ぐす、と魔術師は鼻を鳴らした。
全裸で、一応申し訳程度に腰から下にかけてシーツをひっかけた姿で、ベッドに腰かけ、ティッシュで目元を押さえる。
別に、戻ってきたばかりの体を酷使されんばかりに抱かれたからと言って、それに関して泣いているわけではない。
単に、戻ってきたときからの涙がまだ若干止まっていないだけだった。
「まだ泣くか」
それもあってか、ギルガメッシュは始終不機嫌さが収まっていなかったようなのだが……。
それは、止まるのを待たなかったりケアしなかったギルガメッシュが悪いと思うのだ……。
「止まらないものは止まらないから、仕方ないだろ。それに、ギルガメッシュの前で泣いてるからいいじゃん……。嫌なら別の場所に籠って、止まってから出てくるけど」
ギルガメッシュが嫌なら、それも仕方ない。と思って、ちょっと振り返って言うと。
ベッドで寝そべってこちらを向いているギルガメッシュは、一度口を閉じた。
どうも、別の場所で泣くならいいということではないらしい。
何なんだ。前に泣くなら自分の前で泣けとか言ったくせに、難癖つけたり。
少しして、ギルガメッシュは、今度はこう言った。
「何を泣くことがあった。そうなかったであろう。我のこと以外でそう簡単に泣くな」
そこに縛りをつけられても。
大体、ギルガメッシュはどこからどこまで知っているのだろう。もしも、ギルガメッシュ繋がりで、何らかの方法で第七特異点のギルガメッシュの記憶が共有されたとして……。
泣く理由くらい、思い至ってほしい。
ギルガメッシュ以外のことで泣いているのではない。むしろ──魔術師は、向けていた顔を逸らし、前に戻した。
そして、呟くように言う。
「……ギルガメッシュが死んだからだよ」
あなたではない、あなたが死んだ。
言い様のない衝撃、言い様のない喪失感だった。
自覚してしまった恐れが現実になったときの感情は、思い出したくもない。しかし、あの光景を思い出すと、その感情が湧き上がってきて、ぐちゃぐちゃになりそうだった。
「これは、俺の我が儘だろうけど……」
「聞いてやろう」
それはどうも。
ギルガメッシュはすんなりと聞く体勢を示したが、魔術師はすぐには口には出せなかった。
しばらくの沈黙を挟み、こじ開けるように、自身の口を開いた。
「単に座に還るなら、まだ、堪えられる。でも、……死ぬのは嫌だ」
本音を言えば、座に還られるのも耐え難い。
だが第七特異点を経てしまうと、死ぬところを見たくない、という考えが強くある。
二度と、あんなところを見たくない。目の前で。
こんな思いをしたくない。
「どちらも、結果としては同じだろう」
座に還るのだ。
そうかもしれない。
でも、過程は違うのではないだろうか。
その違いを言い表す術を持たなかった。黙って、反論もできず無言でいるしかできずにいると、腰に回る腕があった。
そのまま、後ろに倒される。
「言いたいことがあるのなら言え」
見下ろしてくる眼があった。
「……言いたいことは言ったよ。それ以上の細かいところを言い表す言葉を、俺は持たない。だから、俺が今言えることはあれだけだ」
死んでほしくない。
手を伸ばして、触れられる彼が温かくて、動いていることにどうしようもない安堵を覚える。
同時に、瞼の裏にこびりつく光景を思い出す。
──きっと、この先、つきまとう
「あと、ギルガメッシュはねちねち言うつもりはないって言ったけど、一応申し開きでも」
言い訳になるかもしれないけど。
考えたことを、言っておこう。
「俺だって、突き詰めればどちらも『ギルガメッシュ』だからって同一視したわけじゃない」
現に、最初は、自分でも意外なほど全く別人だと認識していたのだ。
「ギルガメッシュ王」と周りに準じて自然と呼べて、知っている彼との相違点を見つけて面白いなと思えていたくらいに。
「……あの地が危機に襲われるにつれ、思ったんだ。あの時代に生きるギルガメッシュは、何を考えていたひとだったのか、その上であの状況をどう感じていたのか。知りたくなった」
知りたくなったんだ。
その言葉と共に、触れていた手を離した。
結局、直接言葉にして尋ねたわけではなかったから、明確には分からなかった。
ただ共に過ごし、同じものを見ただけになったかもしれない。いや、同じものを見ていたのかも怪しい。『彼』は、未来を見ていたのだから。
今のあなたの目にも、今自分には見えていない先が見えているのだろうか。
見えているとして、どうか、今回のようなものをもたらしてくれるものではないようにと思う。
「ならば、我のことを知れば良い。我に聞けば良い、手っ取り早かろうよ」
そういうことじゃないんだよなぁ、とここでも違いを言い表す言葉がない。だけれど、それを分かって言っているのではないだろうか。
どちらでもいいか。
自分は戻ってきたのだ。カルデアに。彼のいる場所に。
知れば良い、という言葉は嬉しかった。そうしていければいいと思う。
「聞けば答えてくれるの?」
「気が向けばな」
そう語るタイプではないだろうから、難しそうだ。
「止まったか」
「え? あ、ほんとだ」
未だに若干流れ続けていた涙が、止まっていた。
目の下をぺたぺたと触っていると、目の下を辿るギルガメッシュの指と触れた。
直後、目がばっちり合って、その瞬間、「あ」と思った。
「一つ疑問に思ったんだけど」
今回、別のギルガメッシュに会った。それにあたり、全く異なる状況、出会い方、過ごし方をしたわけだが……。
「ギルガメッシュは、俺のどこが気に入ったの?」
どちらのギルガメッシュも同じような行動をしたのは、どういうわけなのだ。
今回はかなり驚いたものだ。
そう思えば、こちらのギルガメッシュは、どうして自分に構いはじめたのだろうか。全く問うた記憶がなくて、今回のことがあって急に強烈に不思議になった。
だから、そのまま問いかけた。
見上げたギルガメッシュは、考え込む様子もなく、こちらを見て、
「さてな」
と言うのみだった。