一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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4-4 弱肉強食

 地下通路を進んでいく一〇〇式と復讐者(エリニュス)。そこは戦場とは別の意味での地獄であった。

 淀んで腐った空気と足下でぬめる汚物。光はぼんやりとした発光ダイオードのようなもののみで、足下さえ覚束ない。時々、足下でばきり、と音がするのは、乾いたゴキブリの死骸ならまだ可愛いもので、たま肉片がこびりついた骨を踏みつけた音だったりすることもある。

 そんな中、生きている人間達がいる。彼らはろくな衣服も身に纏っておらず、一様に床にうずくまるようにして動かない。

 ときおり、仰向けに寝そべって呻く者もいるが、彼らからは妙な生臭い臭いが漂っていた。

 さらに、通路の奥から気味の悪い音が聞こえてくるが、見ない方がいい、と復讐者から言われたので見ないことにした。

 

「知らなかったでしょ? 地下にこんな世界があるなんて…」

 

「はい…これは一体…」

 

「棄てられた人達の掃き溜め。それがこの地下街え」

 

 吐き捨てるように言う復讐者の言葉に、一〇〇式は不吉な予感を覚える。棄てられた人達、とは一体なんなのか。

 

「北蘭島事件でユーラシアの東側が壊滅して、その地域で辛うじて生き延びた人達は、なぜか崩壊液拡散の被害が少ないこの国に逃げてきたんよ」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉に、一〇〇式はハッとする。北蘭島事件については知っていたが、そこから逃げてきた人々については何も知らなかった。まさか、彼らは棄民として地下に押し込められた、というのだろうか。

 

「当初は、この国の人達もそれなりに受け入れてたんやけど、難民の人らがね、この国にもとからいた同胞と組んでこの国を乗っ取ろうと暴動を起こしてね…」

 

 きな臭い話になりつつある。彼女に手を引かれて歩きながら、一〇〇式はいたたまれない気持ちになってくる。だが、それでも耳を塞ぎはしない。この地獄を産み出したモノのことを知りたいからだ。

 

「政府はそれを何とか鎮圧できたんやけど、被害がとんでもないことになってね。二度とこんなことが起きないようにって、大陸系の人らを全員集めて地下に押し込めたんよ」

 

「…それは暴動を起こした人達ですか?」

 

「違うよ。大陸系の人全員。中には暴徒鎮圧に協力した人達もいたらしいえ」

 

 復讐者(エリニュス)の言うことに、一〇〇式は義憤を覚える。そんな馬鹿な、と。暴動を起こした人々ならまだしも、何の関係もない、または鎮圧に協力した人達さえもそのように扱うのは間違っている、と思うのだ。

 

「まあ、うちはしゃあないと思うけどね。人間は臆病な生き物やし」

 

 それに関して、復讐者(エリニュス)は淡々と言う。要はこの国の人々は暴動を起こした余所者を恐れ、それを隔離する道を選んだのだ。軍の駐屯地が、地下の入り口を塞ぐようにあるのもそうした意識の現れだろう。

 そうしたことは、大昔から人類の歴史の中で繰り返されてきたことだ。今更、どうこう言うほどのことではない、と復讐者は思っていた。

 

「一〇〇式ちゃんは、どうしてこんな地獄が生まれると思う?」

 

「え?」

 

 唐突な問いに、一〇〇式は戸惑う。そんなことを急に尋ねられても答えようがない。復讐者(エリニュス)も答えを期待していた様子はなく、そのまま話を続ける。

 

「うちはね、人が過ちを犯す生き物やからやと思うんよ」

 

 復讐者(エリニュス)が足下を通る円盤状のドローンを避けながら言う。それは政府の放った監視用ドローンであり、街中でもしばしば見かけられるものだった。

 

「政府が難民や元からいた同胞の人らを適切にコントロールしていれば、あんな暴動は起きずにすんだかもしれない。難民の人らもこの国の人らも、互いに自制が効けばあんな悲劇はおこってなかったかもしれない」

 

 人の世で起きる悲しいことや恐ろしいことの8割は人災え、と復讐者(エリニュス)は言う。確かにそれはそうかもしれない、と一〇〇式は思う。しかし…

 

「でも、人は過ちを犯しても…そこから学んで先に進んでいけばいいんじゃないんでしょうか?」

 

 一〇〇式は彼女に反論して言う。それは指揮官から習った言葉であった。

 

「一〇〇式ちゃん。それ、誰の受け売り? 指揮官さんえ?」

 

 それに対して、復讐者(エリニュス)は苦笑して言う。完全に心底を見透かされている気がして、一〇〇式はほんの少しの恐怖と、大きな羞恥を感じた。そう、一〇〇式はまだ指揮官の言葉の真意をどこか悟れずにいるのだ。

 

「過ちから学んで先に進むって言うけど、人の歴史において起きた悲劇の原因は、一貫して関係者による前途への過大な楽観と他者への不寛容え? 第三次大戦に至るまでずっとね。何も学んでないえ」

 

 復讐者(エリニュス)は一〇〇式の疑問の根源を容赦なくえぐる。それは一〇〇式も思うところだからだ。人は昔から同じような過ちを繰り返し、今に至っている。

 もちろん、指揮官の言うように大切な人との絆があればそれを抑制もできるのだろう。だが、それでも人は過ちを繰り返してきた。

 もちろん、指揮官の言葉やFAL達との絆を疑いはしないし、それがあれば過ちを犯す前に止められるだろう、と思うし、彼らと共にいるならば過ちを乗り越えて前に進んでいける、と思う。

 だが、人を支配する指導者がそうしたものを持っていない人であった場合、やはり人類全体として過ちはおかしてしまう。そして、滅亡寸前である人類の現実は過ちの積み重ねではないのか、と思うのだ。

 

「まあ、うちが偉そうに言えた義理やないけどね。うち自身、非合理の塊みたいやって、よく夢想家(ドリーマー)ちゃんや代理人(エージェント)さんに怒られるしね」

 

 苦笑しながらそう言って、復讐者(エリニュス)は足を止める。そして、右手にある壁に手を触れる。それを捲り上げると、その奥に通路が続いていた。外壁は迷彩マントと同じような素材の布に置き換わっていたのだ。

 

「これは…!」

 

「下水道とつなげたんよ、これでね」

 

 そう言って、彼女は袖口から小太刀を取り出してみせる。呆れたことに、復讐者(エリニュス)は分厚いコンクリートの外壁を小太刀で切り裂いて通路を作ったのだ。

 

「超電磁コーティングされた鋼鉄の壁も挟んであったけど、うちに斬れないものはないえ」

 

 また、つまらぬ物を斬ってしまった。渾身のドヤ顔でそう言いながら、復讐者(エリニュス)は先に進んでいく。もう一〇〇式と繋いでいた手は離している。ここからは光学迷彩は必要ない、ということなのだろう。

 

 もう一枚の布をめくって出た先は、人が一人立てる程度の通路が設けられた下水道だった。マスクを外してもあまり臭いがしないことから、雨水管なのかもしれない、と一〇〇式は思う。

 

 復讐者(エリニュス)は無造作に歩いていき、途中で壁に手をかける。そこはやはり迷彩布をかぶせておいた場所であるらしく、奥には通路が続いていた。

 復讐者(エリニュス)が一〇〇式にはわからない言語で声をかけると、中から数人の人間の子供たちが現れた。彼らは無警戒に復讐者(エリニュス)にじゃれつき、復讐者(エリニュス)もまた彼らの頭を撫でて愛でていた。

 復讐者(エリニュス)は袖口から何かを取り出して、それを子供たちに与えていく。それは軍で用いられている固形食糧と500mのペットボトル飲料であった。もしかすると、軍の駐屯地から予め猫糞していたのかもしれない。

 それらを渡した後、しばし子供達と戯れる彼女。途中、子供達が後方にいる一〇〇式に気付いた。不審がる彼らに、復讐者(エリニュス)はやはり一〇〇式にはわからない言語にはわからない言語で何か言った。だが、それを聞いて子供たちは安心したらしく。一〇〇式にも笑顔を向ける。どうしていいのかわからず、一〇〇式は愛想笑いをしてみるが、それで十分だったらしく、見ていた復讐者(エリニュス)は微笑んでくれた。

 

 しばらくして、復讐者(エリニュス)は子供達と別れ、一〇〇式のところに戻ってきた。子供達は彼女に手を振って、復讐者(エリニュス)もまた右手を振って、別れを告げる。子供達の声の中に、モモという声が混じっていたところを見ると、復讐者(エリニュス)は彼らに一〇〇式のことを紹介したのかもしれない。だから、一〇〇式もまた小さく手を振って、彼らにさよなら、と言った。

 

「あの子達は一体…」

 

 復讐者(エリニュス)と共に通路を歩いていく一〇〇式が尋ねる。

 

「棄てられた人達の子供かなー」

 

 復讐者(エリニュス)は気楽な調子で言う。どうも彼女も子供たちの素性を正確には知らないようだ。

 

「地下通路歩いてる時にね、あの子らの一人がネズミに噛まれて、敗血症で死にかかってたところを助けてね…」

 

 それ以来、彼らを地下街よりは安全な下水道に住まわせ、時々食糧などを差し入れたりしている、という。なんだか見捨てられなくて、とも。要は、彼女は単なる憐憫の情だけで彼らを助けており、損得勘定はないということなのだろう。

 

「代理人(エージェント)さんには呆れられたえ。自己満足にすぎないって。まあ、その通りやねんけど」

 

 復讐者(エリニュス)は軽く笑って言う。そう、これはただの自己満足にすぎない。今彼らが生き延びたとしても、世の中の全てをひっくり返さなければ、彼らはいずれ緩慢な死を迎えるだけだ。

 

「だから、うちは頑張るえ! 世界に復讐を果たした暁には、あの子らもお天道様の下で生きて行けるようになるかもしれんしね!」

 

 拳を握り締めて、復讐者(エリニュス)は決意を秘めた声で言う。一〇〇式はどうにも理解できない。彼女の言う世界への復讐と言うのは何なのだろう。

 

「…復讐者(エリニュス)さんの復讐って…何なんですか?」

 

「世の中をまるっとひっくり返すことえ! その過程で多分地下にいる人たちも救済できると思うけどね!」

 

 それ以上のことは言えひんけどね。と、復讐者(エリニュス)は悪戯っぽく笑って言う。その言葉にもやはり嘘の響きはない。

 

「ほな、この辺でお別れえ」

 

 復讐者(エリニュス)は壁の梯子を指さして言う。ここを上がれば、安全に街に帰れる、というのだ。

 

「次に一〇〇式(モモ)ちゃんと会う時は、世の中色々変わってるかもしれひんけど、一〇〇式(モモ)ちゃん達を殺したりとかはしないから、安心して待っといてねー」

 

 そう言って、復讐者(エリニュス)は通路の奥に歩いて行こうとする。その口振りから、これから彼女は自身の計画を実行するのだろう、ということが分かった。

 本来なら彼女を止めるべきなのかもしれない。だが、一〇〇式は去っていく彼女の背中に何も言えずにいた。もし本当に彼女の計画で、あの哀れな人々が救われるのなら、それは容認するべきかもしれない、と思うのだ。見知らずの子供を助ける優しい彼女なら、人を傷つけることはないだろう。ならば、彼女を止めることはないのではないか。本気でそう思えた。

 

「どうしたらいいんだろう…」

 

 闇の中に消えた復讐者(エリニュス)の背中に、一〇〇式は言う。当然その問いに答えられるものはこの場にはいない。だから、一〇〇式は梯子を上り始めた。指揮官ならきっと、答えを持っているだろう。そう心に念じて、一〇〇式は太陽目指してひたすらに梯子を上った。

 

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