一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

17 / 30
4-2 一蓮托生

 真っ暗な場所。現実的な感覚がない。ああ、夢を見ているのか、と一〇〇式は思った。

 そんな闇の中に、女の子が蹲っているのが見えた。泣いている、と一〇〇式は思った。

 泣かないで、一〇〇式はそう声をかけたかった。一人で泣いている少女を慰めたかった。だが、身体は動いてくれなかった。もどかしかった。

 

 そんな時間がしばらく続いた後、一〇〇式の意識は現実の世界に回帰した。どうもベッドの上に寝かされているようだ。身体に伝わる感触から、おんぼろなパイプベッドだと思った。

 一〇〇式は身を起こし、前後の事を思い出す。確か破壊者(デストロイヤー)に吹っ飛ばされて、そこからの記憶がない。身体に全く痛みはない。自己診断してみると、どうも応急処置が施されているようだ。

 

「あ、一〇〇式ちゃんが起きたから通信切るね。ほなまた」

 

 殺風景な部屋の隅にある端末の前で、女性らしき人物がそう言って向きを変える。どうも誰かと通信していたみたいだ。

 

「おはよう、一〇〇式ちゃん」

 

 一〇〇式の方へ向き直った女性は開口一番にそう言った。その顔を見て、一〇〇式は驚愕する。まるで鏡を見るかのように自分の顔にそっくりだからだ。

 

「どこか痛い所ある? 丁寧に治したつもりやから、大丈夫やとは思うけど…」

 

「あ、はい。…痛いところはないです」

 

 女性は一〇〇式の方に近づいて来て問う。一〇〇式はそれに素直に答えた。どうも彼女が助けてくれたようだからだ。

 

「うん、ならよかった」

 

 女性はそう言ってニコリ、と笑う。全く敵意のない無邪気な笑顔であった。

 彼女は何なのだろうか、と一〇〇式は思う。そのモノクロームな外見から、鉄血のBOSSを連想するが、もしそうなら何故一〇〇式を助けたのかが分からない。それに、全く敵意を感じないのも不自然だ。

 

「あの…貴女は一体…」

 

「あ、うん。自己紹介いるよね」

 

 そう言った彼女は何故か自身の服の埃を払い、咳払いを一つする。自分一人に自己紹介するにしては、えらく大袈裟だなぁ、と思った。

 

「うちは復讐者(エリニュス)。俗に鉄血のBOSSって言われてる機械人形え。よろしく」

 

「え!?」

 

 ニコニコしながら言う彼女に、一〇〇式は驚愕の声を上げる。やはり、彼女は鉄血のBOSSだったようだ。だが、そうだとすると自分を助けた理由や、この敵意のなさは一体どういうことなのだろう。まさか、傘を自分に埋め込んだりしたのだろうか、と思うが、自身になんら変化はない。

 

「あー、応急手当しただけよ? 傘を埋め込んだりとか、頭を弄ったりとかはしてないから安心して?」

 

 一〇〇式の思考を読んだかのように復讐者(エリニュス)は言う。その言葉に嘘の響きはない。そうなると、尚の事彼女の行動が理解できない。

 

「あの…どうして私を…?」

 

「うん。うち、一〇〇式ちゃんと話したかったんよ!」

 

 一〇〇式の質問に、復讐者(エリニュス)は目を輝かせて言う。その様子はとても鉄血の機械人形とは思えない。第一、何故鉄血のBOSSが自分と話をしたがるのかも分からない。

 

「あ、そうそう。一〇〇式ちゃん、みんなから一〇〇式(モモ)ちゃんって呼ばれてるんでしょ? うちもそう呼んでええ?」

 

「あ、はい」

 

「ありがとー。うちのことはエリちゃんって呼んでくれてええからね?」

 

 一〇〇式の言葉に、復讐者(エリニュス)はとても嬉しそうに言う。本当に彼女は鉄血の機械人形なのか、甚だ疑わしくなる。

 

「あの…復讐者(エリニュス)さん」

 

「え…あ、はい…」

 

 一〇〇式の問いかけに、あからさまに気落ちした様子で応じる復讐者(エリニュス)。エリちゃんと呼んでもらえなかったのが残念なようだ。なんだか悪いことをした気がするが、初対面の人形、しかも鉄血のBOSSを愛称で呼ぶのはどうも抵抗があるのだ。

 

「復讐者(エリニュス)さんはどこまで一連の事件と絡んでいるんですか?」

 

 一〇〇式は思い切って尋ねてみる。ここにきて現れた初確認の鉄血のBOSS。彼女が事件に絡んでいる可能性は高い、と思えたのだ。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃんの言う事件って言うのが、どこからどこまでの範囲のことを言うかはわからひんけど」

 

 復讐者(エリニュス)は苦笑して言う。確かに彼女の言うとおり、自分の主観で一連の事件と言われても、彼女には分からないだろう。質問が悪かった、と一〇〇式はちょっと恥ずかしくなった。

 

「あのコンビニ強盗とロボット人権団体のおっちゃんの件なら、うちが実行犯になるえ」

 

 顎に人差し指を当て、思い出すように言う復讐者(エリニュス)。一〇〇式はコンビニでの出来事を思い出す。血を流して倒れている少年の姿。麻薬で正気を失った少年達。あの時の怒りが、一〇〇式の脳裏に蘇った。

 

「どうして…あんな酷い事を…」

 

「あー。堪忍え、一〇〇式(モモ)ちゃん」

 

 怒りを噛み殺して言う一〇〇式に、復讐者(エリニュス)は頭を下げて言う。

 

「言い訳になるけど、あの計画は全部夢想家(ドリーマー)ちゃんの提示したものだったんよ。気は進まんかったけど、仕事やから…」

 

 復讐者(エリニュス)は俯いたまま本当に申し訳なさそうに言う。その様子に、何だか一〇〇式は振り上げた拳を下ろす先を失った気がした。まさか、素直に詫びられるとは思わなかったのだ。

 

「でも、これからはうちの提示した計画のみに絞れるから! もう無駄な人死は出さひんよ!」

 

 拳を握り締めて顔を上げ、復讐者(エリニュス)は宣言する。鉄血の機械人形が、無駄な人死を出さない、と宣言するなどあからさまに怪しいが、それでもやはり彼女の言葉に嘘の響きはなかった。

 

「人を殺さないんですか?」

 

「うん、基本的に。流石に、計画の内容までは教えてあげられへんけどね」

 

 一〇〇式の言葉に、復讐者(エリニュス)は渾身のドヤ顔で言い放つ。その様子から計画にはかなりの自信があるようだ。

 

「…仮に私達と戦うことになっても、ですか?」

 

 一〇〇式は固唾を呑んで尋ねる。彼女の計画が人類に仇なすものであれば、戦う時が来るだろう。正面から戦っても、殺さずにすむとでも言うのだろうか。

 

「うん。自分で言うのも何やけど、うち無茶苦茶強いから」

 

 そう言って彼女は何かを思い出すように、思案顔で続ける。

 

「遺跡の調査に行った時に、E.L.I.D感染者100体ぐらいとやりあったけど、殺さずに制圧できたしなぁ。まあ、あの子ら相手に手加減して意味があるかは知らひんけど」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉に、一〇〇式は唖然とする。荒唐無稽すぎる。だが、あくまでも彼女の言葉に嘘の響きはない。ただ、彼女の言うことが本当だとすれば、あまりにも途轍もない力を持っていることになる。

 E.L.I.D感染者は鉄血の機械人形とは比較にならない戦闘力を持っている。民間用の戦術人形では太刀打ちできず、軍用戦術人形たちでさえ苦戦する難敵だ。そんなものを100体相手に手加減できるとは、どういうことなのだろう。

 

「…復讐者(エリニュス)さんは何を目指しているんですか?」

 

 一〇〇式は彼女の目的について尋ねる。恐るべき力を持つ彼女の計画の先には何があるのだろうか。人を殺さずに済む、と言っている事からあまり大きなことではないのかもしれないが。

 

「…復讐え。この世界全てへの」

 

 そう答えた復讐者(エリニュス)の表情には、暗い影が落ちていた。一〇〇式は背筋に寒気を覚えた。彼女の怒りは部屋の温度を下げるかのような恐ろしいものだ。

 

「世界への復讐って…」

 

「うん。もっと詳しいことを教えてあげたいんやけどね…」

 

 恐る恐る尋ねた一〇〇式に、復讐者(エリニュス)はちょっと困ったように言う。先ほどの怒りはどこかに消え失せていた。

 

「そろそろ、一〇〇式(モモ)ちゃんの友達が迎えに来るはずなんよね。鉢合わせする前に退散したいんよ」

 

 復讐者(エリニュス)は軽く言う。もしかすると先ほどの通信は、指揮官や仲間達にしていたのかもしれない。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃん明日暇?」

 

 何気ない様子で尋ねてくる復讐者(エリニュス)。その気軽さに、一〇〇式もまた何気なく返答してしまう。

 

「あ、はい」

 

「ほな、明日デートしいひん?」

 

「で、デート!?」

 

「うん。そしたら、色々教えてあげられるえ!」

 

 復讐者(エリニュス)はとても楽しそうに言う。一〇〇式は困ってしまった。彼女の目的については是非聞きたい。しかし、鉄血のBOSSとデートするなど普通に考えてありえないことだ。どうしたものか、と10秒ほど悩んで、口を開く。

 

「ええと…指揮官に相談していいですか?」

 

 一〇〇式はとりあえずそう答える。とりあえず、指揮官に判断を委ねよう、と思うのだ。それに明日の予定について、戦術人形である自分が勝手に判断できることではない。

 

「うん。一〇〇式(モモ)ちゃん宮仕えやし、しょうがないね」

 

 復讐者(エリニュス)は苦笑して言う。そして、袖口から紙片と万年筆を取り出し、地図を描いていく。データを転送すればいいのに、と思うが彼女なりのこだわりがあるのかもしれない。或いは不必要な情報流出を避けるためなのかもしれないが。

 

「はい。ここで待ち合わせね。ほな、明日待ってるから」

 

 復讐者(エリニュス)はメモを一〇〇式に手に押し付ける。そして、一〇〇式がそれを手にした次の瞬間、彼女の姿は忽然と消えてしまった。音も気配さえも完全にない。どういう原理でそんなことが可能なのか、一〇〇式には見当もつかなかった。

 

 それにしても、と一〇〇式は手にした紙片をしげしげと見つめて思う。鉄血のBOSSを自称する彼女は、能力はともかくその居立ち振る舞いはとてもそうは見えなかった。むしろ、そんじょそこらの自立人形より、よほど人間らしい、とさえ言える。

 そんな彼女の目的である復讐。それは人死を出さずに遂げられるものだ、と彼女は言う。それは一体どんなものなのか。純粋な興味を抱きながら、一〇〇式は友軍の到着を待った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。