一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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5-2 意志有道

 出撃を控えたロッカールーム。一〇〇式は浮かない表情で銃の整備をしていた。脳はまるで働いていないが、体は慣れた動作を淀みなく行う。それがなんだか嫌になる。次の戦いは、恐らくこの数日の騒動の最終戦になる。ためらうな、と機械の体に言われている気がするからだ。

 

 水処理施設から帰った後、指揮官から彼女の目的については聞いた。それは、この世界を人形の世界に変えようとする恐ろしい計画だった。それを許すわけにはいかない、と指揮官は言う。

 

 だが、彼女の素性も同時に聞いたことで、一〇〇式にまた新たな悩みが生まれた。

 

 彼女はいわば、人の世の犠牲者であった。余りある才能があるばかりに、大人達の都合で振り回され、人生を滅茶苦茶にされた被害者なのだ。そんな彼女が世界に復讐したくなる気持ちは痛いほどわかる。自分やM4も似たようなものだからだ。

 

 彼女の復讐を止める。それは指揮官の命令であるのでこなさなければならない任務だ。だが、ただ命令というだけで彼女を止められるものなのだろうか。止めていいものなのだろうか。分からなかった。

 ただ、一つ言える事は何の答えもなしに彼女の復讐を止めても、彼女の魂は救われない、ということだけだ。復讐は過去と決着をつけ、自分の魂が救われるために行われるものだ、と思う。他人に止めろ、と言われて止められるものではない。

 特に彼女の場合、逆恨みなどではなく大義名分ははっきりしている。それを止めるからには、止められるだけの答えを以ってしなくてはならない。それが彼女を救う条件だ。

 だが、それがどうしても一〇〇式には見つからない。自分でもあんな理不尽な目に遭ったら復讐したい、と思うだろう。復讐など馬鹿馬鹿しいなどと軽々しくは言えない。だが、彼女の復讐に賛同もできない。

 喉元に何かが出そうになっているような気はする。自分の胸の中の違和感。恐らく、それが彼女に対する答え。だが、それがどうしても出てこない。何かきっかけが欲しい。それがあれば出てくる気がするのに。一〇〇式のもどかしさは募るばかりだ。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃーん!」

 

 聞き慣れた声が聞こえたと同時に、首に抱きついてくる者があった。G41だった。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃん、表情が暗いよ? 次できっと最後だから、元気出して行こうよ!」

 

 G41は気遣わしげに言う。態度こそいつも通りだが、友である一〇〇式が悩んでいるのを気にしているのだろう。

 

「ごめんね、G41ちゃん…」

 

 そう言って、一〇〇式はG41の頭を抱く。彼女とは次の作戦で共に行動することになる。こんなに迷っていては、迷惑をかけてしまうかもしれない。だが、どうしても胸は晴れない。やきもきする胸は更に加速し、加熱している気がする。だが、どうしようもできなかった。

 

「無理もないわ、一〇〇式(モモ)。…私もよく似た心境よ」

 

 同じく、次の作戦で行動を共にするFALがため息混じりに言う。彼女は復讐者(エリニュス)と直接言葉を交わし、その苦悩の深さを知っている。言葉で止めることは困難であると言うことは、彼女が一番よく知っている。

 

「あの娘の言う事は間違っていないわ。…復讐したいと思う心も、この世界に変革を求める心も、全部ね」

 

 FALはどこか自嘲混じりな口調で言う。彼女の復讐を否定して彼女を救いたい自分が、彼女の求める復讐や理想についても理解できているのがなんとも情けない、と思うのだ。

 親友の一〇〇式も、戦友のM4A1も、最愛の指揮官も、全員大人の都合とやらに人としての生を失う、もしくは失いかけ、人生を滅茶苦茶にされたのだから。あの糞のような連中にリベンジしてやろう、と思う気持ちも分かる。

 理想についても、一定の理解はできる。地下にいた人々のようなのがこの世界には溢れていることをFALはずっと前から知っていた。それはFAL達人形達の総数より多いほどで、政治家のような上級国民の数千倍の数がいることを理解している。

 彼らが救われるのなら、それはそれでいいかもしれない。FALは果てしない諦観の下でそう思う。人はパンのみに生きるにあらず、と預言者は言う。だが、明日食べるパンがなければ人は死ぬのもまた道理だ。世の中に溢れる生存さえ困難な貧者が彼女による救いを求めてもそれはそうだ、と思えてしまうのだ。彼女の目指す人形の世界も、今の世界の状況を考えれば、決して間違いとは言えないのだ。

 

「まあ、彼女の目的の主眼が世直しならまだ説得のしようはあるんだけどね…」

 

 FALは大げさに肩を竦めて言う。彼女は別に他者の話に聞く耳を持たない狂人ではない。もし、世直しが主目的なら道理を説けば諌められる可能性はあるのだ。だが、復讐が主眼である以上どうしようもない。

 

「はい…FALさん…」

 

 項垂れたまま、一〇〇式は言う。FALもまた自分と同じような状態だ、と分かったからだ。FALでさえこの有様なのだから、自分に答えを見出すことなど不可能なのではないか。そう思えてしまう。ため息を吐いた。

 

「うーん、私には分からないな。二人が悩んでいる理由が」

 

 G41が首を傾げて言う。その様子から心底から理解に苦しんでいるのが分かる。

 

「こういう時、貴女が羨ましいわ…」

 

 FALが彼女を見て、ため息混じりに言う。G41は別に頭が悪いわけではない。だが、こういう浪花節な面にはドライなところがある。そういう割り切りはFALにもできない。それは本当に羨ましい、と思えるところだった。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃんはどうしたいの?」

 

 G41は一〇〇式の目を見つめて言う。その赤と青の双眸はあくまでも無邪気で透明で、一〇〇式の心を写す鏡のように思えた。

 

「世の中がどうとか、あの娘の思いがどうとかは、この際どうでもいいと思うの。一〇〇式(モモ)ちゃんはどうしたいの?」

 

「私は…」

 

 G41の言葉はあくまでも純粋で、ひたむきだった。それを聞いた一〇〇式の心の中に何かが落ち着いた。嗚呼、こんなにも単純な話だったんだ。喉につかえていた何かが心に落ちてきたのだ。一〇〇式は頷いた。答えが分かった気がした。

 

「…私は止めたい、あの娘を」

 

 一〇〇式は顔を上げて言う。その瞳には強い決意が宿っていた。

 

「あの娘を止めて、もう一度話をする。それで、これからのことをどうするかじっくり考える。そうしたい」

 

 一〇〇式は自身の銃を強く握り締める。自身の決意を表すように。小難しい理由など要らない。それで十分なのだ。

 

「うん! 私も頑張るよ! 一〇〇式(モモ)ちゃんの願いだもん!」

 

 G41は一〇〇式の両手を握って言う。彼女の純粋な瞳は、刹那の、だが遠い未来を見つめている。戦友の願いを叶える。そんな目の前のことを実現し続けて生きていくことこそが、全てだ、と言わんばかりの様子だ。

 

「…答えが見つかったみたいね。一〇〇式(モモ)」

 

 FALが慈愛に満ちた視線を一〇〇式に向けて言う。

 

「その答えを、存分にぶつけてあげよう。そのために、私は力を尽くすわ!」

 

 FALが銃を持ち上げて言う。戦術人形としてはずっと先輩で、先を歩むFALは一〇〇式の出した答えを無条件に支持し、その行く末を見たい、と言うのだ。そのために、協力は惜しまない、とも。こんな有難い事はなかった。

 

「はい…!」

 

 一〇〇式はそう言って、分解結合を終えた銃の口を天井に向けて、撃鉄を起こし、引き金を引く。かちん、と音がした。一〇〇式、整備完了。

 

「一〇〇式、行きます!…あの娘に伝えたいことがあるから…!」

 

 銃を手に、答えを胸に、一〇〇式は立ち上がる。運命を変える。そのためにも。一〇〇式の真紅の瞳は、ここにない復讐者(エリニュス)の姿を見据えていた。その視線に迷いはなかった。

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