一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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第四戦役『天梯』 ”それに対し、命に至る門は小さく、そこに至る道は険しいのです”
4-1 夢幻泡影


 護衛任務終了後の指揮官室は重苦しい雰囲気に包まれていた。復讐者(エリニュス)が去った後、鉄血からの妨害はなく、兵藤は無事FALの運転するバンでプリンスホテルにたどり着いたのだ。任務としては成功である。

 だが、一〇〇式は戻ってこない。復讐者(エリニュス)に拉致されたままだ。恐ろしいスピードで立ち去った復讐者(エリニュス)を追う手段はなく、行方は分からない。今、現場をFAL達が捜索しているが、痕跡さえ見つからない。彼女と破壊者はどこから市街地に侵入したのか。一〇〇式をどうするつもりなのか。まるで見当がつかない。

 

「すまない、ボス…」

 

 晶の前でトンプソンが項垂れて言う。一〇〇式が拉致されたことに責任を感じているのだ。だが、あれは元よりトンプソンのせいではない。

 

「いや、トンプソンが悪いわけじゃない。…敵が強すぎたんだ」

 

 晶は淡々とした口調で事実を述べる。あの復讐者(エリニュス)というBOSSの強さは圧倒的だ。トンプソンでなくともどうしようもなかっただろう。

 

「とりあえず、トンプソン達はヘリの準備ができ次第すぐに16Labに向かってくれ」

 

「…分かった」

 

 晶の言葉にトンプソンとM14とFive-sevenは頷く。あの復讐者の攻撃がどのようなものであったのか検証すると同時に、今度影響が出ないかどうかを検査する必要があるのだ。

 

「…一〇〇式(モモ)ちゃん、どうなるのかな…?」

 

 部屋を出ていくトンプソン達を見送ったSOPMODが呟くように言う。自身も一〇〇式の探査に赴きたいのだろうが、今は待機させている。FAL達を一〇〇式の探索に使っている以上、そのまま基地にもすぐ動かせる戦力が必要だからだ。

 

「M4の時みたいに傘を埋め込もうとしているのかもしれないな」

 

 考えうる限り最悪の予想を晶は淡々と口にする。鉄血は脳搭載型のM4を執拗に狙っていたが、その目的は傘を埋め込んで鉄血の機械人形に改造するためだったと考えられている。彼女と同じ脳搭載型の一〇〇式を、同じ目的で連れ去ったとしても不自然ではない。

 

「…冷静だね、指揮官」

 

 SOPMODが微かに鼻白んだ響きを乗せた言葉を口にする。普段あれだけ可愛がっている一〇〇式が拉致され、敵として姿を現すかもしれない状況なのに、あまりにも冷静すぎると思うのだ。

 

「SOPMOD!…ごめんなさい、指揮官」

 

 隣にいるAR-15がSOPMODを咎めて、代わりに指揮官に詫びる。机の下に隠している生身の左手は、恐らく血が出るほどの勢いで握り締められているだろう。内心では彼とて気が気ではないはずなのだ。

 

「とにかく、あの復讐者(エリニュス)とかいう奴の行方を追うしかない。AR-15はしばらくこの部屋で電話番を頼む。SOPMODは俺についてきてくれ」

 

 そう言って晶は席を立つ。行き先は佐伯を閉じ込めている自習室だ。あの映像が偽物だったところをみるに、奴は鉄血から何らかの工作を受けている可能性が高い。もしかすると、復讐者(エリニュス)の情報を持っているかもしれないのだ。それを何とかして吐かせてみせる、晶は決意する。いざとなったら、SOPMODに手伝わせて、拷問することも辞さないつもりだ。

 

 足早に廊下を歩いて行く晶とSOPMODは、すぐに自習室の前にたどり着く。部屋の中を覗き窓から伺うと、佐伯はベッドに座って、俯いたまま動かない。その様子に何となく不気味なものを感じるが、今はそんなことに構っている暇はない。晶は乱暴にドアを開け、部屋の中に入る。

 

「よう、オッサン。あの画像、偽物じゃねぇか。どういうこった?」

 

「きりきり吐いてよ。じゃないと、爪を一枚一枚剥いでいくことになるよ?」

 

 晶とSOPMODの剣呑な言葉に、佐伯は反応しない。晶達を見ようともせず、俯いたままだ。口元がせわしなく動いているところを見ると、何かを呟いているようだ。

 

「おい!」

 

 晶が佐伯の胸ぐらを引っ付かんで、強引に立たせて引き寄せる。だが、彼は何の反応も見せず、呟き続けるばかりだ。

 

「…事件はあった…あの男が人形を虐待していた…それは間違いない…」

 

「だから、それは偽物だったって言ってんだろうが!」

 

 晶は乱暴に彼を揺すり、怒号を浴びせる。だが、佐伯の様子は変わらない。明らかに異常だ。SOPMODはなんだか気味が悪くなった。

 

「いや…起きたんじゃない…これから起きるんだ…あのことを起こして…あの男を取り込めば…」

 

「さっきから何を言ってるんだ、佐伯のオッサンよぉ!」

 

 苛立った晶が再び怒号を浴びせる。その言葉に、佐伯は微かに目を見開く。

 

「佐伯…? 佐伯とは誰だ…? 私…? いや、私ではない…いや、そもそも私は誰だ…分からない…」

 

 言っていることが支離滅裂だ。演技している様子もない。考えてみれば、彼はあの記憶を事実と認識していたのだ。記憶を弄られていたのかもしれない。だが、どうやってそんなことをしたのか。謎は深まるばかりだが、今は復讐者(エリニュス)の情報を引き出すのが先だ。

 

「オッサン、復讐者(エリニュス)って機械人形を知らないのか!? 着物と袴を着た女だ!」

 

 晶の言葉を聞いた次の瞬間、佐伯の様子が大きく変わった。目を大きく見開き、頭を抱えて身をよじり始めたのだ。あまりの力に、晶は手を離す。彼は地面に倒れ、苦痛に耐えるように身をよじり続ける。

 

「着物…女…あ、あああああああああああああああ!?」

 

 叫びながら佐伯は狂ったように頭を床に打ち付ける。そして、血の滴る頭を持ち上げ、天井を仰いで絶叫する。

 

「思い出してはいけないいいいいぃぃぃ! 思い出せばああぁぁ! 私は…!」

 

「指揮官、危ない!」

 

 何かを察したSOPMODが佐伯を蹴り飛ばし、晶を背中に庇う。佐伯は派手に転がっていき、壁に激突した。

 次の瞬間、文字通り彼の頭が爆発した。くぐもった音と共に、血と脳と脳しょうを撒き散らし、頭部を完全に失った彼は力なく地面に倒れ伏した。

 

「コーテックスボムか…」

 

 晶は目の前で起きた惨状の原因を口にする。コーテックスボムは脳に仕掛けられた爆弾で、主に機密保持に用いられる。恐らく復讐者(エリニュス)は自身のことを尋ねられたときに爆発するように、予め彼の頭に仕込んでおいたのだろう。

 

「…とんでもない奴だな、くそッ!」

 

 晶は壁に拳を叩きつけて、呻くように言う。記憶の操作にコーテックスボム。敵は想像以上に狡猾で残忍なようだ。一〇〇式が今どんな目に遭っているか。それを思うと、脳が沸騰してしまいそうだ。

 

『指揮官、大変です!』

 

 突然、AR-15から連絡が入る。彼女に似合わない、かなり慌てた様子だ。

 

『どうした、AR-15?』

 

 晶の問いに、彼女はあまりにも予想外な言葉を口にした。

 

『IFデッキに通信が入っています! 例の復讐者(エリニュス)から!』

 

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