一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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1-2 戦闘開始

『一〇〇式(モモ)、FAL。準備はいいか?』

 

『はい! 一〇〇式、位置取り完了! いつでもいつでも行けます!』

 

『任せておきなさい、指揮官。後は号令だけよ』

 

 黒塗りのバンの中で、晶はIFN(インターフェイス・ネットワーク)(=人類が新たに作り上げた独自の通信ネットワーク)を通じて二人の戦術人形と連絡をとる。彼女らはすでに準備態勢を整えているようであった。その辺りは、流石この隊結成時から共に戦っているベテランだ、と思えた。

 

 FALは少し離れた茂みの中で狙撃の準備。本来狙撃はRF娘の領分で、彼女のようなAR娘の得手とするところではないはずだが、FALはセミオートでの射撃も得意としているため、こうしたことが可能だ。

 一方で一〇〇式はスロープの部分に身を伏せて隠れている。こちらは機を見て突入し、敵勢力を制圧する構えだ。

 

『映像回すぞ』

 

 晶がそう言った次の瞬間、一〇〇式とFALの脳裏に、彼がインターフェイス・ジャックして得た映像が浮かぶ。それは店内の監視カメラが映している映像であった。

 

『いつもながら大したものね、こういうところは』

 

 FALは素直に称賛の言葉を指揮官に贈る。彼は情報戦、電子戦のプロフェッショナルであり、特にIFN内では無類の強さを発揮するのだ。

 

『コンビニのノードをジャックするなんざ、朝飯前だ』

 

 晶は軽く鼻で笑って言う。プロの電子情報員である彼にとって、たかがコンビニのノードなどはその辺の公園のようなものだ。侵入するなどそれこそお茶の子さいさいだ。

 

『指揮官…この人たち、戦術人形とかじゃないです』

 

『ああ。どっからどう見ても、真人間の腐れボンボンだ』

 

 一〇〇式の言葉に、晶は呆れた口調で言う。何のことはない。今コンビニを占拠しているのは、鉄血の糞共でも何でもない、2人のただの人間の坊や達だ。年の頃は概ね晶の半分に1を足したぐらいだろうか。

 

『でも、どこから連射式の銃なんて手に入れたのかしらね?』

 

 FALが少年達の得物を見て言う。彼らの持っているものは、実銃のAK-47に似た自動小銃である。そうしたものはグリフィンの支配地域では御法度として厳重に取り締まられており、易々と手に入るものではない。なぜそんなご禁制の品物が彼らの手にあるのか、謎に思うのだ。

 

『全く、密造粗悪拳銃(サタデーナイト・スペシャル)ぐらいにしときゃいいのに。何をトチ狂ってあんなもんもってきてんだか』

 

 晶は呆れた口調で言う。あんなものを持ち出して社会に危害を加えれば、彼らは間違いなく殺処分の対象になる。どのような理由があるにせよ、情状酌量の余地さえ与えられないだろう。馬鹿なことをしたものだ、と思う。

 

『指揮官…あの…』

 

 一〇〇式が震える声で言う。彼女が目にしているものが晶には分かった。ボンボン共の近くで倒れている10に満たない少年の姿だ。額に空いた穴から血を流していた彼は完全に死んでいる。手の打ちようがない。

 

『ああ… 糞なことをするな、全く』

 

 晶は吐き捨てるように言う。その少年だけでなく、店内には血塗れの死体がいくつか転がっている。人間と非戦闘型の自律人形のものだ。特に人間は生命反応がなく、もう助けようがない。

 だが、店の奥に伏せている者もわずかに存在している。彼らはまだ生きている。何とかそれらを救助しなければならない。一〇〇式はそう思った。

 

 不意に、少年の一人が闇雲に銃を乱射し始めた。けたたましい音と共に商品棚が薙ぎ倒され、貴重な物資が弾け飛んでいく。もう一人の少年はその様子を不気味な笑顔で見つめているだけだった。

 

『あ~あ、勿体ねぇ… 意味もなく弾けさせるぐらいなら食わせろと…』

 

 晶は床に散乱した食品類を見て、悲しそうに言う。滅亡に瀕している人類の領域で、食料は貴重なものだ。あんな無意味でかつ無残に浪費されていいものではない、と思う。

 

『出てこい、FAMAS! サムライ、マサキ様が来てやったぜ!』

 

『早く俺のモノになれよ、オラァ!』

 

 少年達は口々に訳の分からないことを言う。一〇〇式は首を傾げたが、晶とFALはこの上もない呆れのため息を吐いた。

 

『…WTLね、間違いなく』

 

『…だな』

 

 FALと晶は言葉を交わして合点する。コンビニ強盗にしては長々居座るものだ、と思っていたし、テロリストにしてはどこのグループの犯行声明もないのでおかしいと思っていたのだ。

 

『WTL?』

 

『Wonderful Than Life(人生よりも素晴らしい!)。電子麻薬の類よ』

 

 一〇〇式の質問にFALが答える。

 

『一〇〇式(モモ)もVRシアターは知ってるでしょ?』

 

『はい! サムライ・マサキシリーズ。第2作をこの前FALさんと体験しました』

 

『そう、それ』

 

 一〇〇式の言葉に、FALは頷いて言う。

 VRシアターとは、ヴァーチャルリアリティ空間で、仮想現実を体感する娯楽である。要は映画などの登場人物の体験を直接体験することができるのだ。

 

『でも、VRシアターって、体感とかないふわっとしたものでしょ?』

 

『はい! 何だか、夢のような感じでした』

 

『その体感とか、もっと生々しい刺激を与えてくる。それがWTLだ』

 

 FALの説明に晶が補足を入れる。VRシアターはワザと体感などを感じないようにしている。しかし、WTLはそれらを感じさせることで、より強い刺激を生み出し、結果的に現実と仮想現実の区別をつかなくする代物なのだ。

 これが流行ったのは第三次世界大戦直前で、噂ではどこぞの超大国が敵国を骨抜きにするためにばら蒔いたのだとも言われている。

 ちなみに、サムライ・マサキシリーズとは、グリフィンの支配地域で配信されているVRシアターの娯楽作品であり、サムライ(人知を超越した最強の兵士)と戦術人形との友情や愛を描いたものだ。世間であまり快く思われていない戦術人形のプロパガンダとして、積極的に作成されている。彼らの用いたWTLはこれらのバッドコピーなのだろう。

 

『とりあえず、制圧するか。二人ともゴム弾を装填。可能な限り殺すなよ』

 

『『了解!!』』

 

 晶は二人に命令を下す。どの道、あの二人は殺処分されるだろうが、銃とWTLの出所は突き止めなくてはならない。それまでは生かしておく必要があると判断したのだ。

 それに、先ほど乱射した少年はマガジンに新しい弾を詰めている最中だ。危うい手つきで、マガジンを見ながら。もう一人の少年も、不気味に笑うだけで身を隠すことも周囲を警戒することもしない。サムライが聞いて呆れるが、とりあえず今が好機である。

 

『FAL、一〇〇式(モモ)。…状況開始』

 

 晶がそう言った次の瞬間、FALの手の中のライフルが火を噴いた。吐き出されたゴム弾は、ガラスを突き破り、狙いを違えず、不気味に笑う少年の持つ銃を弾き飛ばす。彼が驚愕の表情を浮かべた瞬間に第二射。黒いゴムの弾丸は少年の額を捉え、直撃。着弾の衝撃で彼を地に張り倒した。

 

 次の瞬間、ガラスをぶち破って、一〇〇式が店の中に突入する。

 

「接近戦、用意!」

 

 生体FCS起動。走りながら、セミオートで1発発射。弾丸は少年の手の甲に命中し、リロード中のマガジンを落とさせる。

 少年が痛がる間もなく、一〇〇式が距離を詰める。そして、強烈な浴びせ蹴りを少年の顔面目掛けて叩き込む。たまらず少年は銃を取り落とし、吹っ飛ばされる。

 

 すぐさま一〇〇式は駆け寄り、彼の胸を踏みつけ、眼前に銃を突きつける。手加減していたおかげで気絶をしていない彼は恐怖で顔を引きつらせ、ぶるぶると震えだした。

 

『制圧完了です、指揮官』

 

『ああ。…よくやった、一〇〇式(モモ)』

 

 指揮官に報告すると同時に、褒めの言葉を貰う一〇〇式。だが、胸は湧き立たなかった。こんな非道なことをした連中への怒りが胸に渦巻いていたからだ。

 

「…どうして、こんなことをしたんですか?」

 

 怒りを噛み殺した声で、一〇〇式は言う。彼女の視線の先には無残な死体になった少年の姿があった。まだ未来ある少年。滅びに瀕した人間の明日の担うべき者が馬鹿げたことで命を失ったことが許せなかった。

 

「人を殺して…理由もなく人を殺して…どう思っているんですか!?」

 

 一〇〇式は怒りを叩きつけるように言う。少年の体がビクリ、と震える。何やら妙な匂いがする。アンモニアに変化する前の尿素の匂いだ。恐怖で漏らしたのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。

 

「…あ…あ…あり…あり…ありえない…」

 

 少年はガチガチと歯を鳴らしながら、何とかそれだけを言う。

 

「人形が…人形が…サムライに勝つなんて…ありえない…」

 

 その言葉を聞いた一〇〇式の脳が過熱する。まだそんなことを言っているのか。

 

「ふざけるな! ここは…ここは、VRの世界じゃない! 人が生きて、そして死ぬ、現実の世界だ!」

 

 一〇〇式は魂の底から叫ぶ。現実とVRの区別のつかない輩。どうしてそうまで人は愚かになれるのか。そんな愚かな人に殺された人は何なのか。

 

「ありえない…ありえない…サムライが…負けるなんて」

 

「!! このっ!」

 

 怒りのあまり目の前が真っ白になった一〇〇式が拳を振り上げる。この期に及んでまだそんなことを言うのか。

 だが、一〇〇式の拳は振り上げた頂点で他の手に止められた。暖かくて、大きな、よく知った手だった。

 

「一〇〇式(モモ)。手が汚れるからやめろ」

 

 この声で一〇〇式は我に返った。途端に体が震える。殺すな、と言われたのに。抵抗できない者に暴力を振るうなんて、最低なのに…

 

「し、指揮官、私…一〇〇式、は…」

 

「いいんだ。…気にするな。お前の怒りは間違ってない」

 

 泣き出しそうな一〇〇式を晶は抱きしめる。そしてあやす様に背中を叩いて、強く抱きしめる。

 胸の中で嗚咽が聞こえる。晶は黙って一〇〇式を抱きしめる。

 確かに、一〇〇式のやったことは褒められたことではないかもしれない。だが、これで怒らなければ人として間違えている。彼女の怒りは決して間違いではない、と晶は思うのだ。

 

『FAL、治安部隊の連中を呼び出せ。さっさとこいつらを豚箱にぶち込め、とな』

 

『了解。…指揮官、一〇〇式(モモ)をお願い』

 

『ああ』

 

 言われるまでもない。晶はそう思いながら、一〇〇式をただただ抱きしめる。お前は悪くない。そう思いながら。

 

(くそったれた世界だな)

 

 一〇〇式の嗚咽を聞きながら、糞のような世界を呪う。一体いつまでこんなことが繰り返されるのだろう。晶は果てしない諦観と共にそう思った。

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