美醜逆転した艦これ世界を憲兵さんがゆく   作:雪猫

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ブラック鎮守府というものがあります。
①艦を犠牲に強硬攻略するもの
②艦娘を人身売買するもの

このあたりよく見かけますが、私のところはというと、
③さんざんアピールするのに手を出してくれない

こんな第三型ブラック鎮守府を私は目指したい。


009 - 闇に惑う憲兵

 というわけで演習場に来た。

 来たのだけれど。

 

「んー、なぁ時雨」

「なんだい?」

「たぶんだがこれもう終わっているな」

「そうだね」

 

 演習場には何人かの艦娘が撤収作業をしている最中で、演習していたであろう艦娘は一人もいなかった。

 今ここにいるのはそれ以外の、お手伝いに来た艦娘だろう。全体的に駆逐艦が多い気がする。ああ、そこにいるのは第六駆逐隊ではないか。必死に演習弾を倉庫に運んだりしているのを見ると、なかなか癒される。

 しかし、運ぶのはいいんだが、艤装を背負ったままでは重くないのではなかろうか。

 

「なぁ時雨」

「なんだい?」

「艤装背負ったまま作業をしているが、重くないのだろうか」

「僕たちは艦娘だよ? 艤装をつければ出力は上がるから、むしろ楽になるよ」

 

 なるほど。

 ただし、艤装をつければ船としての性格が表面化するから提督に逆らえなくなる、ということなのかもしれない。……もしかして、これも艦娘自身がモノであると認識する一端なのだろうか。

 

「憲兵さーん」

「どうした夕立」

「もうすこし居たかったけど、そろそろ寝なきゃダメっぽーい……」

「ん? 寝る?」

「ああ、僕らは鎮守府近海夜間哨戒任務があるんだ。2200からだから、そろそろ寝て、起きてから夕飯を取って、それから任務に行かなきゃ」

「……なるほど、それならば仕方ない。ここまで本当にありがとう。君たちのおかげでかなりここのことが理解できたと思う」

 

 素直に感謝を述べると、二人とも恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「また今度お礼がしたいから、何か考えておいてくれ」

「なんでもいいっぽい?」

「まあ自分が実現可能な限りでな」

「言ったね?」

「時雨はある程度手加減してくれ」

 

 フフフと暗黒微笑を浮かべる時雨に、肩をすくめる。

 そんな自分たちを、夕立はニコニコしながら見ていたので、仲良く見えているのかもしれない。

 

「それじゃ、僕たちはもう行くね」

「またね、憲兵さーん!」

「ああ、ほんとにありがとう。おやすみ」

 

 そう言って二人は先ほどまでいた寮の方へ歩いて行った。

 やはり仲がいいなあの二人は。よきことである。

 さて、とこれで一区切りだ。一人になったことだし、もうちょっと歩き回ろうかな。

 そう考え、夕立たちとは別方向へ足を向ける。赴任一日目としてはもうわりと働いた気がするので休みたい気分ではあるのだが、怠け癖が付いてしまうのはよろしくない。

 そう考えた結果、とりあえずもう一度ぐるりと見て回ってから自室へ戻ろうか。

 

 ……いや、ちょっと待て。

 

 ふいに何か違和を感じた。決定的な何かを忘れている感覚。

 なんだ、なんなんだこれは。体中を不快感が駆け回る。何か、大事な何かを。

 そう、例えば、

 

 自分の荷物はどこへ行った?

 

 やっべ。執務室に忘れてきた。というか、これからやってくるであろう自分の荷物を受け取るために自室も確認しなければならないのに、それも忘れていた。

 ……やっべ。

 とりあえず、早足で執務室へ戻ることにする。

 途中途中で艦娘に話しかけられたが、大変申し訳ないがまた後でと遠慮してもらった。まだお互い自己紹介していないので名前は呼べないが、蒼龍とか望月とかがいた。

 しかし驚いたのは、磯風がいたことだ。秋刀魚漁を頑張ったのだろうか。それに、海外艦も何人か見掛けた。そもそもが大人数の鎮守府であるからそれくらいは当然なのかもしれないが、やはり驚きの方が勝っている。

 というか、大鳳もいたし、なんなら大和もいた。

 もう何も言うまい。

 そんなこんなで執務室に舞い戻ってきた。

 

「すまない、立花提督はいるか?」

 

 扉をノックしながら声をかける。

 

「へっ、あ、は、はい、ちょっと待ってください!」

 

 中でバタバタと騒がしい音がした後、ゆっくりと扉が開けられた。

 そして、わずか五センチほど開けられた扉の隙間から覗く瞳。

 軽くホラーである。

 

「あの、どなたでしょうか?」

「自分は小林という。憲兵として本日から配属になったんだが、立花提督はいらっしゃるだろうか?」

「……どのようなご用事で?」

「ん、自分の部屋を確認していなくてね。どこだろうかと尋ねに来た」

「……少し待っていてください」

 

 ガチャリ。

 軽い音とともに空間は別け隔てられた。ある意味これが今現在の心の距離かな?と思うと俄然悲しくなってくる。

 しかし今の子は誰だろうか。金髪で、多分髪は長めだ。体躯から考えて戦艦以上ではなさそうだ。となるとだいたい限定されてくるが……いや、これだけの情報から誰だと推理するのはなかなかに難しい。

 わからん、と心中で嘆息する。

 と、再び扉が開けられた。先程とは違い大きく開かれた先にいたのは、

 

「阿武隈か……」

「え?」

「あ、いやなんでもない」

 

 なるほど、阿武隈か。前髪わさわさしてやろうか。

 などと思っていると、少し擦り下がりながら前髪を気にしていた。しまった、視線で気付かれたか。まだまだ自分も修行が足りない。

 

「あら、小林中尉、どうしたんです?」

 

 つい先ほども似たような光景だ。

 机で書類と格闘している立花提督の姿がそこにはあった。

 

「自分の荷物をおそらくここに置いてきたのではないかなと思ってね」

「ああ、それならそこにあるよー」

 

 視線を横にずらすのに合わせてそちらを見ると、なるほど、自分の荷物がまとめてあった。とはいえ、当日に必要となるようなものばかりなので、バックパック一つ分だけだ。追ってその他の日用品が届くだろう。

 

「すまない、ありがとう。ところで自分の住むところというか、自室になる場所はどこだろうか。先に荷物を運んでしまいたいんだが」

「それなら、入口の守衛さんに聞いたら早いかも。入れ替わりになるので」

 

 なんだと。

 もしかして男一人になるのか。

 

「……もしかして聞いてなかった感じ?」

「ああ」

「そっかぁ。まぁあの人も好きでここにいたわけではないし、当然っちゃあ当然なんだけどね」

 

 そういえば守衛さんから、物好きなやつだ、みたいなことを言われたな。その時は言葉の意味が解らなかったが、まぁそういうことだ。

 

「わかった。じゃあとりあえず守衛さんに挨拶してこようかなと思う」

「それがいいよ。なんだったら遅いくらいだしね。もしかしたらもう出る準備をしているかもしれないよ」

「……本当に入れ替わりでいなくなるんだな」

「……まぁ、ねぇ。ただの人間がモンスターハウスでの寝起きをしなければならなくなるなんて、悪夢以外何物でもないんじゃない?」

 

 なんとも反応しづらいブラックジョークである。

 

 何はともあれ、と自分は執務室をあとにした。

 守衛さんに会いに行くと既に荷物の整理は完了しており、あとは入れ替わるだけ。自分が来てわずか数時間で守衛さんはこの鎮守府を出て行った。結局、自己紹介もしないままだった。

 一応軍属の人であろうから、またどこかの勤務に派遣されるのか、それとも除隊するのかは分からない。ただ、なんとなくもう辞めるのではないかな、といった雰囲気はあった。

 ちなみに、部屋は広めのマンションのワンルームといった所か。守衛室に隣接されており、鎮守府本体とは物理的に切り離されている。これからここは憲兵詰所という名前に変わるのだろう。

 

「案外綺麗に使われていたようだし、良かったな」

 

 自分はタバコは吸わない派だが、別に嫌煙家ではない。ただそれでも自分の家に臭いが付くのは喜ばしい事ではないが、どうやら守衛さんは吸わない派の人だったようだ。

 

「荷物が本格的に届くのは明日という話だし……、とりあえず資料を読み返すか」

 

 そう言って、詰所内の椅子に座り、机の上に資料を広げる。が、1人で憲兵をやるにあたり、意味合い的には警備をしているわけではないことに注意しなければならない。もしそうであるなら、1人では無理がありすぎる。

 本来は艦娘の監視であり、実際は運営の手助けだ。もちろん警戒は怠らないが。

 パラリ、パラリ、と資料をめくる。外がだんだん暗くなって来たため、電気をつけた。

 ――しかしな、と今日のことを思い返す。

 本当にこの世界はおかしなことばかりだ。そもそも艦これの世界ということ自体がびっくりなのだが、どうしていろいろ逆転してしまっているのか。

 いやしかし、ある意味自分の嫌いなブラック鎮守府はなさそうだから、それはそれで艦娘には良かったのかもしれない。

 ……いやいやいや、それはその世界を知っているから言えることであって、この世界に生きる艦娘からしたら笑えない事態なのだろう。自戒しよう。

 

「……風呂にでも入るか」

 

 この隣接したワンルームには当然のように風呂もトイレもついている。ちなみにここが大事なのだが、風呂とトイレは別だ。もう一度言うが、ここ大事。

 部屋自体はそんなに大きくはないが、男一人で入る分には何の問題もない。むしろこれ以上広くても掃除が大変というものだ。

 そしてマンションのようだと言っても、一階部分しかない一戸建ての形なので、朝昼晩何時でも騒音を気にせず風呂に入れる。いやはや、素晴らしい事だ。

 風呂に関してもゆっくりとつかり、さてもう一度資料を読み直すか、というところで扉がノックされた。

 

「はいはい、どちらさまですか?」

「大和です。立花提督より夕飯の時間であるとお伝えして欲しいと言われ、参りました」

 

 ああ、そういえばもう8時も回ろうかという時間だ。むしろ時間としては夕食は終わっているくらいかもしれない。

 

「ああ、すまない、すっかり忘れていた」

 

 そう言いながら、とりあえず扉を開ける。

 夜の生暖かい空気と、今まで気づかなかった鈴虫をはじめとする夏の大合唱が耳朶を打つ。

 

「先程ぶりです、大和で――」

「さっきぶりだな大和……大和? どうした?」

「ひぁ、あ、あの、憲兵さん、あの、」

 

 どうも様子がおかしい。わたわたと顔を赤くして両手で覆っている。隙間から目が見えているのは、もはや言わずもがな。

 自分の姿を見てみるが、特におかしい装いをしているわけではない。

 なら状況はどうだろうか。やっと太陽の残滓がなくなり、暗くなって間もないころに、女性が男性の住居を訪ねる。うーん、微妙だ。

 などと思っていたが、解答はすぐに提示された。

 

「な、なんでシャツ一枚なんですか!」

 

 なんでだ。

 確かに黒色のTシャツ一枚だ。というか、Tシャツ一枚とジャージである。風呂上がりだから、当たり前といえば当たり前なのだが、何か問題でもあるのだろうか。

 しかしまあ、このあとも少し動き回る予定をしていたから、すぐにジャージは履き替えて、上も羽織る予定ではあったが。

 ――と、言うようなことを説明したら分かってくれたが、なんか怒られた。

 

「我々はあまり男性に耐性が無いんです! 自重して下さい!」

「あ、ああ、済まなかった。これからは気を付ける」

「分かったのなら早く着替えて来て下さい!」

 

 あまりに怒るのでそそくさと部屋に戻った。

 いや、まったく気にしていなかったが、なるほど。そういうこともあるのか?

 もしかしてあまり男に対する耐性がないとか、あるのかもしれない。

 

「なぁ大和」

「……なんですか」

 

 ちょっと頬を膨らませているような声に苦笑いが漏れる。

 

「艦娘は男性と接触する機会はそんなに少ないのか?」

「そもそも! 私達みたいな女性と積極的に接触したい人がいると思っているんですか!? バカにするのもたいがいにして下さい!!」

「いや、ここにいるが」

「なんなんですか貴方は! 私だってこんな容姿に生まれたくて生まれたわけじゃありませんよ!! こんな容姿でもいいって人なんて一生現れません!!」

「むしろ、ここにいるが」

「私たちのことをちゃんと見てくれる人なんて……そんな……」

「いや、だから、」

 

 怒られるので少しだけ扉を開けて、顔だけ覗かせながら言った。

 

「ここにいるが」

「……え」

 

 やはり扉を開けたことを怒られそうなので、次の瞬間には閉じた。大和の目が少し潤んでいた。やっぱり色々ストレスあったんだろうなー。少しでもそれを無くしていくことも自分のいる意味になるだろう。これから頑張らなくては。

 

「ちょ、ちょっと憲兵さん!? 何ですか今のは! ちょっと開けて下さい!!」

 

 だむだむだむと扉が叩かれる。

 閉めろと言ったり開けろと言ったり忙しい子だなぁ。大和ってこんな艦娘だっけか……?

 

 結局着替えてから開けたところ、大和に大変詰め寄られた。待って、そんなにマシンガンのように質問を投げかけられても対応しきれない。

 それでもなんとか対応しきったところ、とても懐かれた。どうやら、夕立、時雨に続いて大和も犬派だったようだ。

 とはいえ、大和ほどの成長した女性に懐かれるというのは、かなり厳しいものがある。これでも自分は正常な男性なのだ。その正常な理性をカットインしながら破壊しに来る大和は、さすが日本海軍の大御所である。

 

「すまない大和、少し離れてくれないか」

「え……迷惑でしたか……?」

「……そう捨てられた子犬のような目をするな。歩きづらいだけだよ」

「なら問題ないですね!」

 

 ぎゅぅ、と腕を絡めとられ、気分はさながらタコに捕食される小魚である。

 しかし当然のように腕に押し付けられる大きなモノには、さすがに精神が疲れる。なんというか、この子天然だわ絶対。

 

「なぁ大和」

「なんですか?」

 

 ニコニコしながらこちらを見上げる大和。

 今幸せそうなこの子に水を差すのは、いささかためらわれた。

 

「……いや、なんでもない。食堂へ行こうか」

「はいっ」

 

 こうして自分は食堂へ向かって行った。

 るんるんと擬音が聞こえそうな雰囲気を隣に携えて。

 

 

 

 

 ちなみに。

 食堂へ着くと同時に北上に話しかけられた。

 ちょっと怖かった。




逆転物の種類として、貞操概念逆転モノがあります。
女性が男性にかなり積極的にアピールする系の世界線なのですが、お気づきでしょうか? 美醜逆転モノには、ある意味それが内包されていることに。

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