一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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5-5 日莫途遠

 薄暗い剥き出しのコンクリートの通路。曲がり角の向こうにいる敵は警備用と思しき、Prowler級が数体。それはSOPMODが放った殺傷榴弾と、ステン及びスコーピオンの投げた手榴弾で消し飛び、後には鉄屑だけが残った。

 

「片付いたよ、M4!」

 

「ええ。先を急ぎましょう」

 

 SOPMODの言葉にM4は頷き、廊下の奥に駆けていく。SOPMODとAR‐15、それにステンとスコーピオンもまたそれに続いた。

 M4は視界の隅にこの工場の見取り図を時々表示させ、経路を確認しながら走って行く。その見取り図は、まだこの工場が稼働していた時期の古いものだったが、指揮官が役所のノードから引き抜いて来たのだ。今のところ構造に変化などはなく、行程は順調であった。ナノマシン製造装置がある部屋はいくつか候補を見繕っており、今のところ1つを捜索し、そこではなかった、と確認した。残りは4つ。軍のドールが彼女を抑えている間に発見し、破壊しなければならない。

 

「上で派手にやったみたいだけど、みんな大丈夫なのかな?」

 

 先ほど頭上に走った衝撃を思い出し、スコーピオンが言う。あの衝撃は戦術人形の榴弾ぐらいでは起こらない。復讐者(エリニュス)は重火器を使うようではなかったので、軍の連中が派手に大規模破壊兵器でもぶち込んだのかもしれない。

 

「勘弁してほしいなぁ。地下に私達もいるんだし」

 

 ステンがうんざりしたように言う。大規模破壊兵器などで上層の建物部分が崩れていたら、地下からの出口が塞がれるかも知れない。一応、地下から離れた場所に出るルートもあるようだが、できればすぐに戻れるルートで帰りたいものだ。

 

「…本当に軍の連中がやったのならいいのだけどね」

 

 AR-15は憂いを帯びた表情で言う。復讐者(エリニュス)という機械人形の実力の底を自分達は誰も見ていない。彼女の武器が小太刀とナノマシンだけだと、タカを括るのは早計だろう。

 

「それにしても、敵少ないね」

 

 ここまでの道程を考えてSOPMODは言う。ここまでで遭遇した敵は、Prowler級のような小型兵器ばかりで、機械人形には遭遇していない。しかも、その数も50に満たない程だ。あれだけの力を持つ鉄血のBOSSなら、もっと多数の手勢を率いているものだと思うのだ。

 

「…信用されてないのかもね」

 

 これまでのことからM4はそう推測する。鉄血の連中が狙っているのは未だに自分のはずだ。それに見向きもしないで自身の復讐に邁進する彼女は、鉄血にとっては使い勝手の良い駒ではないはずだ。

 彼女は確かに戦士としては最強だ。しかし、同時に兵器としては最低の存在なのだ。故に、今や鉄血の実質的な統括者である代理人(エージェント)の信頼が得られず、大部隊を率いさせてもらえないのだろう。

 

(そうだとすると… どうして…)

 

 M4は疑問に思う。余りにも復讐者(エリニュス)を気侭に動かせすぎている気がする。彼女が命令に従わないのなら、安全処置を施していても不思議ではない、と思うのだ。

 生の脳をもっている人形に対する首枷として、最も適当なのはコーテックスボムだ、だが、彼女の様子からはそんな枷を嵌められていることは感じられない。むしろ、そうしたことも食らい尽くす可能性はある。彼女は恐るべき存在だ。そうしたことを見抜いて無力化させるなど造作もないことだ。

 ならば、どうやって彼女の首に鎖を付けるのか、M4には分からなかった。だが、鉄血の連中と付き合ってきた年数や密度から分かる。保険がないわけがない。それは何なのか。M4には分からなかった。

 

「どうしたの、お姉さん? 妙な顔をしてるえ?」

 

 いつの間にか目の前に佇んでいた彼女を見る。復讐者(エリニュス)だった。いつの間にか前方に回りこまれていたのだ。流石、とM4は妙な感心と共感を覚えた。彼女はこの工場のメインノードを当然掌握しているだろう。そして、先の失敗を繰り返さぬように監視を怠らなかったのだろう。自分でもそうする。愚直な戦術を実践する彼女が妙に愛おしく思えた。それは一〇〇式と、そしてかつての自分と重なっている気がした。

 

「どうして妙な顔をしているか、当ててみる? 復讐者(エリニュス)」

 

 M4は静かな顔で言う。その表情は敵に向けるものではない。遠い昔に忘れ去った友達、それに向けた顔のようであった。

 

「っこの…!」

 

「敵襲!?」

 

 スコーピオンとAR-15が銃を構える。その瞬間、復讐者(エリニュス)の口元が動いた。次の瞬間、本当によく見ないと見えない程度の細い針が、彼女らの首筋に刺さった。その次の瞬間、神経モジュールとの接続を断たれた彼女達は、力なく倒れた。

 

「まさか含み針なんてね。古風なのね」

 

 M4は微笑んで言う。味方が二人やられた。ましてや、もう一方はAR-15なのに。それでも、M4の心に敵意は湧かなかった。よく分からない感覚だ。だが、それをM4は分かっていた。同病相哀れむ。そういうことだと思えたのだ。

 

「やめなよ!」

 

 SOPMODが銃を構えて言う。だが、それに復讐者(エリニュス)は何をするでもない。M4も分かっていた。諸所の評判で悪名高き彼女だが、本当は心優しい娘なのだ。だから友達そっくりの彼女を撃てない。それが分かるから、復讐者(エリニュス)は反撃しないのだ。

 

「待って」

 

 だが、その荷は降ろさせねばならない。AR小隊の隊長として。そう思ったM4は銃を床に投げ捨てた。

 

「投降するわ、復讐者(エリニュス)。これ以上、仲間と私に危害を加えないで?」

 

 ホールドアップしてM4は言う。

 

「M4!」

 

 SOPMODが驚いて言う。だが、これは指揮官からの指示でもあった。もし、復讐者(エリニュス)に遭遇したら、交戦せずに投降し、話しかけることで時間を稼ぐように、と。もし戦っても、止められる時間は1分程度が関の山だが、話しかければもっと長い時間が稼げる、と言う事なのだ。要は最初からAR小隊は囮なのだ。

 

「やっぱりM4さん達は本命じゃなかったんやね」

 

 復讐者(エリニュス)は頷いて言う。彼女達の通信は傍受していたが、復讐者(エリニュス)は最初からM4達が本命だとは思っていなかった。あまりにも作戦が杜撰過ぎるからだ。

 ナノマシン製造装置は複数個あり、それをAR小隊だけで全て潰すのは無理だ。また、作戦内容も水処理施設で見せたものとほとんど同じ内容で、そんな手が二度も通用すると思ってはいないだろう。

 

「となると、やはり一〇〇式(モモ)ちゃん達が本命?」

 

「だと思うのだけど…」

 

 復讐者(エリニュス)のと問いに、M4は思案顔で答える。あの指揮官が次の手を打っていないわけがない。M4としてもその程度しか答えようがないのだ。

 

「残念ね。私達は指揮官の真意を伝えられていないのよ」

 

 動けるようになったAR-15が立ち上がりながら言う。その言葉に、復讐者(エリニュス)は困ったように眉を顰める。M4やAR-15の言葉を疑っていないようだ。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃん達は今どこにいるの?」

 

「基地から出るときは、指揮官と一緒にいたよ。ヘリにも乗ってない」

 

 SOPMODが素直に答える。下手に隠し事をすると、ナノマシンで知能回路を弄られる危険もあるからだ。自分達はまだしも、生の脳のM4が妙な弄られ方をすると、取り返しのつかないことになる可能性もあるのだ。

 

「え!? じゃあ、まだ基地にいるん?」

 

「そのはずだけど…」

 

「うん。うちの基地、ヘリ2台とか持ってないしねー」

 

 復讐者(エリニュス)にステンとスコーピオンが言う。基地にある移動手段といえば、ヘリの他は関の山公用車のバンとカリーナの電動スクーターぐらいだが、そんなもので人類の領域の外にあるこの工場に来るのは自殺行為だ。また、両者ともヘリに追いつける速度などない。もしそれで向かっていたとしても、今頃かなり後方にいるはずで作戦には間に合わないだろう。

 

「…? えっと…どういうこと?」

 

「さぁ? 私達が知りたいぐらいだわ」

 

 首を傾げる復讐者(エリニュス)にM4は本気で言う。あの指揮官はいつも奇想天外な手を打つ策士だ。彼のやり方は過去一年で大分学んだつもりだったが、今回ばかりは本当に手の内が読めない。

 

「それでどうするの? 私を人質にとってみる? 代理人(エージェント)への手土産になるかもしれないし、通達すれば指揮官を止められるかもしれないわ」

 

「…うちはあの女の思惑はどうでもいいし、それに人質ぐらいでそっちの指揮官さんが目的を諦めると思えないんやけど?」

 

「指揮官に関しては全くその通りだわ」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉に、M4は肩を竦めて言う。テロには妥協しない、が彼の持論だ。人質など無意味である。第一、向こうから通信モジュールを切っているので伝えようがないのだ。

 

「でも、貴女はそれでいいの? 私はエルダーブレインに密接に関わっているのだけど?」

 

 M4は自身の疑問を復讐者(エリニュス)にぶつけてみる。今の鉄血の最大の目的はエルダーブレインを復活させることだと思うのだ。その鍵であるM4を放置するとは、どういう了見なのかわからない。

 

「うーん…うちはM4さんなしでもあの娘を起こせるんよ。代理人(エージェント)さんには教えてないけど」

 

 復讐者(エリニュス)はM4の問いに素直に答える。その内容はいささか驚きのものであった。同時になるほど、と思う。それは彼女としては鉄血に対する切り札として使える。彼女としてはM4を連れて帰る方が有害であるのだ。最も、鉄血を繋ぎ止めるための札が、彼女にとってどの程度の価値があるかは謎ではあるが。

 

「うーん。じゃあ、見逃す代わりに知恵を貸してくれひん?」

 

「え!?」

 

 復讐者(エリニュス)の問いに、AR-15が驚きの声をあげる。あまりにも訳がわからない申し出だったからだ。

 

「…ええ。私の知恵では指揮官に追いつけないかもしれないけど、それでいいのなら」

 

 M4は少し笑って復讐者(エリニュス)の申し出を受け入れる。その様子にステンとスコーピオンは疑問を覚えるが、SOPMODとAR-15は彼女の心境を察する。M4もまた一〇〇式と同じく元人間で、かつ一年前までは彼女も復讐者だったのだ。そういう意味では、M4は一〇〇式以上に彼女に近しい存在なのだ。

 

「まず、この基地で狙われたら不味いものは何かしら?」

 

「うーん…ナノマシン製造装置と…自爆装置かなぁ」

 

「自爆装置?」

 

 M4が復讐者(エリニュス)の言葉を反芻して言う。

 

「うん。ここ、昔後ろ暗いものを作ってた工場らしくてね。うちらも万一事が露見して、にっちもさっちもいかなくなったら、ここを爆破するつもりだったからそのまま残してあったんよ」

 

「…なるほど」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉を聞いて、M4は頷く。指揮官の狙いは明らかにそれだと思えた。だが、復讐者(エリニュス)はそちらにあまり警戒心を向けていないように思える。この工場の資料をそっくり手に入れている指揮官なら、その装置の存在も知っているはずだ。

 

「私が指揮官ならそれを狙うけど?」

 

「うーん、難しいと思うけどね」

 

 M4の言葉を復讐者(エリニュス)はやんわりと否定する。

 

「そっちには戦力を置いてるし、隔壁も下ろしてる。で、メインノードも自爆装置のスタンドアローン端末も念入りにセキュリティ仕掛けてるし」

 

 復讐者(エリニュス)とて馬鹿ではない。弱点には念入りに対策を施している。

 まず戦力は工場内のほとんどをそちらに置いている。彼らが倒されれば警告を送るようにしてもいる。また、自爆装置のある最深部にはいくつもの隔壁と、扉を超えていかねばならない。それらをどうこうするには、メインノードを制圧するか、扉や隔壁を破壊していかねばならない。しかし、後者はまず不可能で、前者も自身が念入りに仕掛けたセキュリティを、グリフィンドールが突破できるとは思えなかった。

 

「道中にも監視システムは仕掛けているし、うちにバレずに侵入するなんて無理え」

 

 復讐者(エリニュス)はそう言って意識を監視システムに向ける。どのカメラも敵の姿は捉えておらず、警報等も鳴っていない。少なくとも、今のところ一〇〇式達は侵入しておらず、監視システムが正常に働いている以上、彼女らを見逃すこともないだろう。

 

「…ねえ、復讐者(エリニュス)。その敵の配置は、メインノードから確認できる?」

 

「あ、うん。それはもちろん」

 

「…分かったわ」

 

 M4は一つ頷いて拳を握り締めた。いくつかの疑問点は残されている。だが、指揮官の狙いと作戦の根幹は分かった。背筋がぞくっとした。復讐者(エリニュス)も食わせ者だが、指揮官も相当な狸だ。あの人が人類の味方である事は幸運であろうと思う。

 

「もう一〇〇式(モモ)さん達は工場に侵入している。それもかなり深くにいるはずだわ」

 

「え…? でも、監視システムには何も…」

 

 M4の言葉に答えようとした次の瞬間、復讐者(エリニュス)の脳裏に警報が鳴った。配置していたScout級の一団が壊滅したのだ。場所は工場の最深部だった。

 更に次の瞬間、廊下に警報が鳴り響き、隔壁が下り始めた。そんな命令を復讐者(エリニュス)は下していない。直ちにメインノードにアクセスしようとするが、それはあっけなく弾かれてしまう。完全にメインノードを乗っ取られている。

 

「そ、そんな…!?」

 

 あまりにありえないことに、復讐者(エリニュス)は絶句する。形跡はおろか、侵入している気配さえ気づかせずメインノードを乗っ取るなど、グリフィンドールにできる芸当ではない。ましてや、どこからメインノードに侵入し、どこから最深部に侵入したのか。皆目見当がつかないのだ。

 

「いくつか疑問な点は残ってるわ。でも、貴女のセキュリティを破れる存在。私は一人だけ知ってる」

 

「ま、まさか…!?」

 

「そう、指揮官その人よ」

 

 M4の言葉を聞いて、復讐者(エリニュス)と他の者達も息を呑んだ。あろうことか、指揮官が自らこの工場に乗り込んできている、と言うのだ。そして、彼がいる以上自爆装置のセキュリティも簡単に解かれてしまうだろう。何せ、彼には10年もの間、IFNの世界で修羅場を潜って来た経験があるのだから。

 

「…やられた」

 

 復讐者(エリニュス)は絶望的な表情で言う。ここから最深部までは遠い。更に、直通のエレベーターなども使えず、通路には隔壁が下りている。そして、彼らの通行を妨げるものは、配置している兵しかいない。そして、もし、彼の側に一〇〇式やFALがいれば、あっけなく叩き潰されるだろう。

 

「…ありがとう、M4さん。ほな、うち行くから」

 

「ええ。また、会いましょう?」

 

 M4はそう笑顔で言う。これには復讐者(エリニュス)のみならず、AR-15やSOPMODも意図を掴みかねた。しかし、これもまたM4なりの策である。復讐者(エリニュス)と会話を繋げられれば、更に時間が稼げるからだ。それに、M4からも彼女に伝えたいことがあったのだ。

 

「私は貴女を止めはしない。貴女の気持ちが分かるから。…私だってそうだったから」

 

「M4さんも…?」

 

「うん」

 

 M4は一年前のことを思い出して言う。あの頃の自分は復讐の炎に身を焦がし、闇と炎の中でもがいていたのだから。

 

「…M4さんは復讐を遂げられたの?」

 

「…分からない」

 

 復讐者(エリニュス)の問いに、M4は首を横に振って言う。結局、自分は復讐を遂げられたのだろうか。そうでもあってそうでもない。そんな答えしか出ないそれがあの事件の顛末だった。

 

「でもね。私はあの事件で前に進むことができた、と思う。だから、私は貴女の復讐を否定しないわ」

 

 M4は復讐者(エリニュス)の目を見つめて言う。結局、復讐の黒い炎の中から、自分を救い出してくれたのは指揮官と仲間達だった。だが、あの炎に焼かれていなければ、自分は多分過去を生産することはできなかった、と思う。あの事件は確かに自分も幾つもの過ちを犯した。だが、それが自身の糧になっていないとは思えなかった。

 

「もう一度、一〇〇式(モモ)さんに会って来なさい」

 

 M4は言う。彼女なら、きっと復讐者(エリニュス)を救う事ができる、と信じて。かつての自分を指揮官が救ってくれたように。

 

「そして、もう一度会いましょう。…その時はきっと、私達は友達に成れるわ」

 

「M4さん…」

 

 絶句する復讐者(エリニュス)にM4は自愛に満ちた視線を向ける。かつての自分と同じように闇の中を彷徨う彼女は、かつての自分そのものだ。そんな彼女が救われて欲しい。心からそう思った。

 

「…ありがとう」

 

 復讐者(エリニュス)はM4に礼を言い、そしてその姿を消した。次の瞬間、隔壁が切断される。正直、彼女が指揮官達に追いつけるかどうかは分からない。こんなことを願っては駄目かもしれないが、できれば追いついて一〇〇式と話をして欲しい、と思った。

 

『ご苦労だった、M4』

 

 突然、通信モジュールを通じて晶が声をかけてきた。もう通信を閉鎖する必要がなくなったからだろう。

 

『…いいえ、指揮官。足を引っ張って申し訳ありません』

 

『そんなことないさ。よくやってくれた。作戦はまず成功さ』

 

 謝るM4に晶は気楽な口調で言う。それを聞いたM4の胸に小波が立った。彼は基本的には最悪の事態を視野に入れて動く。それがこうも気楽であると言うことは、復讐者(エリニュス)は彼に追いつける見込みがとてつもなく薄い、ということだ。それはつまり、一〇〇式と復讐者(エリニュス)が対峙する事がない、ということだ。もちろん、晶には彼女を説得する目算はあるのだろうが、それで復讐者(エリニュス)が救われるかはかなり疑問に思えた。

 

『…指揮官、種明かしをお願いしたいのですが?』

 

 M4は内心を隠して、晶に尋ねる。今度は彼女のために時間稼ぎをしようとしているようなものだ、とは思う。もちろん、それはしてはならない行為だが、どうしても止められなかった。

 

『ああ。お前の疑問。それはどうやってここに来たのか。それと、どうやって侵入したのか、だろ?』

 

 それに対して、晶はあくまで気楽な様子で答える。つまり、それは彼女の問いに答える余裕があるか、もしくは護衛を排除している最中だかで、自身の手が空いているからだろう。

 

『まず、第一の答えなんだが、俺は私物に飛行機を持っていてな。情報員時代によく使っていたドラゴンフライだ』

 

『そんなものを…』

 

 晶の言葉に、M4は絶句しながらも納得した。ドラゴンフライとは、折り畳みができる軽量の電動レシプロ機である。確かに情報員であった晶ならそれを持っていてもおかしくはない。つまり、それをこういうときの切り札として持っていたのだ。

 

『メインノードに侵入できたのはな、こういう工場地帯には現地とは別にコントロールセンターがあって、そっちの方がより強い権限でノードを支配できる。そこの端末を電源繋げて起動させて侵入したのさ』

 

 後は以前のように政府のみが知っている隠し通路で侵入した、と晶は言う。それを聞いて、M4は改めて彼の恐ろしさを知る。彼は情報を得るルートを幾つも持っており、それを駆使して作戦を立てられる。その力は時に至高神さえ止められない女神をも出し抜くのである。それはまさに人間に与えられた知恵の力だった。

 

『M4達はとりあえず脱出に備えてくれ。以上だ』

 

 そう言って、晶は通信を切る。そこにFAL達が戻ってきた。

 

「指揮官、敵は全て片付けたわ」

 

「了解。これで自爆装置は目前だな」

 

 FALの言葉に、晶は監視システムを覗きながら言う。復讐者(エリニュス)は必死にこちらに迫ってきているが、隔壁や扉、防火用のスプリンクラーやハロンガスなどに邪魔されて思うように先に進めないでいる。メインノードさえ乗っ取れば強固な守りを逆用できるのだ。

 後は、自爆装置に繋いでジャックすれば仕事は終わりだ。その後端末を破壊してしまえば、自爆装置そのものを恐らくどうすることもできないだろう彼女は、完全に復讐を実行する希望を失う。そこを説得すれば説き伏せられる自信が晶にはあった。何せ、もうそれに応じるしか彼女が救われる道はないのだから。

 

「流石ですね、指揮官。…母国のダブルオーナンバーのようです」

 

 晶の手並みを、ウェルロッドが賞賛して言う。M590と同じく、任務を打ち切って帰還した彼女は、かなり前から対に所属しているメンバーであり、一〇〇式と共に戦場を長らく駆けてきた存在だ。

 

「ご主人様すごーい! あの凄い女に勝っちゃうもん」

 

 G41はご主人様に心底感心して言う。軍用ドールでさえ勝てなかった化け物に知恵で勝つなど、考えられることではなかった。

 

「さて、最後の仕上げだ。行こうか」

 

 そう言って、SVDは銃を構えて先に進んでいく。彼女はごく最近隊に入ったばかりだが、グリフィン直属として活躍していた経験が長く、戦いの経験値そのものは多い。ほんの少し張り合いがなさそうに見えるのは、ウェルロッドと同じく、後方任務を蹴って戦列に加わったのに対した敵と戦えなかったことが原因なのかもしれない。

 

「…待って下さい」

 

 そんな晶達に一〇〇式が待ったをかけた。

 

「指揮官、私はここで待機して彼女の足止めを行います」

 

 一〇〇式は決意を秘めた表情で言う。指揮官の策は完全に当たり、勝利は目前だった。だが、本当にこのまま勝って彼女は救われるのか。彼女の希望を力で叩き潰して、それで彼女は救われるのか。そう思うのだ。

 だから、一〇〇式は彼女と話がしたかった。彼女に自分の出した答えを伝えたかった。だから、ここで彼女を待ちたかった。

 

「いや、その必要はないよ、一〇〇式(モモ)」

 

 だが、晶は一〇〇式の申し出をあっさりと却下した。正直、このまま行けば勝ち見えており、足止めも必要があれば、その際に命令すればいい、と思っているのだ。

 そんな晶に一〇〇式は何も言えずにいた。歯痒い表情で。分かってはいた。指揮官の言うことの方が、正しいのは。でも、でも、それは何か違う、と言いたかった。だが、上手い反論の言葉は浮かんでこなかった。

 

「こらっ、指揮官!」

 

 突然、FALが晶の頭を小突いた。

 

「いてっ! 何するんだ、FAL!?」

 

 殴られた場所を押さえて、晶は抗議する。だが、FALは一歩も引かずに、彼に右の人差し指を突きつけて言う。

 

「悪い大人の顔になってるわよ。そんなの、私達が望む指揮官じゃないわ!」

 

 FALの言葉に、晶ははっとする。確かに自分は作戦の効率のみを考えて、一〇〇式(モモ)の気持ちを考えていなかった。それでは、晶も嫌いなくそったれな大人と変わらない。

 

「…ご主人様。一〇〇式(モモ)ちゃんの願いをかなえてあげて?」

 

「ああ。珍しく彼女が我侭を言ったことだしな」

 

「それに応えるのも、紳士の甲斐性ですよ?」

 

 G41とSVDとウェルロッドも一〇〇式の背中を押すべく弁護する。それを聞いて、晶は頷いた。そして、決意を秘めた目をした一〇〇式の肩を抱いて言う。

 

「分かった。一〇〇式(モモ)、頼むぞ?」

 

「…はい!」

 

 晶の言葉に、一〇〇式は大きく頷いて言う。晶と、そして仲間達の信頼に応える。そして、闇の中で彷徨う彼女を救う。その決意を更に硬くした。

 

「指揮官、一〇〇式は頑張ります! 指揮官が、FALさんが、みんなが私に力をくれるから!」

 

 一〇〇式の言葉に、晶は微笑んで、そして背を向けて先へ歩き始めた。彼に続くみんなも一〇〇式に信頼と応援の視線を向ける。それだけで十分だった。言葉はもう必要なかった。

 

 一〇〇式は待つ。闇の中で、地獄の業火に身を焦がしながら彷徨う姉妹を。そして、晶の言葉を思い出す。みんなの絆があれば、過ちに負けることはない。指揮官、FAL、そして、みんな。その絆を一〇〇式は確かに感じた。自分が見出した答えと、この絆の力を持って、彼女を捕らえている闇を払う。そう胸に決意して。

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