一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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Spinoff 恋愛模様

 ある日、私が副官をやっていた時のことでした。

 指揮官は珍しくデスクで書類仕事していました。紙の書類と睨めっこです。

 

「この資源不足の折に紙の書類とかないわー」

 

 紙の書類が大嫌いな指揮官はぶつぶつ言いながらデスクの上に、書類を放り出したままそれを見ています。とても仕事している様子には見えないですが、頭から伸びる、IFデッキに繋がったケーブルを見ると彼なりに仕事をしているということが分かります。

 私はそんな指揮官の前にお茶を出そうとしました。ところが、手が滑ってしまい盛大に机の上にぶちまけてしまいました。当然、机の上の書類は滅茶苦茶です。私は泣きそうになりました。大事な書類を滅茶苦茶にしてしまったのです。指揮官に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

「ステン!」

 

 指揮官が私の名を呼んで、席から立ち上がりました。怒られる。私は反射的に身を縮めました。でも、飛んでくるはずの怒号は飛んで来ず、それどころか彼は私の手を取って言いました。

 

「大丈夫か? 火傷なんかしてないか?」

 

 なんと指揮官は、まず私の心配をしてくれました。私は目を見開いて、彼の横顔を見ました。そこからは怒気は全く感じず、純粋に私を気遣う想いだけがあるように思いました。

 

「あ、あの…指揮官…ご、ごめんなさい…」

 

 そこに至って私はようやく指揮官にごめんなさいが言えました。まず最初に言わなければならないのに。私は自分の気の小ささが少し嫌になりました。

 

「ん? ああ、これか。気にするな」

 

 指揮官は酷い有様の机の上を見て、涼しい様子で言いました。そして、自信に満ちた笑顔で言い放ちます。

 

「ステン、俺を誰だと思っている。こんな書類の10枚や20枚、どうとでもしてやる」

 

 そう言って彼は、私にとりあえず机の上の片付けを命じました。書類は乾かした後シュレッダーしておくように、とも。私はすぐに作業に取り掛かりました。指揮官はケーブルを外して、部屋の外に出て行きました。

 そして、机の上を奇麗にしたのとほとんど同時に指揮官が部屋に戻ってきました。書類の束を手にして。

 

「ほれ。寸分も違わないだろう?」

 

 笑って彼が見せる書類は、確かにダメになった書類と同じものでした。彼はしばらく見ただけですべての書類の内容や書式や押印を全て覚え、それをそっくりそのまま偽造したのです。

 

「ま、ポカミスは誰にでもあるから。これに懲りずに、旨い茶を淹れてくれ」

 

 指揮官は軽く肩を叩いてそう言いました。なんというか、私は感動してしまいました。すごく男らしいなって。この時、私の心に芽生えた想いを自覚しました。

 

 それから一年と少しの時間が過ぎました。今私は宿舎の娯楽室で、仲間達とテーブルを囲んでいました。一〇〇式ちゃんの淹れてくれたお茶で、お茶会の真っ最中です。本日のお題は指揮官からのセクハラ被害についてでした。

 

「昨日の夜、指揮官ったら、酔っぱらっておっ…胸を触ってきたんです!」

 

 顔を真っ赤にして、ぷりぷりと怒りながら、一〇〇式ちゃんが文句を言います。おっぱいって言おうとして、恥ずかしくて言い直す辺りが一〇〇式ちゃんらしいな、と思います。

 

「私もー。今触りましたよねって聞いても、『ん~? なぁんのことかなぁ?』とか誤魔化すし!」

 

 M14さんもまた顔を赤くして文句を垂れます。

 

「今度ハチの巣にでもしちゃうかー。ね、ステン」

 

「え!? あ、うん」

 

 話を振ってきたスコーピオンちゃんに、私は曖昧に返事をします。正直、微妙な気持ちです。何故なら、私はセクハラ被害には全く遭ったことがないからです。女の子として見られていないのでしょうか? ちょっと哀しくなります。

 私は思わず、M14さんと一〇〇式ちゃんと自分の胸を見比べます。M14さんはとても大きいです。正直勝てません。でも、一〇〇式ちゃんには絶対負けてない、と思うのに。私は少し凹みました。

 

「そうなんだー。私とか抱っこして貰ってもそんなとこ触られたことないよ? どこ触ってもいいのにね」

 

 スイッチ入っちゃうかもしれないけど、とSOPMODちゃんが言います。

 

「うん。御主人様、よく頭は撫でてくれるけどおっぱい触られたことはないよ!」

 

 小首を傾げながら、G41ちゃんも言います。この二人の場合、何というかセクハラの対象には見えないんじゃないか、と思いましたが誰も敢えて言いません。でも、彼女らの遠慮のなさは羨ましい気がします。

 

「セクハラの被害件数はやっぱ一〇〇式(モモ)がダントツだよねー」

 

 スコーピオンちゃんが事実を的確に述べます。やはりそうなのか。私はまた少し凹みました。別にセクハラをされたいわけではないですが、セクハラの数が多いということはそれだけ気に入っているから、ということでもあると思います。

 やはり、目下最大のライバルは一〇〇式ちゃんのようです。流石、グリフィンドール総選挙優勝候補だけはあると思います。指揮官が気に入ってもおかしくないと思います。私から見ても可愛い、と思うことがありますし。

 

「一〇〇式(モモ)も、嫌だったらやっぱりガツンと言っちゃった方がいいよ!」

 

「うんうん。態度が可愛すぎるから、指揮官も調子に乗るんだと思う」

 

 スコーピオンちゃんとM14さんは一〇〇式ちゃんにそう言いました。一〇〇式ちゃんがセクハラに遭いやすいのは、その後の反応が可愛いからだ、というのはFALさんも言っていました。指揮官とも一〇〇式ちゃんとも付き合いが長い彼女が言うのだから間違いないだろう。

 

「そうだそうだー! 馬鹿!とか変態!とか痴漢!とかロリコン!とか言ったらしなくなるよ!」

  

 G41ちゃんが超無責任な言動で煽る。確かにそれはそうかもしれないが、指揮官に対して言い過ぎだと思うのは私だけかな?

 

「そ、そんな暴言、指揮官に冗談でも言えないよ!」

 

 良かった。一〇〇式ちゃんもそう思ってたようです。

 

「…でも、何で嫌だって思うんだろうね」

 

 先ほどから黙っていたSOPMODちゃんがどこか深刻な口調で言いました。

 

「どうしたの、SOPMODちゃん?」

 

 なにやら様子が変なことに気づいたG41が尋ねます。

 

「うん… 一〇〇式ちゃんはともかく、私達は人形なんだから、指揮官のしたいようにさせてあげるべきだと思うんだよね…」

 

「ええ!? いきなり何言いだすの!?」

 

 スコーピオンちゃんが驚いたように言います。私も同じ思いです。いくら何でも話が飛び過ぎだと思いました。

 

「人形だからって… そりゃ、私達はそういう目的も付与されているって聞いたことはあるけど…」

 

 M14さんが頬を赤く染めて言います。そういう話は私も聞いたことがあります。私達自律人形のほとんどが女性を模して造られて、しかも人工性器まで付与されている理由です。

 滅びに瀕した人類の種の保存として、私達は人の子供を産む役目が持たされている、とどこかの人形技師が言っていました。例え、人間が全滅しても冷凍保存している精子で子供を産めば、人間は滅びずに済むというのです。

 

「拒否するのは、嫌だって感情があるからだよね? そんな感情なんであるんだろう、って思う」

 

 人形は所詮人間の道具なのだから、そんな感情があっては役目を果たす障害にしかならないではないか、と思うのだ。姉と慕うM16は自分達の感情は欠陥だ、と言っていた。そうなのかもしれない、とSOPMODは思ったのだ。

 

「そんなことないよ…そんなだったら、哀しすぎるよ…」

 

 一〇〇式ちゃんは哀しそうな声で言います。一〇〇式ちゃんにしてみればそうなのかもしれません。一〇〇式ちゃんは根本的には人間と同じ心があるからです。でも、電脳しか持たない私達に、感情がある意味はあるのだろうか、そう思ってしまいます。指揮官への想いにも、意味はあるのかと思ってしまいます。彼と同じ心がある一〇〇式ちゃんが羨ましい、と思ってしまいます。

 

「大丈夫よ、私達に心がある意味はあるわ」

 

 ふと、部屋の入口から声がしました。FALさんです。いつからいたのかは知りませんが、さっきまでの話は聞いていたみたいです。

 

「昔ね、私もSOPMODみたいに悩んで…指揮官に言ったの。そしたら、彼はこう言ったわ。人にせよ、人形にせよ、心があることそのものに根源的な意味はない、って」

 

 指揮官の曰く、人間はなんだかそんな風に生まれて、そういう風に進化してきた。自律人形もどういう経緯があるかは知らないが、そういう風に作られた。そこには、創造主の何らかの意図があるのかもしれない。だが、それがどうした、というのだ。

 

「私達に心がある意義は、私達が存在する意義は、私達が生きて、この世で何を成すか。それによって存在意義は作り出されるものだって。そう言ったわね」

 

 FALさんの語る指揮官の言葉に、私はハッとしました。この胸に生まれた心や想いは、人間だとか人形だとか関係ないのだ、思いました。

 

「指揮官に聞いたらきっとこう言うわ。俺はみんなが好きだから、それで十分意味はあるじゃないか、って」

 

「はい…そうですね…」

 

 FALさんの言葉に、私は頷きました。自分が指揮官を想う心にも意味はある。彼はそんな自分を好きでいてくれる。何だか嬉しくなりました。

 

「良かった… 私達の心は、欠陥なんかじゃないんだ…」

 

 SOPMODちゃんも感無量の様子で言います。長い間悩んでいたことが解決した。そんな様子でした。

 

「ねー、FALさん。指揮官も子供欲しいのかな~?」

 

 G41ちゃんが唐突にとんでもないことを尋ねました。何だかちょっと、いい雰囲気が凍り付きました。

 

「い、いきなり何を言い出すの?」

 

「ん~、ご主人様がセクハラするのって、やっぱりそういうことがしたいって意味があるんじゃないかな、と思って」

 

 戸惑うFALさんにG41ちゃんはあっけらかんと言い放ちます。後で知ったのですが、G41ちゃんは心がどうとかいう事には結構ドライであるみたいです。

 

「ま、まあ、人間の根源的な欲求だし… そりゃまあ…」

 

 FALさんも顔を赤くして、しどろもどろに言います。流石のFALさんもやはり恥ずかしいみたいです。

 

「じゃあ、どうしたら出来るのか教えて! ご主人様に褒めて欲しいから!」

 

 G41ちゃんは目を輝かせながら尋ねます。彼女としては、よくわからないけど指揮官がしたいことをさせてあげれば褒めて貰える、と思っているらしいです。

 

「え!? あ…うぇ!?」

 

 珍しく日和るFALさんに、SOPMODちゃんが追撃する。

 

「私も知りたい! FALさん、教えて~」

 

 更にそこに、顔を赤く染めたM14さんとスコーピオンちゃんも乗ります。

 

「わ、私も、一応聞いとこうかなー…」

 

「う、うん。いざとなったら、し、しなくちゃいけないかもだし…」

 

 更に、そこにもう耳の付け根まで顔を真っ赤にした一〇〇式ちゃんも言います。

 

「わ、私も知りたいです、FALさん…」

 

「も、一〇〇式(モモ)まで!?」

 

 FALさんは狼狽して、助けを求めるように私の方を見ました。でも、私も知りたいです。指揮官への想いを成就させるためにも、知っておくべきだと思うからです。

 そんな想いを察したFALさんは覚悟を決めた様子で、どこからともなく一冊の本を取り出しました。それは指揮官から没収したエロ本、というものみたいです。

 

「こ、これを読めば分かるわ」

 

「え~、どれどれ…」

 

 本をテーブルの上に広げたFALさん。そして、それをいの一番に覗き込むG41ちゃん。それに続く、みんな。ゆっくりと捲られていくページを、私達は固唾を飲んで注視しました。

 

 それから、しばらくして部屋のドアが開きました。みんなが反射的にそっちを見ると、そこには指揮官が立っていました。

 

「よう、みんな。お茶会か? 俺にも一杯ご馳走してくれよ」

 

 何も知らない指揮官は無警戒に近寄ってきます。何というか、もうみんな顔が真っ赤です。

 

「指揮官、来ないで!…今はちょっと都合が悪いの…」

 

 FALさんは指揮官の接近を拒否し、

 

「「…っ!」」

 

 M14さんとスコーピオンちゃんは絶句して、部屋の隅に逃げ出し、

 

「ご主人様、どうぞー! 褒めてくれるなら、何でもしていいですよ?」

 

「うん。だから、抱っこぐらいいいよね?」

 

 G41ちゃんとSOPMODちゃんは遠慮なく指揮官にじゃれついていきます。

 みんなの様子に指揮官は目を白黒させましたが、やがてテーブルの上に置かれたエロ本を見つけて顔を青褪めさせました。

 

「ちょ!? おま、お前、FAL、まさか…!?」

 

「…ごめん」

 

 絶句した指揮官に短く詫びを入れるFALさん。

 そして、指揮官は見ました。視線の先にいる、もう顔がトマトみたいになっている一〇〇式ちゃんを。

 

「も、一〇〇式(モモ)…?」

 

「し、指揮官!」

 

 一〇〇式ちゃんは思いつめた様子で、どもりながらも一気に言います。

 

「わ、私、一〇〇式は、し、指揮官と、そ、そ、そういうことをするのは、やぶさかじゃないですが、その、こ、心の準備が…ご、ごめんなさい!」

 

 そうしてダッシュで部屋から飛び出していく。それを見送る指揮官はなんだかとても悲しそうでした。

 

 そんな中で私はというと、頭の中を真っ白にして突っ立っていただけでした。うう、弱いなぁ、私。目の前で言い争いを始める指揮官とFALさんを見て、私は心の中で自分に活を入れました。負けるな私、と。

 

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