一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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5-3 決戦準備

 どんな世界でも朝日は昇り、夕日は沈む。今、この世界の空は夜の精霊の引いた、濃紺のカーテンに閉ざされた。明かりは、目標たる工場の一角の生み出す明かりのみだ。それはまるで、世の中の理に挑戦するように聳えていた。世界に復讐を成さんとする女神の居城としては相応しいものかもしれなかった。

 

 打ち捨てられた工業地帯の一角にある工場。それが本作戦の目標だ。そこにあの、復讐者(エリニュス)が潜んでいる。いや、この様子だと、おそらく待ち構えているに違いない。

 他の隊の連中も、恐らく配置を完了した頃だろう。グリフィンから応援にやってきた404小隊の連中は、AR小隊に微妙に突っかかっていたが、まあ恐らく問題はないだろう、と思う。彼女らは結構な問題児で、特にリーダーのUMP45はかなりの曲者だが、うちの指揮官の指揮にはとりあえずは従うだろうからだ。

 

 ヘリから降りたトンプソンは、葉巻を口に含み、ため息と共に盛大に煙を吐き散らした。間もなく、あの強大な力を持つ、お嬢の姉妹と決着をつけなくてはならない。背筋に走った震えは、武者震いだと思いたかった。

 

『状況はどうだ、トンプソン?』

 

『問題はないさ、ボス。静かなもんさ』

 

 通信モジュールを通じて、晶から連絡を受けたトンプソンが言う。眼の前にはバカでかい入口がある。恐らく、昔は大型機材の搬入口だった場所なのだろう。シャッターは下りていたが、大した強度ではなさそうだった。いざとなれば、爆破して侵入するつもりだ。

 

「ご心配なく。このスプリングフィールドが、皆さんをお守りします!」

 

 スプリングフィールドが銃を握りしめ、意気込んで言う。復讐者(エリニュス)とトンプソンたちが対峙した戦場で、スプリングフィールドは何の役にも立てなかった。その分働いて見せる、と決意しているのだ。

 

「あまり意気込まないほうがいいよ、スプリングフィールドさん。…あの娘、規格外だから」

 

 一方でM14はあからさまに緊張した面持ちで言う。彼女は直に復讐者(エリニュス)の力を体感している。ライフルの距離さえ一瞬でまたいでくる彼女は今まで対峙した敵のどれよりも恐ろしく感じられた。正直勝てると思えないほどだ。

 

「私…未練を残したくはなかった…」

 

 9A-91が悲壮な覚悟を決めたような声で言う。その様子はもはや鉄血のアジトに突入するものではなく、怪獣の巣に乗り込んでいく決死隊か何かのようだ。

 

「うふふふ…痛いのは嫌じゃないけど…無理やり、動けなくされるのもいいかも…」

 

 PPKが怪しげな笑みを浮かべて言う。頭のネジが飛んでやがる、とトンプソンは思ったが、それぐらいの神経でいる方があの化け物と戦うのには都合がいいかもしれない、とも思う。

 

『勘違いしないでもらいたいんだが、お前達は軍用戦術人形たちのバックアップだ。無理に戦う必要はない。というか、彼女らから要請があるまでは入り口で待機だ』

 

 晶の言葉を聞いて、M14と9A-91は安堵のため息を吐き、スプリングフィールドとPPKは少しだけ残念そうな顔をした。そして、トンプソンは盛大に舌打ちをする。復讐者(エリニュス)の脅威に直に晒されずに済むのはありがたいが、虫の好かない軍用戦術人形共の後塵を拝するのは気に入らなかった。

 

「そのけったくその悪い連中も到着だ。…やれやれだぜ」

 

 自分たちの後方に降りた航空機から出てきた連中を見て、トンプソンは言う。ずんぐりむっくりな体型の航空機はデスピナと呼ばれる対地攻撃用垂直離着陸機である。単なる輸送機でなくあれに乗ってくる辺り、政府は事が終わればこの工場地帯を更地にしてしまうつもりである事が伺えた。

 

 最初に降りてきたのは、壁の化け物が3×5体ほど。ホイールアームを用いた移動式のトーチカと大型のリニアレールマシンガンを備えた戦術人形である。その背中には、20連装マイクロミサイル発射筒を2門装備している。あれはガンナーと呼ばれるスタイルの戦術人形である、とトンプソンの視覚を用いて見ている晶が説明してくれた。

 軍用ドールは基本的に性能に差がない。個性などもなく、記憶や経験は一週間毎に均一化されるのだ。ついでに容貌もマネキンのようにいかにも人形、といった風体で個性はかけらほども感じられない。

 故に、任務に応じてミッションパックと呼ばれるバックパックユニットを換装し、それぞれの役割を果たすという。彼女らはさしずめ、グリフィンドールで言うところのMG娘に相当するのだろう。

 次に出てきたのは、大きなアンテナが特徴のバックパックを背負った、ピストルグレネードランチャーを手にした人形達であった。その容貌は先ほどまでの娘と変わりはない。

 その装備から考えて、彼女はグリフィンドールで言うところのHG娘に相当するのだろう。手にしたグレネードランチャーも、敵を攻撃するため、というよりは航空支援や支援砲撃の誘導のため、もしくは破壊工作のために使われるのだろう。

 揃いも揃って量産品。装備だけで個性を決められ、しかも性能は段違いに高い。それがトンプソンが彼女らを嫌う理由だった。まるで自分達グリフィンドールを真っ向から否定しているような気がするからだ。

 

 だが、最後に降りてきた一人×5を見てトンプソンは少しばかり驚いた。

 彼女はまるで中世の騎士の甲冑のような、白い優美なフォルムのアーマーを纏う人形であった。手にはアサルトショットガンを持ち、バックパックには大型の盾と巨大な刃のない剣を一対ずつ装備する彼女は、まるで旧世代のアニメに出てくる主人公ロボットのような勇ましい姿であった。

 だが、その背丈はえらく小さい。先に出てきた人形たちと比べても頭一つ小さく、トンプソンの胸ほどまでしかない。正直、背中の剣や盾の全長と大差がないほどだ。

 

 そんな彼女は整列している他4体×5+4の人形を尻目に、遠慮なくトンプソン達の方へ歩いてくる。その鈍重そうな外見と裏腹に、足取りは妙に軽い。鎧が動きを妨げる要素にはなっていないかのようだ。

 彼女はトンプソンの前に来るなり、そのヘルメットを取ってみせる。そこから現れたのは、金色の長い髪を青いリボンでポニーテールに纏めた少女の姿だった。顔立ちは他の4体に似ているが、体格のせいか幼く感じられ、かつその瞳には意志の光を感じる。軍用戦術人形にもこんなのがいたのか、とトンプソンは思った。

 

「お初にお目にかかります、グリフィンの皆様。本日は宜しくお願い致します」

 

 そして、丁寧に彼女は頭を下げ、くそ丁寧な口調で言う。トンプソンはそれを見て、やはり嫌な気分になった。彼女らの態度は馬鹿みたいに丁寧で、その癖グリフィンに所属する戦術人形達をあくまで守るべき民間人扱いする。いっそ、高慢ちきに私たちは貴女達とは違うエリートだ、とか言う方がまだしも可愛げがある、と思うものだ。

 

「ああ。こっちはテキトーにやる。せいぜい、軍のエリート様の糞としてくっついて行くさ」

 

「…恐れながら、その様に自らを卑下なさるのはどうかと思います。貴女様は偉大な指揮官に率いられた戦術人形であります故」

 

 小さな騎士様の意外な言葉に、トンプソンは面を食らう。機械的な反応を示すばかりの軍用戦術人形から窘められるとは夢にも思わなかったのだ。

 

「僭越ながら、指揮官殿に我らへの協力を感謝したい、と存じます。申し訳ありませんが、通信モジュールの回線をお貸し願えませんか?」

 

『その必要はないよ』

 

 彼女とトンプソンの通信モジュールに指揮官の声が届く。彼は軍にいたのだ。軍用の通信モジュールのコードを知っていても不思議はない。

 

『天野少佐、お久し振りです! …私の事を覚えておいででしょうか?』

 

 声を弾ませて言う騎士様の様子に、トンプソンは度肝を抜かれる。その様子はまるでグリフィンドールと変わらない、指揮官を慕う人形のように思えた。

 

『もちろん。レーヴァティン、久し振りだな』

 

 晶はどこか懐かしむような声で言う。AR小隊とは別方面で、16Lab特製の彼女は、新型ミッションパックであるレーヴァティン・パックを使うために作り出された軍用戦術人形であり、人類の英知を結集した最強の軍用戦術人形である。正真正銘、正面から怪獣と喧嘩するための化け物人形だ。

 対E.L.I.D感染者用に作られた、大型レーザーブレード兼レーザーキャノン、レーヴァティン。人類初の戦術人形用の大型光学兵器を装備した彼女は、一人×5で一つのPMC支配地域を制圧できる化け物だ。グリフィンドール全員×5を相手しても釣りがくる。

 彼女にはマッハ3強の物体を補足するセンサーと、それに追従する身体能力が搭載されている、という。要はライフル弾を手掴みにできるのだ。彼女がいるなら、もしかすると復讐者(エリニュス)を倒せるかもしれない。

 

『しかし、軍も気合を入れてきたな。君を擁する部隊を投入するなんてな』

 

『逆です、少佐。私の運用試験の名目がなければ出撃の許可が下りなかったところです』

 

『…そういうことか』

 

 レーヴァティンの言葉に、晶は苦笑する。軍のお偉いさんはどこまでも事態を軽く見ているようだ。

 レーヴァティンは既にE.L.I.D感染者と複数回交戦し、多大な戦果を挙げている。だが、それ以外の相手との交戦データは依然として少ない。復讐者(エリニュス)という未知の相手との交戦データを採る、という名目で今回の出撃を通したのだろう。軍の現場指揮官たちも知恵を絞ったものだ、と思う。そうでもなければ、適当な戦術人形一個小隊を寄こしただけであっただろう。

 

『つきましては少佐。この度の作戦に当たって、アドバイスを頂きたいのですが』

 

『君にアドバイスできるほど、俺は上等な指揮官じゃないがな』

 

 レーヴァティンの要請に、晶は苦笑して言う。随分買い被られたものだが、自分は戦術人形の指揮の経験など、一年と少しでしかない。だが、それでもいえることはただ一つだ。

 

『今回の相手は君が見たどんな敵よりも恐るべき敵だ。生存が困難だと感じたなら、迷わず投降しろ。君は人類にとって貴重な存在だ。こんなところで失われていいものじゃない。…俺も君が死んだら悲しいしな』

 

『…畏まりました。選択肢に追加させていただきます』

 

 そう言って晶は通信を切る。レーヴァティンは淡々とした口調で応答したが、表情にはどこか喜色が宿っているように思えた。ああ、とトンプソンは思った。彼女は我らと同じく、あの指揮官が好きなのだ。そう思った。

 

「レーヴァティンだったな。お互い生きて帰ろう。…俺はあんたが少し好きになったよ」

 

 そう言ってトンプソンは右手を差し出した。共に戦う戦友だ、と認識できたのだ。

 

「はい。宜しくお願いします、トンプソンさん」

 

 レーヴァティンはほんの一瞬、流星のような笑顔を見せてトンプソンの手を握る。立場が違う彼女と心が通じた気がした。プライベートで会えたら、酒でも酌み交わしたい、と思えた。

 

『さて、トンプソン、M4、MO590、それにUMP45。今から作戦を伝えるぞ』

 

 レーヴァティンとの握手を終えたトンプソンの脳裏に晶の声が響く。これより先は、グリフィンの秘匿回線で行うようだ。つまり、自分たちの隊の本当の作戦会議だ。

 

『トンプソン達は先ほど言ったようにレーヴァティン達のバックアップだ。…彼女らが全滅したときは残骸の回収を頼む』

 

『…おい、ボス! 早くもあいつらが負けることを見越しているのか!?』

 

 晶の言葉に、トンプソンは思わず抗議する。今友誼を結んだ彼女が負けることなど、トンプソンは考えたくない。しかも、今の口振りでは晶は彼女らが負けても、全体での勝利を諦めるつもりがないようだ。これでは彼女らが捨て石のようだと思ったのだ。

 

『お前の思うように、彼女らが勝てばそれで万事解決。そうでなければ、捨て駒だ。そして、俺達は後者の想定で動く』

 

『おい!』

 

 晶の無機質な言葉に、トンプソンは思わず怒鳴る。彼女は明らかに晶に好意を抱いている。それを捨て駒に使うとはどういう神経なのだ、と。

 

『落ち着きなさい、トンプソン。…作戦の都合上仕方ないでしょう?』

 

 激高するトンプソンを晶と共にいるFALが宥める。分かってはいる。トンプソンは頭を冷やして、葉巻を大きく吸い込んで盛大に煙を吹いて落ち着いた。彼女たちが勝てば、自分達に出番はないのは自明の理だ。故に、自分達の動きは、彼女達が負けた時のことを想定したものであるのは当然であるし、自分達を丸々温存して敗北した彼女達の回収に当たらせるのは、指揮官の最大限の恩情なのだ。 

 

『MO590達と404小隊は工場周辺の雑魚共を薙ぎ倒せ。その後に、手近な入口から入っては出て、入っては出て、という動きをとれ』

 

『つまりは陽動、ということでいいのかしら、天野指揮官?』

 

『そうだ、UMP45』

 

 UMP45の質問に晶が答える。グリフィン直属部隊である彼女らは今回の作戦に特別に応援に来てくれた精鋭だ。リーダーであるUMP45は知略に長けており、作戦をすぐに理解してくれるのはありがたかった。

 

『やれやれ…500式みたいな適当な性格には慣れてるけど…。はぁ…指揮官、さすがにあなたみたいに無茶をする人は、初めて見ましたよ…』

 

 MO590は呆れた様子で言う。彼女の隊は長期の後方任務を完遂直前に放棄させて、無理やり呼び戻したのだ。

 

『すまんな、MO590。それだけ今回の敵はやばいんだ』

 

『…大丈夫ですよ、指揮官。私は貴方のために戦い、みんなを守るだけです』

 

 詫びる晶にM590は微笑んで言う。自分は彼を守る盾だ。ならば、その仕事を完遂するだけだ、と思うのだ。

 

『M4。今回の作戦は、君達が要だ。工場奥深くに侵入し、ナノマシン製造装置を破壊しろ』

 

『はい、指揮官』

 

 晶の言葉に、M4は了解の意を示す。彼女の主力であるナノマシン。それを製造する装置がこの工場のどこかにある、と晶は踏んでいた。それを破壊してしまえば、彼女は思うように力を振るうことができなくなる。それで彼女の野望は挫けるはずだ。

 

『ねえねえ、指揮官。一〇〇式(モモ)ちゃんとFALさんはどうしたの?』

 

 話を聞いていたSOPMODが晶に質問をぶつける。この作戦は近年稀にみる大一番のはずだ。それなのに、部隊の最精鋭であるFALや一〇〇式、それにG41が投入されていないことに疑問を覚えたのだ。

 

『彼女らは俺の側にいてもらう。それ以上は言えん』

 

『うん、了解』

 

 晶の言葉に、SOPMODはあっさり引き下がった。彼はNeedToKnowを徹底する性格だ。彼はこれ以上何も答えてくれないだろう。だが、それで十分だ。つまりそれは、彼の胸の中に必勝の策がある、ということなのだ。

 

『404小隊を含む我らがグリフィンの戦乙女達に告ぐ』

 

 作戦を伝え終えた晶が言う。その口調はいつになく厳かなもので、それはあの一年前の作戦で聞いて以来の口調だと思った。

 

『この作戦は世界の運命を担う一戦だと心得ろ。負ければ冗談抜きで世界の破滅が見える。そういう戦いだ』

 

 晶の通信を聞いた404小隊以外のものは息を呑む。この作戦が失敗すれば、復讐者(エリニュス)は地下に潜み、別のPMCの支配地域を狙って行動するだろう。彼女の脅威を知らない連中では対処は困難で、それに関わる権利は晶にはない。そして、力をつけてやってきた彼女に晶たちは成す術がないだろう。

 

『まあ、偉そうなことを言ったが、何のことはない。これが終わったら、宴会だ! 勝っても負けてもな!』

 

 晶はどこかやけくそな様子で言う。勝てば文字通りの戦勝宴会。負ければ、やけくそのやけ酒だ。それだけはこの戦いで唯一決まっていることだ。

 

『故に、総員に最大の命令を下す。生きて帰れ、以上』

 

 晶の言葉は戦術人形全ての心に響いた。それは、あの時聞いた言葉そのままだった。今また最終決戦が始まる。生きて帰る。彼女達はその意思を確かめた。同時に、我らが神のごとき英知を持つ指揮官の掴む勝利を確信した。そう。あの日のように。

 

『グリフィンドール出撃!…思う存分、やってこい!』

 

『『『『了解!!!!』』』』

 

 晶の号令に、4人とその指揮下の15人×5の戦乙女達は了解の意を返す。そして、戦地に赴く。全ては偉大なる勝利のために。人類の明日のために。

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