一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
近くのマンションの3階。ベランダからライフルを持って、リムジンを狙っている半裸の自立人形がいる。格好こそ異なるが、中身は鉄血のJaeger型人形だろう。
なぜ、あんなものが市街地にいるのかというとあの部屋の持ち主が、違法な手段で闇の人形として手に入れたのだろう。
近年、自律人形の権利は拡大し、正規生産された自律人形に非人道的な行為は許されない。しかも、資源不足から個人所有用の自律人形は年々値上がりしているのだ。そのような状況の中、鉄血はIFNの闇サイトなどで機械人形を売りつけているのだ。彼女らは正規品に比べて非常に安く、しかも人権などを全く考慮する必要がないため、心無い人間が購入するケースが後を絶たない。それがこうした事態の時に、人間に牙を剥くのだ。
「身売りして仕事とか、想像するだけで嫌になっちゃうけどなー」
そんな彼女をオプティカルサイト越しに見つめて言うM14。あの格好からして、恐らく持ち主には散々ろくでもない目に遭わされたに違いない。そんなことまでして、工作のために送り込まれるのだから、敵ながら少々同情してしまう。
「敵の心配してる場合じゃないわよ、M14。…それに、そのろくでもない奴は報いを受けただろうし」
双眼鏡で彼女と同じものを見ているFive-sevenが彼女の部屋の中を想像して言う。持ち主は今頃、散々虐げた人形の手で殺されているだろう。自業自得とはいえ、哀れな末路である。
「それより、東の風、風速1m。距離1000」
「了解。生体FCS誤差修正完了」
伏せ撃ちの姿勢のM14に、Five-sevenは自身のセンサーが感知したデータを送る。ハンドガン娘は戦闘力が低い代わりに、センサー類や電子戦装備が充実しており、他の銃娘の支援を得意とする。特にライフル娘と随伴で、観測手兼護衛として扱うのは、基本的な運用と言える。
「ショット」
Five-sevenのかけ声とともに、M14が引き金を引く。放たれた弾丸は、狙いを過たずJaeger型の頭に命中し、その電脳を貫く。Jaeger型はライフルを取り落とし、その場に倒れた。
『指揮官、聞こえました? 勝利の鐘が鳴ってますー!』
『よくやった、M14。それにFive-seven』
見事、敵を打ち倒したM14とFive-sevenに晶が労いの言葉をかける。とりあえず、当面脅威になりそうなスナイパーを撃破できたことは大きい。だが、まだ脅威は去っていない。
『次はリムジンを追う鉄血の犬共を排除してくれ』
『了解!』
そう言って、M14とFive-sevenはリムジンの後方に目を向ける。そこには異様な光景が広がっていた。多様な犬の毛皮を被ったペットロボット達が、リムジンに追いすがっているのだ。これも中身はDinergate型の機械人形だろう。
「身元不明のペットロボット拾うの、法律で禁止して欲しいなぁ」
「ほんとにね」
M14とFive-sevenはぼやきながら狙撃を開始する。わんこの頭をぶち抜いていくのには、多少良心の呵責があったが、M14の狙いは精確だった。
フルアクセルでDinergate型を引き離していくリムジンの中で、一〇〇式達はふう、と一息つく。追っ手は確実に数を減らしているし、スナイパーは始末された。数発食らったが、グリフィンの特製リムジンは大きなダメージを受けていない。相手が徹甲弾を用いていなかったのは不幸中の幸いだった。
「しかし、叔父貴。よく襲撃がわかったな」
トンプソンは兵藤に言う。なんというか勘が良すぎるように思うのだ。
「スコープの反射が見えたのさ。後はまあ勘だな。昔はそれなりの修羅場を潜り抜けてきたからね」
兵藤はなんでもないことのように言う。確かに、彼はその昔軍人であったらしく、クルーガーとは同僚であったと聞く。その頃から彼と肩を並べて戦っているのなら、確かにそうした勘も働くようになるのかもしれない。
「でも、市街地なら大した戦力も用意できないでしょうし、不意打ちさえ凌げば…」
スオミがそう言った次の瞬間、右前から飛んできた黒い塊が車の下に潜り込んだことをトンプソンが確認する。対戦車グレネードだ。彼女が舌打ちする暇もなく、それは派手に爆発した。
けたたましい音ともに、車が投げ出された玩具の様に宙を舞う。地面に落ちたそれは、一回転した後、ビルに激突して、上下逆様の形で止まった。
「くっ… 大丈夫か? 叔父貴、それにお嬢」
「ああ… なんとか、な」
トンプソンの声に、兵藤が答える。どうやら咄嗟に対ショック姿勢をとっていたようだ。同時に、胸に抱えていた一〇〇式を解放する。
「…あ、あの、私…」
一〇〇式が顔を真っ赤にして言う。護衛対象に守ってもらうなど、本末転倒もいいところだ。
「なあに。役得だったよ」
頭から流れる血を気にもせず、兵藤はにこりと笑って言う。この人はやはり悪い人ではないのではないか、一〇〇式は心からそう思った。
「お嬢、すぐに脱出するぞ! スオミも急げ!」
「「はい!」」
そう言って彼女らはドアを思い切り蹴飛ばして開け、車外に転がり出る。兵藤もそれに続いた。そして、直ちにビルの陰に向かって一目散に走る。
次の瞬間、車にまた大型グレネードが撃ち込まれる。次の瞬間、車から火柱が上がり、炎が車体を包み込んだ。どうやら、ナパーム弾を撃ち込んだらしい。
「ふん。ネズミがうまく逃げたじゃない」
一〇〇式達をあざ笑うかのように言う声は、なにやら小生意気な少女のような雰囲気があった。事実、物陰から現れたのは十代半ばと見られる少女のような機械人形であった。
銀色の長い髪をツインテールに纏め、発育途上に見える肢体を黒いレオタードで包んだ彼女の腰の辺りからは二門の凶悪な連射式グレネードランチャーを装備したサブアームが覗いていた。
彼女の名は
「チッ、鉄血のメスガキまで来やがったか…」
トンプソンはあまりの異常事態に舌打ちする。鉄血のBOSSまでが市街地に現れるなど、完全に想定外だ。
「ふむ。鉄血の機械人形はセンスがイマイチだと思っていたが、なかなか可愛らしい娘もいるじゃないか」
「こんな時に何言ってるんですか、局長…」
暢気に敵の容姿を褒める兵藤に、呆れるスオミ。そう言えば、晶も最初鉄血のBOSSを見た時、そんなことを言っていた気がする。彼らは似たもの同士なのかもしれない、と一〇〇式はなんとなく思った。
「鉄血のお嬢さん! 物騒なものを引っ込めて、お話でもしないかい?」
「ふん! 下等生物と話すことなんかないわよ!」
兵藤の言葉に悪態で返した
「それは残念、だ!」
スマートリンク並びに生体FCS起動。拳銃より放たれた銃弾は、音速を超えて飛ぶ榴弾に直撃し、それを空中で破裂させる。爆風と破片が撒き散らされ、遮蔽に隠れていない
「ふむ。何とかなるものだな」
驚愕する3人の戦術人形達を尻目に、兵藤は軽くそう言って拳銃を仕舞う。椅子をケツで磨く仕事に就いてから、少々鈍っていた腕にしては上出来だった。
「す、凄い…ですね…」
「まあね。これでもサムライ・マサキのモデルだからね」
絶句する一〇〇式の頭を撫でて、兵藤は言う。確かにその腕前は無敵の超兵士であるサムライの名に相応しいものと思えた。
「…叔父貴。あんた、利き腕は右じゃなかったか?」
トンプソンは怪訝そうな顔で尋ねる。確か、彼のプロフィールには利き腕は右と書いてあった。それに、日常何かやるときも右手を多用していたはずだ。
「ん? ああ。生身のはね。だが、左は機械化されているから、こちらの方が武器を振るうには何かと都合がいいんだ」
特に不自由なく使えるし、と兵藤は何気なく言う。だが、トンプソンはその言葉に衝撃を受けた。あのVTRで、彼は右手でナイフを振るっていたはずだ。
『ボス! 聞いたか!?』
『ああ。…なんてこった』
トンプソンの言葉に、晶は呻く様に言う。プロフィールを鵜呑みにしすぎて、不自然な点に気づかなかった。晶はアホらしいミスをした自分を呪う。あのVTRは精巧に作られた偽物だ。
『指揮官! 現在、Cポイントを通過! もうすぐ着くわ!』
バンを最大速度でかっ飛ばすFALが晶に通信を入れる。時間にして後5分ほどだろう。
『了解! トンプソン、裏通りで局長とスオミを脱出させろ。FALは局長らを拾った後、G41達を降ろして、
『『了解!』』
FALとトンプソンが了解の意を示す。
「スオミ、局長を連れて裏路地を行け。北に走ればうちの連中と合流できる」
「分かりました!」
「すまんな、トンプソン。…一〇〇式君も気をつけて、また後で会おう」
「は、はい!…局長も、気をつけて」
言葉を交わし、4人は各々に行動を開始する。スオミと兵藤は路地裏を駆けて行き、トンプソンと一〇〇式はビルの陰から出て、銃弾を3点バーストで
「うざいわね!」
「なめるな、クソガキ!」
だが、爆風の中から現れたトンプソンは無傷であった。彼女が展開した電磁バリアーがグレネードを完全に無効化したのだ。
「やあああああああ!!!」
同じく、ナノマシンの力学障壁でグレネードを防いだ一〇〇式が、ワンサード力学格子で加速し、一気に間合いを詰め、銃剣で
「くっ!」
接近戦では不利な
防戦一方になった
「邪魔だ!」
トンプソンは銃を撃ち、その内一体の頭部を吹き飛ばした。だが、完全に足が止められてしまった。
「うぁ!」
一〇〇式の側にもDinergate型一体が現れる。側面から撃たれた弾丸が、一〇〇式の肩を撃ち抜いた。銃を構え、それ撃ち倒すが、
「食らえ!」
「お嬢!」
トンプソンが叫び、一〇〇式に駆け寄ろうとするが、それを二匹のDinergate型の銃撃が阻む。トンプソンは反撃でそれらを撃ち倒し駆けようとするが、それより早く
「砕け散れ!」
そして、フルオートで榴弾を何度も何度も叩き込む。ビルが傾ぐほどの衝撃と爆炎。あれほどの攻撃を食らえば、どんな戦術人形でもひとたまりもないだろう。
「あはははは! もう木っ端微塵になったかしら!」
勝ち誇って言う
「いい加減にしなさい、
まるで鈴の音のような、凛とした涼しい、だがその内部に蒼い炎のような怒りを含んだ声が聞こえた。
次の瞬間、炎と煙が吹き払われる。その中から現れたのは、一〇〇式を守るように立つ、黒髪の少女だった。