一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
軍用戦術人形たちと共に、連絡員としてトンプソンは工場内に侵入した。先頭のレーヴァティンが、ショットガンを後腰部のハードポイントにマウントし、バックパックの剣を引き抜いた。それと同時に、レーザーの刃が展開される。それをレーヴァティンがX字に振り下ろすと、シャッターは紙のように引き裂かれた。そして、彼女は剣をバックパックに収め、ショットガンを手にした。
ただ、X字に切っただけではあんな入り口はできない。剣閃は1つ。斬撃は3回。レーヴァティンもまた高速の剣の使い手なのだ。
シャッターを破壊して突入した先は、非常に広いがらんどうの空間だった。その昔は、幾多の機械や物資があったであろうそこは、今はその全てが無くなり、ただ空虚な空間が残るだけだった。照明は生きているようで、夜戦装備が必要にならない程度の照明は確保されているようだが。
そんなだだっ広い空間の中には
レーヴァティンは前に進み出る。他の戦術人形達を散会させることを忘れずに。観測パックの彼女には、すでに観測を開始させている。C4CPUにより、彼女の様子は手に取るようにわかる。彼女がまるで動いていないので、現状意味は無いが、動き始めれば弾丸よりも速くても補足できる。
貴下の戦術人形達を前進させ、彼女を完全に射程に捉えつつ、レーヴァティンは前に進み出る。そして、彼女に呼びかけた。
「貴女が
レーヴァティンの言葉に、
「投降を勧告します。我らには貴女を迎え入れる準備があり、悪いようにはしないつもりです」
レーヴァティンは構わず、彼女に降伏勧告する。実際、軍の司令部は恐らく彼女を非人道的に扱うであろう政府直属の研究機関への引き渡しを拒否し、軍研究部へと招くつもりであることを、レーヴァティンは知っていた。司令は彼女が政府や企業の無道の犠牲者であることを理解しており、穏便な解決を図ると共に、彼女を保護したい、と望んでいたのだ。
「ふ…ふふふ…」
レーヴァティンの言葉を聞いた
「ふふふふ…あははははは…アッハッハッハッハ!!」
小さな笑いは哄笑に変わり、
「政府の犬が…どの面を下げて… 舐めるのもいい加減にしろっ!!」
憎しみと怒りを剥き出しにした
「私を! 父を、母を、兄を殺したお前達の軍門に降るなど、できると思っているのか!? 寝言は寝てから言え!!」
「貴女の境遇。そして、貴女の家族の末路。それらは全て情報部よりデータとして受け取っています。それらを検証するに貴女の憎悪と憤怒は妥当なものである、と個人的には判断できます」
激昂する
「ですが、今はそれを飲み込んでもらうより他にありません。貴女は政府を、世界を敵に回して勝てるつもりなのですか?」
レーヴァティンは今後の状況を鑑みて言う。もし、彼女が自分達を撃退できたとしても、政治家共は自らの火の粉になる
「全員片付ければいいだけ。軍も、政府の糞共も、外国の連中も、E.L.I.D感染者も全て」
暗い炎をその瞳に宿し、
「至高神ゼウスでさえ、
そう言って、
HGからの観測データをリンク。ターゲット、捕捉。レーヴァティンがレーザーキャノンとアサルトショットガンを構え、MGがリニアレールマシンガンと20連装マイクロミサイルを構える。攻撃準備良し。
「総員、撃ち方始め」
レーヴァティンがアサルトショットガンを放つと共に、攻撃が開始される。彼女が動きもせずにスラッグ弾を袖口で防いだところに、リニアレールマシンガンから放たれた劣化ウラン弾が殺到する。いかにナノスキン装甲でもこれを防ぐことはできないだろう。更に、そこにミサイルポッドから放たれた600発のマイクロミサイルが殺到する。殺傷弾頭を積んだそれは、万一避けても破片と爆風で仕留める。これだけの攻撃を受ければ、どんな相手でも粉微塵だろう。
「無駄な努力え」
だが、トンプソンは驚くべきものを見る。彼女の手前で全ての弾が静止している。劣化ウラン弾も、マイクロミサイルも全てだ。空間を歪めるほどの密度で展開されているナノマシンの力学障壁がそれを食い止めているのだ。明らかに一◯◯式のそれとは次元が違った。
レーヴァティンは2筋のレーザーを彼女に向けて照射する。だが、放たれた光の矢は彼女の手前で乱反射し、消え去った。
「レーザー兵器への対処、うちが知らんと思うてるの?」
冷たく言う
レーヴァティンも分光ガスの存在は考慮していた。だが、分光ガスは散布範囲が狭く、その場に留まらないと効果を発揮しない。故に、実弾兵器と併用すればその効果を封じられる、と思っていた。だが、実弾兵器をまるまる止められてしまうなど、完全に想定外だった。
「今度はこっちの番え」
それを確認したレーヴァティンはバックパックのサブアームでシールドを展開し、足のバンカーを床に打ち込んで防御態勢をとる。MG達はトーチカを放棄し、HGの背後に隠れる。すぐさまHGが電磁トーチカを形成。敵の攻撃に備える。トンプソンも咄嗟に床に伏せた。
次の瞬間、暴虐の嵐が襲いかかった。地を揺るがすような弾丸の嵐が吹き荒れる。レーヴァティンの超合金アダマンチウムの盾は撃ち抜かれこそしなかったが、強い衝撃が襲いかかる。バンカーがなければ、吹き飛ばされていただろう。
後方の人形達はHGの展開した電磁障壁で守られていた。とはいえ、電磁障壁は長く攻撃が続けばもたない。シールドを構えたまま突撃するべきか。レーヴァティンがそう判断しかけた時には、
「遅い」
既に
その動きを、レーヴァティンは全く捕捉できなかった。彼女の速度はマッハ3どころではない。それを遥かに超越していた。彼女は人類の想像を遥かに凌駕する化物なのだ。
次の瞬間、
虐殺の宴と化した闇の中。それを見るレーヴァティンは何もできずにいた。光学兵器は使えず、ショットガンは誤射の危険が高い上に、
「これで終わりえ」
ガスが晴れて、
「伏せてください、トンプソンさん!」
彼女の言葉に呼応して、トンプソンは伏せて電磁バリアを展開する。次の瞬間、とてつもない衝撃が全身を襲い堪らずふっとばされて地面を転がった。重粒子ビームが破壊を撒き散らしたのだ。天井が崩れ、瓦礫が降り注いだ。
瓦礫の中から這い出したトンプソンが見たものは、半壊した工場とレーヴァティンの首根っこを掴んで今にも引き裂こうとする
「これがお前達がうちを殺して得たかった力え」
憎しみに満ちた声で
だが、そんな彼女が動かないレーヴァティンにとどめを刺そうとするのを見て、トンプソンは叫んだ。
「もうやめろ! もうやめるんだ、こんなことは!!」
トンプソンの言葉に、
「その娘を殺っても、何もなりゃしない! 第一、その娘だって、悪い娘じゃないし、命令で動いてるんだ! それを虐殺して、お前お嬢やFALにどんな顔して会うつもりだ!?」
トンプソンは思いの丈をぶちまける。彼女の境遇は分かる。政府の連中を憎む気持ちも最もだと思うし、所属がグリフィンでなければ協力した可能性さえある。だが、今の状況は完全に間違っている。
レーヴァティンは悪い娘じゃない。彼女だって、思考が制限された軍用戦術人形であれども
まして、戦闘力を失った彼女を殺すなど、誰も許さないだろう。
「頼む、やめてくれ… やめてくれ…!」
トンプソンは懇願するように言う。お嬢の姉妹がこれ以上罪を重ねるなど、耐えられない。だが、自分には説得する材料もなければ、言うことを聞かせる実力もない。ただ、頼むしかできなかった。
「…ごめんなさい、お姉さん」
そう静かに言って、
「うちは…あいつらと、同じ罪を犯すところだったね。…堪忍え」
「なあ! もう止められないのか!? やり直せないのか!?」
トンプソンは
「これ以上復讐を続けても、あんたの魂は救われない! 行き着く先は、奈落だぞ! あんたはそれでいいのか!?」
「…なんでもええよ。うちはただ、復讐を遂げて、お兄ちゃん達の顔を思い出したい。それだけ」
そう言って
「何が、どう間違ったんだ、クソっ!」
トンプソンは彼女を見送って虚空に怨嗟を吐いた。何がどう間違ってこんな事になってしまったのだろう。崩壊液を除去し、E.L.I.D感染者を排除して人類の救世主に成り得た彼女は、愚かな一部の人間のエゴによって、世界を滅ぼす復讐の女神に成り果てたのだ。こんな馬鹿げた話があっていいのか。
「ボス…お嬢…奴を止めてくれ…」
半壊したレーヴァティンを抱え上げ、トンプソンは呟くように言う。信じたこともない神に祈るように。
もはや、彼女は力でも言葉でも止められない。たった一つだけ残った希望に賭けるしかないのだから。