矜持、という言葉がある。
『矜』とは誇ること。矛を手に持つことが誇りとされたことが由来である。
『持』とは保つこと。寺は保つことを意味し手中で保つという意味がある。
つまり矜持とは、『誇りを持ち、且つ自分の中に留め続ける』という意味合いが強い。
金剛とはつまり、そういう子なんだろう。
知った風なことを、と言われても仕方ないが、これでもそれなりに生きてきたのだ。前世と合わせてもう40。アラフォーなのだ。それでも肉体に精神が引きずられているせいで、若い気分ではいるのだが。
ともあれ、今世の幼少期など、人間観察が趣味になるほど暇をしていたのだ。
それにヒントはあった。周りの艦娘たちの目である。自分も注目されている自信はあったが、金剛も同じように注目されている気がした。おそらく、金剛の反応を見ていたのだろう。建造された順番は知らないが、それでも金剛というビッグネームはどこまでも轟いているのだ。
「ねぇ憲兵さん」
さすがは金剛。潜水艦の雷撃で唯一沈められた艦とか言われてるけど、直接の原因でなくともきっかけとなった艦は他にもいっぱいいるのだし、気にするな気にするな。
「憲兵さん」
ははは……。
「全機爆装、」
「すまない、なんだ?」
自分が悪かったから瑞鶴さん、いっちゃわないで。
「小林中尉、色々聞きたいことがあるんだけど……」
「ああ、なんだ?」
「ケンペイサーン!! それは内緒デース!!!」
観念して立花提督の質問に答えようとすると、横から顔を真っ赤にして金剛が割り込んできた。
いやまあそうなるだろうなー。金剛にとっては不意に泣いてしまったから、恥ずかしい話なんだろう。こっちからすればなんとも素敵な話じゃないかと思うのだが、本人からすればそうでもないらしい。
そして他の艦娘からすれば、廊下から泣き声がして覗いてみると、自分があたかも金剛を泣かせている現場だったのだ。
すぐさま食堂に引きずり込まれ、立花提督に弾劾を受けそうになるのも納得である。
ひらりと手を金剛に向けて、口を開く。
「すまない立花提督、この通りだ。金剛のためにもこの場は勘弁してくれないか」
「テートクゥ! 勘弁ネー!!」
「……金剛ちゃんが小林中尉を庇ってる時点で悪い事ではないようだし、いいでしょ。でも金剛ちゃん、あとで教えてね?」
「うう……、絶対デス?」
「デース」
「ううう……」
やはり立花提督は一応ヒエラルキーの頂点に立っているようだ。仲がいいとはいえ、そこはちゃんとしているのだろう。立派な人だと思う。
ただまあ今回は使いどころがなかなかえぐいが。
「さて、小林中尉。このあとなにか予定は?」
「夕立に鎮守府の案内をお願いしているから、何もなければそうなるかな。その後は巡回ルートや何かあった際の警戒場所や装備品の確認、あとは警備計画書の再確認と、必要であれば内容の訂正をしようかなと思っている」
「結構することあるんだね……」
「まぁ初日だからね。とにかく一番しなきゃならないのはどこに何があるのかということを、徹底的に頭に叩き込むことだ」
つまり、といいながら夕立を見る。
「鎮守府の徹底的な案内、期待しているよ」
「……! っぽい!!」
ああ、夕立の背後に千切れ飛ばんばかりのしっぽが見える……。
「なるほどねー。じゃあ引き留めても申し訳ないね」
「すまないな、用事があれば呼んでくれ」
「ん、分かったよ」
さて、と腰を上げる。
「ケンペイサーン!」
「なんだ?」
「さっきはsorryネー!」
「構わんよ。また何かあったらいつでも言うといい。溜めるとストレスになるからな」
「Thanks!」
「ああ。で、夕立は食べ終わったか?」
「ぽい!」
「では行こうか。よろしくな」
そう言って、夕立を連れ立って食堂を出る。
先程も感じたが、ここはかなり蒸し暑い。すぐに熱中症になってしまいそうだ。ちなみに廊下にも冷房設備はあるのだが、電気の節約で使っていないそうだ。
……しかし、なんにしたって蝉がうるさい。
昔はツクツクホーシやらヒグラシやらどこにでもいたものだが、今じゃクマゼミばかりだ。それもそこら中にいるおかげで、豪雨のようである。蝉時雨とかいうレベルじゃねぇ。
「ここで蝉時雨って言ったら殴るよ」
「思いつきもしなかったよ」
はははと笑うが、どうも上手く笑えている気がしない。
しかし何気なく一緒に付いてきていた時雨が、綺麗に横で笑っていた。その完璧な笑顔が今は怖い。
「じゃあ夕立、最初はどこから案内してくれるんだい?」
「まずは入渠するところっぽーい!」
「ちょっと待って」
――とまぁこうして案内が始まったわけだけれど、この鎮守府はかなり大きい。
いくつかの隊に分かれて開放した海域を巡回し、軽巡洋艦と駆逐艦と潜水艦で遠征を行い、練度の低い艦娘は残った高練度の艦娘と演習を行う。さらに、鎮守府近海の警備は昼夜問わず行われている。
当たり前といっては当たり前だが、さっき食堂に顔を出さなかった艦娘の中には、夜勤で今まさに就寝中の者もいたのだろう。
夕立が実に様々なところまで案内をしてくれたおかげで、少なくとも道に迷うということは今後なさそうだと思った。
しかし、案外この鎮守府を設計したやつは面白いヤツだと思う。どこの鎮守府もそうなっているのかは分からないが、いたるところに隠し部屋というか一畳くらいの隠しスペースがあるし、数はないが隠し通路のようになっているところもある。さながら要塞のようだった。
夕立がそれを案内しながら説明している横で時雨が驚いているのを見ると、どうやら全体に知らされているわけではないらしい。夕立に聞くと、自力で見つけたとのこと。
それら隠されているはずのものを見つける辺り、夕立の感覚の鋭さが垣間見えるところである。
「これで全部かしら。うん、ここで最後っぽい!」
そうして最後に案内されたのが、艦娘の寮である。
……いや、大事だが。何かあった際には構造を知っておくのは大事だが。とはいえここ女子寮ですよね。
「……分かった、行こう。しかし、自分が勝手に入ってもいいところなのか?」
「んー? たぶん大丈夫? ぽい?」
凄く曖昧!
「あー、憲兵さん。夕立の言う通り、多分大丈夫じゃないかな」
「なぜだい?」
「もう憲兵さんが鎮守府をあっちこっち回ってるのは知れ渡っているはずだし、提督がみんなに広報もしてるはずだしね」
なるほど、それならば問題あるまい。あとは自分が気を付けて回ればいいだけだ。
「よし、夕立。案内頼んだぞ」
「任せるっぽい!」
ぽいぽーいと言いながら寮に入っていく夕立を、時雨とともに追いかける。
この寮は4階建てで、ある程度戦艦だとか巡洋艦だとかで区割りがなされているようだ。そして部屋割りもある程度好きなようにしていいらしく、だいたい4人部屋くらいの大きさがベースとしてあって、もう少し大きい部屋や小さい部屋など、わりと多種多様である。
たぶん駆逐艦は大部屋で寝ているんだろうなと思ったら、やはりそうだったようで、吹雪型の部屋とかがあった。
「まぁ至って普通の寮だな。強いて言えば壁がかなり頑丈であることくらいか」
「そうだね。どこだって兵器工場や倉庫なんかは頑丈に作るものさ。いざ戦う時に武器が無ければ大問題だからね」
「確かにな」
確かにな、じゃないんだよなぁ。
「そういえばあまり艦娘と出会わないな」
「まぁこの時間は一番人がいない時間帯だからね。歩いているといったら完全オフの子たちくらいじゃないかな。……ほら、まさにあんな感じさ」
そう時雨が指さす先に、小さな子がいた。おそらく駆逐艦だろう。
「やぁ龍驤さん、こんにちは。どうしたんだい?」
「時雨やないか。暇やからちょっと訓練見とってな、今帰ってきたとこなんよ」
あっぶねー!!!
見て気付けよ!! 軽空母の龍驤さんじゃないですか!!!!
「んで、こいつが今日から配属されたっちゅー憲兵かいな」
「初めまして、かな。自分は小林憲兵中尉だ。今後ともよろしく」
「軽空母の龍驤や。よろしゅうなー……、ところであんた」
「なんだい?」
「うちのこと駆逐艦や思たやろ」
バレてるぅ!!
「いや、そんなことはないが」
「バレバレやっちゅーねん」
龍驤はやれやれというように肩をすくめた。
「まぁ分からんでもないで? この体や。おんなじ軽空母の千歳なんか見てみい。なんやあれ。発着艦できるんかいな。へこますぞワレ」
最後に素が見え隠れしてますよ!
「まぁええわ。これからよろしゅうな」
「……ああ、よろしく」
「もうちょいしたら演習やるゆーてるから、良かったら見てきぃ。ここで憲兵するんやったらある程度艦娘の練度も知っとくべきやろ」
「まさにその通りだな。あとで向かうとしよう」
「そんじゃなー」
そう言ってまたゆらりと歩いていく龍驤。
いやはや、最初から最後まで彼女のペースに流されっぱなしだった。
「凄い艦娘だな、龍驤は」
「龍驤さんはすごいっぽい!」
「そうだね。龍驤さんは柱島第一鎮守府が発足した当初からいた、最古参メンバーの艦娘なんだ。当然練度も相当なものだよ」
いわゆるメイン火力というやつか。軽空母とはいえ、最初は普通に正規空母だったわけだし。確かゲーム内でも艦載機スロットが多いのと少ないのとがあって、そこに何を装備させるか迷った覚えがある。
しかしなんといっても、軽空母でスロット2の搭載が28はやばい。
「さてもう少し回ったら、龍驤の言う通り演習を見に行こうか」
「そうだね」
「ぽーい」
「そろそろ行こうか、夕立、蝉時雨」
「ぽい!」
「いまなんつった?」
……ちょっと冗談のつもりで言っただけなのだが、横の時雨から無表情かつ瞳孔開きっぱなしの色のない目でガン見されて脂汗が出てきた。
目を合わせないようにしてスタスタ歩く自分と、その横に余裕で付いてきながら「ねぇいま、いまなんていったの? ねえねえねえねえ」と壊れたレコードのように垂れ流す時雨、それを不思議そうに眺めながら後ろからぽてぽてとついてくる夕立、というなんともカオス空間の出来上がりだ。
今度からこのネタで時雨をおちょくるのはやめよう。
そう自分は心に誓うのだった。
タイトルは一名様ご案内。
夕立には鎮守府を、時雨には地獄の入口がギリ見える所くらいまで案内されてます。