一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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4-3 隠密行動

 次の日の昼前、一〇〇式は新柏駅北口付近で立っていた。そこが復讐者(エリニュス)との待ち合わせの場所なのだ。

 彼女の書いた地図に併記されていた待ち合わせ時間は0900i。現時刻は0855iだ。もうそろそろ現れてもいいころだが、と思った。

 

 基地に戻った一〇〇式は、みんなからの歓迎をもって迎えられた。特にFALなどはいの一番に抱き着いて、涙を流したものだ。その後、彼女を「FALさんの目にも涙だ-」「FALさんの霍乱だねー」と茶化したG41とSOPMODは拳骨で制裁されたが。(注:二人は茶化したつもりはない。珍しい現象に感心しただけ)

 

 一〇〇式は晶に彼女とのやり取りを包み隠さず話した。彼女がデートに誘ってきたことも。

 第一に反対したのはFALだった。彼女は得体が知れず、その誘いに乗るのはあまりにも危険だ、と言う。

 それに対し、AR-15は敢えて乗るべきだ、と意見した。彼女に害意があればとっくの昔に加えているだろうし、ここはリスクを冒してでも情報を取りに行くべきだ、と。

 実際、彼女は世界に復讐する、と不穏当なことを言っており、情報もなしに見過ごした場合、取り返しのつかない事態に陥る危険があると言うのだ。

 両者の意見を聞いた晶は、一〇〇式はどうしたいんだ、と尋ねた。彼としては両者の意見が最もだ、と思うのだろう。ならば、指名されている本人がどうするかに委ねよう、というのだ。

 

 そして、一〇〇式はここにいる。彼女に再び会うために。彼女が何者で、何を目指しているのか。それを知りたかったのだ。

 周囲にはFALを始めとする戦術人形達が潜んで、一〇〇式の方を監視している。一〇〇式の安全を確保するためだ。なお、彼女らは晶からは一〇〇式に危険が及ぶまで戦闘行為に及んではいけない、と命令されている。避難や隔離もせずに市街地で戦闘を行えば、市民に被害が出るだろうからだ。それに、彼女の戦闘力はグリフィンの戦術人形ではとても太刀打ちできる代物ではない。情報を聞き出したうえで、対策を練らなければ戦っても返り討ちに遭うだけだ、という判断だ。

 

「こんにちは、一〇〇式(モモ)ちゃん」

 

 突然、背中から声がした。見ると、そこには復讐者(エリニュス)が立っていた。昨日と全く変わらない服装だった。鉄血の機械人形であることを隠すつもりさえなさそうに見える。

 

「こ、こんにちは、復讐者(エリニュス)さん…」

 

 一〇〇式は驚き混じりの声で、彼女に挨拶を返す。いつ接近されたのか、全く気が付かなかった。これは他の戦術人形達も同じであった。FALも余りの意外さに席を立ちかけたが、冷静になって座りなおす。監視の目があることを悟られてはいけないのだ。

 

「んー、みんなも一緒? でも、うち今日は一〇〇式(モモ)ちゃんだけと遊びたい気分え」

 

 その言葉を聞いた一〇〇式と聴覚を共有しているFAL達は驚愕する。完全にバレている。比較的近くにいるFAL達だけならともかく、かなり離れた位置にいるスプリングフィールドの方まで見て手を振っているのだから、完全に把握されていると考えてもいい。

 

「あの… どうやって把握してるんですか?」

 

 隠しても無駄なことを悟った一〇〇式がストレートに尋ねる。一つには純粋に興味があったからでもあるのだが。

 

「うちね、バイオセンサー搭載してるから。うちに何らかの気を向けた子がいたらすぐわかるんよ」

 

 復讐者(エリニュス)は隠す様子もなく答えて言う。彼女は何げなく言っているが、一〇〇式はそんな装備のことを聞いたことさえない。

 

「それ、どういうものなんですか?」

 

 故に一〇〇式は好奇心に任せて尋ねてみた。機密だから答えられない、と言うかもしれないが、まあ聞くだけ聞いても問題ないだろう、と思ったのだ。

 

「え!? 聞きたいん!?」

 

 その途端、復讐者(エリニュス)は目を輝かせて言う。もう、説明したくてたまらない様子だ。

 

「えっとね、これはうちが開発したんやけど、生体素子でネコ科の動物の脳を模したデバイスを形成してね…」

 

 その後、彼女は10分ほど早口でまくし立てるように、だがとても情熱的に原理を説明する。終いには、生化学だか物理学だか心理学だか分からないちゃんぽん理論を述べ始めた。

 一〇〇式は何が何だかさっぱりわからない理論を語られて困惑する。彼女も決して頭が悪いわけではないのだが、内容がぶっ飛びすぎて理解できない。復讐者(エリニュス)の説明があまり要領を得ていないのも、理解の阻害に拍車をかけていた。

 そんな困った一〇〇式の様子に気が付いた復讐者(エリニュス)が、あ、と言って説明を止め、ちょっと小さくなる。

 

「ご、ごめんね、一〇〇式(モモ)ちゃん。わけわからんことばかり言って… そういうこと聞かれるのが嬉しくてつい…」

 

「あ、いえ… 凄いな、とは思いましたし…」

 

 しょんぼりする復讐者(エリニュス)に一〇〇式はちょっと恐縮してしまう。なんというか、とても感情の起伏が激しい。そんな彼女の様子を見て、ふと思ったことがあった。

 

「あの…もしかして、復讐者(エリニュス)さんは、電脳じゃなくて生の脳を搭載しているんですか?」

 

 そして、それをやはり遠慮なく尋ねてみる。彼女の態度は電脳を搭載している機械人形としては、あまりに人間的すぎる、と思うのだ。

 

「うん、そうえ」

 

 復讐者(エリニュス)はあっさりと肯定する。やはりそうだったのか、と思うが鉄血のBOSSで人間の脳を搭載した人形がいるなど聞いたことがない。もしかすると、彼女はAR小隊事件以前から存在していて、正体を現さないように活動を続けていた、鉄血の切り札のような存在なのかもしれない。そして、彼女が強大な力を持つため、M4に傘を埋め込んで似たような存在に仕立て上げようとしたのかもしれない。

 

「まあ、そんなことより。早く行くえ」

 

 そう言って、復讐者(エリニュス)は一〇〇式の腰に手を回し、両手で抱え上げた。所謂お姫様抱っこの姿勢だ。次の瞬間、不思議なことが起きた。FAL達の視界から復讐者(エリニュス)と一〇〇式の姿が消えたのだ。

 

「あの…復讐者(エリニュス)さん?」

 

「みんなについて来ないでって言っといて、一〇〇式(モモ)ちゃん」

 

 戸惑う一〇〇式に、復讐者(エリニュス)は柔らかいが、断固とした口調で言う。

 

「これから行くところは、うちがおらんと物凄く危ない場所え。一〇〇式(モモ)ちゃんだけならいくらでも守れるけど、他の子までは流石に守り切れひんし」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉に、一〇〇式は首を傾げる。街の中にそんな危険な場所があるとは思えない。もしかして、人類の領域の外に出るのだろうか。

 

「まあ、飛ばすからついて来られひんと思うけど」

 

 そう言った次の瞬間、復讐者(エリニュス)は恐ろしい速度で移動を始めた。あまりにも速すぎて周辺のものがよく見えなくなるほどだ。

 だが、この加速する感覚。一〇〇式はこれとよく似た感覚を知っている。それはワンサード力学格子で加速する時の感覚だ。

 

「まさか、復讐者(エリニュス)さんはナノマシン搭載型!?」

 

『うん、そうえ』

 

 復讐者(エリニュス)の言葉は頭に直接響くように伝わった。接触回線での通信だ。今、復讐者(エリニュス)は音速以上の速度で移動しているのだ。音声ではよく聞こえないのだろう。

 

「より正確に言うなら、うちは一〇〇式(モモ)ちゃんの原型機え。人形としては、うちらは姉妹になるんよ」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉に、一〇〇式はG41達と見た、昔のアニメの設定を思い出した。原型機という割に彼女の性能は、後発のはずの一〇〇式を遥かに上回っている。彼女は採算度外視で作られた性能試験機というところなのだろうか。

 

「さて、着いたえ」

 

 そう言って、復讐者(エリニュス)は一〇〇式を地に下す。元いた場所は遥か後方で、見ることさえできない。聴覚の共有も切れてしまっている。

 周囲を見渡すとそこは人類の領域の最果て、外壁部分であった。周囲に人家などはなく、コンクリートが剥き出しの簡易的な拠点が多数設けられている。

 近くを通りかかった戦術人形を見て、一〇〇式は仰天する。騎士の如き優美な鎧を身に纏うその姿は紛れもなく軍用の戦術人形だ。ここはグリフィン支配地内の軍の駐屯地なのだろう。

 

「うちから手ぇ放したらいかんよ、一〇〇式(モモ)ちゃん」

 

 見つかったら面倒くさいから、と復讐者(エリニュス)は言う。確かに彼女らは一〇〇式達のすぐそばを歩いているのに、気づいた素振りさえない。しかも、音声で話しているにも拘らず、だ。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃんのためならこんな連中全滅させてもいいけど、多分一〇〇式(モモ)ちゃんの指揮官さんが大迷惑するしなぁ」

 

 それはそうだ、と一〇〇式は思う。軍の敷地に部外者が立ち入れば、即銃殺されても不思議ではない。ましてや、鉄血のBOSSと一緒にいるところなど見られれば、持ち主である指揮官も責任は免れない。

 

「まあ、うちと手ぇ繋いでたら、絶対見つからんから大丈夫え」

 

 そんなことを言いながら、復讐者(エリニュス)は鼻歌交じりにのんびり歩いていく。隠密性が高い、などというレベルではない。軍用戦術人形のセンサーに引っかからないで堂々と駐屯地内を闊歩できるなど、尋常な能力ではない。

 

 しばらく歩いていくと、何やら巨大な物体が見えてきた。全長が10m近くあるそれは、軍用の多脚式戦車だった。サソリのような外見のそれは、腕部に大型のチェーンガン、背部に大口径の大砲を積んでいる。その性能は鉄血のそれとは桁が違い、対戦車グレネードなどではまるでダメージを与えられないだろう。そして、自分達民間の戦術人形などは、チェーンガンの弾丸が脇を掠めただけで消し飛ぶはずだ。

 

 そんな相手に、復讐者(エリニュス)は一〇〇式の手を引いたまま無造作に近づいていく。そして、その足元を通り過ぎて、彼が守護しているはずのゲートに近づいていく。

 フェンスに守られたそこに復讐者(エリニュス)が近づくと、門もフェンスも彼女を歓迎するように自ら道を開いた。戦車もそれに気づいた様子さえない。

 

「その子、もううちにメロメロやから。命令したら、三回回ってワンとかさせれるえ?」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉に、もう一〇〇式は呆れて物も言えない。軍用戦車を支配下に置くなど、この地域の制圧に成功した、と言っているようなものだ。軍用戦車が暴走しようものなら、止められるものなどこの基地の軍用戦術人形が関の山だ。グリフィンドールではとても太刀打ちできないのだ。

 

「さて、これからが今日のデートの舞台え。色気がなくてごめんやけど」

 

 そう言って、復讐者(エリニュス)は袖口から何かを取り出して、一〇〇式に手渡す。それは防塵マスクのように見えた。

 

「? もしかして、毒ガスなにかが?」

 

「毒ガスはこんなマスクじゃ防げんえ」

 

 一〇〇式の質問に、復讐者(エリニュス)が苦笑して言う。もしそうなら、ガスマスクを渡していることだろう。

 

「単にここから先は臭いんよ。うちは嗅覚遮断できるから別にいいけど」

 

 そう言って、復讐者(エリニュス)は一〇〇式は魔獣の咢のようなトンネルに入っていく。その奥に一〇〇式が想像をしたこともないような場所があることを、今の彼女が知る由はなかった。

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