一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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3-5 桜花幻影

 炎をその袖で振り払って現れた少女は、黒地に白い桜の紋様の描かれた振袖と、灰色の袴を身に纏っていた。その姿は、大昔この国で大正と呼ばれていた頃の女学生の衣装と酷似している。

 そして、その風貌は一〇〇式とそっくりだ。長い鴉の濡れ羽色の髪も、その可憐な顔立ちも瓜二つだ。違いといえば、髪飾りが桜を象った金色の簪になっていることぐらいだろうか。

 

「え、復讐者(エリニュス)…」

 

 その姿を見た破壊者(デストロイヤー)が気圧されるように一歩下がる。その顔には、恐怖が浮かんでいた。その姿は鉄血のBOSSとは思えないほど弱々しく見えた。

 

「ちょっと抜け道教えたら、勝手に出て行って… うちそんなこと頼んだっけ?」

 

 はあ…とワザとらしく溜息を吐いて、復讐者(エリニュス)と呼ばれた少女は、破壊者(デストロイヤー)に尋ねる。口調は独特なイントネーションだが、あくまで響きは柔らかい。だが、その内側に秘められた怒りはトンプソンさえ一歩後ろに下がるほどだ。本当に洗練された怒気や殺気というものは、こうまでも涼やかなものなのだろうか、と思う。

 

「だ、だって、あんた一人で行って…失敗したら困るし…」

 

「うん、見事に失敗したねぇ。破壊者(デストロイヤー)ちゃんの横槍のせいで」

 

 計画が台無しえ。そう呟いた復讐者(エリニュス)の怒りが霧散していくのをトンプソンは感じた。曲がりなりにも救援のつもりだったのだ、と好意的に解釈したのかもしれない。そんな彼女は、一〇〇式と同じように随分人間臭い機械人形のように思えた。

 

「まあええか。夢想家(ドリーマー)ちゃんの計画は正直性に合わんし。今回は不問に付してあげる」

 

 そう言って、復讐者(エリニュス)は興味を失ったように破壊者(デストロイヤー)に背を向け、しゃがみこんで一〇〇式の頭部に触れる。

 

「うーん…脳に損傷とかないといいけどなぁ」

 

 そう言った次の瞬間、彼女は動かない一〇〇式を肩に担いで立ち上がる。そして、トンプソンの方を見て、無邪気な笑顔で言う。

 

「あ、お姉さん。一〇〇式ちゃん、ちょっと借りるえ?」

 

「なんだと!?」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉に、トンプソンは焦燥を覚える。彼女は一〇〇式を拉致するつもりだ。目の前でそんなことをされて、黙って見ているわけにはいかない。さりとて、この状態で銃を撃てば、一〇〇式に当たる可能性がある。

 

「お嬢を放せ!」

 

 故に、トンプソンは突撃し、その拳を振り上げる。喧嘩殺法で、敵を殴り倒す構えだ。それを復讐者(エリニュス)はまるで小鳥のように、首を小さく傾げて見ている。身動きする様子も、銃を構える様子もない。何を考えているかは知らないが、その綺麗な顔をぶっ飛ばしてやる。トンプソンは拳を彼女の顔面目掛けて振り下ろした。

 だが、その拳は虚しく宙を切った。命中する直前まで一歩も動かなかった復讐者(エリニュス)の姿は、その場から忽然と消えてしまっていたのだ。

 

「ごめんなー、お姉さん」

 

 背後から聞こえた声とともに、トンプソンは首筋にちくり、とした微かな痛みを覚えた。次の瞬間、彼女はその場に崩れ落ちた。まるで、首から下が自身のものではなくなったかのように力を失ったのだ。

 

「な、なんだ、これ…!?」

 

「首から下の神経モジュールの信号を遮断したんよ。ちょっとしたら動けるようになるから、堪忍な」

 

 復讐者(エリニュス)は片手で拝むようにして、トンプソンに詫びを入れ、再び破壊者(デストロイヤー)の方に向き直る。

 

「破壊者(デストロイヤー)ちゃんはもうお帰り。うちはちょっと一〇〇式ちゃんと遊んでから帰るから」

 

「い、言われなくても、帰るわよ! この怪物女!」

 

 復讐者(エリニュス)に憎まれ口を叩いて、破壊者(デストロイヤー)は後ろに向いて走っていく。そして、ビルの陰から出ようとしたところで、復讐者(エリニュス)が叫ぶ。

 

「破壊者(デストロイヤー)ちゃん! そっちはあかんえ!」

 

 遮蔽から一歩踏み出せば、そこは既に敵スナイパーの狩場だ。だが、破壊者(デストロイヤー)は無視して走って行き、ついにビルの陰から出る。

 

「のこのこと現れたわね!」

 

 その姿をFive-sevenは見逃さなかった。データリンク開始。観測データをM14に渡す。

 

「よーく狙って…攻撃ぃ!」

 

 M14は破壊者(デストロイヤー)の頭部目掛けて徹甲弾を放つ。電脳さえ破壊すれば、鉄血のBOSSでも破壊できる。狙いは完璧、敵は気づいていない。外れる要因はなかった。

 

 キイィィィン!!

 

 だが、弾丸は破壊者(デストロイヤー)の手前で真っ二つになって、地面に落ちた。知らぬ間に割って入った少女-復讐者(エリニュス)が手にしている抜身の小太刀が、弾丸を切り払ったのだ。

 

「う、うぇ!?」

 

 ようやく自身に迫っていた危機に気付いた破壊者(デストロイヤー)が間の抜けた声を上げる。復讐者(エリニュス)は心底呆れたように溜息を吐いた。

 

「破壊者(デストロイヤー)ちゃん… あんまり手間かけさせんといて。うちの能力も無制限には使えひんのよ?」

 

「た、助けてくれとか、言ってないし! れ、礼は言わないんだから!!」

 

 そう言って、慌ててビルの陰に飛び込む破壊者(デストロイヤー)を、復讐者(エリニュス)は見送った。恐らく、夢想家(ドリーマー)からは大目玉を食らうだろうが、自分の権限で許しているので、そう酷いことはされないだろう、と思いながら。

 

「だ、弾丸を切った…!?」

 

 あまりにも有り得ない現象を目の当たりにしたFive-sevenが、観測さえ忘れて絶句する。自分の認識外から飛び込んできた速さにも驚いたが、遠距離から放たれた弾丸を切り払うなど、常識的に考えてできようはずがない。あの少女はその姿から考えて、破壊者(デストロイヤー)と同じく鉄血のBOSSのようだが、常識を逸脱した化け物だとしか思えない。

 

「舐めないでよ! 民間用の武器の威力を、思い知らせてあげるわ!」

 

 彼女の驚異的な力を目の当たりにしながらも、M14は闘志を折ることなく射撃を続行しようとする。次弾を装填し、再びスコープを覗いて狙いをつけようとする。だが、肝心の標的の姿はそこにはなかった。

 

「お痛は勘弁え、お姉さん」

 

 その声が聞こえた瞬間、M14とFive-sevenは首筋に微かな痛みを感じた。トンプソンも感じた針が刺さるような感触。そして、同様に彼女らもまた地面に崩れ落ちた。

 

「ッ!、くぅ・・・こんな目に遭うなんて・・・聞いてませんよぉ・・・」

 

 地面に倒れ伏したM14が恨めし気に言う。彼女から自分達は1kmは離れていた。しかも、こちらはビルの上だ。それの距離や高さ、その間にある障害をものともせずに、彼女は一瞬で接近してきたのだ。瞬間移動の魔法でもつかえるのか、と疑ってしまうほどだ。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃんをどうするつもり!?」

 

 辛うじて首だけを動かして、Five-sevenは言う。彼女は一〇〇式を肩に抱えたままだ。仲間が拉致されるのをみすみす見送るしかない。その無念が言葉の中に滲んでいた。

 

「まあ、取って食ったりはせえへんから」

 

 それだけ言って、復讐者(エリニュス)は悠々と去っていく。ビルの屋上から屋上へと飛び移って、やがて見えなくなる。その身体能力だけを鑑みても、彼女は普通の戦術人形の域にない。軍用戦術人形と同等かそれを上回る化け物だ。

 そんな彼女は今日その力の片鱗を見せたに過ぎないだろう。全力を出した彼女と戦う時、自分達はまともに戦えるのだろうか。果たして、拉致された一〇〇式を取り返すことができるのだろうか。そんな底知れぬ恐怖と不安を、Five-sevenは寒気とともに感じるのだった。

 

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