一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
あの後、基地に帰った一〇〇式はすぐに
そして、しばらくディスプレイと睨めっこした後、すぐにカリーナとM4を呼び出して出撃の準備を命じたのだ。
指揮官は一〇〇式を労うと共に、今回は休んでいていい、と言った。だが、一〇〇式は出撃する事を選んだ。基地で休んでいても、きっと心が休まらない、と思うからだ。
間もなく、目的地である水処理施設のヘリパッドに到着する。そこにはグリフィンの直属部隊が2個常駐している。今回彼らからの応援要請はなく、それどころか出撃要請さえ出ていない。施設からの応答には、晶が偽造した調査依頼を根拠にヘリパッドへの着陸の許可を得た。
現在、晶はヘリアンにせっついて、略式でもいいから正規の命令を出すように頼んでいる。流石のヘリアンも異常の報告も受けていない施設へ強制捜査させる、という無法な命令を二つの返事で出せはしない。何もなかった場合、流石に譴責程度は免れない。
だが、今までの経緯から考えるに、もしも
「指揮官も思い切ったよねー。重要施設への強行突入とか」
スコーピオンが呆れた様に言う。一〇〇式の報告を受けてから決断までに要した時間は30分もかかっていない。いつもは十分な情報収集をしてから決断する晶にしては、恐ろしく雑だ。
「しかたないわ。あの機械人形は恐ろしい存在だもの」
M4は指揮官の決断を評価して言う。彼女を相手にこれ以上後手に回れば、その計画の成就を指を咥えて見ている羽目になるだろう。こういう時には即決できるのも、晶の指揮官としての資質の高さが伺える、と思う。
「でも、勝てるのかな…私達で」
不安そうに耳を寝かせたG41が言う。トンプソン達が何もできないまま制圧された事実。彼女の言葉から伺える軍用ドールやE.L.I.D感染者の大群さえ捌き切る自信。前者は覆しようがないが、せめて後者がハッタリでないと自分達では到底勝ち目がない。
「だからって、黙って見てられないよ! 鉄血の機械人形の計画なんて、どうせろくでもないものだし!」
SOPMODが銃のチェックをしながら言う。どんな敵が相手でも闘志を折ることのない姿勢は立派なものだ、とG41は思った。そう、どんな敵が相手でもご主人様が戦え、と言うなら戦うのが自分の使命だ。G41か心を入れ替え、自身も銃のチェックを始める。もうすぐ戦闘が始まるだろうから。
そんな中、一〇〇式は窓の外を眺めて沈黙を守ったままだ。どうしても分からない。彼女を止めるべきなのかどうか。彼女はどうやって人々を救おうとしているのか。指揮官はその一端を理解したらしいが、忙しくに動く彼に説明を求めるのも気が引けたのだ。
「
スコーピオンは
「そうだよ、
「悪い奴はぶちのめすだけだよ!」
G41とSOPMODが息を巻いて気勢を上げる。いつもなら、元気をくれる二人の言葉。だが、今はそれすら一〇〇式には響かない。彼女は果たして悪い奴なのだろうか。例え敵対した者さえもほとんど傷つけず、幼い子供達を優しい彼女が悪いことをするのだろうか。分からなかった。
「割り切ろう、
M4が一〇〇式の肩を掴んで言う。決心を促すように。
「迷いは自分を殺すことになる。…悩むのは全て終わってからにしよう?」
「…はい」
M4の言葉に、一〇〇式は頷く。自身の迷いが、仲間達の命を奪うことになる可能性もある。この迷いは、とりあえず
『指揮官、もうすぐ到着です。命令はまだですか?』
M4が通信モジュールで指揮官に尋ねる。偽造命令で誤魔化せるのはここまでだ。施設に踏み込む際には、グリフィンに確認されてしまうだろう。そうなれば、施設に駐屯する部隊と戦うことになる。グリフィンドール同士で戦うことになるなどぞっとしないものだ。
『ギリギリだったが間に合った。ヘリアンさんには感謝感謝だ』
晶がそう言うと同時に、命令書のファイルが送られてくる。これで一安心だ、とM4は思う。これで施設に入ることはできるだろう。
『ところで、FALはもう行ったか?』
晶がFALについて尋ねて来る。彼女もまた途中までこのヘリに同乗していたのだ。
『FALさんならちょっと前にヘリから降りたよ』
FALは施設に着く前に、簡易グライダーでヘリから降りて行った。どこで何をするかは話してくれなかった。何やら指揮官から密命を受けているらしいが。
『分かった。みんなも気をつけてくれ』
『ねー、ご主人様』
通信を終えようとするG41が晶に尋ねる。
『あの機械人形何しようとしているの?』
それはG41の疑問でもあったが、悩んでいる一〇〇式のために聞いた、ということもある。もし何か知っているなら話して欲しいと思う。
『すまん、G41。確度の低い情報を与えるわけにはいかない』
G41の質問を晶は却下する。元情報員である晶は、確実性の低いことを話すことを嫌う。癖といってもいいだろう。
『だが、俺の推測が正しければ彼女の目指しているものは、相当な糞だ。断固として阻止しなければならない』
『…人が救われるんじゃないんですか?』
晶の言葉を聞いた一〇〇式は反問する。人が救われるのに糞だとはどういうことなのだろう。それとも、指揮官は彼女の言うことが嘘だというのだろうか。
『救われ方にも色々あるのさ、
晶の言葉を聞いて、一〇〇式は首を傾げる。救われたと言えるかどうか怪しい救済とはどういうことなのだろうか。まさか、よくあるカルトの宗教のように死による救済と言うのだろうか。だが、彼女は誰も殺さない、と言っていた。ならば、一体どういうことなのだろうか。
『そこまでにしよう、みんな。…指揮官、行って来ます』
M4が窓の外を見て言う。すでにそこはヘリパッドの直上だった。係員が着陸のエスコートをしている。いよいよ始まるのだ。
『ああ。気をつけろよ、みんな』
そう言って晶は通信を待機モードにする。とりあえず、みんなの様子を見守る構えだ。
しばらくしてヘリが着陸し、M4達がヘリから出る。出迎えは、駐屯部隊の内の一つのようだ。
「M4ちゃん、お久し振りなのぉ!」
リーダーと思しき、長い金髪と赤い服のHG娘、ベレッタM9がM4に声をかけてくる。
「お久し振り、M9」
「ねえ、M4ちゃん。天野指揮官は部隊員の補充の話はしてないの?」
M9はいきなりM4に尋ねて来る。M9は晶の部隊への配属を希望しており、彼の部隊に所属している戦術人形には決まってこのことを尋ねる。なんでも、晶の元で働いて功績を上げれば、居直りオワコンBBAに決定的な差をつけられるから、だそうだ。
「あら、天野指揮官には私のようなエースこそふさわしい、と思うのだけど?」
「うん。ご飯もいっぱい食べられるみたいだし」
M9の後ろに控えていたSKSとFF FNCも晶の隊への移籍の希望を口にする。彼女らに限らず、有能な指揮官である晶の隊を希望する戦術人形は多い。FF FNCの言うように物資の割り当ても多く、娯楽品も指揮官が与えてくれるので、生活に不自由がないのも大きな魅力なのだろう。
「残念だけど、そういう話はないわ。それより、データを確認して」
「ちぇ。残念なのぉ」
M4の言葉にM9は舌打ちして、通信モジュールを開く。M4はそれに接続し、命令書のデータを送信する。それを受け取ったM9はそれを確認して、口を開く。
「うん。確かに受け取ったの…」
そこまで言ってM9が凍りついたように動かなくなる。見れば、後ろのSKSやFNCも同じように固まっている。
「どうしたの、M9…」
「伏せて!」
M9に声をかけようとするM4の前に一〇〇式が躍り出る。すかさず、力学障壁を展開。
次の瞬間、M9とSKSとFNC、それにその後ろに控えていたイングラムとMP40が銃を持ち上げる。そして、一〇〇式めがけて一斉に引き金を引く。
銃弾は力学障壁に弾かれる。そして、霧散したナノマシンでワンサード力学格子を形成。M4を抱え、加速して一気にヘリの陰に飛び込んだ。
「M9! どういうつもりなの!?」
M4はM9に呼びかけるが、応答はない。彼女らはまるで意思を持たない旧世代の人形のように機械的に銃を発射してくる。
「M4! あの娘達、正気じゃないよ!」
避難して来たSOPMODが言う。まるで何かに操られているようだ。
「指揮官の予想が大当たり… 嬉しくないねー」
銃撃から身を隠しつつ、最低限の反撃を行うスコーピオン。実際に当てるつもりのない威嚇射撃をM9の足元に撃ち込む。だが、彼女らは身を隠すこともせず、陣形を組むこともしない。ただ棒立ちで銃を撃ち続けるだけだ。それがかえって厄介だ、とスコーピオンは思う。下手に撃つと直撃させてしまう可能性がある。
『ご主人様!』
『彼女らは暴走状態にあるものと判断し、反撃及び制圧! ただし、電脳への攻撃は可能な限り避けろ!』
G41の声に晶はすぐに応じ、即座に指示を出す。そして、施設への通信回線を開く。可能ならば、撃破前に施設の責任者に彼女らへの強制停止命令を送らせるためだ。
だが、通信に出たのは意外だが、ある意味で予想通りの人物だった。
『流石、天野指揮官。勘が鋭いなぁ。
ディスプレイに映る姿はモノクロームの着物を身に纏う一〇〇式に瓜二つの少女、
『君が
『うん。はじめまして、指揮官さん。お初にお目にかかります、
晶の言葉に
『でも残念え。この施設は完全に制圧してるえ。メインノードもうちのもんやし、職員も人形のみんなもうちの味方え』
『…そりゃたいしたもんだ』
『ほな、指揮官さん。またお会いしましょう?』
『まあ待ってくれよ。もう少し話しよう』
通信を切ろうとする
『んー…まだ最後の仕上げが残ってるから遠慮したいんやけど…』
『そう言わないでくれ。俺は君みたいな可愛い娘は大好物なんだ』
『食べ物みたいに言われてもなぁ。…まあええか。他ならぬ
『ありがとう』
足を止めた
『君の目的はナノマシンの広域散布。そして、それを人間や自立人形に摂取させ、意識を変質させることだ。…違うかい?』
晶は自身の推測を述べる。彼女が今まで起こしてきた事件とナノマシンの性質。そして、進入路が下水道である、と言う点から判断するに、水処理施設を制圧し、ナノマシンを上水道に流し、人々にそれを摂取させるのが目的だったのだろう。
『正解え! 凄いなぁ。キレ者の噂は嘘じゃないねえ』
『お褒めに預かり恐悦至極』
素直に感心する
『うちのナノマシンを飲んだらね、うちの言うことを聞くようになるの。それでみんなを制御して、支配地域を拡大して、いずれはグリフィン本社、この国の政府、他の国の政府って手を広げていくつもりなんよ』
『ということは、君の目的は…』
『うん! 世界征服!!』
晶の言葉に、取って置きの悪戯を言う子供のような笑顔で、
『世界を支配して、富の再分配。その後、AIで効率よく人を管理して、一致団結してE.L.I.D感染者を駆逐。崩壊液を除去して、世界を立て直すんよ』
彼女の計画を聞いて、晶は僅かに鼻白む。まるで、どこかの革命家の机上の空論のような計画だ。だが、確かに彼女のナノマシンで強制的に命令を聞かせるようにすれば実現できるかもしれない。
『だが、E.L.I.D感染者達を駆逐できる力がないと無理だろう。それに、崩壊液の除去なんて成功例はないはずだろう?』
晶は根本的な問題を提議する。E.L.I.D感染者達は軍が躍起になって戦ってさえ押されるレベルの難敵だ。しかも、人類の領域に攻めてきている数だけださえその有様だ。総数となると、どれほどの脅威になるか分からない。
また、崩壊液はあらゆるものを崩壊、または変質させる性質を持つ。それを閉じ込めることさえ容易ではなく、それができる唯一の物体は遺跡の中で見つかったクリスタル状の物質だけだ。そんなものを除去するなど、夢絵空事としか思えない。
『うーん、そこらはうちの量産型を作れば解決できるんよ。あの子らうちの敵じゃないし、崩壊液もうちのナノマシンで除去できるし』
『マジか!?』
『…ええと、世界征服云々をやめて、普通に世界を救ってみないか? それならいくらでも協力するが…』
晶はかなり本気で
『無理え、指揮官さん。足を引っ張り合うばっかりの人達と一緒に世界を救うことなんてできひんよ。ジャンヌ・ダルクの二の舞はお断りえ』
だが、
『それにね、うちのこれはあくまで復讐なんよ? 別に善意でやってることやないんやし』
『…君は何に復讐したいんだ?』
『この世界そのものえ。世界の社会構造を完全に作り変え、過ちのない社会にする。それが人の過ちで殺されたうちの復讐え』
『…殺された? 君は一体…』
『また今度会った時にお話しするえ。長くなるし。ほなまた』
(頼むぞ、FAL…)
晶は祈るように言う。大嫌いな神様はともかく、自身の勝利の女神は別腹だ、と言うように。今後に繋ぐためにも、この一戦だけは確実に勝たなければならないのだから。