一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
5-1 真相究明
『ナノフィルターマスク、とりあえず16個用意したわ。あれならよほど長時間じゃなければ、呼気からの浸食は防げるはず』
「サンクス、ペルシカさん。助かるぜ」
NF通信で晶はペルシカに礼を言う。これから
作戦の成功をFALから伝え聞いた晶は、一〇〇式とM4、そしてFALを水施設の後始末、並びに職員達への事情説明に残らせた。
スコーピオンとSOPMODとG41は、ヘリで
彼女の消えた先は、壊滅したはずの旧工場地帯の一角だった。そこのどの建物に入ったかも掴むことができたのは大きい。
後は、彼女の本拠地に乗り込むだけである。急がなければ、彼女を取り逃がしてしまうだろう。ヘリを水処理施設に向かわせ、FAL達を回収させた後、すぐに16Labに寄らせトンプソン達と用意して貰ったマスクを回収して、準備ができ次第再度出撃してもらう予定だ。休む暇もないが、これは時間との勝負だ。今は歯を食いしばって働いて貰うしかない。
『あとね、あのナノマシンについてなんだけど、あれに関する論文が見つかったわ』
「なんだって!?」
ペルシカの言葉に、晶は驚愕する。論文が見つかった、ということは
「しかし、ペルシカさん。あんなナノマシンの論文読んだことなかったんですか?」
晶はペルシカに怪訝そうに尋ねる。あのナノマシンは画期的な発明で、その論文はかなりセンセーショナルなものだろう。研究者として時代のトップを走るペルシカがそんなものを読んだことがないのは不自然なことだと思ったからだ。
『うん。この論文、学生のものだから』
「学生?」
『うん。I.O.P社の人材育成用のスクール。そこの学生の一人がこの論文を書いたの』
そして、その人自体を聞いたことがある、とペルシカは前置きして話す。
『彼女は鳴神千鳥。私やリコリスの後輩で、私達に並べる才能を持っていた、と言われているわ』
ペルシカはスクールでの当時の評判を語る。彼女のことは、リコリスから聞いていた。リコリスは特別講師として彼女の教務を担当して、その後親しくなったという。その辺りは天才は天才を知る、というところだろうか。
『彼女は当時かなり幼くて、スクールの他の学生たちと年齢が大分離れていて、かつ頭が良すぎて周囲に打ち解けられなかったみたい。リコリスに懐いたのも、彼女の言うことを理解でき、研究を進める力になってくれたからだ、というわ』
ペルシカは生前のリコリスに聞いたことを言う。当時のペルシカは彼女に興味を持ち、共に研究することを期待して16Labに推薦したものだ。当時は誰もが彼女の才能に期待し、ペルシカやリコリスと共に、金の卵を産む雌鶏としてその将来を嘱望されていた。
『でも、リコリスが開発方針の相違から鉄血に移る、という話が出た時、彼女もまたリコリスと共に鉄血に走ろうとしたのよ』
ペルシカの言葉に、なるほど、と晶は思う。
『でも、I.O.P社は承知しなかった。リコリスに逃げられて、今また彼女にまで逃げられれば、再び鉄血にシェアを奪われてしまうかもしれない。そこで、I.O.P社は彼女を監禁したのよ。家族には急病ということにしておいてね』
「そりゃまあ、下手したらあの化け物の量産が出来てたかもしれないんだしな」
ペルシカの言葉に、晶はさもありなん、という調子で言う。万一、
『ところが、鉄血の連中が彼女が脱出する手引きをしたの。リコリスから情報を貰ったのでしょうね』
もちろん、鉄血としても彼女の技術は欲しい。そして、彼女に鉄血に来る意思がある以上大義名分は鉄血側にある。奪還が公になっても、監禁している側のI.O.P社の失点は免れない。
『自棄になったI.O.P社の重役の一部が政府の者を焚きつけたの。あの技術が鉄血に移ると政府の転覆を計るかも、って』
鉄血にはその頃からきな臭い噂が立っていた。政府も警戒していたのは、当時情報員だった晶も理解している。それに、I.O.P社と政府はずぶずぶで、利益をチラつかせれば政治家を動かすなど簡単なことだった。
『政府は軍の特殊部隊を動かして、鉄血に迎えられる直前の彼女の射殺に成功した、と言われていた。鉄血系列の病院で死亡も確認されたらしいし』
『…控えめに言って、糞以下な話だな』
晶は吐き捨てるように言う。かつて自分の所属していた政府軍。そして、ペルシカの所属するI.O.P社。分かってはいたが、その中枢の腐敗振りは酸鼻を極めるものだ。
「だが、彼女は生きて鉄血の機械人形に改造されていた、と」
『そういうことになるわね。…本当に馬鹿馬鹿しい話ね』
晶もペルシカもまた表情を歪めて言う。彼女の理論の中には崩壊液の除去に触れたものもあった。それが実現できるなら、人類を領域を広げ、世界をまた人の手に取り戻すことができたのかもしれない。それを不可能にしたのは愚かな一部の人間だったのだ。
『でも、天野指揮官。あの娘に勝てる見込みはあるの? 民間の戦術人形では勝ち目はないわよ?』
ペルシカがトンプソンから得た戦闘データを鑑みて言う。彼女の打ち出したものは超合金性の単分子針だった。中は中空になっていて、それでナノマシンを注入していたのだ。あれを神経モジュールに撃ち込まれれば、たちまち行動不能になり、下手をすると彼女にコントロールを奪われる。そして、あれは生半可な装甲では防げるようなものではない。
「分かってる。だから、援軍を呼ぶことにしたよ」
『…まさか、軍に情報を流したの?』
「そういうことだ」
ペルシカの言葉に、晶は頷く。
無理もない、と晶は思う。E.L.I.D感染者との戦いは完全に手詰まりで、戦局は日に日に悪化している。事態を打破できる
『天野指揮官が軍に頼るなんて、本当に形振り構わないのね』
「打てる手は全部打つ。後は野となれ山となれ、だ」
ペルシカのどこか皮肉めいた言葉に、晶は大げさに肩を竦めて言う。彼女を止めなければ、世界はいつまた危機に晒されるかわからない。そのためには親の仇でも利用するつもりだ。
「まあ、やってみるさ。結果、どうなるかは神のみぞ知る、ってやつだな」
『そうね。…武運を祈ってるね、天野指揮官。勝てたら、コーヒー奢るわね』
「ああ。戦果を期待して、待っててくれ」
そう言って通信を切った晶は、作戦を再度確認する。泣いても笑っても、これがこの一件の最後の戦いだ。打つ手は全て打った。後は天命を待つばかりだ。晶はぬるくなった鉄管ビールを呷って祈る。願わくば人類に明日があらんことを。悲しい少女に救いがあらんことを。