一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
真っ暗な場所。現実的な感覚がない。ああ、夢を見ているのか、と一〇〇式は思った。
そんな闇の中に、女の子が蹲っているのが見えた。泣いている、と一〇〇式は思った。
泣かないで、一〇〇式はそう声をかけたかった。一人で泣いている少女を慰めたかった。だが、身体は動いてくれなかった。もどかしかった。
そんな時間がしばらく続いた後、一〇〇式の意識は現実の世界に回帰した。どうもベッドの上に寝かされているようだ。身体に伝わる感触から、おんぼろなパイプベッドだと思った。
一〇〇式は身を起こし、前後の事を思い出す。確か
「あ、一〇〇式ちゃんが起きたから通信切るね。ほなまた」
殺風景な部屋の隅にある端末の前で、女性らしき人物がそう言って向きを変える。どうも誰かと通信していたみたいだ。
「おはよう、一〇〇式ちゃん」
一〇〇式の方へ向き直った女性は開口一番にそう言った。その顔を見て、一〇〇式は驚愕する。まるで鏡を見るかのように自分の顔にそっくりだからだ。
「どこか痛い所ある? 丁寧に治したつもりやから、大丈夫やとは思うけど…」
「あ、はい。…痛いところはないです」
女性は一〇〇式の方に近づいて来て問う。一〇〇式はそれに素直に答えた。どうも彼女が助けてくれたようだからだ。
「うん、ならよかった」
女性はそう言ってニコリ、と笑う。全く敵意のない無邪気な笑顔であった。
彼女は何なのだろうか、と一〇〇式は思う。そのモノクロームな外見から、鉄血のBOSSを連想するが、もしそうなら何故一〇〇式を助けたのかが分からない。それに、全く敵意を感じないのも不自然だ。
「あの…貴女は一体…」
「あ、うん。自己紹介いるよね」
そう言った彼女は何故か自身の服の埃を払い、咳払いを一つする。自分一人に自己紹介するにしては、えらく大袈裟だなぁ、と思った。
「うちは
「え!?」
ニコニコしながら言う彼女に、一〇〇式は驚愕の声を上げる。やはり、彼女は鉄血のBOSSだったようだ。だが、そうだとすると自分を助けた理由や、この敵意のなさは一体どういうことなのだろう。まさか、傘を自分に埋め込んだりしたのだろうか、と思うが、自身になんら変化はない。
「あー、応急手当しただけよ? 傘を埋め込んだりとか、頭を弄ったりとかはしてないから安心して?」
一〇〇式の思考を読んだかのように
「あの…どうして私を…?」
「うん。うち、一〇〇式ちゃんと話したかったんよ!」
一〇〇式の質問に、
「あ、そうそう。一〇〇式ちゃん、みんなから
「あ、はい」
「ありがとー。うちのことはエリちゃんって呼んでくれてええからね?」
一〇〇式の言葉に、
「あの…
「え…あ、はい…」
一〇〇式の問いかけに、あからさまに気落ちした様子で応じる
「
一〇〇式は思い切って尋ねてみる。ここにきて現れた初確認の鉄血のBOSS。彼女が事件に絡んでいる可能性は高い、と思えたのだ。
「
「あのコンビニ強盗とロボット人権団体のおっちゃんの件なら、うちが実行犯になるえ」
顎に人差し指を当て、思い出すように言う
「どうして…あんな酷い事を…」
「あー。堪忍え、
怒りを噛み殺して言う一〇〇式に、
「言い訳になるけど、あの計画は全部
「でも、これからはうちの提示した計画のみに絞れるから! もう無駄な人死は出さひんよ!」
拳を握り締めて顔を上げ、
「人を殺さないんですか?」
「うん、基本的に。流石に、計画の内容までは教えてあげられへんけどね」
一〇〇式の言葉に、
「…仮に私達と戦うことになっても、ですか?」
一〇〇式は固唾を呑んで尋ねる。彼女の計画が人類に仇なすものであれば、戦う時が来るだろう。正面から戦っても、殺さずにすむとでも言うのだろうか。
「うん。自分で言うのも何やけど、うち無茶苦茶強いから」
そう言って彼女は何かを思い出すように、思案顔で続ける。
「遺跡の調査に行った時に、E.L.I.D感染者100体ぐらいとやりあったけど、殺さずに制圧できたしなぁ。まあ、あの子ら相手に手加減して意味があるかは知らひんけど」
E.L.I.D感染者は鉄血の機械人形とは比較にならない戦闘力を持っている。民間用の戦術人形では太刀打ちできず、軍用戦術人形たちでさえ苦戦する難敵だ。そんなものを100体相手に手加減できるとは、どういうことなのだろう。
「…
一〇〇式は彼女の目的について尋ねる。恐るべき力を持つ彼女の計画の先には何があるのだろうか。人を殺さずに済む、と言っている事からあまり大きなことではないのかもしれないが。
「…復讐え。この世界全てへの」
そう答えた
「世界への復讐って…」
「うん。もっと詳しいことを教えてあげたいんやけどね…」
恐る恐る尋ねた一〇〇式に、
「そろそろ、
「
何気ない様子で尋ねてくる
「あ、はい」
「ほな、明日デートしいひん?」
「で、デート!?」
「うん。そしたら、色々教えてあげられるえ!」
「ええと…指揮官に相談していいですか?」
一〇〇式はとりあえずそう答える。とりあえず、指揮官に判断を委ねよう、と思うのだ。それに明日の予定について、戦術人形である自分が勝手に判断できることではない。
「うん。
「はい。ここで待ち合わせね。ほな、明日待ってるから」
それにしても、と一〇〇式は手にした紙片をしげしげと見つめて思う。鉄血のBOSSを自称する彼女は、能力はともかくその居立ち振る舞いはとてもそうは見えなかった。むしろ、そんじょそこらの自立人形より、よほど人間らしい、とさえ言える。
そんな彼女の目的である復讐。それは人死を出さずに遂げられるものだ、と彼女は言う。それは一体どんなものなのか。純粋な興味を抱きながら、一〇〇式は友軍の到着を待った。