駒王学園の旧校舎裏。森のなかにあるそれなりに広い空間に俺たちはいる。
グレモリー眷属の『
それに巻き込まれて俺は、こんなところで勝負するハメになった。
「すまねえな、迷惑かけて」
「……意外です。エクソシストが悪魔に謝るなんて」
そりゃまあ意外だろうな。
だが、俺はイリナやゼノヴィアと違い、クリスチャンじゃないんだ。別に、悪魔だからという理由でどうこう言うつもりは毛頭ない。
話を戻すと、対戦カードは木場祐斗とゼノヴィア、イリナとイッセー君、そして俺と子猫という『
「お手柔らかにな、お嬢ちゃん。さすがに力自慢の『戦車』と力勝負をまともにしようって気はないからな」
「……手加減はしません」
「お手柔らかにって俺言ったよなぁ!?」
何この子? 反抗期?
見た目はアメ玉渡したら、ホイホイついてくるような見た目なのに?
「……本気で行きます」
「勘弁してくれよ」
心の声でも聞き取ったのか、その身にまとう戦意を更に強くする子猫ちゃん。
下手なことを考えるもんじゃねえな……。
「銀七、オーダーは?」
「ガントレットモード」
「了解」
肩に乗っている小さな人形の竜が姿を消し、俺の右腕に先ほど消えた竜と同色のガントレットが装着される。
「……『
「不正解だ。コイツは紛れも無く俺の神器『
これが、『
ガントレットモードのコイツは、『
龍という種族の持つ本来の力は自身の力を倍化させる能力だ。だから、どんなドラゴンが封じられようとも『
「……似ていますね。イッセー先輩の神器と」
「似ていても、別物だよ。それにしても、彼、やっぱりドラゴン系の神器持ちだったんだ。結構高位の神器だと思うんだが」
ちらりと、イッセー君とイリナの方を見る。
「かわいそうな兵藤一誠くん。ううん、昔のよしみでイッセーくんって呼ばせてもらうわね。そして、なんて運命のイタズラ! 聖剣の適性が――」
何か……怖いんだけと。
昔の友だちを斬らなくちゃいけねえっていう悲しい場面のはずなのに、イリナの顔が花畑の中に居るかのように輝いているんだけど……。
アイツ、一体、どんな神経しているんだよ……。
「……貴方のお仲間さんも変わっていますね」
「……返す言葉もない」
こればっかりは、なんとも言えねえよ。
「なんだか、わからないがブーステッド・ギア発動!」
ブーステッド・ギアだと!?
「……『
「『
予想外だ。
事実は小説より奇なり、とは言うが、ここまで面白い展開になるものかね?
木場祐斗の魔剣を作り上げる神器『
グレモリー眷属。今後、各勢力が注目する一大勢力になるぞ。
「……っと。考え事ばかりするもんじゃねえな。他は全員はじめてんだ。こっちもそろそろやり合おうか」
「……行きます」
「おう。来い」
『戦車』の駒によって強化された脚力と、小柄な身体ゆえの俊敏性を存分に利用した素早さで、こっちの懐に入ってくる。
リーチの短さのせいか、パンチではなく、蹴りを放ってくる。
下級悪魔としては、上位に属するであろう体術。戦場にいたわけでもないのに、よくここまで練り上げたものだと、賞賛すべき蹴りだ。
だけど、この程度で沈められちゃあ、『番犬』なんてあだ名はついちゃいねえんだよ。
「甘い!」
「……ッ!」
子猫ちゃんが繰り出してきた蹴りを左手で逸らし、右手を地面について、右手を支柱に子猫ちゃんの軸足を蹴りで払う!
当然、蹴りを繰り出して来た結果、片足立ちだったため、後ろに倒れる。
「……くっ!」
蹴りの威力を損なわず、そのまま回し蹴りの要領で子猫ちゃんを吹き飛ばす。
小柄な身体は、軽々と吹き飛んでいく。
「……相変わらず、『戦車』の奴は堅いな」
「……『戦車』の防御力を舐めないで下さい」
人間なら骨折、悪魔でも暫くの間、防いだ腕は使い物にならないであろう程の蹴りをいれたっていうのに、子猫ちゃんはピンピンしている。
それじゃ、今度はこっちから行きますか!
『Boost』
倍化された筋力で、一気に彼女に接近する。
「……速い!」
彼女にとっても、予想外のスピードらしい。
余談だが、俺は基本的に、長時間の倍化はしないことにしている。ソッチのほうが色々と意表をついたりするときに便利なのだ。
接近しながら、体術での戦闘を続けて一分弱は経っただろうか。
「いいっ!?」
「……ふん」
子猫ちゃんの何気ない一撃。ただ単に、小蝿を払うかのように振り回した腕。
その腕に俺は、吹き飛ばされた。
なんとか直撃は防ぐように籠手で防御したし、体勢を崩さないように着地した。
「堅いし馬鹿力だし……。だから『戦車』はコワイんだよなぁ」
特殊な能力っていうモノも十分恐ろしいけど、一番恐ろしいのは基本的なポテンシャルが高い奴。つまり、身体能力が異常なほど高いやつだ。
高い身体能力を持つということは、特殊な力を持っていようと持っていなかろうと、強者になれるということだ。遠距離を突破しても近接でも強く、遠距離で消耗した故に討ち取られる。遠距離戦を仕掛けようとしても、速くて近接戦に持ち込まれて死亡。そんな話はよく聞く。
そして、その二つをできるのが『戦車』の駒だ。
「ハァ、怖い怖い。俺は木場君かイッセー君の方がよかった」
「……私ですみませんでした」
何か、戦意の他に敵意みたいなものまで混じり始めている気がするんだけど。
さすがに面と向かって嫌だっていうのは、マズかったかな? ガキの頃から教会で過ごして来たからなぁ。さすがに人付き合いなんて忘れたぞ。どうしよ。
このままじゃ、あの鉄拳で頭が地面にたたき落としたトマトみたいになって、地面に大きなラフレシアでも咲くんじゃないかと思って、目を彼女から逸らすと――イッセー君が妙にニヤニヤしているのが見えた。
「……気を付けて下さい。イッセー先輩は手に触れた女性の服を消し飛ばす力を持っています」
え? ウソ?
「子猫ちゃん! なぜにネタバレしますか!」
「……女性の敵。最低です」
その言葉にイッセー君はがっくりと肩を落としている。
「なんて最低な技なの! イッセーくん! 悪魔に堕ちただけではなく、心まで邪悪に染まって! ああ、主よ。この罪深き変態をお許しにならないでください!」
初めて聞いたぞ。「お許しにならないでください」なんて単語。
「……最低です」
子猫ちゃん、二回目。
よっぽど大切なことなのだろう。
「なるほど。性欲の塊か。欲望の強い悪魔らしい行動だと思うよ」
ゼノヴィアのイッセー君を見る目が生ごみを見る目になっている。
「画期的といえば画期的な技だな。……正直、その発想はいらんと思うが」
エリアルがフォローになっていないフォローを入れている。
「……何も言えねえ」
彼に対して何を言えって言うんだよ。
何も言えねえよ。こんなもん。
俺だって、こんな気持ちで言いたくなかったさ! 水泳で優勝みたいなそんな晴れ晴れとした時に言いたかったさ! でも咄嗟にこの言葉が出ちゃったんだよ!
「ゴメン」
終いには、木場君まで謝っているぞ、オイ!
どうなっているんだよ、今代の赤龍帝は!
「気を取り直して! 燃え尽きろ! そして凍り付け! 『
ゼノヴィアと木場君がまた戦い始めた。
こっちもそろそろ戦いを再開しねえとな。
「さてと、そろそろ決めるか」
「……簡単にできると思わないでください」
子猫ちゃんと俺が一気に距離を詰める。
子猫ちゃんのパンチが俺の鳩尾を狙って、放たれる。――だけど、遅い。
避けて――
『Boost』
強化した脚で蹴りを放つ。
小柄な子猫ちゃんの身体は、くの字に曲がって、そのまま吹き飛んでいく。
その先にいるのは、アーシア。
……って、マズイ! アーシアにぶつかる!
そう思っていたところに、一つの光景が目に入る。イリナとイッセー君が戦っている場面だ。……たぶん、あの服を消し飛ばすとか言う技だ。そうじゃなけりゃ、イリナがあんなに必死になって避けねえ。
驚くことに、イッセー君はイリナの動きに追いついて、そのまま攻撃。攻撃? まあ一応攻撃を仕掛けるが、しゃがむようにして躱されて、その手はアーシアと吹き飛んでいる子猫ちゃんにタッチ。
結果――服が消し飛んだ。
「ブフッ!」
『……鼻血が酷いな。出血多量で死ぬんじゃないか?』
鼻孔から血液が噴き出る。それはもう、火山が噴火した時のように。
鼻を手で抑えているが、止まる気配がない。
「はぁ。今回はここまでだな」
籠手が光の粒子となり、人形へと姿を変えたエリアルが宣言する。
うん。俺もそうした方がいいと思う。
「この状態では、戦闘の続行なぞできん。するにしても、まずは服を着てもらわねば。銀七は、結構初心なものでな。女人の裸など見ながら何かをするなど無理だろう」
「だ、誰が初心……ッ!」
「そう叫ぶな。貧血で倒れるぞ。全く……普段は自慢の相棒と言っていい存在ではあるが、この女への免疫のなさはどうにかならないものか」
仕方ねえだろ!?
教会なんて、シスターがどうこう言ってくる奴もいるが、基本的に女っ気がねえんだからよ! しかも、戦闘専門のエクソシストの機関なんて他と比べてぐっと女率が減るわ! 同僚たちみたいに同性愛に目覚めたわけじゃねえだけマシだろうが!
「どうやら、あちらも終わったようだしな」
ちらりと、イリナとゼノヴィアの方を向いてみると、イリナと戦っていたイッセー君は倒れていて、ゼノヴィアは木場君の腹に柄頭を叩き込んでいた。
「終わっているな。……血を流したの俺だけかよ」
鼻をつまんでいるせいで鼻声になりながら少し結果に愚痴る。
情けない限りだな。いや、ホント。
「それじゃ、帰るぜ。イリナ、これ持っていろ」
「うわっ! どうしたの!? って、ああ。そういうことね。わかったわ。持っていてあげる。ローブが汚れちゃうし」
「リアス・グレモリー、先ほどの話、よろしく頼むよ。それと、もう少し下僕を鍛えた方がいい。センスだけ磨いても限界がある」
「じゃあね、イッセー君。裁いて欲しくなったら何時でも呼んでね。アーメン♪」
あの小さな一軒家に帰るために歩を進めようとして、止める。
そういえば、言うことがあった。
「おい、赤龍帝」
「なんだよ」
随分と苦しそうだ。
アーシアの神器で癒してもらっているから心配ないが、さすがに悪魔に成り立てのペーペー悪魔には聖剣はキツかったか。それなりに戦闘経験のある中級悪魔でも泣き叫ぶことを考慮に入れれば、なかなか根性があると思うが。
「もう『
「――!」
「じゃあな」
手をひらひらとさせて、その手を、摘んでいる鼻の下に手を添えて、これ以上の噴火を防ぎながら、学園の門を目指して歩く。
……なんか、締まらねえな。
☆
ようやく、鼻血が止まった。
一生止まらないかと思って、かなり焦った。
「それで、銀七の目から見てどうだった?」
唐突に投げかけられた質問はイリナからだった。
「そうだな。まぁ、全員大物になるってのは感じられたな」
「えっ? そう?」
その答えが意外だったのか、イリナもゼノヴィアも首を傾げている。
「あいつらの目、ギラギラしてやがった。もっと力をって気持ちが丸わかりなのさ。それも、グレモリーまで。経験則だがな、ああいった悪魔は強いぜ。なにせ、悪魔は欲に生きる生き物。……あいつらは絶対、望んだ力を手に入れる。近いうちにな」
「そういうものか」
「そういうものさ。グレモリー眷属、ちゃんとチェックしとけよ? センスだけを磨いてもなんて偉そうに説教していたが、センスだけでお前と渡り合ったんだ。……そのことを俺は末恐ろしく感じるね。悪魔と戦い続けるなら、あいつらは絶対に大きな壁になる」
「随分とグレモリー眷属を買っているのね」
当然だ。
グレモリー眷属を弱いと断定するのは、時期尚早というものだ。
連中は下地がある。バランスもいい。テクニックタイプというか、搦め手を使う狡猾な奴がいないのは惜しいが、それでもチンケな罠なんて力で粉砕する事ができる可能性を持った悪魔たちだ。
「それに、我ら龍の帝王殿もいらっしゃる」
肩に乗ったエリアルがとある少年のことを口にする。
「そうだな。……赤龍帝。歴代のどんな奴よりも弱いが、それ故に可能性に満ちた存在」
弱いということは、伸びしろがあるということ。
才能がないということは、才能に縛られず、無限と言っていいほどの進化の選択肢があるということ。
「力の塊、生きた暴風、意思を持った災害ではない初めての
力を永遠に高められる力の間欠泉であるにも関わらず、力の弱い赤き竜。
力は暴風雨に似ている。近寄る人間を飲み込み、幸せを焼き払い、祝福すらも吹き飛ばす。
その点、あの力のない赤龍帝は不幸になることがなさそうだ。人が近づける。幸せを享受できる。祝福に包まれることすらできる。
――俺は、それが出来なかったからこそ羨ましいと思い、同時に素晴らしいと褒め称えるのだ。
「ま、要するにな。あの変態赤龍帝はどんな成長をするか全くわからないんだ。赤龍帝である以上、成長するのは絶対なのに」
「そう言われれば、そうかもしれないわね」
「確かに。どうなるか分からないものほど不気味なものはいない」
「何にせよ、力を欲する悪魔ほど厄介な奴はいないってこった。はい、それじゃあ飯の時間な。俺は食い物があるから、これでなんか食ってこい」
取り敢えず、イリナに有り金を全額渡す。
ゼノヴィアは見た目に反して結構抜けているところがあるから心配だ。実際、路銀を落としたし。イリナも前科あるにはあるんだけど、さすがにあんな絵はもう買わないだろう。ていうか、売ってないだろ。そう思っての判断だ。
その判断が間違いだということに気が付くのは、次の日の話である。