一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
薄暗い剥き出しのコンクリートの通路。曲がり角の向こうにいる敵は警備用と思しき、Prowler級が数体。それはSOPMODが放った殺傷榴弾と、ステン及びスコーピオンの投げた手榴弾で消し飛び、後には鉄屑だけが残った。
「片付いたよ、M4!」
「ええ。先を急ぎましょう」
SOPMODの言葉にM4は頷き、廊下の奥に駆けていく。SOPMODとAR‐15、それにステンとスコーピオンもまたそれに続いた。
M4は視界の隅にこの工場の見取り図を時々表示させ、経路を確認しながら走って行く。その見取り図は、まだこの工場が稼働していた時期の古いものだったが、指揮官が役所のノードから引き抜いて来たのだ。今のところ構造に変化などはなく、行程は順調であった。ナノマシン製造装置がある部屋はいくつか候補を見繕っており、今のところ1つを捜索し、そこではなかった、と確認した。残りは4つ。軍のドールが彼女を抑えている間に発見し、破壊しなければならない。
「上で派手にやったみたいだけど、みんな大丈夫なのかな?」
先ほど頭上に走った衝撃を思い出し、スコーピオンが言う。あの衝撃は戦術人形の榴弾ぐらいでは起こらない。
「勘弁してほしいなぁ。地下に私達もいるんだし」
ステンがうんざりしたように言う。大規模破壊兵器などで上層の建物部分が崩れていたら、地下からの出口が塞がれるかも知れない。一応、地下から離れた場所に出るルートもあるようだが、できればすぐに戻れるルートで帰りたいものだ。
「…本当に軍の連中がやったのならいいのだけどね」
AR-15は憂いを帯びた表情で言う。
「それにしても、敵少ないね」
ここまでの道程を考えてSOPMODは言う。ここまでで遭遇した敵は、Prowler級のような小型兵器ばかりで、機械人形には遭遇していない。しかも、その数も50に満たない程だ。あれだけの力を持つ鉄血のBOSSなら、もっと多数の手勢を率いているものだと思うのだ。
「…信用されてないのかもね」
これまでのことからM4はそう推測する。鉄血の連中が狙っているのは未だに自分のはずだ。それに見向きもしないで自身の復讐に邁進する彼女は、鉄血にとっては使い勝手の良い駒ではないはずだ。
彼女は確かに戦士としては最強だ。しかし、同時に兵器としては最低の存在なのだ。故に、今や鉄血の実質的な統括者である
(そうだとすると… どうして…)
M4は疑問に思う。余りにも
生の脳をもっている人形に対する首枷として、最も適当なのはコーテックスボムだ、だが、彼女の様子からはそんな枷を嵌められていることは感じられない。むしろ、そうしたことも食らい尽くす可能性はある。彼女は恐るべき存在だ。そうしたことを見抜いて無力化させるなど造作もないことだ。
ならば、どうやって彼女の首に鎖を付けるのか、M4には分からなかった。だが、鉄血の連中と付き合ってきた年数や密度から分かる。保険がないわけがない。それは何なのか。M4には分からなかった。
「どうしたの、お姉さん? 妙な顔をしてるえ?」
いつの間にか目の前に佇んでいた彼女を見る。
「どうして妙な顔をしているか、当ててみる?
M4は静かな顔で言う。その表情は敵に向けるものではない。遠い昔に忘れ去った友達、それに向けた顔のようであった。
「っこの…!」
「敵襲!?」
スコーピオンとAR-15が銃を構える。その瞬間、
「まさか含み針なんてね。古風なのね」
M4は微笑んで言う。味方が二人やられた。ましてや、もう一方はAR-15なのに。それでも、M4の心に敵意は湧かなかった。よく分からない感覚だ。だが、それをM4は分かっていた。同病相哀れむ。そういうことだと思えたのだ。
「やめなよ!」
SOPMODが銃を構えて言う。だが、それに
「待って」
だが、その荷は降ろさせねばならない。AR小隊の隊長として。そう思ったM4は銃を床に投げ捨てた。
「投降するわ、
ホールドアップしてM4は言う。
「M4!」
SOPMODが驚いて言う。だが、これは指揮官からの指示でもあった。もし、
「やっぱりM4さん達は本命じゃなかったんやね」
ナノマシン製造装置は複数個あり、それをAR小隊だけで全て潰すのは無理だ。また、作戦内容も水処理施設で見せたものとほとんど同じ内容で、そんな手が二度も通用すると思ってはいないだろう。
「となると、やはり
「だと思うのだけど…」
「残念ね。私達は指揮官の真意を伝えられていないのよ」
動けるようになったAR-15が立ち上がりながら言う。その言葉に、
「
「基地から出るときは、指揮官と一緒にいたよ。ヘリにも乗ってない」
SOPMODが素直に答える。下手に隠し事をすると、ナノマシンで知能回路を弄られる危険もあるからだ。自分達はまだしも、生の脳のM4が妙な弄られ方をすると、取り返しのつかないことになる可能性もあるのだ。
「え!? じゃあ、まだ基地にいるん?」
「そのはずだけど…」
「うん。うちの基地、ヘリ2台とか持ってないしねー」
「…? えっと…どういうこと?」
「さぁ? 私達が知りたいぐらいだわ」
首を傾げる
「それでどうするの? 私を人質にとってみる?
「…うちはあの女の思惑はどうでもいいし、それに人質ぐらいでそっちの指揮官さんが目的を諦めると思えないんやけど?」
「指揮官に関しては全くその通りだわ」
「でも、貴女はそれでいいの? 私はエルダーブレインに密接に関わっているのだけど?」
M4は自身の疑問を
「うーん…うちはM4さんなしでもあの娘を起こせるんよ。
「うーん。じゃあ、見逃す代わりに知恵を貸してくれひん?」
「え!?」
「…ええ。私の知恵では指揮官に追いつけないかもしれないけど、それでいいのなら」
M4は少し笑って
「まず、この基地で狙われたら不味いものは何かしら?」
「うーん…ナノマシン製造装置と…自爆装置かなぁ」
「自爆装置?」
M4が
「うん。ここ、昔後ろ暗いものを作ってた工場らしくてね。うちらも万一事が露見して、にっちもさっちもいかなくなったら、ここを爆破するつもりだったからそのまま残してあったんよ」
「…なるほど」
「私が指揮官ならそれを狙うけど?」
「うーん、難しいと思うけどね」
M4の言葉を
「そっちには戦力を置いてるし、隔壁も下ろしてる。で、メインノードも自爆装置のスタンドアローン端末も念入りにセキュリティ仕掛けてるし」
まず戦力は工場内のほとんどをそちらに置いている。彼らが倒されれば警告を送るようにしてもいる。また、自爆装置のある最深部にはいくつもの隔壁と、扉を超えていかねばならない。それらをどうこうするには、メインノードを制圧するか、扉や隔壁を破壊していかねばならない。しかし、後者はまず不可能で、前者も自身が念入りに仕掛けたセキュリティを、グリフィンドールが突破できるとは思えなかった。
「道中にも監視システムは仕掛けているし、うちにバレずに侵入するなんて無理え」
「…ねえ、
「あ、うん。それはもちろん」
「…分かったわ」
M4は一つ頷いて拳を握り締めた。いくつかの疑問点は残されている。だが、指揮官の狙いと作戦の根幹は分かった。背筋がぞくっとした。
「もう
「え…? でも、監視システムには何も…」
M4の言葉に答えようとした次の瞬間、
更に次の瞬間、廊下に警報が鳴り響き、隔壁が下り始めた。そんな命令を
「そ、そんな…!?」
あまりにありえないことに、
「いくつか疑問な点は残ってるわ。でも、貴女のセキュリティを破れる存在。私は一人だけ知ってる」
「ま、まさか…!?」
「そう、指揮官その人よ」
M4の言葉を聞いて、
「…やられた」
「…ありがとう、M4さん。ほな、うち行くから」
「ええ。また、会いましょう?」
M4はそう笑顔で言う。これには
「私は貴女を止めはしない。貴女の気持ちが分かるから。…私だってそうだったから」
「M4さんも…?」
「うん」
M4は一年前のことを思い出して言う。あの頃の自分は復讐の炎に身を焦がし、闇と炎の中でもがいていたのだから。
「…M4さんは復讐を遂げられたの?」
「…分からない」
「でもね。私はあの事件で前に進むことができた、と思う。だから、私は貴女の復讐を否定しないわ」
M4は
「もう一度、
M4は言う。彼女なら、きっと
「そして、もう一度会いましょう。…その時はきっと、私達は友達に成れるわ」
「M4さん…」
絶句する
「…ありがとう」
『ご苦労だった、M4』
突然、通信モジュールを通じて晶が声をかけてきた。もう通信を閉鎖する必要がなくなったからだろう。
『…いいえ、指揮官。足を引っ張って申し訳ありません』
『そんなことないさ。よくやってくれた。作戦はまず成功さ』
謝るM4に晶は気楽な口調で言う。それを聞いたM4の胸に小波が立った。彼は基本的には最悪の事態を視野に入れて動く。それがこうも気楽であると言うことは、
『…指揮官、種明かしをお願いしたいのですが?』
M4は内心を隠して、晶に尋ねる。今度は彼女のために時間稼ぎをしようとしているようなものだ、とは思う。もちろん、それはしてはならない行為だが、どうしても止められなかった。
『ああ。お前の疑問。それはどうやってここに来たのか。それと、どうやって侵入したのか、だろ?』
それに対して、晶はあくまで気楽な様子で答える。つまり、それは彼女の問いに答える余裕があるか、もしくは護衛を排除している最中だかで、自身の手が空いているからだろう。
『まず、第一の答えなんだが、俺は私物に飛行機を持っていてな。情報員時代によく使っていたドラゴンフライだ』
『そんなものを…』
晶の言葉に、M4は絶句しながらも納得した。ドラゴンフライとは、折り畳みができる軽量の電動レシプロ機である。確かに情報員であった晶ならそれを持っていてもおかしくはない。つまり、それをこういうときの切り札として持っていたのだ。
『メインノードに侵入できたのはな、こういう工場地帯には現地とは別にコントロールセンターがあって、そっちの方がより強い権限でノードを支配できる。そこの端末を電源繋げて起動させて侵入したのさ』
後は以前のように政府のみが知っている隠し通路で侵入した、と晶は言う。それを聞いて、M4は改めて彼の恐ろしさを知る。彼は情報を得るルートを幾つも持っており、それを駆使して作戦を立てられる。その力は時に至高神さえ止められない女神をも出し抜くのである。それはまさに人間に与えられた知恵の力だった。
『M4達はとりあえず脱出に備えてくれ。以上だ』
そう言って、晶は通信を切る。そこにFAL達が戻ってきた。
「指揮官、敵は全て片付けたわ」
「了解。これで自爆装置は目前だな」
FALの言葉に、晶は監視システムを覗きながら言う。
後は、自爆装置に繋いでジャックすれば仕事は終わりだ。その後端末を破壊してしまえば、自爆装置そのものを恐らくどうすることもできないだろう彼女は、完全に復讐を実行する希望を失う。そこを説得すれば説き伏せられる自信が晶にはあった。何せ、もうそれに応じるしか彼女が救われる道はないのだから。
「流石ですね、指揮官。…母国のダブルオーナンバーのようです」
晶の手並みを、ウェルロッドが賞賛して言う。M590と同じく、任務を打ち切って帰還した彼女は、かなり前から対に所属しているメンバーであり、一〇〇式と共に戦場を長らく駆けてきた存在だ。
「ご主人様すごーい! あの凄い女に勝っちゃうもん」
G41はご主人様に心底感心して言う。軍用ドールでさえ勝てなかった化け物に知恵で勝つなど、考えられることではなかった。
「さて、最後の仕上げだ。行こうか」
そう言って、SVDは銃を構えて先に進んでいく。彼女はごく最近隊に入ったばかりだが、グリフィン直属として活躍していた経験が長く、戦いの経験値そのものは多い。ほんの少し張り合いがなさそうに見えるのは、ウェルロッドと同じく、後方任務を蹴って戦列に加わったのに対した敵と戦えなかったことが原因なのかもしれない。
「…待って下さい」
そんな晶達に一〇〇式が待ったをかけた。
「指揮官、私はここで待機して彼女の足止めを行います」
一〇〇式は決意を秘めた表情で言う。指揮官の策は完全に当たり、勝利は目前だった。だが、本当にこのまま勝って彼女は救われるのか。彼女の希望を力で叩き潰して、それで彼女は救われるのか。そう思うのだ。
だから、一〇〇式は彼女と話がしたかった。彼女に自分の出した答えを伝えたかった。だから、ここで彼女を待ちたかった。
「いや、その必要はないよ、
だが、晶は一〇〇式の申し出をあっさりと却下した。正直、このまま行けば勝ち見えており、足止めも必要があれば、その際に命令すればいい、と思っているのだ。
そんな晶に一〇〇式は何も言えずにいた。歯痒い表情で。分かってはいた。指揮官の言うことの方が、正しいのは。でも、でも、それは何か違う、と言いたかった。だが、上手い反論の言葉は浮かんでこなかった。
「こらっ、指揮官!」
突然、FALが晶の頭を小突いた。
「いてっ! 何するんだ、FAL!?」
殴られた場所を押さえて、晶は抗議する。だが、FALは一歩も引かずに、彼に右の人差し指を突きつけて言う。
「悪い大人の顔になってるわよ。そんなの、私達が望む指揮官じゃないわ!」
FALの言葉に、晶ははっとする。確かに自分は作戦の効率のみを考えて、
「…ご主人様。
「ああ。珍しく彼女が我侭を言ったことだしな」
「それに応えるのも、紳士の甲斐性ですよ?」
G41とSVDとウェルロッドも一〇〇式の背中を押すべく弁護する。それを聞いて、晶は頷いた。そして、決意を秘めた目をした一〇〇式の肩を抱いて言う。
「分かった。
「…はい!」
晶の言葉に、一〇〇式は大きく頷いて言う。晶と、そして仲間達の信頼に応える。そして、闇の中で彷徨う彼女を救う。その決意を更に硬くした。
「指揮官、一〇〇式は頑張ります! 指揮官が、FALさんが、みんなが私に力をくれるから!」
一〇〇式の言葉に、晶は微笑んで、そして背を向けて先へ歩き始めた。彼に続くみんなも一〇〇式に信頼と応援の視線を向ける。それだけで十分だった。言葉はもう必要なかった。
一〇〇式は待つ。闇の中で、地獄の業火に身を焦がしながら彷徨う姉妹を。そして、晶の言葉を思い出す。みんなの絆があれば、過ちに負けることはない。指揮官、FAL、そして、みんな。その絆を一〇〇式は確かに感じた。自分が見出した答えと、この絆の力を持って、彼女を捕らえている闇を払う。そう胸に決意して。