混乱の極みに、突き落とされた。
触れる熱。重なる度にそれは熱くなり、深く、深くなる。
こちらの余裕など、すぐに持ち去っていく口づけにより、呼吸と思考が奪われていく。──いや、混乱のせいがあるか。
「ギル──」
何とか合間に呼びかけた声は口で、止まれとようやく動かせた手は手で縫いとめられ、封じられた。
訳が分からなかった。どうすればいいのかも分からなかった。
突然のことで、口の中で引っ込んだはずの舌が絡めとられ、絶えず自分のものではない熱と触れ合う。擦れる。
唾液が混ざり、濡れた音が耳を侵していく。
一体、自分は誰と、こんなことをしているというのか。
見えるのは、『ギルガメッシュ』だ。金色の髪、赤い瞳。顔の作りも彼そのもの──だが、違うのだ。違うはずだ。
ここは昔々の、『彼』が生きていた時代で、ここにいる『彼』はこの時代の存在で……。
だから、元を辿れば同一人物だとしても、違う人物。
その、はずなのに、と何度思ったか。何度脳内で確認し直したか。
ぱち、ぱち、と瞬いて、曖昧になりかけていた意識が現実に戻ってきたと知る。
乱れた息を、無意識から整えているところだった。
体からは、力が抜けている。
どうも、窒息寸前で止めてもらえたらしい。
目の前にあった顔もなくなっているし、何だか離れているなぁ、と思った。
まだ、馬乗りされている状態には変わりないのだが。
「……?」
視界が一瞬真っ暗になった。直後、上半身がすーすーする。
服を脱がされたのだ。肌を覆い、触れていた布地がなくなった。
頭から服が抜け、視界が戻って。
無防備になった肌を、知っている手が、撫でる。
「ん……」
微かに声が洩れた瞬間、上にいる彼が笑った。
唇の端を吊り上げ、愉快そうに、笑っていた。
「良い声で鳴きそうだな」
暗闇のせいだろう。
陽の元で見るより色気を帯びた表情をした王がいた。再び顔が下りてきたと思うと、その舌で、つー……、と肌を辿る。
「止め、」
やばい。まずい。これはまずい。
王の指が、早すぎにもズボンに引っかけられたことを感じ、危機感がピークに達した。
──食われる
「……ストップ……!」
服が絡まって動かし辛い両腕を、どうにか前に持ってきた。
勢いがよすぎて、危うく、王を殴りそうになった。
「……貴様、いい度胸だな」
割り込まれる形で邪魔された王は、今日最大で目付き悪くなった。ついでに不機嫌度合いも最悪。
しかしこちらとて負けてはいられない。折れたが最後、後悔しそうな気がするから。
だからこそ、無意識がストップをかけているのだろう。
「……誤解しないでもらいたいんですけど、嫌いだとか嫌だとかそんなのじゃないんですよ……」
ギルガメッシュを押し退けることなど、想像したこともなかった。
嫌だと感じたことは、一度もなかったからだ。
今も、嫌だとは感じてはいない。中身は違っても、『同一人物』だ。本質は同じなのだ。
ただ、駄目だと心が叫ぶのだ。違うと。
共に過ごし、時間を共有し、肌を重ねた彼ではない。
これは、もう、言ってしまうべきなのか。
すでに出会った、別の『ギルガメッシュ』がいると。
いやしかし、その『ギルガメッシュ』とそういう関係にあると自分で言うのか?
元を辿れば同一人物に?
「ややこしい……」
ややこしすぎる……と、正当な説明を放棄したくなる。どう言えと?
「とりあえずですね、俺には裏切りたくない人がいるので、」
とにかく説得だと、流されるわけにはいかないため、視線を戻したときだった。
見たことのない、目と、目が合って、呼吸が止まった。
その隙に、金属が擦れるような音と共に、手首を拘束する感覚が表れた。
何だ、と見ると、鈍く輪郭をあらわす鎖が巻き付いていた。
鎖?
「……ギルガメッシュ王は、現在魔術師の真似事を、されてるんですよね」
宝物である魔杖を使って魔術を使っているのであって、宝物を放って敵を射止めるアーチャー系の人じゃないし、そもそもサーヴァントでもない、よな。
サーヴァントだったら、宝物庫から出し入れしているのは知っているのだが、この時代の存在で生身じゃ、なかったか?
その辺り、よく分からない。
「この程度の出し入れなど容易いわ」
ふん、と鼻での笑いが、酷薄に聞こえた。
下にいる魔術師を拘束し、繋いだ王は、魔術師を見下ろし言う。
「いいか、一度のみ機会をくれてやる」
「……機会、とは」
「手酷く抱かれたくなければ、もう抵抗はするな」
手酷く、というのがどのようなものか、リンドウは知らない。
だが、その声音は、よくなさそうな未来を予期させるには十分な重さを持っていた。
威圧する声音で魔術師に最後宣告をした王は、しかし、笑う。
「まあどのみち我が貴様を抱くことに変わりはない。酷く啼かせるのも一興だろう。明日の夜まで動けぬように、抱き潰すのもな」
抵抗しようと、抵抗しなかろうとすることは変わらない。そちらの方が愉しそうだと言わんばかりの言葉に、リンドウはごくりと唾を飲み込んだ。
──かの王は、このような面を持ち合わせていたのか
明らかな脅しと、冷酷さを混ぜてこちらを映す赤い瞳。
嗚呼、この『ギルガメッシュ』は知らない。単に、あちらにはこれほどの抵抗はしたことがないから、だろうか。
知らない面を見るのは大抵楽しいが、時と場合による。
これは、知りたくなかった。
「……俺は、あなたのことが嫌いなわけじゃないんですよ、ギルガメッシュ王」
「ほう、そうか」
「嫌いなはずがない」
嫌いなはずがないのだ。
……だから、嫌いなになりそうなことを、しないでほしいと言いたくなった。嫌いになりたくないから。
ぐっと、それらを飲み込んで、赤い瞳を見つめ返す。
同じ色だけれど、今、異なる印象を抱く目。
「……あなたは、自分のものに手を出されたらどう思いますか。自分が、印をつけておいたものに」
誰だって、いい気分はしない。
出来る限り、体を捻った。
辛うじて、見えるだろう肩の位置には、一ヶ所、うっすらと残る噛み痕があるはずだった。
他のものはさすがに、ここに来てからの期間で消えたが、かなり深くなって傷跡になっていたものだ。
「ギルガメッシュ王。俺はこの地で出会ったばかりのあなたは知りませんが、別の『あなた』を知っています」
息を、吸う。
「俺が義理を通したい相手は、あなたではない『あなた』です」
分かりやすい反応は、なかった。
見下ろす目が、多少動いた気がしたが、それだけだ。
示すところは、分かってくれたか。
その上で何を考えているのか、思っているのか。それは、目の前にいる彼に限らず、分かった試しはないのである。
だから、分からない。
王が動いた。手が、頬に触れる。撫で、そして、下に滑り落ちる。
肩の背中側、触れたのは噛み痕か。
「知ったことか」
分からないのだ。
なぜ、彼がやはりそうするのか。
王の顔が降りてきて、頬が触れ合い、肩に熱が触れた。
「──いっ」
噛みつかれた。
肌を破らんとする刺激に、顔が歪む。痛い。拘束されているため、手で押さえられない。
じんじんとする痛みを感じながら、歯を離した王を見上げた。
王は、鼻が触れそうなくらいの距離で、毒を含むかのような声音で宣った。
「抱き潰してやろう。貴様が、『我』を覚えるまでな」
──ああ、これだけは分かる。逆効果だったらしい