「勝ち目はなかっただろうに、なぜ、逃げようとしなかったんだい? マスターであるきみは、誰よりも無事でいなければならないだろうに」
ある夜、マーリンに言われた。
リンドウは、痛む腹を感じながらも、ぼんやりとしていた。
逃げるしかない敵に遭った。逃げることが最善だった。けれど、そうしたくなくて、抗ってしまった。
結果、相応の怪我をし、半ば引きずられる形でその場を後にした。
傷は深かった。手当てがされた今でも、痛みを感じる。だが、どこか鈍く感じていた。
「……許せなかったんだ……」
ぽつりと、呟いた。
なぜ、逃げようとしなかったのか。答えはひとつだ。あのとき、自分は怒っていた。
「何を許せなかったというんだい」
問いに、リンドウは目を閉じた。
破壊され、殺される光景を見た。
彼が統治する地を、守ろうとしている地を、簡単に蹂躙する者が許せなかった。
リンドウは、来たばかりのこの地を愛せるほどの慈しむ心など持っていない。他の時代と全てひっくるめて、いずれは守る世界の一部。
そもそも、世界を救うなどという思いさえ、リンドウは持っていなかったから。成り行きで来ていたと言っても過言ではない。
だが、この地、この時代は。
彼が生き、今抗っている場所だ。
無性に、彼に、会いたくなった。
*
どんなことが起こっても、かの王は表情を変えない。だから、リンドウの自己満足でしかないのだろう。
……いや、違う。そもそも、自分がそうしたいだけに過ぎない。自分ではどうすることも出来ない怒りを、どうにかしたかった。
「どうした、最近は随分素っ気なかったように記憶しているのだが」
出会うなり、ぶつかるようにして額を胸に押し付けた魔術師を、王は退けようとはしなかった。
むしろ、抱き締めてくれる彼に、リンドウは俯いたまま、ますます額を押し付けた。
無力だった。出来ることはたかが知れていた。
世界を救うために、この時代にやって来た。この地で起きていることを、収めに。
けれど、これまでとは明らかに規模が違った。敵の力の強大さも。
おそらく、本来の時代ではあるはずのなかった出来事ばかり。そんな数々の危機に見舞われながらも、最善を尽くす彼。
──この状況で、あなたは一体何を思うのだろう
なぜそのように立てるのだろうか。
分からなくて、分かりたくて、傲慢にも分かってあげたい気持ちでいっぱいになった。
「怪我をして、弱気にでもなったか」
「……違う」
「ならば、ようやく大人しく我に抱かれる気になったか?」
違う。とは、言えなかった。
知りたいと思った。
この絶望的な状況で、なくなる一方の貴い時間の中。今さら、この時代に生きるこの王のことを、知りたくなった。
「……あなたのことが、大嫌いなんて、嘘だ」
「知っておる」
「あなたが俺の知っているギルガメッシュでなくても、嫌いなはずがない。俺は……あなたが生きたこの時代を、この地を、失わせたくなんか、ない」
「──傲慢な事を言う」
そうだ、傲慢だ。自分に言われる筋合いなど、ないだろう。
「だが、特別に許してやろう。その傲慢な言をな」
どうしようもない魔術師を、その時代の王はその腕で深く包み込んだ。
──泣くならば、己の前で泣けと知るギルガメッシュは言った。
この王の前で泣いてしまうことを、許してくれるだろうか。