提督に話しかける。

 

「この鎮守府には何人くらいの艦娘がいるんだ?」

「あれ? 配属されるときの資料に書いてなかったかな」

「……実はあまり目を通せていないんだよ。この配属に関しても割と急な辞令でね。受け取ってからの数日は準備に追われていたんだ」

「そっか。今この鎮守府には80人くらいが所属しているよ」

「具体的な数字はないのか?」

 

 そう言うと、少し迷ってから話し出した。

 

「ここは少し特殊な鎮守府でね。他の鎮守府から艦娘を受け入れて、訓練する場でもあるんだ。もちろん通常業務はあるけどね」

「なるほど。それで入り混じっているから、所属艦は不定数なのか」

「……その送られてきた子が、返してもらう気のない艦娘だったりするから。所属は他のところだけど、実務上はここの鎮守府で運用してる子もいるからね。だいたいの数しかだせないんだよ」

 

 これは、あまりまだ聞かない方がよさそうかな。

 

「あ、提督さんっぽーい!」

 

 と、通路の先に明るい金髪の子と、黒髪の子が見えた。

 あの横ハネした耳みたいな髪の毛は、さっきも見た夕立と時雨だろう。

 

「あら、夕立ちゃん、時雨ちゃんも。どうしたの?」

「遅いからむかえに来たっぽーい! 早く早くー!」

「あ、ああ、引っ張らないでぇ」

 

 ぐいぐいと引っ張られる立花提督を眺めながら、遅れないようについていく。

 と、横に並んだ時雨がこちらを見上げてきた。

 

「さっきも会ったね。自分は憲兵の小林だ。よろしく頼むよ」

「もう知ってるかもしれないけれど、僕は時雨。白露型駆逐艦の二番艦だよ」

 

 よろしく、と涼やかな声が響く。

 

「憲兵さんは不思議な人だね」

「一言目にしてはなんとも辛口な評価だね。まぁ仕方ないといえば反論の余地はないのだけれど」

 

 ここまで何度自分の価値観を疑ったことか。

 

「あ、いや別に悪い意味で言ったんじゃないさ。どちらかと言えばいい意味じゃないかな」

「さて、それはどんな意味なのか自分には見当がつかないな」

「本当かい? それは残念だね。あ、今のは悪い意味だよ」

「それはだいたい分かるからあえて口に出さなくても大丈夫かな」

 

 なんとも小気味良い会話の応酬だった。

 そうこうしているうちに、食堂に到着したようだった。少し前からいい香りが漂ってきていて、お腹が主張を始めていたのだ。

 

「小林中尉、ここが食堂です。先に私が入るので、呼んだら来てください」

「了解です」

 

 一言済ませ、立花提督は食堂へ入っていった。時雨もそれに続いて入った。

 よし、何も言うこと考えてないが、どうしよう。一発ギャグとかした方がいいのだろうか。いや、自分のキャラ的に不可能である。普通にやろう普通に。

 なんてことを考えながら待っていると、不意に視線を感じた。

 つい、と視線を巡らせると、少し離れたところに、金色がいた。

 

「――夕立? どうしたんだそんなところで。入らないのかい?」

 

 そう言えば入っていったのは立花提督と時雨だけだった。

 夕立は、何か理由があってここに残ったのだろうか。

 

「……憲兵さん」

「どうした?」

 

 夕立の目は、酷く怯えていた。先程立花提督を引っ張っていった時とはまったくもって別人のようだった。

 ――パーソナルスペース、という概念がある。人と人との距離感のことだ。家族が触れるくらい近くで立っていても気にならないが、それが知らない人ならそうはいかないだろう。

 憲兵としての職務をするにあたってそういうことも学ぶのだが、夕立との距離は約2メートル。これはかなり警戒されている距離だ。

 

「……憲兵さん、お願いがあるっぽい」

「なんだろうか。自分に出来る事ならなるべく努力するよ」

 

 夕立は静かに、祈るように手を合わせて、震える身体を隠しながらこちらを見た。

 怯えないように、無言で続きを促す。

 

「あの、私と、……仲良くして欲しい……っぽい」

 

 ……ん?

 どういうことだ?

 

「仲良く……とは具体的にどういうこと?」

「ッ、あ、あの、おしゃべりしたり、お昼ご飯を一緒に食べたり、そういうことしたいなって、思って……」

 

 夕立は視線を下げてしまった。

 ふむ。

 これも逆転の影響なのだろうか。でも、ちょっと夕立のこれはなにか違う気がする。

 

「それくらいなら喜んで。自分もまだここに来たばっかりだ。よければこの後暇なら、鎮守府内を案内でもしてくれないかな」

 

 そういうと、夕立は落としていた視線を驚いたように上げた。

 

「いいっぽい!?」

「ん、構わないよ。というかむしろこちらからお願いしたことだし」

 

 そういうと、わちゃわちゃと動き出した。嬉しさが溢れてくるのを、どうにかしたいけどどうにもできないような動きだった。

 ここでばあちゃんちの犬を思い出すのは失礼だろうか。

 そして、飛び上がったり足踏みをさんざんした後、こちらを振り返り、

 

「憲兵さん! 握手して欲しいっぽい!」

 

 そう言った。

 もちろん自分に否はない。

 

「これからよろしくな、夕立」

「~~~~~ッ!!」

 

 がばちょ。

 そんな擬音がぴったりだろうか。

 握手をして、よろしくと言って、笑いかけた次の瞬間には捕食されていた。

 いや、食べられてはいないのだが。

 単純に、夕立が抱き着いてきたのだ。

 

「ちょ、おい、どうした」

「………」

 

 夕立は自分のお腹に顔をうずめたままピクリとも動かなかった。

 先程の北上の感じとは違う。何か、必死さを伴うものだった。

 それを何となく感じ取り、払うようなことはしない。ゆっくりと夕立の頭を撫でることにする。

 少しびっくりしたように震えたが、後はもうされるがままだった。

 ――ふむ、と思考を巡らせる。

 実はさっき見て取れたのだが、夕立の手が気になった。

 艦娘というのは不思議な存在で、戦闘でダメージを受けても基本的に体に傷を負うことはない。全て纏う服と装備に蓄積される。

 しかし無傷というわけでもなく、損傷したダメージは入渠することによって回復される。たとえそれが死に体であってもだ。

 しかし、夕立の手には、なぜかいくつもの裂傷があった。それもただ傷があるのではなく、古傷だ。

 これは変だ。さっきの入渠というものがある以上、傷は癒えるはずなのだ。

 もし傷が残る状況と言えば、治療されずに放置されたか、傷が癒える前にさらに傷を負う状況が続いたか、自分で治療を拒否したか。

 いずれにしても、ただ事ではないだろう。

 果たしてこれは自分が介入するべきことなのか。

 そんなことを考えてるのと、夕立がごそりと動いた。

 

「……憲兵さん」

「なんだ?」

 

 夕立は顔を上げる。

 

「私は、――信じていいの?」

 

 そのルビー色の瞳に吸い込まれそうだった。

 だが、言葉に窮することはなかった。

 

「ああ、構わないよ。信じた分、裏切られたと感じることがないよう努力するさ」

 

 そう言うと、もう一度夕立が抱き着いてきた。それは先程の必死なものとは、また違った雰囲気だった。

 と、なんとなく夕立に集中していたが、耳端に何か引っかかるものがあった。

 

「――さーん、小林中尉ー? 小林さーん?」

 

 あ、と思い出した。

 立花提督が呼んでいる声だ!

 

「夕立、すまないが離れてくれ、立花提督が呼んでいるから入って挨拶しなければならない!」

「………」

 

 夕立は無言のまま抱きしめている。

 いや、こんなタイミングでどうかとは思うが、それはそれ、これはこれだ。

 

「あの、夕立? 夕立さん? おーい」

「むー!」

 

 いや可愛いけど。可愛いけど! 凄く心苦しいよ自分だって!

 などと思っていると、不意に拘束が解かれた。

 

「すまない、さっきも言ったが後で案内を頼む。ではっ」

 

 そう言い捨てるようにして、扉に手をかけた。

 少しの力で開いた扉の向こうは、やはりとてもいい香りがした。

 何人いるか分からない数の艦娘たちの視線が集まるのを感じる。そこには色々な感情がこもっていたが、まだ触れるべき時じゃない。

 前を向けば立花提督がにこりと笑いかけ、こちらですよとジェスチャーをしてくれた。

 これが自分の憲兵としての始まりなんだ。

 そう思うと自然と背筋が伸びる気がした。

 いつまでも立ち止まっているわけにもいかない。

 そう思い、一歩踏み出した。

 ――そして、次の瞬間には後ろからの衝撃を受けてその一歩を踏み出せず、食堂の床にヘッドスライディングを決めた自分がいた。

 

「むー!!」

 

 むくれた夕立を背に、なんだこれ、と自問自答しながら。

 

 どうやら、自分の憲兵としての始まりは、こんな感じらしい。




なんとなく分かるかもしれませんが、私は北上さんが大好きです。あのぐでーっとした感じがたまらない。

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