「先程紹介に預かった小林憲兵中尉です。憲兵としての配属だけど、基本的に立花提督の手伝いと鎮守府の警備といった業務の方が多いだろうと思う。これから何かと顔を合わせる機会は多いと思うけど、用事があれば何でも言ってくれていい。きっと、助けになろう。これからよろしく頼む」
そう言って締めくくる。
艦娘たちからは、懐疑の目もあるがある程度の拍手をもらえた。
「さて、では小林中尉に質問もあるだろうけど、それは食事をしながらにしましょう。それに、小林中尉も同意してくれたけど、公的な場でない限りは気軽に話しかけてもらって大丈夫だから。だから遠慮なく絡んであげて下さーい」
言い方が若干気になるが、まあいいとしよう。問題はないし。
それよりも、ここからどうやってこの状況を打開していくかだよなぁ。
一応食事会ということで来たのだが、いやはやこんなに静かで誰も食事を取りに行かない食事会は初めてだわ。誰か助けて。
と、1人の女性が立ち上がり近づいてきた。
「初めまして小林中尉。私は正規空母の赤城です」
「こちらこそ初めまして」
「すいません、先程提督からも聞いたのですがもう一度確認の為に聞かせて下さい」
「ああ」
もう何度聞かれただろうか。
それに、もう答えも決まっている。
「私たちのことがどう見えていますか」
「……自分から見てではあるけど、君たちは綺麗だ。その容姿は自分の前で隠す必要はない。それに、自分は君たちを尊敬している。国のために没し、しかし今再び国の危難のために命を燃やしている。それを尊敬こそすれ、蔑むことなどありえない」
これは紛れもなく本心だ。
いくらある程度の海域を確保しても、それで安心とは全く言えない。しかし人は、自分だけは大丈夫だと勘違いをする。危険性を過小評価する。
それは正常性バイアスという当然の作用ではあるが、だから危険なのだ。
「だから、気にすることはないよ。自分も君たちとは仲良くなりたいと思っているし。それに、信頼関係がないと意味ないからね」
「……私たちの様な存在に、寛大な対応ありがとうございます。その言葉が真であるなら一つお願いしたく思います。……私と握手してもらえますか?」
「もちろん喜んで」
手と手を合わせる。
思ったよりもしっかりした手だった。弓を引く手だからだろうか。
「そういえば、一応こういう口調が自分の癖なんだけど、不快に思ったのなら言ってくれ。人によっては上から目線だとか威圧感があるとか言う人もいるんだ」
「いえ、私たちの口調の方が無礼にならないかと心配ではあります」
うーん。やけに、自己評価が低い。
ここに来てからずっと、変な違和感がある。どう考えたって、艦娘の自己評価が低い。
こんな世界なら仕方ないのかもしれないが、それを原因としてしまうには彼女の態度は特に不可解が過ぎる。
「……もう少し砕けた態度で構わないよ? 自分もあまりそういうのは慣れていないし、この鎮守府の方針にそぐわないところでもあるだろう?」
そう言うと、赤城は少し困惑したようだった。
「いえ、言っておりませんでしたが、私はこちらの艦娘たちの代表として立っております。であるなら、きちんとした態度でお迎えしなければなりません」
きちんと、ね。
まだ疑問は晴れないけれど、いつまでもここで話し込むわけにもいかない。
ちらりと立花提督に視線を移すと、どうやら察してくれたようだった。
「さて、こうしてても仕方ないからさっさと食べちゃいなよー! 午後からまた訓練あるからねー!」
立花提督がそういうと、ぽつりぽつりと、そのうち皆が食事をとるために立ち上がり始めた。
この食堂はどうやら食券制のようだった。
とはいえ学食のように何種類もあるわけではなく、今日に関しては五種類ほどの選択が出来るようになっていた。
さて、と自分はどこで食べようかと迷っていると、立花提督からちょいちょいと手招きされた。
「小林中尉、こちらで食べましょう」
「ああ、ありがとう」
そう言ってそのテーブルに近づくと、先ほど執務室であった艦娘たちがいた。
それと同時に後ろから軽い衝撃があったが、それは今は置いておく。
「すまない、お邪魔するよ」
「テートクが誘ったのデスから、楽しくお喋りしまショウ」
自分の斜め向こうで、金剛がにこりと笑った。
金剛といえばもっとはっちゃけたイメージがあったのだけど、例えばバァァァニングッッ(溜め)ラアァァァァァブ!!!(相手は死ぬ)くらいのイメージなんだが。
個体差があってもおかしくはないから、そこまで気にすることではないかもしれないけど。
「まあ少なくとも来たばかりの自分に対して取る態度ではないか」
「何か言いマシタ?」
「すまない、何でもないよ」
さて自分も何か取りに行こうかなと思っていると、ストンと自分の目の前に皿が置かれた。
ハンバーグ定食のようで、上にかかったデミグラスソースが匂いと色で胃に訴えかけてくる。
その皿を差し出してくれた手をたどると、潮がいた。
「ひ、あ、あの、よければ、召し上がって下さい……」
「自分のために? ありがとう、喜んで頂くよ」
そう微笑みながら伝えると、パタパタとまた受取口へ向かって行った。どうやら自分の分を受け取りに行ったらしい。
まだまだ時間はかかりそうだが、こうしてお世話をしてくれているのを見ると、なんだろう、ちょっと自分の子供を見ているような感覚に陥る。これが父性というやつだろうか。
「ちょっと憲兵さん、もう手を出してるの?」
「憲兵さんは小さい子が好きなのー? っていうか座ったら?」
自分の両側へ座ったのは、瑞鶴と北上だった。
さっきぶりだが、ずいぶんと砕けてくれたものだ。当然、こっちの方が楽でいい。
「いや、いい子だなと思ってな。いつもあんな感じなのか?」
「まぁそうね。潮はいい子よ」
「駆逐艦だけど、ウザくないから嫌いじゃあないかねぇ」
潮もそうだけど、一つのテーブル上で自分から一番遠い位置で昼食を取っている曙も、いい子には違いないんだろうな。
「しかし、なんでハンバーグ定食なんだろう?」
「あー、多分それは、潮が一番好きな料理だからじゃないかしら。気に入られたんじゃない?」
なるほどな。本当にそうなら嬉しい限りだ。
と、不意にその曙がこちらを見た。
「ねえアンタ」
「ん、自分のことかな。なんだ?」
「なんで誰も突っ込まないのか知らないけど……腰のソレ、どうにかしたら?」
「……ふむ」
曙の視線は自分というよりは、その後ろに向けられていた。
それもそのはずである。
赤城との掛け合いが終わり、食事をしようとこちらへ来たとたんにこうなったのだ。
「……なあ」
「む」
自分を後ろから羽交い絞めにする一つの影。
そこにいたのは、まだ何かに怒っている夕立だった。
たぶん夕立のことを無視する形で挨拶へ向かおうとしたからなんだろうけど……、なんでここまで怒るんだい君は。
「どうしたんだ一体。何か怒らせてしまったのなら謝らせて欲しい。しかし、自分の頭ではどうも思いつかないんだ。どうか教えてくれないか?」
どう言えば伝わるかと考えながら言葉を口にするが、なんとも変な言い回しだ。
「……夕立」
「え?」
ぼそりと夕立が呟いた。
「夕立って呼んで欲しいっぽい」
「夕立? さっきからそう呼んでいるだろう」
「でもさっき、夕立さんって言ったっぽい」
え、ああ、いや確かにそういえば呼んだけど。え、それだけ?
「あらあら、夕立ちゃんとは仲良くしてあげて下さいね」
あらあらあらと言いながら脇をすり抜けていく愛宕。その手にあるトレイにはうどんが大盛りで乗っていた。
「さん、は、嫌っぽい……」
愛宕に気を取られていたが、夕立は真剣な目をしてこちらを見ていた。
「そ、そうか、夕立。すまなかったな。そんなに深い意味はなかったんだが、不安にさせてしまったんだな。今度からは気を付ける」
「ん」
そう言って仕切り直して抱き着く夕立の髪の毛を、両手を後ろに回しわしゃわしゃと撫でる。
うにゃうにゃと言っているが、嬉しそうだ。
「お腹すいたっぽい!」
「そうだな、夕立はそろそろ離れようなー」
そう言って優しく席へ促すと、しぶしぶ立花提督の隣の席へと向かって行った。金剛やほかの艦娘たちが迎え入れ、夕立はまた笑顔になって、どうやら自分のことを周りに話しているようだった。これは気恥ずかしい限りだ。
「どうやら仲良くなれたみたいだね」
「時雨か」
「僕も夕立と仲良くなってくれると嬉しいよ」
「ふむ……、時雨、少し聞きたいことがあるんだがいいか?」
「まだ駄目だね。もう少し僕の好感度を上げてからもう一度言うといい」
夕立のことを聞こうとしたが、素気無く跳ね返されてしまった。
「これは手厳しい」
「若しくは夕立から直接聞くんだね。憲兵さんなら話してくれるかもしれないよ?」
どうやら自分の聞きたいことも当然のごとく知っているようだった。なかなか強かな子らしい。
「ま、いいか」
「いいの?」
「ああ。少しずつみんなのことを分かっていけたらいいさ」
ふぅん、と時雨は息を漏らした。それはあまり不快なものではなかった。
「さて、じゃあとりあえず座ってもらえるかな」
「ん? ああ」
さて、と、時雨は後ろから肩に両手を置いた。
「みんないろいろ聞きたくてうずうずしてるだろうから、ここらで僕は手を引こうと思う」
「んん?」
「じゃ、頑張って」
スッと時雨が離れる。
と、同時だった。
「どうも初めまして青葉と申します小林憲兵さんですねよろしくお願い致しますで聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか!!」
すごい勢いですね……!
「あ、ああ」
「ではまず――」
今はただ、ハンバーグが冷めないうちに終わることを願うばかりだ。
全然いちゃいちゃ出来なかった。いちゃいちゃしたい。というか父性を感じてほしい。
次からは、できれば艦娘個別の話にして交流できたらいいなと思う(希望)。
あと、なんでかシリアスな話に持っていきたがるこの手が憎い。いちゃいちゃさせて。