一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
カリーナに連れられて指揮官室にやってきた男は、晶よりいくらか年上に見える中年の男だ。頭は禿げ上がっており、痩せた体躯が実に貧相で、あまりいい暮らしをしていないのだろう、とは思った。まあ、そうでもなければ反社会組織に身を置いたりはしないだろうが。
「よう、オッサン。タケノコ掘りはどうだったよ? まあ、鉄血の糞どもに追いかけられたんじゃ、収穫も糞もないだろうがな」
彼を見た晶は開口一番に皮肉を言う。彼らロボット人権団体は人類の領域外で、倒れて破棄された人形の残骸を回収して、そのパーツを密かに売り捌いている。そして、その行為を揶揄した言葉がタケノコ掘りである。グリフィンでも買っている部署はあるらしいのであまり表立って文句は言えないが。
「…助けていただいたことには感謝しますが、偏見混じりの発言は控えていただきたいですな」
「お前らに言われたくねーよ。それにな、俺は人権屋って奴がすっげえ嫌いなんだ」
不満を言う男に、晶は押し被せるように言う。彼らロボット人権団体は、その名の通り自律人形の人権獲得を主張する団体である。その他にも、主人から虐待を受けた人形や不法に放棄された人形を保護したりもしている。
それらの活動を行うだけならまあいいのだが、彼らはこともあろうか戦術人形の使用にまでケチをつけてくるのだ。特に戦術人形の指揮官などは「可哀そうな戦術人形達を危険な戦場に送り出し、安全な場所から適当に指示している存在」とボロクソに貶されている。
晶とて可愛い一〇〇式達に危険なことなどさせたくはない。だが、戦うことは彼女達の存在意義であり、それを全うすることは彼女らが望んでいることだ。彼女達の権利云々を謳っておきながら、肝心の当人達の思いを無視しているこの手の連中は唾棄すべき輩だ、と晶は考えているのだ。
「指揮官、いきなり噛みつかないの」
入口の方から声が聞こえた。呼んでいたFALが来たようだ。
「一応私達自律人形の味方ではあるんだし。…どうぞ、お掛けになって」
そう言いながら、FALは部屋の隅にあるパイプ椅子を持って来て、彼に勧める。
「おお、これはFALさん。お会いできて光栄です」
男は嬉しそうに顔を綻ばせて言う。FALはグリフィンの中でも特に優秀な戦術人形として、広報活動にも積極的に参加している。それ故に一般人からの知名度も高いのだ。
「どういたしまして。この度は災難に見舞われたようで、心中お察しいたします」
見事な営業スマイルで男に言うFAL。ありったけの猫を総動員して被っている彼女は実に可憐に見える。人形に少なからず好意を抱いているオッサンなどはイチコロだろう。
晶と視線を交わしたFAL。いい出来だ、任せて、とアイコンタクトで意思を疎通する。晶が高圧的に出て、FALが柔らかく場を纏める。いわば飴と鞭だ。古典的な尋問法だが、それ故に効果は折り紙付きだ。
「さて、オッサン。こちらの質問にキリキリ答えてくれ。そうすりゃオッサンも早くお家に帰れるし、俺達も無駄な時間を割かずに済む。それでみんなハッピーだ」
「ここでの発言内容は内容次第ですが、他者に漏らすことはありません。悪用することも決してありません。このFALが名に懸けて誓います」
晶のぶっきらぼうな言葉に、実に猫々しいFALが穏やかな口調で付け加える。二人の息は実にぴったりだ。付き合いの長い二人だけのことはあった。
男はしばらく晶とFALを見比べていたが、やがてため息を一つ吐いて話し始める。
「…分かりました。FALさんを信用させていただきます」
「ありがとうございます」
男の言葉に、FALは素直に顔を綻ばせて、にこりと笑って礼を言う。もうぶりっ子全開だ。笑いをかみ殺すのが大変だ、と晶は必死に表情筋を抑えた。
「まず、お名前から伺ってもよろしいですか?」
「…佐伯誠人と申します」
FALの質問に、佐伯は素直に答える。完落ち、というわけではないだろうが、素直に吐いてくれるのはいいことだ、と二人は思う。
「では、佐伯さん。何故、人類の領域の外にいらしたのですか? まさか、本当にタケノコ掘りに?」
「そうではありません、FALさん。そちらの指揮官殿の予想とは異なりますが」
「下らねぇこと言ってないで、とっとと吐け」
FALの言葉に皮肉交じりに返答する佐伯に、晶は氷山から吹き降ろす風のように冷たい言葉を投げつける。FALを見ているのは面白いが、オッサンなど見ていても不快なだけだ。さっさと片づけたい。
佐伯は一瞬不快げに顔を歪めたが、すぐに元の表情に戻り、話を続ける。
「私は命を狙われていたのです。故に、刺客の手の届かないところに逃げなければならなかったのです」
「刺客? 人権団体とかか?」
晶はぱっと思いついた候補となる団体を上げる。人間の権利向上を謳う人権団体は、ロボット人権団体とは仲がよろしくなく、時には暴力での応酬もあるという。
「違います。…私を狙っているのは、貴方達グリフィンですよ」
「え!?」
「はあ!?」
佐伯の言葉に、FALと晶がほぼ同時に驚きの声を上げる。どうしてグリフィンが、ロボット人権団体の者の命を狙うのだろう。邪魔なのならしょっ引いてしまえばいいだけなのに。
「…これを見ていただければ分かります」
そう言って、佐伯はポケットから小さなプラスチック片のようなものを取り出して差し出してくる。それは、データチップと言われる、一般的な可搬式記憶媒体だ。
「どれどれ」
データチップを受け取った晶は早速机の上のIFデッキに挿してみる。中身は動画のようだった。それを再生し、ディスプレイに写した。FALとカリーナもそれを見に来る。
動画の舞台は薄暗い、真っ赤な部屋のようだった。恐らくハンディビデオで撮影しているのだろう。部屋の中には複数の男たちがいる。いずれも壮年から老年の男だ。その中で一際目立つ存在がある。大きな椅子に、まるで王のように傲然と座る熊のような大男だ。3人はその男に見覚えがあった。
画像の視点が男たちから大きなベッドの方へ移る。Wサイズどころではないその上には、拘束されて動けない5人の自律人形達がいた。彼女達はいずれも全裸で、恐怖に顔を歪めている。どうも合意の上での行為ではなさそうだ。
大男は立ち上がり、ベッドの方に近づいていく。そして、その上に上がると、自律人形の一人を強引に引き寄せ、その身体に覆いかぶさった。人形は悲鳴を上げるが、構いもしない。そして、彼女を獣のように犯し始めた。
「うっ…」
カリーナがうめき声をあげて、口元を押さえる。晶もFALも眉をしかめて見ている。実に胸糞の悪い光景だ。
動画は続いていく。男が行為を始めたのと同時に、他の男たちもそれぞれ人形達を捕まえて、事を始める。そんな乱交パーティはしばらく続く。気分を悪くしているカリーナとFALのために、晶は動画を早送りさせる。事が終わるまで大したことは映ってないだろうからだ。
動画の時間にしてたっぷり3時間。淫靡な宴は終わり、男達はベッドから離れる。無残な姿になり果てた人形達はショックのあまりか、身動きさえできず呆然としているようだ。
不意に、大男が画面から消える。そして、戻ってきたとき、その右手には一振りのナイフが握られていた。彼は再びベッドに上がり、茫然自失の人形達に近づいていく。そして、その内の一人の胸に、短剣を容赦なく突き立てた。赤い飛沫が上がった。
血を浴びた男は狂ったように笑いながら、人形を切り刻んでいく。腹を裂き、手足を切断し、目を抉り、そして最後は頭を引き裂いて、電脳を取り出して、それさえも解体していく。そんな悍ましい光景がディスプレイに映し出される。
「う…うう!」
カリーナが蹲ってえずき始める。晶は彼女の前に空のごみ箱を置いてやる。FALもまたこの上もない苦い表情で口元を押さえる。
男は次々と人形達を惨殺していく。その表情を人工血液と狂気に染めて。彼が最後の人形の首を切り離した時、画像は終わった。
「AVにしちゃ、ちょっと趣味が悪すぎるな」
晶は再び佐伯の方に視線を移して言う。これは一体何なのだろうか。
「フィクションではなく、実際にあったことです。…あの人物が誰か、指揮官殿はお分かりでしょう?」
「…ああ」
佐伯の言葉に晶は頷く。あの大男は兵藤というグリフィンの重役だ。CEOのクルーガーの盟友でもある彼は、重度の人形愛好家であり、よく彼女らの地位の向上のために働いているという。
「…これは…恥ずかしながら彼と我々の幹部達が開いた秘密の会合でして…私はそこで記録係として撮影していたのですよ」
力なく俯いて言う佐伯の言葉を、晶は頭の中で冷静に吟味しながら聞く。つまり、ロボット人権団体の幹部共と兵藤は、裏でこんな蛮行を働いていたというのだ。恐らく、佐伯はその映像を手にして逃げ出し、彼らを告発するために動いているのだろう。その動きを兵藤に気取られたなら、確かに刺客を送られても不思議ではない。
「どうか、あの男を告発していただきたいのです。…FALさんの良心を信じて、これを託します」
「…ええ。私としては異存はないのだけど」
すっかり猫が剥がれ落ちたFALが指揮官の方を見る。FAL個人としては許しがたいことだとは思うが、一戦術人形である彼女はまず指揮官の言を待たねばならない。とはいえ、彼とてこのような行為を許せはしないはずだ。
「…分かった。とりあえず、この件は預かっておく。適切に処置はさせてもらうつもりだ」
晶は真剣な表情で頷いて、佐伯に言う。晶とてこのような蛮行を許せはしない。だが、事が事だけに慎重な行動を要求される。
「しっかし、おたくも腐ってんのな。こんなことしたり、ヤク売ったり。どうなってんだ、おい?」
晶は鋭い視線を佐伯に向けて言う。この件を糾弾する目的もあるが、当初の目的である麻薬密売について何か知らないか、と言外に尋ねているのだ。
「…そちらと同じように、我々も一枚岩ではありません。腐ったリンゴはどこにでも存在します」
「こっちのことはこっちでケリをつける。事が終わったら、そっちの組織の掃除の手伝いも頼みたいんだが?」
「もちろんです。組織を清浄化するための協力なら惜しみません」
晶は佐伯をしばらく睨んで、やがて頷いて視線をFALに向けた。とりあえず、もういい、ということだ。FALは頷いて、佐伯を席から助け起こして、部屋の外へと導いていく。とりあえず、彼はしばらくここの自習室に閉じ込めておくしかないだろう。後、詳しい聞き込みもそこで続けてもらうことにしよう。
「さて、カリーナ。お前はどう思う?」
「…確かに、酷い事件だとは思いますが…」
晶の問いに、涙目のカリーナがそう答える。
「不自然だと思わねえか? 兵藤のオッサン、明後日俺達が護衛するんだぞ?」
晶の言葉に、カリーナは思い出す。兵藤は明後日、プリンスホテルで政府の要人達と会合を開くと言う。彼はその護衛にわざわざ晶の部隊を指名してきたのだ。
彼のお目当てはどう考えても一〇〇式だ。グリフィンドールの中でもトップクラスの人気を誇る一〇〇式は今年のグリフィンドール総選挙の優勝候補である。そんな彼女を一目見たいというところなのだろう。
「タイミングが良すぎる、と?」
「ああ。あまりに狙いすましたかのようだからな」
カリーナの言葉に、晶は頷いて言う。疑惑の対象がやってくる直前に佐伯がこの基地に転がり込んできたのだ。いくらなんでも、タイミングが良すぎる。
「ただ、あのロボット人権団体は兵藤のオッサンとは結構ズブズブだからな。予定を知っていても不思議ではない、ってのが厄介だ」
晶は椅子に身をもたれされて言う。佐伯が兵藤の予定を知っていたのなら、狙いをすましていても何ら不思議はない。
「もしかすると、あの画像はフェイクだと?」
「ああ。その可能性も十分ある」
カリーナの問いに、晶はそう答える。あの画像は一見したところ不自然な点は見受けられないが、精巧な偽物なら精査しなければわからない。そして、この場所で本当にこのようなことが行われていたか、佐伯は本当に命を狙われていたのか。事実関係を調査する必要がある。
「画像は技術班に回せ。俺は事実関係の調査をしてみる。護衛の件の手続きなどは、お前に任せる」
「了解しました」
晶の言葉にカリーナは頷く。護衛の件は元々ほとんどカリーナだけで進めている話なので問題はない。技術班にはきつく口止めしておかなければならないだろうが、そこらは心得た連中なので心配はないだろう。
後は、IFNだけでどこまで追えるか、というところに尽きる。足を使うとなると、流石に時間がなさすぎる。いざとなったらヘリアンにも協力を頼むかもしれないが、そこまでするのは護衛の件が終わってからでいいだろう。
(何だか、騒がしくなってきたな)
不可解なサムライ気取りに、戦術人形達の認識障害。その上に、この件である。全てがバラバラのようで、そうでないような感もある事件。いずれにしても、久し振りの大仕事だ。どれも金に繋がらなさそうなのが残念だが。そんなことを思いながら、晶はIFデッキと自身の頭を繋いで、IFNの海に身を投じた。