一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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5-7 刎頸之友

「ご主人様! ヤバいよ!」

 

 工場の最深部のコントロールルームの入り口で、G41が叫ぶ。かなりの数の敵が迫っていたのだ。敵は小型兵器ばかりだが、数が凄まじい。そして、こちらはドラゴンフライを使う都合上、ダミードールを連れてきていないのだ。

 

「チキンラーメンができる時間もたせろ」

 

 端末に接続したばかりの晶が言う。メインノードの手ごたえから考えて、かかる時間はその程度だ、と思えた。

 

「了解! 任せといて!」

 

 FALが答えて、グレネードを放つ。密集した敵の幾らかは吹き飛んだが、その勢いは止まらない。構わずFALは二つのグレネードを放つ。指揮官の言う通り、3分はもたせる。その後は野となれ山となれ、だ。晶とFALは視線を交わす。無条件の信頼がそこにあった。

 

 晶は端末の中に潜る。ゲートに触れようとすると、そこには棘があった。それはダミー。その裏に致命的な罠がある。晶は笑みを浮かべる。素直ないい防壁だ。

 だが、百戦錬磨の晶の前では、手の内がバレバレであった。教え込めばきっといい後輩になるだろう。防壁を潜り抜けながら、晶は復讐者(エリニュス)との邂逅を楽しみに思う。きっと、いい関係が築ける。そう思うからだ。

 

(頼むぞ、一〇〇式(モモ)…)

 

 晶はここにいない最愛の彼女に心の中で頼む。もはや、通信をしている余裕は晶にもない。だが、彼女ならきっと彼女を止められる。そう信じて、晶は進む。彼女のそして、鉄血の野望を完全に阻止するために。

 

 

 紅く染まる視界。だが、降り注ぐ血に構うことなく一〇〇式は大きく目を見開いて、目の前の光景を見つめていた。

 

「あはははは… やった…やったえ…」

 

 首の3分の2を自らの振り下ろした小太刀で切った復讐者(エリニュス)は、血を吹き出しながら力なく崩れ落ち、一〇〇式の胸に収まった。神経モジュールと頭部が切り離されたのだろう。彼女がこれ以上動く様子はなかった。

 

 コントロールを奪われた復讐者(エリニュス)は、自らの自由になる脳を守るナノマシンを総動員し、チップから神経モジュールのコントロールを一瞬だけ取り戻せた。そして、振り下ろされた小太刀の軌道を変え、自らの首を斬ったのだ。

 もはや、復讐者(エリニュス)は動くことができない。それを悟ったエルダーブレインはもはや現れることはなかった。最期くらい彼女の好きなようにさせよう、と思ったのだろうか。

 

「よかった… 最期に…一〇〇式(モモ)ちゃんを…守れた…」

 

 自らの血で赤く染まる彼女は、穏やかな笑みを浮かべて言う。自らの命が失われているにも関わらず。

 

「すぐにセーフティシャッターで頭部を切り離して!」

 

 一〇〇式は自分やM4に備わっている機能を鑑みて言う。頭部を切り離せば、これ以上の出血は避けられる。そうすれば、M4の時と同じように彼女を救う見込みはあるのだ。

 

「残念やけど…そんな便利なもの、ないんよ」

 

 自らの死を受け入れる、諦観に満ちた笑顔で言う。絶大な強さ故に、敗北を想定していない彼女にはそうした最悪の状況を想定した機能は搭載されていないのだ。

 

「いいの…一〇〇式(モモ)ちゃん… 気づけて良かった…本当に良かった…」

 

 復讐者(エリニュス)は目を閉じて言う。涙は流れなかった。一〇〇式(モモ)も復讐者(エリニュス)も。そんな機能はないから。ロボットだから。機械だから。だけど分かる。互いの胸の痛みを。そして、彼女が何を言わんとしているかを。

 

「うちの復讐が完成してたら、誰もこんな思いを抱くこともできなかったんやね…残酷なことえ…」

 

 復讐者(エリニュス)は自らの過ちに気づいたのだ。友を守れて嬉しいと思う気持ち、彼女と出会えて感じた確かな温もり。自分が目指した世界はそうしたものが全て奪われた冷たい世界だった。残酷で愚かしいことだ、と思えた。

 

「一〇〇式(モモ)ちゃん…うち、一〇〇式(モモ)ちゃんにとって、友達やったのかな…? それとも、ただの敵の一人だったんかな…?」

 

「友達だよ! 決まってるじゃない!」

 

 復讐者(エリニュス)の言葉に応えるように、一〇〇式は彼女を抱きしめる。彼女の血で全身を赤く染め、腕の人工筋肉が断裂しても構うことなく一〇〇式は強く強く抱きしめる。

 

「ずっと、こうしてるから…! これが私が千鳥ちゃんに友達としてできる、最初で最後のことだから…!」

 

 口から洩れる嗚咽と共に、一〇〇式は言う。もう自分には彼女を救うことはできない。無力な自分にできることはこれしかなかった。神よ、私は貴方を恨みます。姉妹なのに、どうして私をずっと弱く作ったのですか。せめて、彼女の10分の一の力があれば、彼女を救うことができたのに…!

 

「ありがとう…一〇〇式(モモ)ちゃん…」

 

 それでも、復讐者(エリニュス)は満足そうに言い、目を閉じる。吹き出る血が減ってきた。最期の時が迫っている。心が痛い。それでも一〇〇式は彼女を抱きしめ続けた。身体の感覚はもうない。それでも、必死に抱きしめ続けようとした。

 

「嗚呼…思い出せた。お父さん…お母さん…お兄ちゃん…」

 

 そう呟いた復讐者(エリニュス)の身体が離れていく。力を失った一〇〇式の腕が彼女を離したのだ。友との約束さえ守れないのか。情けない自分に怒り、一〇〇式は彼女と共に前のめりに倒れる。せめて、彼女の身体は離さない。そう誓って。

 

「迎えに来てくれたんやね…今…うちも…そこに…」

 

 自らの耳元で、最後の言葉を告げ、彼女は沈黙する。永遠に。一〇〇式は悲しさと悔しさに歯を食いしばる。こんな結末しかなかったのか。もっとどうにかすることはできなかったのか。後悔が胸を苛む。だが、もう時が戻ることはない。もうどうすることもできないのだ。

 

 そんな一〇〇式の耳に工場の爆破シーケンスと警報が聞こえた。逃げなければいけない。自らの弱さゆえに救えなかった千鳥のためにも、もっと生きて強くならなければいけない。だが、もう身体は動かなかった。芋虫のように這うことさえできないのだ。

 

「一〇〇式(モモ)!」

 

 目の前の隔壁が開き、FALが姿を見せる。彼女は自分を救いに来てくれたのだ。

 

「FAL…さん…」

 

 FALに抱えられながら、一〇〇式は彼女の名を言う。指揮官はどうしたのか、尋ねようとして。

 

「指揮官ならみんなが守って脱出してる最中。敵も動かなくなったし、大丈夫よ!」

 

 晶がセキュリティを解除し、自爆装置が発動すると同時に敵は動かなくなった。自爆シーケンスと敵が関連していた様子がなかったので、晶は訝しんだ。だが、勿怪の幸いと晶は隔壁を全て解除し逃げることにした。そして、FALに一〇〇式の救出を命じて脱出することにしたのだ。

 

「あの…FALさん…千鳥ちゃんは…」

 

「悪いけど、連れていけないわ」

 

 一〇〇式の言葉に、FALはきっぱりと言う。FALの力では一〇〇式を連れて帰るだけで精一杯だからだ。それに、万一連れて帰っても、その遺体は政府に徴収されることだろう。彼女はこのまま、ここで荼毘に伏す方がいい、と思えた。

 

「でも、せめてこれぐらいは」

 

 そう言って、FALは落ちていた小太刀を手に取り、彼女の髪を一房切り離す。そして、小太刀を鞘に納めて。それに髪を巻き付けてポーチに入れた。これで弔ってあげよう、ということなのだろう。

 

「行きましょう! 自由な世界へ!」

 

 その言葉はきっと復讐者(エリニュス)に向けたものだ、と一〇〇式は思えた。復讐の頸木から解き放たれた彼女は、後は薄暗い地下から出れば自由な世界に行けるのだ。

 

 一〇〇式を抱えたFALは走る。自らの銃を復讐者(エリニュス)の側に残して。心は共にある。そんな気持ちの表れなのかもしれなかった。

 

(さよなら…千鳥ちゃん…)

 

 一〇〇式は友に別れを告げ、目を閉じる。彼女の魂に安らぎがありますように、と神様以外の何かに祈りながら。そして、彼女の意識は安らかな闇の中に落ちていった。

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