一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
地下通路を進んでいく一〇〇式と
淀んで腐った空気と足下でぬめる汚物。光はぼんやりとした発光ダイオードのようなもののみで、足下さえ覚束ない。時々、足下でばきり、と音がするのは、乾いたゴキブリの死骸ならまだ可愛いもので、たま肉片がこびりついた骨を踏みつけた音だったりすることもある。
そんな中、生きている人間達がいる。彼らはろくな衣服も身に纏っておらず、一様に床にうずくまるようにして動かない。
ときおり、仰向けに寝そべって呻く者もいるが、彼らからは妙な生臭い臭いが漂っていた。
さらに、通路の奥から気味の悪い音が聞こえてくるが、見ない方がいい、と復讐者から言われたので見ないことにした。
「知らなかったでしょ? 地下にこんな世界があるなんて…」
「はい…これは一体…」
「棄てられた人達の掃き溜め。それがこの地下街え」
吐き捨てるように言う復讐者の言葉に、一〇〇式は不吉な予感を覚える。棄てられた人達、とは一体なんなのか。
「北蘭島事件でユーラシアの東側が壊滅して、その地域で辛うじて生き延びた人達は、なぜか崩壊液拡散の被害が少ないこの国に逃げてきたんよ」
「当初は、この国の人達もそれなりに受け入れてたんやけど、難民の人らがね、この国にもとからいた同胞と組んでこの国を乗っ取ろうと暴動を起こしてね…」
きな臭い話になりつつある。彼女に手を引かれて歩きながら、一〇〇式はいたたまれない気持ちになってくる。だが、それでも耳を塞ぎはしない。この地獄を産み出したモノのことを知りたいからだ。
「政府はそれを何とか鎮圧できたんやけど、被害がとんでもないことになってね。二度とこんなことが起きないようにって、大陸系の人らを全員集めて地下に押し込めたんよ」
「…それは暴動を起こした人達ですか?」
「違うよ。大陸系の人全員。中には暴徒鎮圧に協力した人達もいたらしいえ」
「まあ、うちはしゃあないと思うけどね。人間は臆病な生き物やし」
それに関して、
そうしたことは、大昔から人類の歴史の中で繰り返されてきたことだ。今更、どうこう言うほどのことではない、と復讐者は思っていた。
「一〇〇式ちゃんは、どうしてこんな地獄が生まれると思う?」
「え?」
唐突な問いに、一〇〇式は戸惑う。そんなことを急に尋ねられても答えようがない。
「うちはね、人が過ちを犯す生き物やからやと思うんよ」
「政府が難民や元からいた同胞の人らを適切にコントロールしていれば、あんな暴動は起きずにすんだかもしれない。難民の人らもこの国の人らも、互いに自制が効けばあんな悲劇はおこってなかったかもしれない」
人の世で起きる悲しいことや恐ろしいことの8割は人災え、と
「でも、人は過ちを犯しても…そこから学んで先に進んでいけばいいんじゃないんでしょうか?」
一〇〇式は彼女に反論して言う。それは指揮官から習った言葉であった。
「一〇〇式ちゃん。それ、誰の受け売り? 指揮官さんえ?」
それに対して、
「過ちから学んで先に進むって言うけど、人の歴史において起きた悲劇の原因は、一貫して関係者による前途への過大な楽観と他者への不寛容え? 第三次大戦に至るまでずっとね。何も学んでないえ」
もちろん、指揮官の言うように大切な人との絆があればそれを抑制もできるのだろう。だが、それでも人は過ちを繰り返してきた。
もちろん、指揮官の言葉やFAL達との絆を疑いはしないし、それがあれば過ちを犯す前に止められるだろう、と思うし、彼らと共にいるならば過ちを乗り越えて前に進んでいける、と思う。
だが、人を支配する指導者がそうしたものを持っていない人であった場合、やはり人類全体として過ちはおかしてしまう。そして、滅亡寸前である人類の現実は過ちの積み重ねではないのか、と思うのだ。
「まあ、うちが偉そうに言えた義理やないけどね。うち自身、非合理の塊みたいやって、よく
苦笑しながらそう言って、
「これは…!」
「下水道とつなげたんよ、これでね」
そう言って、彼女は袖口から小太刀を取り出してみせる。呆れたことに、
「超電磁コーティングされた鋼鉄の壁も挟んであったけど、うちに斬れないものはないえ」
また、つまらぬ物を斬ってしまった。渾身のドヤ顔でそう言いながら、
もう一枚の布をめくって出た先は、人が一人立てる程度の通路が設けられた下水道だった。マスクを外してもあまり臭いがしないことから、雨水管なのかもしれない、と一〇〇式は思う。
それらを渡した後、しばし子供達と戯れる彼女。途中、子供達が後方にいる一〇〇式に気付いた。不審がる彼らに、
しばらくして、
「あの子達は一体…」
「棄てられた人達の子供かなー」
「地下通路歩いてる時にね、あの子らの一人がネズミに噛まれて、敗血症で死にかかってたところを助けてね…」
それ以来、彼らを地下街よりは安全な下水道に住まわせ、時々食糧などを差し入れたりしている、という。なんだか見捨てられなくて、とも。要は、彼女は単なる憐憫の情だけで彼らを助けており、損得勘定はないということなのだろう。
「
「だから、うちは頑張るえ! 世界に復讐を果たした暁には、あの子らもお天道様の下で生きて行けるようになるかもしれんしね!」
拳を握り締めて、
「…
「世の中をまるっとひっくり返すことえ! その過程で多分地下にいる人たちも救済できると思うけどね!」
それ以上のことは言えひんけどね。と、
「ほな、この辺でお別れえ」
「次に
そう言って、
本来なら彼女を止めるべきなのかもしれない。だが、一〇〇式は去っていく彼女の背中に何も言えずにいた。もし本当に彼女の計画で、あの哀れな人々が救われるのなら、それは容認するべきかもしれない、と思うのだ。見知らずの子供を助ける優しい彼女なら、人を傷つけることはないだろう。ならば、彼女を止めることはないのではないか。本気でそう思えた。
「どうしたらいいんだろう…」
闇の中に消えた