一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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5-4 竜虎相打

 軍用戦術人形たちと共に、連絡員としてトンプソンは工場内に侵入した。先頭のレーヴァティンが、ショットガンを後腰部のハードポイントにマウントし、バックパックの剣を引き抜いた。それと同時に、レーザーの刃が展開される。それをレーヴァティンがX字に振り下ろすと、シャッターは紙のように引き裂かれた。そして、彼女は剣をバックパックに収め、ショットガンを手にした。

 ただ、X字に切っただけではあんな入り口はできない。剣閃は1つ。斬撃は3回。レーヴァティンもまた高速の剣の使い手なのだ。

 

 シャッターを破壊して突入した先は、非常に広いがらんどうの空間だった。その昔は、幾多の機械や物資があったであろうそこは、今はその全てが無くなり、ただ空虚な空間が残るだけだった。照明は生きているようで、夜戦装備が必要にならない程度の照明は確保されているようだが。

 そんなだだっ広い空間の中には復讐者(エリニュス)が一人で佇んでいた。鉄血の機械人形等は周囲にいない。ただ、独り。それが彼女の全てだ、とでも言うのだろうか。

 

 レーヴァティンは前に進み出る。他の戦術人形達を散会させることを忘れずに。観測パックの彼女には、すでに観測を開始させている。C4CPUにより、彼女の様子は手に取るようにわかる。彼女がまるで動いていないので、現状意味は無いが、動き始めれば弾丸よりも速くても補足できる。

 

 貴下の戦術人形達を前進させ、彼女を完全に射程に捉えつつ、レーヴァティンは前に進み出る。そして、彼女に呼びかけた。

 

「貴女が復讐者(エリニュス)ですね? 私はレーヴァティン。軍の者です」

 

 レーヴァティンの言葉に、復讐者(エリニュス)は反応しない。ただ、空虚な視線を彼女に向けているだけである。妙だ、とトンプソンは思った。妙に陽気な復讐者(エリニュス)とは思えない態度だ。

 

「投降を勧告します。我らには貴女を迎え入れる準備があり、悪いようにはしないつもりです」

 

 レーヴァティンは構わず、彼女に降伏勧告する。実際、軍の司令部は恐らく彼女を非人道的に扱うであろう政府直属の研究機関への引き渡しを拒否し、軍研究部へと招くつもりであることを、レーヴァティンは知っていた。司令は彼女が政府や企業の無道の犠牲者であることを理解しており、穏便な解決を図ると共に、彼女を保護したい、と望んでいたのだ。

 

「ふ…ふふふ…」

 

 レーヴァティンの言葉を聞いた復讐者(エリニュス)が笑いを漏らした。

 

「ふふふふ…あははははは…アッハッハッハッハ!!」

 

 小さな笑いは哄笑に変わり、復讐者(エリニュス)はレーヴァティンに憎悪に満ちた視線を投げつける。その瞬間、周囲の温度が零下にまで下がったような寒気が走った。それは狂気を含んだ、悍ましいまでの憎しみと怒りであった。

 

「政府の犬が…どの面を下げて… 舐めるのもいい加減にしろっ!!」

 

 憎しみと怒りを剥き出しにした復讐者(エリニュス)が吠える。一◯◯式と同じ顔を、悪鬼のように歪ませて。トンプソンは思わず目を背けた。あまりに悍ましく、痛ましくて正視に耐えなかった。

 

「私を! 父を、母を、兄を殺したお前達の軍門に降るなど、できると思っているのか!? 寝言は寝てから言え!!」

 

「貴女の境遇。そして、貴女の家族の末路。それらは全て情報部よりデータとして受け取っています。それらを検証するに貴女の憎悪と憤怒は妥当なものである、と個人的には判断できます」

 

 激昂する復讐者(エリニュス)にレーヴァティンは淡々と言う。

 

「ですが、今はそれを飲み込んでもらうより他にありません。貴女は政府を、世界を敵に回して勝てるつもりなのですか?」

 

 レーヴァティンは今後の状況を鑑みて言う。もし、彼女が自分達を撃退できたとしても、政治家共は自らの火の粉になる復讐者(エリニュス)を最優先の敵として、軍に排除を求めるだろう。そうすれば軍はそれを退けることができない。彼女がいかに強くとも、軍の全力攻撃を凌ぎ切れるとは思えない。そして、万一凌ぎ切り、軍を壊滅させたとしても、E.L.I.D感染者の進撃を食い止めるものはいなくなり、人類の領域は滅亡する。そんな結末を望んでいる者がいるとは思えなかった。

 

「全員片付ければいいだけ。軍も、政府の糞共も、外国の連中も、E.L.I.D感染者も全て」

 

 暗い炎をその瞳に宿し、復讐者(エリニュス)は言う。自分にはそれだけの力があり、それを完遂する算段はある。鉄血の連中も邪魔ならば潰す。代理人(エージェント)は勘違いしているようだが、ナノマシン製造機のコアさえあれば、最早鉄血など無用の長物だ。裏切るというのなら、休眠中のエルダーブレインごと完全消滅させてやるまでだ。

 

「至高神ゼウスでさえ、復讐の女神(エリニュス)には逆らえなかった。例え、神でも悪魔でも、うちを止めることなど出来はしない!」

 

 そう言って、復讐者(エリニュス)は袖口から小太刀を抜き払って左手に持つ。完全に戦闘態勢に移った復讐者(エリニュス)を見て、レーヴァティンは諦めたようにバックパックのレーザーキャノンを構える。後方の人形達にも攻撃開始の合図を送った。交渉は決裂した。後は、互いの力の比べ合いである。

 

 HGからの観測データをリンク。ターゲット、捕捉。レーヴァティンがレーザーキャノンとアサルトショットガンを構え、MGがリニアレールマシンガンと20連装マイクロミサイルを構える。攻撃準備良し。

 

「総員、撃ち方始め」

 

 レーヴァティンがアサルトショットガンを放つと共に、攻撃が開始される。彼女が動きもせずにスラッグ弾を袖口で防いだところに、リニアレールマシンガンから放たれた劣化ウラン弾が殺到する。いかにナノスキン装甲でもこれを防ぐことはできないだろう。更に、そこにミサイルポッドから放たれた600発のマイクロミサイルが殺到する。殺傷弾頭を積んだそれは、万一避けても破片と爆風で仕留める。これだけの攻撃を受ければ、どんな相手でも粉微塵だろう。

 

「無駄な努力え」

 

 だが、トンプソンは驚くべきものを見る。彼女の手前で全ての弾が静止している。劣化ウラン弾も、マイクロミサイルも全てだ。空間を歪めるほどの密度で展開されているナノマシンの力学障壁がそれを食い止めているのだ。明らかに一◯◯式のそれとは次元が違った。

 

 レーヴァティンは2筋のレーザーを彼女に向けて照射する。だが、放たれた光の矢は彼女の手前で乱反射し、消え去った。

 

「レーザー兵器への対処、うちが知らんと思うてるの?」

 

 冷たく言う復讐者(エリニュス)の周囲に煌めくものがある。あれは分光ガスだ、とレーヴァティンは分析した。それは細かな反射率の高い金属粒子を散布することで、レーザーを乱反射させ無効化する防御装置である。それは基本的に軍属の者以外が使うことは禁止されているが、構造は簡単であるため使うことは鉄血の機械人形でも可能だろう。

 レーヴァティンも分光ガスの存在は考慮していた。だが、分光ガスは散布範囲が狭く、その場に留まらないと効果を発揮しない。故に、実弾兵器と併用すればその効果を封じられる、と思っていた。だが、実弾兵器をまるまる止められてしまうなど、完全に想定外だった。

 

「今度はこっちの番え」

 

 復讐者(エリニュス)が右手を前に突き出す。次の瞬間、そこに劣化ウラン弾とマイクロミサイルが集まる。量子配列変換開始。ミサイルと弾丸が、バキバキバキと異音をたてて一つの塊になっていく。そして、長方形のそれが弾け、中から大型の機関砲が現れた。それを見たトンプソンの顔が青ざめる。あれは、GAU-8 アヴェンジャーだ。

 

 それを確認したレーヴァティンはバックパックのサブアームでシールドを展開し、足のバンカーを床に打ち込んで防御態勢をとる。MG達はトーチカを放棄し、HGの背後に隠れる。すぐさまHGが電磁トーチカを形成。敵の攻撃に備える。トンプソンも咄嗟に床に伏せた。

 

 次の瞬間、暴虐の嵐が襲いかかった。地を揺るがすような弾丸の嵐が吹き荒れる。レーヴァティンの超合金アダマンチウムの盾は撃ち抜かれこそしなかったが、強い衝撃が襲いかかる。バンカーがなければ、吹き飛ばされていただろう。

 後方の人形達はHGの展開した電磁障壁で守られていた。とはいえ、電磁障壁は長く攻撃が続けばもたない。シールドを構えたまま突撃するべきか。レーヴァティンがそう判断しかけた時には、

 

「遅い」

 

 既に復讐者(エリニュス)は飛び込んできていた。あろうことかHGの電磁トーチカを小太刀で斬り裂いて侵入し、彼女の本体を蹴り飛ばして密集隊形のMGに突っ込ませる。ついで、とばかりに彼女の両腕が閃く。握られていた二本の小太刀が4体のHGのダミーの首を刎ねた。

 その動きを、レーヴァティンは全く捕捉できなかった。彼女の速度はマッハ3どころではない。それを遥かに超越していた。彼女は人類の想像を遥かに凌駕する化物なのだ。

 

 次の瞬間、復讐者(エリニュス)は体制を崩しているMG達の足元に手榴弾を投げ込んだ。それは炸裂して、漆黒のガスを撒き散らした。それはあらゆる光を吸収するガスだ。可視光線も紫外線もマイクロ波も全て。

 

 復讐者(エリニュス)はそこに迷わず飛び込む。そして、舞うように闇の中にいるものを切り裂き始める。完全な闇の中にあっても、軍の戦術人形は動態センサーである程度復讐者(エリニュス)をある程度捕捉できる。それが完全に仇になった。意識を向けるものを、彼女のバイオセンサーは見逃さないのだ。

 

 虐殺の宴と化した闇の中。それを見るレーヴァティンは何もできずにいた。光学兵器は使えず、ショットガンは誤射の危険が高い上に、復讐者(エリニュス)の装甲を貫けない。レーザーブレードも漆黒ガスの中では無力だ。そして、下手に踏み込めば、自身も彼女を補足することも叶わずみじん切りになるだろう。

 

「これで終わりえ」

 

 ガスが晴れて、復讐者(エリニュス)が姿を現す。その手には巨大なライフル銃が握られていた。その正体を察したレーヴァティンは叫ぶ。

 

「伏せてください、トンプソンさん!」

 

 彼女の言葉に呼応して、トンプソンは伏せて電磁バリアを展開する。次の瞬間、とてつもない衝撃が全身を襲い堪らずふっとばされて地面を転がった。重粒子ビームが破壊を撒き散らしたのだ。天井が崩れ、瓦礫が降り注いだ。

 

 瓦礫の中から這い出したトンプソンが見たものは、半壊した工場とレーヴァティンの首根っこを掴んで今にも引き裂こうとする復讐者(エリニュス)だった。レーヴァティンの様子は悲惨この上なく、両手足は千切れ飛び、バックパックも完全に破壊されていた。それでも胴と頭部が残っていたのは、アダマンチウムの盾のおかげだったのだろう。

 

「これがお前達がうちを殺して得たかった力え」

 

 憎しみに満ちた声で復讐者(エリニュス)は言う。その力は圧倒的で、軍用戦術人形さえ相手にもならなかった。世界を滅ぼす怪物、と言われても誰もが納得する。至高神さえ敵わぬ恐るべき存在がそこにあった。

 だが、そんな彼女が動かないレーヴァティンにとどめを刺そうとするのを見て、トンプソンは叫んだ。

 

「もうやめろ! もうやめるんだ、こんなことは!!」

 

 トンプソンの言葉に、復讐者(エリニュス)は小太刀を掴んだ手を止める。そして、その視線をトンプソンに向けた。恐ろしかった。神に等しい怪物の殺意が向いたのだから。だが、トンプソンは止まらなかった。

 

「その娘を殺っても、何もなりゃしない! 第一、その娘だって、悪い娘じゃないし、命令で動いてるんだ! それを虐殺して、お前お嬢やFALにどんな顔して会うつもりだ!?」

 

 トンプソンは思いの丈をぶちまける。彼女の境遇は分かる。政府の連中を憎む気持ちも最もだと思うし、所属がグリフィンでなければ協力した可能性さえある。だが、今の状況は完全に間違っている。

 レーヴァティンは悪い娘じゃない。彼女だって、思考が制限された軍用戦術人形であれども復讐者(エリニュス)の境遇に同情の念を示したのだ。第一、彼女は立場上政府側とはいえ、実行犯と近しい関係にはない。恨みの矛先としては筋違いもいいところだ。

 まして、戦闘力を失った彼女を殺すなど、誰も許さないだろう。復讐者(エリニュス)に理解を示していた一◯◯式もFALもだ。そんなことをして、彼女らとの絆を断ち切ることは奈落に落ちるだけだ、とトンプソンは思うのだ。

 

「頼む、やめてくれ… やめてくれ…!」

 

 トンプソンは懇願するように言う。お嬢の姉妹がこれ以上罪を重ねるなど、耐えられない。だが、自分には説得する材料もなければ、言うことを聞かせる実力もない。ただ、頼むしかできなかった。

 

「…ごめんなさい、お姉さん」

 

 そう静かに言って、復讐者(エリニュス)はレーヴァティンをゆっくりと地面におろした。トンプソンは急いで通信回線をチェックする。応答はないが、回線自体は生きている。レーヴァティンは生きているのだ。その事実に、トンプソンは胸を撫で下ろした。

 

「うちは…あいつらと、同じ罪を犯すところだったね。…堪忍え」

 

 復讐者(エリニュス)はそう言ってトンプソンに背を向ける。次の標的は、地下工場内に侵入したAR小隊だった。地上でウロウロしていた連中は、吹っ飛んだが何とか生きてはいそうだった。明らかに陽動であったので無視する。

 

「なあ! もう止められないのか!? やり直せないのか!?」

 

 トンプソンは復讐者(エリニュス)は必死に呼びかける。彼女は最悪の一歩手前で踏みとどまった。怒りに我を忘れかけていても、理性が働いたのだ。それに期待して、トンプソンは叫ぶ。

 

「これ以上復讐を続けても、あんたの魂は救われない! 行き着く先は、奈落だぞ! あんたはそれでいいのか!?」

 

「…なんでもええよ。うちはただ、復讐を遂げて、お兄ちゃん達の顔を思い出したい。それだけ」

 

 そう言って復讐者(エリニュス)は去っていく。トンプソンには何もできなかった。ここで下手に動いて破壊されれば、まだ生きているレーヴァティンを回収する者がいなくなるのだから。

 

「何が、どう間違ったんだ、クソっ!」

 

 トンプソンは彼女を見送って虚空に怨嗟を吐いた。何がどう間違ってこんな事になってしまったのだろう。崩壊液を除去し、E.L.I.D感染者を排除して人類の救世主に成り得た彼女は、愚かな一部の人間のエゴによって、世界を滅ぼす復讐の女神に成り果てたのだ。こんな馬鹿げた話があっていいのか。

 

「ボス…お嬢…奴を止めてくれ…」

 

 半壊したレーヴァティンを抱え上げ、トンプソンは呟くように言う。信じたこともない神に祈るように。

 もはや、彼女は力でも言葉でも止められない。たった一つだけ残った希望に賭けるしかないのだから。

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