一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
浄水施設の奥にある貯水タンク。ここが
この水は人々の飲料水や生活用水のみならず、人工降雨にも用いられる。崩壊液を含んだ雨雲を寄せ付けないためにも、微粒子となった崩壊液の飛来を避けるためにも、人の手で綺麗な雨雲を作るのは重要なことなのだ。
もちろん、疑似クリスタル・ドームで覆われた市街地内にも、都市の汚れを浄化するためにも雨は定期的に降ることになるのだ。つまり、市街地内も市街地外もここを押さえれば、雨でナノマシンを散布できる。
「よいしょっと」
格子状の足場の上に、
この装置をタンクの底に沈めれば、タンクの3分の2のナノマシンを放出し、残り3分の1で、水やミネラル等をナノトランスで変換し、ナノマシンを増産して放出を続けるのだ。
タンクに沈めているこの装置を取り出すのは困難を極めるだろう。何せ、貯水タンクは深く、装置は重いからだ。ここまで運ぶのに、
装置を破壊しようにも、雑に爆破などをしてしまえばタンクごと破損し、この地域の水資源の確保が困難になるのだ。流石に装甲までは施していないが、水に沈めてしまえば銃弾も光学兵器も届かないのだから十分だろう。
また水を止めるのも無理であろう。いかに天野指揮官が訴えようと、グリフィンの中に
そして、この地域の水処理施設はこことあと一か所サブがあるだけだ。ここを止めると、地域の水が絶望的に不足する。崩壊液からの防御が困難であるゆえに、施設を拡散して作れないのが仇となっているのだ。
タンクを見て、
「とりあえず、最初に確保するべきは天野指揮官え」
一〇〇式は怒るだろう。それを思うと胸が痛い。だが、彼は様々な意味で危険でかつ、有用な存在だ。今後のことを考えると、どうしても押さえておく必要がある。
だから、意識の操作は最低限にしよう、と
不意に音が聞こえた。何かが超音速で飛来する音。次の瞬間、甲高い音と共に、ドラム缶の表面に銃痕が刻まれた。
「え!?」
完全に不意を突かれた
ドラム缶の弾痕に命中する榴弾。それは次の瞬間炎になり、ドラム缶を包み込んだ。1000度を超える炎がドラム缶を包み込んだ。
慌ててドラム缶を水の中に落とそうとするが、火の勢いが強すぎて近づけない。それにナパーム弾は水に突っ込んだ程度ではそう簡単には消えないのだ。
「残念だったわね、お嬢さん?」
右手の方向から声がした。
浄水用の薬液を収めたタンクの陰から現れたのは、FALであった。そんな馬鹿な、と思う。メインノードを制圧した
仮にFALが侵入できたとしても、見つからなかったのはなぜだろう。彼女が
「種明かしをご所望みたいね?」
FALは彼女に完全に姿をさらして澄ました顔で言う。銃を構えてさえいない。本気で戦えば、銃を構えていようが構えていまいが、あっさりと倒されてしまうだろう。それならば、今のうちにせいぜいいい気になってやろう、というところだ。
「重要施設にはね、政府が設けた秘密の通路があるの。メインノードからでも確認できないのがね」
呆然として言葉もない
「うちの指揮官はそのほとんどを生身の脳に記憶してるのですって。とんだ化け物よね」
元政府の工作員である晶は、そのほとんどを頭に叩き込んでいた。頭に埋め込んでいたメモリーチップにではなく、自身の記憶として。メモリーチップの中身なら確認できるが、晶の頭の中までは誰にも読むことはできない。故に、彼は政府に所属しない唯一の政府の秘密を知る者となっているのだ。
「後、貴女の御自慢のバイオセンサーが反応しなかった理由はこれ」
FALはそう言って、彼女の足元にケーブルのついたプラスチック片を投げてよこす。それは自立人形用の外付けのデータチップだ。
「愚鈍チップってやつでね、自立人形の知能を制限するチップ。これで貴女の存在を頭の中から消して、それを認識できないようにしたのよ」
FALの言葉に、
「でも、そんなものをどうやって…」
「大した作業じゃなかったみたいよ。
FALの言葉を聞いて、
「運がなかったわね。よりによって計画の第一歩に、とんだ貧乏神を引いてしまったのだもの」
FALが苦笑して言う。確かに彼女のミスは大きかった。だが、それとて普通の指揮官が相手であれば拾いきれなかったはずだ。天野晶という男の存在は、彼女の計画を妨害する最後のファクターだったのだ。
「さて、これからどうするの? 私をとりあえず殺してみる?」
項垂れる
「…そんなことしいひんよ。
力なく笑ってそう言った
「ねえ、私たちと一緒に行かない?」
一〇〇式と同じ顔をした少女に、FALは手を差し伸べて言う。彼女と同じでどこかほっとけない雰囲気の彼女を、FALは見過ごせなかった。
「
「…ありがとう、FALさん」
そう言って、
「でも、もう少し頑張ってみるえ。…失敗したなら、もう一度やり直せばいいだけえ」
「もうやめましょう、復讐なんて! そんなことをしても、もう何も戻ってこないわ!」
まだ復讐を諦めない
「世界を破滅させて、その後貴女はずっと一人で生きていくつもりなの!? そんなことができるほど、貴女は強い娘なの!?」
FALは彼女の目指す破滅の未来のことを言う。彼女の計画の後、待っているのは人形の世界だ。人の意思を持っているのはおそらく彼女しかない。そして、彼女がその後永遠の孤独に耐えられるとは思えない。何故なら、彼女は人の温もりに飢えているからだ。
それが発露されたのが、一〇〇式への接近だった。自分の姉妹のような一〇〇式を守りたかった。自分の存在を知って欲しかった。自分の思いを伝えたかった。それが彼女の一連の行動の理由だった。彼女があくまで人間であったことが、彼女の計画の失敗に繋がったのだ。
「…FALさん、ごめん。でも、それは少し違う」
FALの言葉を聞いた
「うちはね、過去に決着を付けなければ、もう前に進むことができひんのよ… そうしないと、うちの魂は救われない。それが終わらんと、未来も何もないんえ」
そうして顔を上げた
「FALさんの言葉、嬉しかった。…でも、うちはもう、言葉じゃ止まらないんよ」
そして、